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魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編

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愛情の裏返し≠裏返った愛情

 翌朝、俺が研修生寮の前に車で乗り付けると、ちょうど愛純ちゃんが出てきたところだった。


「あ、おはよーございます、朱莉さん」

「おはよう。もう朝食は食べた?」

「あ、いえ……お恥ずかしい話ですが、私朝弱くて、今さっき起きたところなんですよ」

「じゃあモーニングでも食べに行こうか」

「はーい」


 愛純ちゃんは元気に返事をして俺の助手席に乗り込む。

 柚那の言っていたことを信じないわけではないが、正直この子がストーカーをするとは思えないんだよなあ。

 正面ゲートを出て敷地から公道に出たところで俺は話を切り出すことにした。


「愛純ちゃんってさ」

「みゃすみんって呼んでくださいよぅ」

「……みゃすみんって、柚那……ゆあのストーカーだったって、本当?」

「ああ……その話ですか」


 バックミラー越しに見える彼女の表情が曇る。


「デートかなって思ってたのに、ちょっと残念です」

「ごめん。でも柚那の恋人として、俺はそのことをちゃんと確認しておかないといけないと思ってね」

「あ、お二人って本当に恋人なんですね。クローニクを見ててそれっぽいなあとは思ってましたけど」

「ああ、恋人だ。だからもし君が柚那に手を出すつもりなら俺は一切の容赦なく君を排除する。たとえ今、チームメイトだとしてもだ」

「あはは、そんな怖い顔しないで下さいよ……朱莉さんは、柚那さんの前に好きな人っていました?」

「もちろんいたよ」


 成就はしなかったけど。


「その中で相手に思いが通じなかったことってあります?」

「もちろんそういう事もあるさ」

 全部ともいうが。


「その時に相手が過剰に反応しちゃって大騒ぎになっちゃったことは?」

「周りが大騒ぎしてぶち壊しにしてくれたことはあるな」


 小学生のころの美咲ちゃんなんかはいい例だ。俺の気持ちを知った同級生たちが囃し立て、俺が彼女に近づくだけで騒いだ。そのせいでやがて、彼女が俺を見る目も気持ち悪いものを見るような目になっていった。


「結局それなんですよね。確かに私はゆあちーに憧れてて、彼女の事が好きでしたけど、それは先輩に対する憧れなんですよ。確かにあの時は色々思いつめて彼女を怖がらせるようなこともしましたけど、あの頃と違って私ももう大人です。今はあの時の事、謝りたいなって思ってるんです。大体、もし私がいまだにゆあちーの事が好きで、ストーカーだとしたら、彼女の恋人の朱莉さんを放っておくと思います?」

「確かに、ストーカーだったら刃物で刺したりしそうだよな」

「でしょう?……ゆあちーが嫌がっているなら無理に会おうとしたり、目の前に現れたりはしないようにします。でも、今の私の気持ちを伝えてみてもらえませんか?多分私、来月には昇格になると思いますし、現場でもしょっちゅう会うようになると思うので、関係を良くしておきたいんです」


 確かに彼女の実力は折り紙付きだ。都さんは戦力をみすみす無駄にはしないだろうから、柚那との接触を減らすために関西や東北に配属になったとしてもドラマパートで鉢合わせることはでてくるだろうし、そうなると彼女の言う通り適切な距離をとって共生するしかない。


「わかった、柚那に話してみるよ……一応もう一度聞くけど、本当に柚那のことは何とも思ってないんだな?」

「はい!今はゆあちーよりも朱莉さんをストーキングしたいと思ってます」


 悪気なく、本当に悪気も後ろめたさもない笑顔でみゃすみんがそう言って笑う。そして、その笑顔を見て俺は背中に寒いものが走るのを感じた。


「だからこうして二人で出かけられるのはすごく嬉しいんですよ」


 みゃすみんはそう言って柚那の一つ下とは思えない妖艶な笑顔を浮かべながらシフトノブに置いた俺の右手に自分の手を重ねてくる。


「モーニングもいいですけど、これからサボって明日の朝までずっと一緒にいて、二人で朝日を見ながらモーニングコーヒーを飲むって言うのもよくありませんかぁ?」

「う、運転中は危ないから。手をどけて。ね?」

「恥ずかしがらなくたって大丈夫ですよぉ。ゆあちーと違って私って経験豊富ですから、優しくいろんなことを教えてあげられますよぉ。こう見えて私って夜のギアチェンジも上手なんですから」


 なんかもう言っていることがおっさん臭せえ!


