散歩する"元”侵略者 1 リオと理央
◆
「はぁっ!?リオさん降りてくんの!?いつ!?」
いつもどおり机に突っ伏してダラダラとミーティングに出席していた聖は、ミーティングの司会をしていた朱莉から自分の上司の動静を聞いて、怠惰の二つ名にふさわしくない俊敏な動きで顔を上げた。
「来週の月曜に種子島に一回降りてからこっち来るんだってさ。都さん…というか、五十鈴総理と会談しに降りてくるらしいんだけど、ついでに聖たちの普段の生活を見学したいらしい」
「それ絶対見学じゃなくて検分だよ…どうしよう…日報代筆の件とか絶対追求されるよ…」
聖はそういって「あぁぁ…でもまだ3日ある…」と力なく机に突っ伏して先程までの姿勢に戻り、聖以外の参加者は心の中で『こいつ意外と余裕あるな…』と思った。
◇
「はぁ…え?ええ…ら、来週ですか!?いや…ちょっと聞いてみないと私の一存では…はい、聞いてみますので、ええ……ふぅ…」
「どうしたの虎徹っちゃん。誰からだったの?」
電話を切ってため息をついている虎徹に、ベッドでゴロゴロしていた彩夏が訪ねた。
「いや、うちの総統…理央さんが今アメリカにいるらしいんだけど、来週こっちに来るって」
「アメリカ?なんでまた」
「ルナリアンに比べると俺達はまだまだ国交を樹立している国の数が少ないからね。総統自ら飛び回ってるわけさ」
「なるほど、大変だねぇ」
「それで、来週こっちに来るらしいから、都さんの予定を確認しないと」
「あ、なんだ。都さんに会いに来るんだ。来週の何曜日に来るの?」
「月曜だそうだ。まあしばらくこっちに滞在するつもりだって言ってたから日程は多少ずれても大丈夫だと思うけどね。あとは、日本滞在組の生活も見たいんだってさ」
「月曜って三日後じゃん。生活見るってことは私も会わなきゃだよね?ヤバ…私美容室とか行ってきたほうがいいかな?」
そう言って彩夏は指で自分の髪をクルクルと弄ぶ。
「彩夏ちゃんはそのままで充分可愛いから大丈夫だよ」
「あ、男子のそういうの信用できないからやっぱり今から予約して行ってくるわ」
―――翌週月曜日。
羽田空港・到着ロビー 特別待合室。
◇◆
「………あれ?」
待合室のドアを開けた虎徹は中にいた人物を見て一旦外に出て部屋の名前を確認した。
「あってるな……」
虎徹は改めて部屋に入ると、ソファに深く座ってすやすやと寝息を立てている女性に近づいた。
寝息を立てている女性の名は、堆田聖。
月から来ている異星人、いわゆるルナリアンの日本滞在チームリーダーで、堆田という名前の通りの怠惰な女性だ。
「おい、おい堆田、起きろ堆田!」
「ん……はっ!?リオさん!?…じゃないじゃん、もう一眠りもう一眠り……
「寝るな寝るな。というか、なんでお前が理央さんの名前を知っているんだ?」
「え?いやそりゃまあリオさんと私は知らない仲じゃないしね」
「そうなのか」
「そうなのよ。むしろなんであんたのほうこそリオさんの名前を知ってるわけ?」
「そりゃあ、俺と理央さんもそれなりに長い付き合いだからな」
「へー、知らなかったな」
「こっちだって初耳だ」
(そういえば、昔、ルナリアンと交流を持とうとして、理央さんが何度か女性とデートをしたという話があったな。堆田はその時の女性ということか)
虎徹はそう考え
(そう言えば、昔、艦の男とリオさんが付き合ってたとかって話があったな、こいつがそうか)
聖もそう考え
((こいつ意外と歳いってるんだな…))
と考えた。
「じゃあ今日はあんたもエスコート役ってわけ?」
「ということは君もか。お互いあの人には振り回されるな」
「ま、役職柄しょうがないよね」
「そうだな」
そんな感じで虎徹と聖がすれ違い続けること10分。
この部屋の一人目の賓客が現れた。
「あら、今日は聖がエスコートしてくれるの?まさかあの怠け者で有名なあなたが来てくれるなんて、地球にきて成長したのね、嬉しいわ」
