邑田さんが無防備すぎる
「私思うんですけど…」
沈んだ表情の柚那が、朱莉のいないラウンジで憂鬱そうに口を開いた。
「朱莉さんって、無防備すぎませんか?」
柚那の言葉を聞いた狂華とチアキはそれぞれメモ帳にネタを書き込む手とゲームをする手を止めて振り返った。
「柚那もそう思っていたか」
「正直ちょっと引くレベルよね」
それぞれ思い当たることがあるらしく二人はうんうんと深く頷いた。
「ですよね!この間だって…」
その日、柚那はいつものように自分の部屋のキッチンで作った朝食を持って朱莉の部屋にやってきた。
昨晩から十分に水を吸わせ、調度良いタイミングで炊きあげた白飯。それに漬物と香ばしく焼いた鮭の切り身。さらには昨日の晩チアキと飲みに行くと言っていた朱莉のために、インスタントだがしじみの味噌汁までつけた柚那の自信とまごころが詰まった一食だ。
(朱莉さんは喜んでくれるかな。もしかしたら『これから毎朝俺のためにしじみのお味噌汁を作ってくれ』とか言われちゃったりして。キャー!!)
などと乙女全快の妄想をしつつ柚那はあらかじめ朱莉から受け取っていた合鍵のカードキーをドアノブに押し当ててロックを解除した。
「朱莉さん、朝ですよー。起きてま――」
部屋の中に入った柚那は絶句した。
部屋の中にいた朱莉は、スカートを脱ぎ散らかし、ショーツがおしりの半分くらいまで下りた状態で床に突っ伏していたのだ。それもただうつ伏せに寝ているのではなく、あろうことか膝を立て、おしりを持ち上げたような格好で大口を開け、よだれを垂らしながら気持ちよさそうにいびきをかいていた。
見方によっては非常に滑稽にも、セクシャルにも見える態勢だ。
「っ…邑田さんっ!」
「は、はいっ!ね、寝てません!寝てませんよ…ってなんだ、柚那か」
柚那の声に驚いて飛び起きた朱莉は声の主が柚那だったことに安心して床の上でぺたんと女の子座りをして眠そうな目をこすった。
「なんて格好で寝てるんですか!」
「え…そんなに変か?別に全裸とかじゃないぞ」
朱莉は何を怒っているんだ?と言いながら着ていたキャミソールをつまんで見せる。
と、その拍子にやや大きめのキャミソールの肩紐が落ち、左の胸があらわになった。
「あ、すまんすまん」
あわてて肩紐を戻しながら朱莉が柚那に謝る。
「はぁ…女同士ですし、別にいいですけど。でも、間違っても男性スタッフやカメラの前でそういうことしないでくださいよ」
「え?なんで?」
「いや、なんでって…邑田さん女の子なんですから」
「そりゃそうだけど、俺なんて中身はおっさんだぜ?柚那だって俺の昔の写真見たろ?」
「見ましたけど、そういうことじゃないんです!」
「そういうことじゃないって…?」
「とにかく、人前で絶対にそういうことしないでくださいよ」
「ん…うん。気をつける。でもなあ、視聴者とかはともかく、スタッフなんかは別になんとも思わないだろう。中身とか元がどうだとか知ってるわけだし」
「はぁ…もっと邑田さんにわかりやすく言いましょうか」
柚那はそう言うと持ってきていた朝食をテーブルに配膳して椅子に座った。
二日酔いなのか足取りがおぼつかないものの、朱莉も柚那の対面に座る。
「お、嬉しいね。しじみの味噌汁か。いただきまーす」
朱莉はそう言って、嬉しそうな顔で箸を親指と人差指にはさみながら両手を合わせて顔の前で拝むようにしてから食べ始める。
所作は完全におっさんのそれだ。しかし、おっさんがやると鬱陶しいその所作も見た目が可愛い女の子がやるのであればひとつの魅力たりえる。
「…オークと姫騎士あるじゃないですか」
朱莉にどう説明したものかしばらく考えていた柚那が、鮭の身をほぐす手を止めて口を開いた。
「うん」
「あのゲームのビルギットなんかは、結構男っぽい性格で、身体も大きいですけど、そういうシーンあるじゃないですか」
「あ、結局やったんだ」