「……みゃ、みゃすみんは、生粋の女の子だよね?」

「もちろんです」

「ならいいんだけど」

「OKですか!?やったぁ!どこ行きます?海が見えるところなんていいですよね。ああ、でも山の中っていうのも人目を忍んでいる感じがしてすごくいいかも」

「違げえよ!中身おっさんだったら嫌だなっていうだけの話だよ!」

「え?それっておっさんじゃないからOKってことですか?やったー!どこ行きます?何食べます?何します?」

「そう言うことを言っているんじゃない!」


 駄目だ、この子話が通じない!

 これは寮から離れないうちにさっさと戻ったほうがよさそうだ。俺は減速してUターンをし、アクセルを一気に踏み込んだ。


「用事を思い出した。帰ろう」

「またまた、そんなこと言って。恥ずかしがらなくても大丈夫ですよ。ゆあちーよりも経験豊富な私がしっかりリードしてあげますから。朱莉さんが童貞でも大丈夫です!」


 ど、ど、ど、ど、童貞ちゃうわ!…いや、童貞なのか?俺ってどっちなんだろう…。


「だから、君にそういうの期待してないから」

「なんでですかー、ゆあちーより私のほうが若いですよ!ピチピチですよ!」

「そういう問題じゃないんだってば。俺は柚那のことが好きで、別に君の事好きじゃないの」

「じゃあ、なんでデートに誘ってくれたんですか?」

「デートになんか誘ってねえよ!柚那の話するために出掛けただけだ!」

「だって、彩夏ちゃんは『朱莉さんがあしたデートしようって言ってたよ』って。だから私、朝ごはんも食べずにメイクしたり髪の毛セットしたりして期待して…きた…のに……」


 そう言ってみゃすみんは両手で顔を覆ってしくしくと泣き出した。

 彩夏ちゃんめ。さては面倒くさくなって中途半端な説明をしやがったな。

 腹が立ったので、赤信号で止まったタイミングでメールを打つ。


「……まあ、嘘ですけどね」


 メールを送った直後、みゃすみんは見計らったかのようなタイミングで顔をあげてペロッと舌を出す。


「なんなの君は!うわ、着信きた」


 頭から疑ったメール送っちゃったから彩夏ちゃんに嫌な思いさせちゃっただろうしそりゃあ即電話かけてくるよなあ……


「代わりに出て状況説明……しなくていいや」


 今のみゃすみんにやらせたらややこしくなるに決まってる。少し時間が経っちゃうけど後で会った時に自分で説明したほうがマシだ。しかし、みゃすみんは、ドリンクホルダーから俺のスマホを取って電話に出てしまった。


「あ、もしもし彩夏ちゃん?」

「しなくていいって言ってんだろ!」

「あ、何するんですかだめですよぅ、朱莉さん。あっ…そんなところ、ああーん」

「何にもしてねえ!!彩夏ちゃん!俺、何もしてないからな!誤解するなよ!?柚那に変な事言うなよ!?」


 こんなのが、まかり間違って柚那に伝わったりでもしたら血の雨が降るぞ。ていうか、なんかこれ、俺が彩夏ちゃんに浮気の言い訳してるみたいじゃないか!?


「……あれ?彩夏ちゃん?おーい。私、朱莉さんにエッチないたずらされてますよー。もっしもーし」


 まさか、『腐ってやがる遅すぎたんだ』でおなじみの彩夏ちゃんがあのくらいのエロ口撃で電話を放り出して真っ赤になっているとも思えないが、応答がないらしくみゃすみんは演技をするのも忘れてスマホのマイクに向かって話しかけ続けている。

 と、次の瞬間、後ろから追突されたかのような衝撃が車を襲った。

 慌ててバックミラーを見るが、ミラーに映っている後続車はかなり後ろを走っている。


「変わってない……本当に、全く変わってない」

「え?」


 今ここで聞こえるわけのない柚那の声に振り向くと、トランクの中からシートを蹴破ったのだろう柚那が、後部座席へ出てくるところだった。


「あらら、浮気現場見つかっちゃいましたね、朱莉さん」

「浮気じゃねえよ!マジでやめろよ!違うからな、柚那。わかっていると思うけど違うから。俺はこの子と話をつけに来ただけで、この子が言っているようなことは何もなかった」

「わかってます。大丈夫です。ずっと聞いてましたから」


 表情が全然大丈夫じゃねえよ。アイドルにあるまじき顔してるよ!?もうなんか暴走しているどこかの人形決戦兵器みたいな顔してるよ!?