部屋に入ってきたリオは聖の姿を見つけると嬉しそうにそう言って胸の前で手を合わせて、穏やかな笑いを浮かべた。
「あ…あー…ははは。まあその、わ、私も成長しているんですよ、はい。日報だって自分で書いてますし、ええ代筆なんて頼んでませんよ」
「……まあ、その件はあとで話をするとして、そちらの男の方は聖の彼氏さんかしら?日報はともかくそっちのほうも頑張ってくれているなんて嬉しいわ」
「へ?こいつと知り合いなんじゃ……?」
「え?知らないけれど?」
聖が自分の勘違いに気がついた次の瞬間、この部屋の二人目の賓客が開けっ放しになっていたドアから顔をだす。
「お、虎徹が迎えに来てくれたのか、しかも女の子連れとは嬉しいね」
部屋の中を覗いた理央はそう言って白い歯を見せて笑う。
「そっちの子が彩夏ちゃん?だとすると、こっちの子が俺の相手をしてくれるのかな?」
「その声……まさか…」
「どうしたんだい?プルプル震えて。怖がることなんて何もないんだよ?俺はこう見えて優しくて紳士的な男だからね」
「……あら…あらあらら、どうして私があなたを怖がらなきゃいけないんですか?」
先程までの穏やかな微笑みとは違う、引きつった笑顔を貼り付けたリオが理央のほうに振り向く。
「ゲェっ、リオ!?」
「お久しぶりですね、理央さん」
「なんでお前がここに!?」
「それはこっちのセリフです!!」
(ああ…)
(そういうことか…)
リオと理央。二人の名前を聞いた聖と虎徹は同時に自分たちがしていた勘違いと状況を理解し、そしてこの次にされる質問の予想がついた。
「おい、虎徹」
「ちょっと聖」
「「なんでこんな事になっているの(んだ)!?」」
「「全部都 (さん)が悪いんです」」
『いやあ、ごめんごめん、ちょっと私も五十鈴先生も今週忙しくてさ。先に二人の部下が暮らしている全国の支部のほうを回ってもらおうと思ったんだけど、車両の手配とか色んな都合で、一緒に行ってもらうのが効率いいなって思って』
通信機の向こうで、全然悪びれた様子もなく、都がそんなことをのたまった。
「だからって、なんでよりによってこの男と」
「それはこっちのセリフだ」
『まあほら、二人は昔付き合ってたんでしょ?だったら旅の途中でそのころの気持ちを思い出せるかもしれないじゃん?というか思い出して二人が仲良くなれば、お互いにとって良いことづくめでしょ。月と艦が仲良くなれれば月の人間はもっと地上に降りてきやすくなるし、艦の人間が月に入植できるようになれば、艦と月の技術を融合させて、月を本格的な人類の拠点にすることもできるかもしれない。そうなれば、あなた達も私達もにっこにこって訳よ』
「それは…」
「そうかもしれないが…」
『と、いうことで聖、虎徹、あとはよろしくね~』
そう言って都が首を切るように手を振ると通信がバツっと切れた。
静かになった室内には、リオと理央、そして聖と虎徹。
気まずい沈黙が四人を襲う。
「ええと、じゃあとりあえず、その……車が駐車場に停めてありますので、移動を…」
「聖、あなたの魔法は移動にも使えましたね」
虎徹の言葉を遮るように、リオが聖に言う。
「え?ああ、はいまあ…」
「今回行く中で一番近い所に私を送って頂戴」
「ええっ!?でも私はそれ通れないんですけど」
「あなたはそちらの二人と一緒に来ればいいではないですか」
「リオ、流石にそれは理不尽ってものじゃないか?そっちの…聖ちゃんだっけ?も困っているじゃないか」
「あなたに呼び捨てにされるいわれはありませんよ」
「………お前なぁ、さすがにもう少し大人になっているだろうと思ったのになんにも変わってないな」
「あなたのほうこそこの二十年で少しは礼儀をわきまえるようになっているかと思いましたけど、何一つ進歩していない!!野暮で粗野な子供のまま!」
(うーん…こういうリオさんはこういうリオさんで…)
(少し新鮮ではあるなあ…)
しばらくの間、言い争いをする二人を観察していた聖と虎徹の視線がたまたまクロスした。
(都の話、乗る?)
