準決勝(上)
柚那のラッシュ攻撃で壁に埋め込まれ、いつまでたっても部屋に戻ってこない俺を心配してラウンジに戻ってきたセナが壁から引っ張り出してくれた(ちなみに愛純は助けようともせずに帰った)日から一週間と少し。
やはりというか、大方の予想通りと言うか。武闘会はそもそもそれ以外の選択肢がなかったんじゃないかと言うくらいの戦績で俺と柚那。それにチアキさんと狂華さんのチームが勝ち残り、今日は準決勝。柚那チームとチアキさんチーム。それに俺のチームと狂華さんのチームの試合が組まれている。
「研修生ばかりのチームだと侮っていたが、まさかここまで勝ち上がってくるとはな」
控室の前の廊下で壁に貼ってある組み合わせ表を眺めていた俺に、今日の対戦チームのメンバーであるジャンヌが話かけてきた。
「研修生イコール弱兵っていう訳じゃないからね。それを差し引いてもうちの子たちは非常に優秀だとは思うけど」
癖はあるけど一人を除いてすごくいい子達だしな。
ここまでのうちのチームの戦績は全員が全勝。一つの黒星もついていない。
楓さんは魔法らしい魔法など使わずに、あんたはどこの十一番隊隊長だっていうくらいに力任せの戦い方で全勝。
俺と訓練をした時同様、自分の間合いを常に保ち、相手の得意距離で一切勝負をしなかった彩夏ちゃんも全勝。
無手の近接では楓さんとも互角にやりあえる愛純は相手に目隠しをするというだけの簡単な魔法だけで全勝(正直卑怯だと思う)。
格下相手にはとことん強い(愛純談)俺も全勝。
セナは相変わらず戦い方を相手に合わせてしまい、苦労する場面もあったが、一応ここまで全勝で来ている。
愛純が俺を評したようにで、ここまではどこのチームも格下ばかり(演出の意向で数合わせに集められた、研修生だけの急造チームなんかもあった)だったので無傷で来られたがここから先はそうはいかない。何と言ってもうちを含めて優勝候補4チームがすべて残っているのだ。準決勝を勝ち上がっても、さらにその後でもう1チーム同ランクのチームとやらなければいけないというのはかなり気が重い話だといえる。
「だがな朱莉、その快進撃もここまでだ。君のチームメイトは強いが、私のチームメイトたちはそれ以上に素晴らしいからな」
確かに狂華チームは強い。スレンダーマンで多対一を仕掛けることができる狂華さん。
ショートレンジからミドルレンジまである程度自由に魔法を撃てる優陽。
そして海外組ナンバーワンの呼び声が高く、特に攻撃力では、楓さんですらかなわないであろうジャンヌ。少なくとも、この三人のうちの誰かを負かさない限りはチームが勝つことができない。
そして、意外な伏兵というか、大きな変化があったのがあかりだ。衣装が長靴をはいた猫とか怪傑ゾロとかそんな感じのイメージになっているのと、以前は変身するとなくなっていたはずの右腕が生えているのだ。さらにあかりは魔法少女に変身できるようになってから時々みつきちゃんと訓練をしていたらしく、動きも悪くない。
兄である俺のひいき目を差し引いても『これだから天才型は』と思わず漏らしてしまうくらいの実力だ。
あと、これは実力とは関係ないが登録名が俺との差別化を図るために邑田ではなく田村になっているので、どこかの王国の姫みたいな名前になっているのが気になる。
まあ、寿ちゃんだけは下馬評通りそれほどでもない実力だったのが救いだろうか。それでも彼女が誰をぶつけても100%勝ちを計算できる相手というわけでもないので注意は必要だ。
誰を誰にぶつけてどこで勝ちを拾うか。準決勝と決勝はそこにかかってくるだろう。
「ちなみに私は大将だ。できれば君と戦ってみたいものだが」
「そりゃあ光栄だな。わかった。楽しみにしておいてくれ」
……今回の大将は楓さんにお願いしよう。総合力で負けていてもあの人なら力押しで勝てるだろうし。ちなみに俺はジャンヌに勝てる自信なんてこれっぽっちもないのでパスだ。まあ、俺がジャンヌと戦うとは一言も言ってないし、別に嘘と付いているわけじゃないからいいだろう。
「狂華さんは?」
「先鋒だ。あかりも優陽も信頼しているが、先手を取るというのは大事だからな。取りあえず一つ勝っておいてもらおうという作戦だ」