「相手の事わかっているつもりでもぉ、実はわかっていないなんてことたくさんあるんですよー、先輩」

「朱莉さん、どこかゆっくり話死合のできる場所に停めてください」


 こころなしか今の柚那のセリフに物騒な言葉が紛れていた気がする。


「りょ、寮に帰ってからじゃだめか?」

「もうこれ以上一秒たりともこの女が朱莉さんの隣に座っていることを許容できません。停めてくれないのなら今すぐ座席ごとこの女を外に放り出します」

「やだこわーい。朱莉さんみゃすみんを守ってにゃん」


 にゃんじゃねえよ、これ以上柚那を挑発するなよ!


「話し合いだよな?ファミレスとかでいいか?」

「いいえ、話死合なので人気のない公園がいいです」

「落ち着け、そんな公園探すより寮に帰ったほうが早いから。とりあえず路肩に停めるから座席入れ替わって寮まで帰ろう。な?」

「この危険な女を背後に置けと?」

「……じゃ、じゃあ二人で後部座席っていうことでどうだ?」


 これはこれで柚那が嫌がりそうだが。


「えー、朱莉さんがこの怖い人見張っててくれるか、みゃすみんのことしっかり見つめててくれないとみゃすみん殺されちゃうー」


 だからなんなの君のその変なテンションは。


「あ、じゃあその女をトランクの中に入っているロープでぐるぐる巻きにして引っ張っていきましょう。結婚式のアレみたいできっと素敵ですよ。まあ、音は空き缶と違って汚い悲鳴でしょうけど。あはは、不思議ですよね、空き缶と同じで中身空っぽなはずなのに」


 柚那のその恐ろしい発想もなんなの!?


「……柚那。もうあと3分もかからないで戻れるから我慢してくれ」

「………」

「ごめんな」

「大丈夫です」

「あはは、却下されてる。やっぱり朱莉さんのことわかってないんじゃないですかぁ?」

「愛純!!」

「は、はいっ!?」

「黙ってろ。それと次に柚那の事をバカにするようなことを言ったらチームメイトでも許さない」

「……はい」


 壊れた後部座席と、出て行った記録のない柚那をみてびっくりしていたものの、ゲートの警備員さんは快く中に入れてくれた。やはりこういう役の人とは普段から仲良くしておくに限る。


「さて、どうする?寮にするか、それとも別の場所で話をするか」

「みゃすみんは寮がいいなー。来月くらいには入ることになると思うしぃ。中を見ておきたーい」

「……それでかまいません。ラウンジに行きましょう」

「オッケー。じゃあどうするかな……二人だけで行動させるのは心配だけど、駐車場遠いしなあ」


 そんなことを考えているところに寮の周りをランニングしていたらしいセナが通りかかった。


「おーい、セナ!」

「はい。なんですか、朱莉さん」

「この二人が喧嘩中でさ。悪いけど俺が駐車場に車置いてくる間、寮のラウンジで見ててもらっていいか?中には柚那がいれば入れるから」

「はい。それは別にかまいませんけど……どういったいきさつでこの二人が?」

「まあ、そのへんは追々説明するよ」


 さすがに事情を知らないセナにそのまま『元ストーカーとその被害者です』とは言えない。


「わかりました。まかせてください」

「ありがとう。セナはまじめでいい子だなあ」


 そう。真面目でいい子。そして豆腐メンタルがセナの特徴だ。この時の俺は豆腐メンタルの部分を完全に忘れていた。

 

 10分後、俺がラウンジに戻ってみると、柚那と愛純が無表情な視線をセナに向け、何かをお経のようにブツブツ言い、それを聞いたセナが涙目で耳を塞いでイヤイヤと首を振っているというとてもカオスな光景が展開されていた。


「あ!朱莉さぁぁぁぁん」


 俺の姿を見つけたセナは半泣きで俺の名前を呼びながら抱き着いてきた。


「二人が…二人が…なんか変な事を言ってきて……」


 ああ……セナに悪いことをしてしまった。今の二人はセナには荷が重かったな


「二人で息ピッタリに、私が朱莉さんを誘惑しているとかたぶらかしているとか。その…淫乱だとか…私そんな女じゃありません!」

「ごめんごめん。ちょっと今二人とも気が動転しててさ。とりあえずラウンジを出ようか。そうだ、よかったら落ち着くまで俺の部屋で休んでていいから」


 さすがに涙の痕のある女の子をそのまま外に放り出すのはしのびないので、俺は自分の部屋のカギをセナに差し出す。


「あれ?朱莉さんまた新しい彼女を連れ込むんですか?お盛んですねーあははは」

「みゃすみんがいれば十分じゃないですかー。そうやってあっちこっちで女作っていると、みゃすみんぷんぷんなんだからー!」


 ああ、もういっそこのまま本当にセナと一緒に逃げたい。ていうか、この二人実は仲いいんじゃないのか?