(乗っとこうか)
怠け者だ、お人好しだと言われても二人共先遣隊のリーダーに任命される人材である。即座に視線で意思疎通をすると、小さく頷いてから喧嘩の仲裁に入る。
「リオさん、ストップ。ストップです。最初から喧嘩売るのはだめですって。確かに今うちと艦の連中とは別に友好関係ではないですけど、戦争状態でもないんですから、わざわざ関係を悪化させるのはまずいですって」
「う…ま、まあそうね。あなたの言うとおりだわ」
「それに、そもそも私の力は封印されているんでそんな長距離のワームホールなんて出せないですよ。距離なんてせいぜい10センチがいいところです」
せいぜい10センチなどとはいうものの、聖の得意魔法の特性を考えればそれでも十分すぎる戦力ではあるが、聖の言う通りとても移動には使えない状態でなのも間違いない。
「虎徹も同じ意見なのか?」
「そうですね、特に日本は彼女たちと仲がいいですから、この国といい関係を築いていきたいなら、今ここでの揉め事はよろしくないと思います」
「はあ…そうだな。リオ、別に仲直りをしようとは言わないが一時休戦だ」
「言われなくてもわかってます!いちいち癇に障る人ですね!」
リオはそう言って理央が差し出した手を払った。
◆◇
羽田空港から一番近い本部以外の拠点、つまりJCJKのいる埼玉に向かう車中で、重い沈黙と緊張感でだらけることも寝ることもできないという状況に耐えられなくなった聖が口を開いた。
「え、ええと…男性のほうの理央さんは、意外と普通ですね」
「え?」
「何が言いたいの、聖」
「前に誰だったからか、男性のほうの理央さんは女言葉で話すとか聞いていたんで。でも、今日あった感じだと意外とその、普通に男性だなっておもって」
「ああ、そういうこと、この人達の艦はね、総統が女装して、クルーを慰安するなんて気持ち悪い風習があるのよ」
リオの言葉を聞いて、運転している虎徹の顔と身体が一瞬こわばり、それを見た聖は普段の彼女からは想像ができないほど狼狽した。
「ちょ、リオさん!?」
「ああ、いいよいいよ。昔そう言ったのは俺だから」
「理央さん!?なんでそんなことを!」
「まあ落ち着け虎徹。お前だって別に俺の女装が好きっていうわけじゃないだろう?」
「それは…しかし、総統に褒めていただけるのは名誉なことで――」
「じゃあお前、次の総統な」
「ええッ!?」
「嫌だろ?女装。ここだけの話にするから本音でいいぞ。ちなみに俺は嫌だ」
「そんな…こと…はっ……!」
「無理するなって、彩夏ちゃんに見られるの嫌だろう?」
「……むしろ彩夏ちゃんに知られたら、積極的にやらされそうなところが嫌です」
「ああ…そうなのか…?変わった子だな、お前の相手は」
「あの、私の理解の範疇を越えているんですけど、あなたはいったいその子の何がよくて付き合っているんですか?」
バックミラーに映ったリオの、バカにしているでもなく、挑発しているでもなく、真剣に解せないという表情を見て、虎徹が精神にダメージを負う。
「もう少しオブラートに包んでやってくれ!うちの虎徹が泣きそうになってるだろ!?」
「知りませんよそんなこと」
「とはいえ、戦技研の子ってそういう子多いんですよ」
話が弾んできたとはいわないものの先程までの緊張感が多少は和らいだのを感じた聖がこの期を逃すものかと、会話をつなぐ。
「ね、虎徹。そうだよね?」
「あ、ああ、まあそうだな。確かに戦技研は…いや、でも俺がいる東北は戦技研というより、夏緒さんが…」
「ああ………まあ、夏緒はね。いつもごめんね」
「虎徹さんがいるところには、夏緒がいるのですか…?それは大変なご迷惑を…」
「そんなに酷いのか、その夏緒ちゃんは」
「こう言ってはなんですが、酷いです」
「さすがの私も申し訳なさでいっぱいです」
「責任者としては、あれを選抜したマザーを100回壊し直したいレベルです」
「そ、そうか」
三人の、特に最後のリオの言葉を聞いて、理央の表情が少しひきつる。
「でもだったらなんでそんな子を先遣隊に選抜したんだ?いくらコンピューターが選んだとは言っても最終審査ではじけたろう?」
「……いろいろあったんですよ、こちらにも」
「そうか、もし――」
「そうなんです」
理央はそのあたりを聞きたそうだったが、リオはそれを遮るように強い語調で締める。
そして、再びの沈黙。
結局、どこでも寝られる、すぐに寝られるを信条にしている聖は、本日の宿となるJC寮到着まで一睡もできなかった。
虎徹があまりにも不憫で聖をお仕事モードで少し有能にしたら聖がやられてしまうという中間管理職殺しのお話。