なんとなく噂で聞いてはいたけど、この人本当に寿ちゃんのこと嫌いだな。まあ、寿ちゃんもジャンヌの事が嫌いだって言っていたからおあいこだけど。
でも、先鋒は狂華さんか……だったら先鋒はセナかな。彼女のステッキはあれでかなり使い勝手がいい。スレンダーマンのように、一体一体の強さは大したことがないが数が脅威という敵には、銃弾とレンジの選択肢が多い彼女の拳銃は非常に有効だ。スレンダーマンを片付けたあとは、近接戦闘にならないように彩夏ちゃんのように距離を保っていればミドルからロングレンジの攻撃手段に乏しい狂華さんに対して有利に戦いを進められそうな気がする。
あとは……
「フフ……知りたいならば教えてやろう。優陽が次鋒であかりが副将だ」
「妥当かもな」
それだとウチのチームと誰と当たっても勝ち目の薄い寿ちゃんまでが勝って、先に三勝することはないだろうし、勝敗によってはあかりを降参させて戦力を温存、さらには最後にジャンヌ自ら勝利をもぎ取るっていう、アメちゃんが好きそうな展開も演出できる。
ていうか、ここでも寿ちゃんの名前を言わないあたり本当に徹底してるなこの人。
まあ、それなら優陽に愛純、寿ちゃんに彩夏ちゃん。俺とあかりかな。あかりとは戦いづらいけど、愛純とぶつけたりしてケガをさせたくないから、あかりの実力に合わせて手を抜ける俺が一番だ。
それに、正規の魔法少女の俺と楓さんが副将、大将というのはそれなりに絵になるだろうから演出サイドからの文句は入らないだろうし、三人が露払いに失敗してチームが負けたとしても、愛純の野望を打ち砕くのには成功するからよしってことで。
まあ、優勝賞品として取れなくても柚那との温泉は普通にいけばいいんだしな。
「さて、じゃあ私はそろそろ戻って最後のミーティングをするとしようか。朱莉たちもしっかりミーティングをしておいた方がいいぞ」
「参考になったよ。サンキューな、ジャンヌ」
「サンキューの正しい発音はthank youだ」
「はいはい、thank you」
俺がそう答えると、ジャンヌは満足げな表情で去っていった。
……さて、じゃあこっちもミーティングを始めるとしますか。
「お待たせいたしました!両チーム選手入場です!」
舞台の中央でマイクを持った桜ちゃんがそう宣言すると、勇壮な音楽が鳴り響き、目の前の重々しい扉が徐々に開いていく。なんとドライアイスの演出付きだ。
「朱莉チーム先鋒を務めるは、研修生ながら大健闘!両手の銃剣は斬ってよし撃ってよし!トゥーハンド・リベリオン!小此木セナぁぁぁっ!」
名前を呼ばれたセナはちょっと驚いたような顔をして舞台に上がる。
そう言えば準決勝では選手紹介に演出をつけるとかなんとか言ってたな。なに?こんな感じで全員分やるの?
「続いて次鋒は皆さんご存知!アイドルオブアイドル!前TKO23センター!宮野愛純だーぁぁっ!」
愛純の紹介アナウンスは短かめだったが、その分演出が派手だ。会場中から野太い声でみゃすみんコールが巻き起こり、愛純はその声に応えるようにあっちを向いたりこっちを向いたりしながら両手を高く上げて手を振っている。その姿はまさにアイドルオブアイドル。トップオブアイドルだ。……まあ、とは言っても会場にいるのは全員スタッフでこの演出も仕込みなんだけど。
「魅せるためのやる気なんて部屋に置いてきた。派手さなんて必要ない!地味で何が悪い!勝負は勝てばいいのだ!ミドルレンジのスペシャリスト!中堅、大引彩夏ぁぁっ!」
間違ってはいないんだけど、なんかもう少しいい事言ってあげようよ。
「副将には魔法少女界の飢えた狼が登場だ!」
あれ?たしか副将は俺で提出したよな?でも狼だと俺よりも楓さんのイメージのような…
「可愛い羊は食べちゃうぞ!誑した魔法少女は数知れず!守備範囲はゆりかごから墓場まで!年もスタイルも関係ねえ!レッドウルフ!邑田朱莉ぃ!」
もう悪意しか感じねえぞこのアナウンス。
呼ばれた以上は出ざるを得ないので、舞台の上に登場すると、あちらこちらに『俺たちの柚那ちゃんを返せ』だの『チアキ様ハ神聖不可侵ニシテ犯スヘカラス』だの。果ては『ロリコン・ダメ絶対』と書かれた横にみつきちゃんの似顔絵が描かれているものだの、とにかく色とりどりの俺に対する抗議の横断幕が掲げられているのが見えた。