「あの……」

「二人の言うことは気にしなくていいよ。俺の部屋は二階の奥から二番目の部屋。一応洗面所にメイク用品なんかも置いてあるから必要だったら自由に使って」

「はい……じゃあその…お邪魔、します」


 セナはそう言って鍵を受け取るとラウンジを出ていった。


「さて、と」


 セナを見送って振り返ると、セナがいなくなったことで、柚那と愛純がにらみ合いを再開したところだった。


「まあ、その。なんだな……」


 俺は最初、何かあったら柚那側に立とうと思っていたんだが……


「みゃすみんってさ。なんでそんな虚勢張ってるの?」

「ふぉっ!?」


 みゃすみんは驚いたというには大げさすぎるような表情で椅子ごと後ろにひっくり返った。

 なんだろう、TKO出身のアイドルってみんなリアクションが面白いのかな。


「痛たた……」

「大丈夫?」

「ええ、大丈夫です。ちょっと背中を打っちゃっただけで」

「やっぱりそれが君の素だよね。明らかに柚那がいるところでだけおかしなことをしているんだけど、どういう事?」

「……」


 露骨に「しまった」という顔で愛純が目をそらす。


「朱莉さん、どういうことです?」

「ごめん柚那、ちょっと俺に任せてくれ」

「……わかりました」

「で、なんで君はわざわざ柚那に嫌われるようなことしてたわけ?」

「元々嫌われてますし―。大体みゃすみんの愛を拒絶したゆあちーにやさしくしてあげる義理なんてないですしー。あ、もちろん今でも愛してますけどー」

「ああ、みゃすみんは引っ込んでていいや。俺は愛純と話がしたい」

「っ!?」


 宮野愛純とみゃすみんが別人格。なんてそんな朝陽と優陽みたいなケースじゃないことはわかっている。この子は「みゃすみん」という皮を被ることでアイドルにも悪役にもなれる。多分そういう子なんだと思う。

 そうじゃなきゃ、いきなり途中からあんなにおかしくなるわけがない。多分愛純は途中で柚那がトランクに潜んでいることに気が付いたんだろう。そしてその時から頭のおかしな女の子を演じはじめた。さっきから今までの一件はこんな顛末なんだと思う。


「もう一度聞くぞ、愛純はなんでわざわざ柚那に嫌われるようなことをするんだ?」

「それは、その……」


 愛純は、言いづらそうな表情でチラリと柚那を見る。多分柚那に席をはずしてほしいんだと思うが、それでは意味がない。


「柚那のいるところでないとだめだ」

「ゆあ…柚那さんにとって嫌な話をすることになるんですけど……」

「いいか?」


 俺の問いに柚那は覚悟が決まっている様子でうなずく。


「どうぞ」

「その……もともとゆあちーにストーカーしていたのは私じゃないんです」

「……」

「もともとストーカーしていたのは、ゆあちーのお父さんで。プロデューサーが、ゆあちーのお父さんを警察沙汰にしないで何とかするから、ゆあちーを不安にさせないように、他の犯人を作ろうっていうことを言いだして、そこで選ばれたのが私です」


 なるほど。ゆあの身内が警察沙汰のスキャンダルになれば、被害者だったとしてもゆあも叩かれる。それがゆあ本人を思ってのことだったのか、TKOというグループのためだったのか、それともプロデューサーの私利私欲のためだったのかはわからないが、プロデューサーの考えは全く理解の外という話ではない。


「じゃあ、なんで今になって柚那に嫌がらせを?」

「……ゆなさんがゆあちーだってわかったら、ストーカーの私はそうすると思ったからです。粘着質なストーカーなら、ゆあちーの大切なものを取ろうとするんじゃないかって。そう思ったんです。だったらやらないと!」

「……」

「だって、そうしないと柚那さんの中でつじつまが合わなくなっちゃうじゃないですか!お父さんがストーカーだったって気づいちゃうかもしれないじゃないですか!……朱莉さんがあの時あんなことを言わなければ私だってこんなこと……」

「…ばっかじゃないの?」

「柚那」

「あなたにそんな心配されなくたってこっちは全部わかってるのよ。あの男がどれだけ最低かなんてことは私が一番よく知っている!わかっているから、私はそういう事がすべて嫌になったから魔法少女になったの。だからあんたがやったことは全部ムダなのよ!」

「柚……」


 酷いもの言いをする柚那をたしなめようと彼女のほうを向くと、柚那は顔をグシャグシャにして声を殺して泣いていた。


「…ごめん、無駄なことさせて。ごめんね……」


 結局、柚那と同様に愛純も被害者だ。ましてや、愛純は柚那を守るための捨て駒のような扱い。人にぞんざいに扱われることの辛さを知っている柚那が、愛純を攻めることなんてできるはずもない。


