グランドエピローグ JK2-5 村雨エリス 2
「はいはい。静かに。今日から新しいお友達が増えます」
おとうさんとおかあさんがいなくなったあと、私が連れてこられたのは、色々な理由で親のいない子たちが集められた施設だった。
「村雨・・・えり・・・す・・・よろしく・・・」
あの事件の後から人間が怖くて仕方なかった私はそう言うのが精一杯で、それからしばらく同じ施設の子たちからも、学校のクラスメイトからも逃げ回っていた。
そうして一ヶ月くらい経った頃、おでこがめだつ、やたらと目つきの悪い子が話しかけてきた。
「ねえあんた、あんたよそこのピンクの」
「あたし・・・?」
「あんた以外にそんなご機嫌な頭してる子いないでしょ」
とても失礼な子だったが、そのときの私には言い返すほどの気力も度胸もなかった。
「えっと・・・なに・・・?」
「あんたのその、自分が世界で一番不幸ですって顔が気に入らないから殴っていい?」
「や、やだよぅ。なんでそんな怖いこと言うの・・・?」
「理由ならもう言ったでしょ。あんたの、その、顔が、気に入らないからよ!」
「そんなことくらいで殴らないでよ!」
「ちょっと!何をやっているのあなたたち!」
幸いなことにそのときは施設の先生がきて止めてくれて事なきを得た。とはいえ、それからというもの、やたらとその目つきの悪い子に絡まれることになったんだけど・・・
「どうしたの?」
昔のことを思い出して、ぼーっとしていたエリスの顔をのぞき込みながら華絵が訊ねた。
「ん?別になんでもないよ。ちょっと昔のことを思い出していただけ」
「昔のこと?」
「ハナが私の辛気くさい顔が気に入らないから殴らせろって言ってきた時のこと。まあ、今考えてみれば、あたしが「世界一不幸です」みたいな顔してたらキレたくなるのもわからないでもないけど」
エリスが施設に入った時点ですでに華絵は姉が重大犯罪を犯し、両親が自殺をしたあとだったのだ。そんな華絵からしてみれば、エリスが「自分こそ世界一不幸」みたいな顔をしていたら怒りを覚えるだろう。エリスはそう思った。
「いや、あのときは私もあんたの事情知らなかったから単なる八つ当たりよ。いまさらだけどごめんね」
「いやいや、もう気にしてないって。ハナがちょっかいかけてくれたから、今こうしてあたしは明るく生きられてるっていう部分がないでもないし、今となっては感謝してるって」
「感謝という意味だと私もエリスには感謝しても感謝したりないわね。私一人だったら施設から出て生活なんてできなかっただろうし」
「ええーっ、そういう実用的なところだけ?」
「だけじゃないわよ。今回みたいに私がカッとなって変なことしてもちゃんとついてきてフォローしてくれるし、誰かと喧嘩しても仲裁してくれるでしょ」
華絵はそこで一度言葉を切ってエリスに向き直る。
「ありがとうね」
「そうやって改めて真正面から来られると照れますな」
「うぬら。それは死亡フラグではないのか?」
お礼を言いながら照れくさそうに目をそらす華絵、そしてそれを照れ笑いで受けてごまかしているエリス。そんな、朱莉あたりが見たら『尊い』と言って涙を流しそうな情景を、左右澤が一言で叩き潰した。
「・・・・・・はぁ」
「ざわっち、ちょっとは空気読んでよね」
「だがな、こうして拘束をされている以上、うぬらの死亡フラグはすなわち我の死亡フラグなのだ」
「拘束って言ったって、あんたこれくらいなら抜けられるでしょ」
「そうだよ。だいたい、なんでいつもあたしらが悪者みたいにならなきゃいけないのさ」
「それは・・・その・・・ただでさえ仲間が減っているのに女にヘコヘコしているのを見られるのは威厳が・・・」
「女の子に力負けして無理矢理連れて行かれている時点で威厳もなにもないでしょうに」
「うっ!」
「というか、左右澤はさっさとそっちやめてちゃんと就職して、ちゃんと告白した方がいいんじゃない?」
「え?なになに?ざわっち好きな人いるの?」
「いるらしいのよ」
「ほー・・・誰?もしかしてハナだったり?」
「なに言ってるのよ。それだったらいるらしいなんて言い方しないって」
「それに、我は別に巨乳好きではないが、ないよりはあったほうがいい」