エロゲーだとは知らずにやりたいと言い、受け取った時に顔を真っ赤にして激昂したものの、もらってしまった手前一応最後までやり通した柚那は非常に真面目だと言える。
「やりましたよ。ほっぽっといてももったいないですもん。で…まあそういうシーンがあって、オーク達は大興奮なわけですよね。そう考えると、多少がさつな邑田さんにも男性スタッフが大興奮する可能性もあるわけですよ」
「おいおい柚那。あれはゲームだぞ?それにビルギットは正真正銘女性だろ」
「ゲームキャラに正真正銘もない気がしますけど、そうですね」
「現実と創作物をごっちゃにするな。そういうのが妙な表現規制につながるんだ」
「…いや、ごっちゃにしてるのって、どっちかといえば邑田さんですからね。とにかく、そういうことです」
「ゲームキャラの性格と一緒で中の人は関係ないってか?そんなことはないんじゃないか?」
「じゃあ、邑田さんはああいうゲームをする時にいわゆる中の人のことを考えてやっていますか?」
「声優さんか?たまには考えるぞ。その人がやっている別のゲームのキャラのこととか…」
「もっと奥です。例えば徹夜で色を塗った人のことや、描き上げた原画がボツになってリテイクを受けた原画家さんのこととか、『あのセリフはマズイわー』って言われて書き直しをしているシナリオライターさんのこととかを考えてプレイしてるんですか?さらに言えば、もし万が一まかりまちがって女性とお付き合いすることになったとして、エッチする時に相手のお父さんのことを考えますか?」
「い、いや、そこまでは…」
「そうでしょう?考えませんよね?そういうことですよ。目の前にかわいい女の子がいれば興奮するし、手を出したくなる。それが男性じゃないですか」
「なんかすごく偏見に満ちている気がするけど、まあ…たしかにな」
「そうそう、最近チアキさんだけじゃなくてあの柿崎さんとか黒須警視とかと一緒に飲んでるみたいですけど気をつけて下さいよ。男性はみんな野獣です」
「いや、あの二人に限って…」
男関係で嫌な思いをしてきた柚那の言葉だからこそ説得力はあるものの飲み友達を悪く言われるのが嫌で朱莉は反論をしようと試みるが、すかさず柚那が満面の笑顔で口をはさむ
「あれ?もしかして男性とお付き合いしたいんですか?」
「いえ…したくないです」
「ああ、じゃあどちらかに抱かれてみたい?」
「絶対に嫌です」
「だったら気をつけてくださいね。飲み過ぎてチアキさんがいないところで雑魚寝しちゃうとかそういうの、やめて下さいよ」
「はい…すみませんでした。僕が悪かったです」
「無防備というか、がさつな話だな」
柚那の話を聞いた狂華はそう一言で斬って捨てた。
「朱莉って酔いつぶれて吐いたりはしないけど、酔っ払って前後不覚になりやすいからね。ビール一杯で顔が赤くなるし、お酒に強いんだか弱いんだか」
チアキはそう言って苦笑する。
「さっき柚那に同意したっていうことは、狂華も何かあるんでしょ?話してみなさいよ」
「まあ、大したことではないんだが、あれはそう――」
ドラマパートの撮影のために学園にやってきていた狂華は、昼休みにドラマパートのクラスメイトと話をしながら中庭でロケ弁を食べていた。
ぶっきらぼうではあるものの、内向的というわけではない狂華には何人かの友人もいるし、元々は関東版の番組に出ていたものの地方に転属になり、普段はいわゆる東京組と呼ばれる狂華たちとは違う寮で待機して、主に関西版、東北版の番組に出演している魔法少女達もいる。
狂華にしてみれば、一番長いメンバーとはもうかれこれ四年の付き合いになるわけで、気のおけないクラスメイト達との語らいの時間は、狂華にとってある種の癒しとも言える大切な時間だ。
柚那とチアキは一年生、三年生という設定上、別にクラスメイトがいるので別行動であることが多いし、朱莉は元男性ということを気にしてか、学校ではクラスメイトよりも男性スタッフと一緒に昼食を取ることが多い。