おかしい。俺は誰にも何もしていないはずなのに、最近魔法少女達だけじゃなくてスタッフにまで誤解されている気がする。
「さあ、朱莉チーム大将は!現代に蘇った二天一流!近接無双!宮本楓だぁぁぁっ!」
彼女の戦い方はともかくとして、やはり強さはカリスマにつながるのだろう。仕込みだったみゃすみんコールに勝るとも劣らない大歓声が会場を包む。
だが楓さんはそんな大歓声に驚くでもなく、得意げになるでもなく、いつも通りの表情と仕草で現れた。
こういう堂々としたところも人気のある理由なのかもしれない。
「続いては狂華チームの登場だぁっ!先鋒を務めるは自在に影人間を操るシャドー・マスター!己己己己狂華ぁ!」
今の狂華さんはいわゆる魔法少女モード。キリッと引き締まった表情には普段のドジっ子の雰囲気は全くない。
「誰が呼んだか魔杖学園の超電磁砲!フラッとあらわれた期待のルーキー!次鋒!秋山優陽ぃぃぃっ!」
いや、そのアナウンスもうアウトじゃね?何だよ超電磁砲って。確かに優陽はお嬢様で電撃使いだけど。
ていうか、優陽の口調はどっちかって言うとテレポートするほうだよな。最近ツインテールにしてることも多いし。
「知的キャラは私が完成させる?はは…東北チームの参謀!?笑内寿!」
ああ、そう言えばこの間寿ちゃん桜ちゃんと喧嘩してたからなあ。本当はいい子なんだけど喧嘩っ早いせいで誤解を生みやすいというか、いらぬ恨みを買いやすいというか。桜ちゃんも結構性格悪いというか。
「続いてこちらもニューカマー!君は一体誰なんだ!?仮面の下の素顔が知りたい!長靴をはいた魔法少女!田村あかりぃぃぃっ!」
やっぱり名前の字面が気になる。
「最後に控えるは!誰も知らない、知られちゃいけない!詳細不明・変幻自在の魔法を持つ現代の魔女!大将・ジャンヌ・ケネディィィッ!」
あ、こっち睨んでる。やっぱり怒るよな。大将戦で戦おうって言ったのに俺は副将で出てるんだから。
まあ、でもこれも作戦。悪く思うなよ、ジャンヌ。
ジャンヌが登場して両チームが全員そろったところでさっそく先鋒戦が開始された。
「…なるほど。君が小此木セナか」
舞台に上がった狂華さんはそう言ってセナを品定めするかのように頭のてっぺんからつま先までを何度か往復で見る。
「こんなものかな」
狂華さんがそう言ってトントントンと巨大万年筆で床を叩くとペン先から飛び散ったインクがスレンダーマンになってセナに襲い掛かる。
この展開はあらかじめシミュレーションしておいた通りだ。スレンダーマンを躱すふりをして距離を取り、一方的に銃撃するというプランに持ち込めるぞ。
セナは打ち合わせしておいた通りに狂華さんとの距離を取り、舞台の端に陣取ると、自分のステッキである銃剣の弾でスレンダーマンを次々に消していく。
そして、すぐにすべてのスレンダーマンを消し去り銃口が狂華さんをとらえる。
「なるほど。距離を取って銃撃か。朱莉が考えそうな姑息な手だな」
姑息でも何でも、この体勢に入った時点で狂華さんが何かするよりもセナが銃撃するほうが早い。
「セナ!撃って撃って撃ちまくれ!」
セナには今現在、これといった必殺技がない。そのため手数で押していくしかない。
「はい!」
俺の言葉に答えながら、すでにセナは引き金を引いていた。手加減や変な情をかけて勝てる相手ではない。それは彼女も十分にわかっている。
セナは両手の銃剣に残っている弾を撃ち尽くすと、今度は袖に仕込んでおいたマガジンを装填し、それもすべて打ち尽くし、さらにジャケットから落としたマガジンを蹴りあげて装填。それもすべて打ち込む。
狂華さんを襲うのはのべ100発の銃弾。セナの銃から立ち昇った硝煙が目隠しになり狂華さんの状態はこちらからは確認ができない。
「それで?これで終わりか?」
セナの撃った100発の弾は、そのことごとくが涼しい顔をしている狂華さんの足元に転がっている。数発がうまく命中したのか、巨大万年筆にいくつか小さな穴が開いているのが見えたが、あくまで小さな穴でしかない。
狂華さん自身への命中はゼロ。当たった弾もステッキ破壊には至らず、強制変身解除も望めそうにない。