「あ?誰の何がないって?」
「いやその」
「誰の、何が。ないって?」
「まあまあ、ハナの胸がないのは本当のことなんだし」
「なぃっ・・・!?」
「で、誰なの?」
「う・・・それは・・・」
「あたしの知っている人?」
「・・・」
左右澤は答えないが、その表情はエリスの言葉を肯定している。
「あ、もしかしてジュリ!?」
「ち、違うわ!」
(あー・・・この反応はジュリかー・・・)
顔を真っ赤にして首をぶんぶんと振る左右澤を見て、エリスはそう確信した。
ジュリの正体に気づいているエリスとしてはかなり複雑な思いではあったが、かといって自分になにができるでもなしと思い直し、聞かなかったことにした。
「頑張れー」
「だから違うのだ!」
「ないって言われた・・・親友にまで・・・」
華絵がショック状態から復活するまでしばらく時間がかかったため、エリスたちが流通団地に到着したのは、ジュリとティアラが左右澤一派のアジトに踏み込んだ頃になってしまった。
「さてさて、ざわっち。知ってる顔はいる?」
少し離れた建物から、問題のたまり場を双眼鏡でのぞきながらエリスが訊ねる。
「仮面をかぶっているのが来る途中に話をした紗亜・・くるくる髪をいじっているのが錆山だ」
「え!?二人とも女子!?」
「ああ、そうだが」
「あの紗亜ってやつ、あんたのところのナンバー2なのよね?」
「なにを驚いている。うぬらのところもナンバー2は女であろう?」
「まあ、たしかにうちは元男も女と考えるとほぼ女所帯だからそうではあるんだけど・・・ちょっと意外ね。あんたたちみたいのは女人禁制とかそういう考えなんだと思ってたわ」
「何を言う。今時はジェンダーフリーでダイバーシティを意識した組織を作らねば生き残れないのだぞ」
「じぇんだー?だいばー?」
左右澤の言った聞き慣れない言葉に目を白黒させるエリス。
「あ、エリスは無理して理解しなくて大丈夫よ・・・とはいえ、まさかヤンキーからそんな言葉が出てくるとは思わなかったわ」
「ぬははは、今時力づくではだれもついてこないのだ」
「はあ、まんまとナンバー2に逃げられた人間の言葉は重いわね」
「ぐぬぅっ我の急所を・・・!」
「ちょっ、やめたげてよお!」
「で?紗亜と錆山の得意な魔法は」
「紗亜は通常の三倍のスピードで動ける」
左右澤の答えを聞いて華絵が口を真一文字に閉じた。
「・・・・・・」
「どしたのハナ」
「いや、もうこれさすがにアウトじゃないかなって」
「アウト?」
「なんでもない。じゃあ紗亜はスピード特化の肉体強化系だとして、錆山は?」
「それはさすがにわからぬ。奴と我とは常にこの街の覇権をかけて対立してきたからな」
「私たちの住んでいる街の覇権を勝手に掛けないでほしいんだけど。まあ錆山はしょうがないとして、あとは?」
「我の部下はほとんどが肉体強化ばかりだな」
「つまり錆山一派の魔法はわからずってことね」
「そういうことになるな」
「うーん・・・30対2か・・・」
「ぬははは、3であるぞ」
「一般人は引っ込んでなさい」
「一般人をこんなところに引っ張ってきた貴様に言われたくないわぁ!」
「はぁ・・・どうなっても知らないわよ」
「そうだよざわっち。危ないからここで待ってた方がいいよ」
「いや、我にも是非協力させてほしい」
「珍しいじゃないの、今までは情報をよこしても自分で現場に行きたいなんて話しなかったのに」
「うぬの言うとおり、我もすこし変わろうと思ってな。どうせ足を洗って就職をするならうぬらと共に戦いたいと思ったのだ」
「左右澤・・・」
「ざわっち・・・」
左右澤の言葉を聞いた二人は心配そうな表情を左右澤に向ける。
「ぬははは、そんな心配そうな顔をするな。我だって修行しておる。それに昔は正義の味方に憧れていた時期もあるのだ」
「いや、そうじゃなくてね」
「ざわっち、それ、死亡フラグ」
「ぬわあああああああああっ!しまったあああっ」
「あとそれは卒業できる成績になってからいいなさい。このままだと来年同級生だって聞いたわよ」
「そうだよ。下手したらあたしたちのほうが先に卒業しちゃうよ?」
「ぐぬわあああああああああっ!」