寮で共同生活をしている上に、学校でまで一緒に居なくてもいい。狂華としてはそんなことを考えて今まで別行動を取るということについて特に疑問にも思わなかったし、それまでは特に問題があるとも思わなかった。
だが…
「あ、狂華さん」
名前を呼ばれて狂華が振り返ると、2階の渡り廊下から朱莉が手を振っていた。
「なんだ、もう昼食は終わったのか?」
「ええ。学食でスタッフと食べました」
「そうか、よかったらたまにはこっちのグループに混ざってみないか?朱莉はみんなのことをまだよく知らないだろう?この先一緒に戦闘に参加することもあるだろうし、改めてちゃんと紹介しておこう」
「あ、はい。じゃあ今そっちに行きますね」
そう言って朱莉は渡り廊下から飛び降りようとするが、一緒にいた男性スタッフが慌ててそれを止めた。
(まあ、あれくらい飛んでも怪我なんてしないだろうが、スタッフとしては止めるのが当然だな)
狂華がそんなこと考えながら朱莉たちのほうを見ていると、渡り廊下から二人の男性スタッフが飛び降りて朱莉のほうに向かって腕を広げ、それを確認した朱莉が二人の胸めがけて飛んだ。
そして、朱莉を受け止めたスタッフは、そのまま大げさに地面に倒れ込む。もちろん朱莉のことはガッチリと抱きとめているため彼女が怪我をしているようなことは無いだろうが、それにしても三人で倒れている時間が長過ぎる。
狂華が耳をそばだてていると、スタッフが朱莉が立ち上がるのを補助しながらしきりに身体にさわり、「大丈夫ですか?」とか「すみません」とか声をかけていて朱莉は「ありがとう」とか「大丈夫」などと言葉を返している。
「…あれ、セクハラとちがうか?」
第一期魔法少女で狂華と同期の現関西チームリーダー、相馬ひなたがそう言って眉をしかめた。
「ひなたもそう思うか」
「あの子ってたしか元男やろ?そのせいでああいうスキンシップに無頓着なのかもしれんけど、そういうのしっかり教えたほうがええで」
「とはいえ、なかなか難しくてな。どう教育したらわかってくれるのか見当もつかないんだ。あいつは自分に魅力なんて無いと思っている」
「狂華がそう言って匙投げることは相当重症ってことか。まあ、本人がわかっていて気にしてないなら別にええんやけど、無警戒なだけだと、後から頭抱えるようなことになるから、教育云々は置いておいてはっきり『お前はセクハラを受けているぞこの鈍感め!』って言っておいたほうがいいんじゃない?」
「…まあ、それは伝えるとして。ひなた、今のはひょっとして私のものまねか?」
「ああ、よく似とるやろ?」
「似てない。私はもっと物腰が柔らかい」
「そう思っているのは狂華だけや。まあ、狂華が言いづらいならウチが言おうか?」
「いや。私が言おう。これは関東チームの問題だ」
そう言って狂華はベンチに弁当を置いて立ち上がり、腰に手を当て足を肩幅に開いて少し踏ん反り返るようにして立つ。
朱莉よりも小柄な狂華なりに先輩としての威厳を出そうとした結果だが、それでもなお小柄故に隊長や先輩としての威厳のかけらもない狂華を見て、周りにいるクラスメイト達は笑いを噛み殺している。
「朱莉」
「はい、なんです?」
「お前、あれはセクハラだぞ」
「…え?俺、何かセクハラしました?」
「いや、そうじゃなくて。さっきスタッフに抱きかかえられていただろう。あれはセクハラを受けているんだぞということだ」
「やだなあ、考え過ぎですよ狂華さん。あの人達は俺が万が一怪我をしたら大変だからって厚意でしてくれただけなんですから」
「いや、だから…」
「へい、狂華。バトンタッチ」
狂華では話にならないと思ったひなたがそう言って狂華を押しのけて朱莉の前に立つ。