「知っていたんですか……」

「あなたがそういう理由で、ああいうことをしていたっていうのは知らなかったけどね。…結局あの男は改心なんてしなかった。プロデューサーも同じ。だから私は下池ゆあという名前を捨てて伊東柚那として生きてるの。私は今幸せだよ。朱莉さんがいて、仲間がいて。長い間気を遣わせてごめんなさい。それと……ありがとう愛純ちゃん」

「ゆあさん……」

「愛純ちゃん……」


 愛純は泣いている柚那の右手を取って両手で包み込むように握る。

 傍から見ていてもかなり感動的なシーンだ。

 俺がうっかり柚那の秘密を漏らしたこともうやむやにできそうだし、みゃすみんが研修生をやめるなんていうことにもならずに済みそうだし。平和に収まってくれそうで本当によかった。


「まあ、それはそれとして」


 みゃすみんはそう言って、柚那の手をパッと離すと椅子から立ち上がって俺の隣に立つ。


「私、朱莉さん狙いはガチなので」


 そう言って愛純は俺の腕に自分の腕を絡める


「は!?」

「同じチームですし、一緒にがんばりましょうね。朱莉さん」

「ん?ああ。まあ頑張ろうな」


 柚那との温泉デートがかかってるしな。


「そうだ!私優勝したら、朱莉さんの恋人の権利が欲しいです!」

「いやいやいや。俺は柚那の恋人だから」

「ええ~っ、都さんは敗者の人権なんて知らないって言ってましたよ。だからきっと大丈夫です」


 確かに都さんは前にそんなこと言ってたけど俺の気持ちは!?


「あ、そうだ。ちょっと早いけど、私の気持ち、伝えておきますね」

「いや、だから……」


 抗議をしようと開きかけた俺の口を、愛純の唇が塞ぐ。俺は慌てて彼女との距離を取るが、時すでに遅し。

柚那は壊れた機械みたいな音を発して作画崩壊を起こしてしていた。


「あああああああああああっ!?き、き、キスはダメだっていったじゃないですかああああああああっ!」

「待て、柚那。不可抗力。不可抗力だから。今のはノーカン!」

「なんなんですかもぉぉぉぉっ!あなたは女の子ホイホイなんですかぁぁぁっ!」

「だから落ち着……ぐふぅっ!?」


 言い終わらないうちに柚那のボディブローが俺の身体を浮かせる。


「朱莉さんの……バカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカぁっ!」


 俺のカウントが間違っていなければ柚那の繰り出した26ヒットの空中コンボが俺を襲い、最後のバカに合わせて柚那渾身の回し蹴りが炸裂。格闘マンガよろしく吹っ飛ばされた俺の身体はラウンジの壁にめり込んだ。


「ばーかばーか!朱莉さんの浮気者!死んじゃえ!」


 柚那はそんな暴言を吐いた後ラウンジから走り去った。ていうか、お前は子供か……


「あらららら…痛そうですね」


 ダメージが抜けず自力で壁から抜け出ることができないでいる俺を見ながら愛純がニコニコと笑う。


「君さあ、俺の事好きでも何でもないくせにああいうことするのやめてくれないか?俺は体が、柚那は心が痛い」

「おや、バレていましたか」

「バレバレだ。君、ストーカーじゃなかっただけで、柚那の事好きだろ」

「えへへー。いや、でもここには最初、朱莉さんに憧れて入ったんですよ。でもそこにはもっと憧れていたゆあちーがいた。だったら焼け木杭には火が付くのもしょうがないじゃないですか」

「俺に憧れてたって言うなら、もう少し俺に被害が出ない方向で色々画策してくれよ」

「いや、まあ憧れていたんですけど。ゆあちーの恋人だってわかったらなんというか…かわいさ余って憎さ百倍?まあ、愛情の裏返しというか、裏返った愛情というか」


 愛情が裏返ったら憎しみじゃねえか。


「まあ、でも安心してください。優勝した暁には、ゆあちーを恋人にして、あなたはペットにしてあげますから」

「だったら、俺はその願い事を相殺することに願い事を使わせてもらうわ」


 同じチームなんだから愛純が優勝する=俺が優勝するだ。そういう事だって当然できるだろう。まあ、さすがにその辺はわかって冗談で言っているんだろうけど。


「し、しまったーーーーーーー!」


 頭を抱えて叫ぶ愛純を見て、俺は『ウチのチームの知能指数大丈夫か?』と心配になった。


セナは癒し。

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