「あ……」
自分の全力が全く通じず、狂華さんがノーダメージという状況がショックだったのだろう。セナは恐慌状態に陥ってしまっていて膝もガクガクと笑っている。
「セナ……!」
何かアドバイスをしなければと思うが、今彼女にしてやれるアドバイスが浮かばない。
「才能はあるが、まだまだ未熟だな。次、がんばれ」
一気に距離を詰めた狂華さんはそう言ってセナの肩を軽く押した。
目の前に現れた狂華さんへの恐怖からか、セナは全く動けずそのまま場外に落ちた。
「勝者!狂華さん!」
桜ちゃんの宣言から一拍置いてコロシアムを大歓声が包む。
「すみません……」
「謝ることなんてないって。今回は相手が悪すぎたよ」
頑張って戦ってくれたセナには悪いが、今回の試合、狂華さんとジャンヌについては捨てていると言っても過言ではないのでこの敗戦は予定調和と言えなくもない。
「そ、そうですよねっ!」
ここで落ち込むのではなく、ぐっと起き上がってくるようなコメントができるようになったのは豆腐メンタルの彼女としては相当な進歩だ。
「実戦では相手が悪くても勝たなきゃ死んじゃうけどねー」
愛純がセナとすれ違いざまにそんなことを言ってリングに向かう。
「……うう」
崖っぷちで踏みとどまったところを後ろから愛純に蹴られたセナは両目に涙を浮かべて今にも泣きそうになっている。
なんていうか、セナは良くも悪くも素直すぎて放っておけないんだよな。
「いいから気にすんな。狂華さん相手じゃ俺だって勝ち目は薄いんだから。それよりもセナが怪我しなくて良かったよ。よかったら今夜一緒に必殺技の研究をしよう」
この試合に勝てば、明日も試合あるしな。
「それって、あの……も、もしかして!?」
「ん?なに?」
「な、なななな何でもありません!」
「そう?それならいいんだけど」
「……やっぱり桜さんのアナウンス間違ってないじゃん」
彩夏ちゃんがなにかつぶやいたが、いまだにやまない大歓声にかき消されてよく聞こえなかった。
まあ、それよりも今は次鋒戦だ。
すでに愛純は舞台に上がっており、優陽もやる気満々と言った様子で立っている。
この二人は今まで直接の絡みはない。ミドルレンジの優陽の攻撃が決まるか、愛純が一気に距離を詰めるかが勝負になる…いや、優陽はショートレンジでの電撃も使えるので、愛純が勝つためには距離を詰め、さらに優陽のショートレンジの電撃を躱して技を決めるというちょっとした離れ業をやってのける必要がある。
愛純の目隠し魔法があればいけそうに思えるが、そもそも愛純の目隠し魔法が反則気味なのに対して、優陽には全方位放電という完全に反則な魔法がある。
「三連敗かなあ……」
まあ、俺としては、それはそれで構わないのではあるけれど。
「ちょ!?なんで私が負けることまで勘定に入っているんすか!?」
「だって彩夏ちゃんって、ショートレンジの相手には無双できるけど、ミドルレンジ同士の撃ち合いだと途端に弱くなるじゃん」
彩夏ちゃんの対戦相手である寿ちゃんの武器は弓矢。まあ、弾数は少ないが、ミドル対ミドルが苦手と言っている彩夏ちゃんとしてはやりづらい相手だと思う。
実際、ここのところの訓練でも、ミドル同士の打ち合いで、セナにコテンパンにやられているし。
「それはまあ、確かにそうですけど……でも負けませんよ。だって相手は現役最弱の魔法少女じゃないですか」
「そういう事を言わない方がいいぞ。特に相手に聞こえるようなところでは」
幸いなことに寿ちゃんは彩夏ちゃんの言ったセリフが聞こえなかったらしく、真剣な表情で舞台の上を見つめている。
寿ちゃんに倣って舞台に視線を移すと、現在有利なのは愛純だった。優陽の攻撃を避け、徐々にだが着実に距離を詰めていっている。ダメージを受けているわけではないので優陽が劣勢だとはっきり言えないが、それでも距離を詰め切ってしまえば、全方位放電があるとは言っても愛純が有利だろう。全方位放電には発動前に一瞬のためがあるので、その一瞬で勝負を決めてしまえば電撃を食らう事はないし、その一瞬で勝負を決めるだけの実力を愛純は持っている。