「劇中で一応自己紹介したけど、もう一度しておこうか。ウチは関西チームのリーダー相馬ひなた。まあ、狂華の話じゃ一期から見てくれているらいし、顔と名前くらいは知っとるよね。ひなたって気軽に呼んでくれると嬉しいな」
「邑田朱莉です。よろしくお願いします」
「さて、朱莉」
「はい」
「あんたいい乳してるな」
「いや…それ、ひなたさんが言うんですか?」
そう言いながら朱莉はひなたの胸を見る。
「あはは、今はウチの胸のサイズは関係ないんや」
そう言ってひなたは素早く朱莉の背後に回りこむと、抱きかかえるようにして両腕を朱莉のウエストに回した。
「あんたさっき、厚意っていってたやろ。あんた、本当に厚意の意味わかってる?好意とごっちゃにしてない?」
ひなたは朱莉の耳元でそう囁きながら朱莉のセーラー服の中に右手を侵入させる。
「好意と厚意。それに行為。これはね、音は同じなのにその本質はぜんぜん違うものだ。厚意と好意ではそれに付随する行為の意味が全然違ってくる」
「ちょ…離してくださいよ…へ…変なとこ触らないでください」
朱莉はひなたを振りほどこうとするが、左手でしっかりと胴回りを抱え込まれてしまっていて抜け出すことができない。
「さて、ウチが今してる行為はどっちかな?好意から来てるのかな?厚意から来ているのかな?」
「こんなの、ただのセクハラだ…ひぃっ、ちょ…どこ触っ…」
「そう。これはただのセクハラ、でもあんたはこういうことをされても、『朱莉ちゃんが疲れているからマッサージをしてあげようと思ってー』…なんて言われたら厚意と取るんやろ?」
「そん…ん…なこと…」
「狂華が言いたかったのはそういうことや。…ちなみにあんたは男が自分のことなんとも思わないと思ってるみたいやけど、それは大きな間違いやで。だってあんたと同じ元男のウチが今こうして大興奮してるんやからな」
そう言って息を荒らげたひなたが朱莉のスカートに左手を侵入させようとしたとき、突然ひなたの後頭部を強い衝撃が襲った。
「っ痛ぅ…変身までするか普通」
ひなたが振り返った先には、魔法少女への変身を終えた狂華が立っていた。
「ふん。変身前の非力な私がなぐったところでお前は痛くも痒くもないだろうからな」
「そんなにこの子がお気に入りなんか?」
「お気に入りとか、そういうことじゃない。私には朱莉を巻き込んだ責任がある」
「…はいはい。東京の隊長さんは真面目なことで」
ひなたはそう言って朱莉のセーラー服の中に入れていた手を抜くと、両手を見せるようにして朱莉から離れた。
「大丈夫か?ひなたは悪気があったわけじゃないんだが、ちょっと調子に乗ってしまったようでな。すまない」
「あ、悪ふざけってことですか?すみません、なんかマジになっちゃって」
そう言って照れたような笑いを浮かべる朱莉の顔を見て、狂華とひなたは顔を見合わせて『駄目だこりゃ』と溜息をついた。
「なるほどねえ、柚那の心配はある意味で的中していたってわけね」
チアキがそう言いながら柚那の方へ視線を移すと、柚那がものすごい表情で目を見開い
ていた。
「狂華さん、今度学校ロケにいった時にひなたさん呼び出してもらっていいですか?…校舎裏に」
「あ、あれはひなたの悪ふざけだ。別に何かされたとかそういうわけじゃないんだぞ。ほら、お風呂で背中を流しっこしたとかその程度の…」
「えー?私は朱莉さんとそんなことしたことないですよ?おかしいなあ、一緒に住んでいるのになあ。アハハハハハ…」
「と、とにかく落ち着け柚那」
カラカラに乾いた柚那の笑い声に戦慄しながらも狂華が必死でなだめる。しかしそんな狂華の苦労をわかっているはずのチアキはと高笑いをして口を開いた。
「柚那ったら、今からそんなことじゃ、私の話を聞いたらきっととんでもないことになっちゃうわよ」
チアキはそう言ってニヤニヤと嫌らしい笑いを浮かべた。
「バカ!煽るようなことを言うな!」
「何を知っているんですか?というかまさか狂華さんみたいに朱莉さんが何かされるのを黙って見ていたんですか?」
「いや、私は別に黙って見ていたというわけでは…」
「関西人から朱莉さんの貞操を守れなかった役立たずな隊長さんは黙っててください!」
「や…役立たず」
柚那の暴言にガーンと衝撃をうけた狂華はうつむきそれっきり黙りこんでしまった。
「さあ、教えてくださいチアキさん、私はあと何人殺せばいいんです?私は後何回、下っ端や警視を殺せばいいんです?朱莉さんは私にはなにも言ってくれません!」
「決め打ちしてくるわねぇ…というか、微妙にネタが古いわよ。それって朱莉の世代のネタじゃない?」
「別に興味ないのに朱莉さんが見ろって言うからみたんですよ!」
「あ、ああそうなの。…まあいいわ、実は朱莉は―」
チアキが何かを言いかけた時、リビングの扉が開いて朱莉が現れた。
「お、三人そろって…って、何をそんなにがっくりと落ち込んでいるんですか狂華さん!それに柚那もどうしたんだ?そんな怖い顔して」
「おお、主犯の登場。タイミングいいわね。もしかして盗み聞きしてた?」
クククと、噛み殺した笑い声をもらしながらチアキが笑う。
「主犯?主犯ってなんです?それに盗み聞きって?」
「さてね。あーあ、興が削がれちゃったからこの話はここでおしまーい」
「ちょ…待ってくださいよ!こんな中途半端な状態で放っておく気ですか?」
「しばらく悶々としたらいいんじゃない?そういうことで悩めるのも若者の特権よ」
そう言ってひらひらと手を振ると、チアキはリビングを出て行った。
後に残されたのはショックから立ち直れていない狂華と怒り心頭の柚那、それに朱莉の三人。
「えーっと…柚那?」
「私ももう部屋に戻ります!」
そう言って柚那は肩を怒らせながらリビングを出ると大きな音を立ててドアを閉めた。
その時の音で、狂華が正気に戻る。
「はっ!私は…」
「すみません、なんか柚那の機嫌が悪かったみたいで…って言って許せることでもないですよね。すみません。柚那の代わりに謝ります」
そう言って朱莉は深々と頭を下げた。
それを見てだいたいの事情を察した狂華が肩をすくめた。
「盗み聞きは感心しないな…だがまあ、父親がわりは堂に入ってきたんじゃないか?そうやって柚那の代わりに謝ってくれている顔は、とても普段無防備に男共の性欲処理の道具になっている人間とは思えないぞ」
「誤解があるんでその言い方はやめてください。せめておかずにされているくらいにしておいて下さいよ」
「自覚があったのか?では性欲処理の道具(行為があったとは言っていない)の朱莉はなんでいいようにされているんだ?わかっているなら気持ちいいものじゃないだろう?」
「まあ、その…俺がそういうポジションにいれば、柚那がそういう目で見られることも少なくなるかなと思って」
「ああ、そういうことか…チアキには予め話してあったんだな?」
「ええ、飲み会の時に問い詰められて。柚那に知られると色々面倒なので、言えませんでした」
「さっきチアキが柚那に言おうとしていたのはそれか」
「あはは…言わないでくれって言ったんですけどね」
「チアキは口にしまりがないからな。恐らく遅かれ早かれ漏れるだろう」
「ですよね」
そう言って朱莉は大きなため息をついた。
「まあ、バレたらバレたでその時だな。あれで柚那もそれなりに世間の荒波にもまれてきているんだ。そこまで過保護になってやる必要もないとは思うけど」
「かもしれませんけど、やっぱり父親代わりとしては娘がそういう目で見られるのって嫌じゃないですか」
「それ、君はそれを本気で言っているんだから恐れ入るよな。…一つ忠告だ。君はもう少し気の回し方を考えた方がいい。そうしないと、君も周りも不幸になる」
狂華はそう言って呆れたような目で朱莉をひと睨みすると、自分のネタ帳を持ってリビングを出て行った。