そして3分後、ついに愛純は自分の距離。ショート中のショート。距離を0と言えるところまで詰めることに成功する。そして―
「私の勝ちだにゃーん!」
そう言ってみゃすみん口調とは全くマッチしない表情で繰り出した、スピードと体重の乗った愛純のハイキックが優陽の頭を粉々にした……って
「えええええっ!?」
誰よりも驚いているのは舞台上の愛純。
「う、嘘でしょ!?そこまでの威力はないはずなのに!」
「もちろん、嘘ですわよ」
愛純の背後に突然現れた優陽は、愛純の首に手のひらを当てると、そこから直接電撃を叩きこむ。優陽の頭が吹っ飛んだことで動揺していたのが原因か、それとも優陽の電撃の扱いがうまいのか。とにかく、その一撃で愛純は意識を失い、膝をついて倒れ込んだ。
「1!2!――」
桜ちゃんがカウントを始めるが、カウントの必要などない事は遠目にもわかる。
「あなたの敗因は私が電撃一辺倒だと思っていたことですわ。せっかくチームメイトがいるのですから、技術は分かち合わないと…ねえ狂華さん?」
「まったくだ。長所を伸ばすのもいいが、補える短所は積極的に補ったほうがいい」
「……なるほど。さっき愛純が頭を蹴り飛ばしたのは、狂華さんのスレンダーマンと同様の魔法で創り出した分身か」
となると、今の試合のからくりはおそらくこうだ。まずは、電撃で派手にフラッシュを起こし、周囲の目を分身にくぎ付けにし、本物の優陽はこっそりと相手の視界から消え後ろに回り込む。そして愛純がわざともろく作ってある分身の優陽を倒して動揺しているところに、本物の優陽が現れ電撃をお見舞いする。ということだ。
スレンダーマンは単純な命令しか聞くことができなかったはずだが、そこはそれ。優陽には朝陽という頼れるもう一つの人格の姉がいるわけで、どちらがどちらの役回りを引き受けたのかはわからないが、分身に片方の人格を残すことで、通常の分身では成し遂げられなかった魔法を使うことが可能になったのだろう。
つまり、不意打ちの上に実質2対1。汚い、さすが魔法少女モードの狂華さん。やることが汚い。
「はぁ…三連敗か……」
「だから、私は勝ちますって」
担架に乗せられた愛純とそれに付き添って会場を出ていった楓さんを見送ってから、彩夏ちゃんが舞台に上がる。
「任せておいてください。私、マイ漫画喫茶のために珍しく最初から本気でいきますんで」
そう言って下心丸出しの笑顔で笑いながら、彩夏ちゃんが変身してステッキを掲げる。すると、彼女のステッキと同じデザインの無数のマスケット銃が舞台を囲むような形で現れる。
っていうか、そんなことができるなら出し惜しみしないでトーナメントの最初からやれよ。
「最初からクライマックスだぜぇ!」
そう言いながらテンションの上がった彩夏ちゃんは試合開始前にも関わらず、上空に向けて数発の弾を撃った後、銃口を寿ちゃんに向ける。
「さあ、戦争をしましょうか!」
ニヤリ、と悪そうな顔をして言う彩夏ちゃんに対して――
「しないわ」
変身するそぶりも見せなかった寿ちゃんは、一言だけそう言って、桜ちゃんに降参する旨を告げると、さっさと舞台を降りてしまった。
「は……い?」
「勝者!大引彩夏!」
「ええええええええっ!?ちょ、戦ってくださいよ寿さん!」
「嫌よ。私がそんなのに勝てるわけがないじゃない。時間の無駄だし体力のムダよ」
「いや、そんなこと言わずにせっかく出したんですし、ちょっとだけ。ね?さきっちょだけですから。ちょっとだけでいいんで相手してくださいよ」
「くどいわね。やらないって言ったらやらないの!」
「そんなあ……」
普段は怠けている彩夏ちゃんがチームのピンチに本気を出す。さあ、大技展開でチームのピンチを救うぞ!っていうときに壮絶な肩すかし。
これだけで彩夏ちゃんの評価は『なんだ、普段サボってるけど実はみんなのピンチには頑張るいいやつじゃん』という評価から『普段怠けていて、やる気を出せばダダすべりするなんか寒いやつ』になってしまった。それに、こんな大技使っちゃった以上、順位付けの査定も見直しになるだろうし、多分昇格は待ったなしだ。
恐るべし寿ちゃん。これは彩夏ちゃんからすれば直接戦闘でダメージを受けるよりも効く。
試合に勝って勝負に負けたな、彩夏ちゃん。




