ただし魔法は口から出る
「なんで三人共来ちゃうかな…」
「お、なんだ?実は止めてほしかったのか?」
挑発するようにそう言ってひなたさんがニッと笑う。
「まあ、自分で言うのもどうかと思うけど、朱莉のせいでずいぶん変わったね、ボクもひなたも楓も」
狂華さんもそういって俺の方を見る。
「というか、さっきだってあたしと先輩がいなきゃ削れなかったし、旦那がいないと引っ張り出せなかっただろ。朱莉一人でどうするつもりだったんだよ」
と、ポンポンと刀の峰で肩を叩きながら楓。
心強いし、正直ありがたい。ありがたいけど
「俺が一美さんとか都さんとかイズモちゃんに怒られるだろ。どうやって帰るつもりだよ…」
「お前が言うなよ」
「そうそう、朱莉が言うなって話だよ。それに絶対なんとかなるって、外にはみやちゃんがいるんだし」
「そもそもこれ、精華の魔法だろ?だったら精華が…精華がなあ…うーん…精華かぁ…」
あ、楓も気づいちゃった?肝心のところがだめっぽいよね?
だからできれば精華さんには頑張って閉じるのを食い止めてほしかったんだけどな。
「ま、まあそれはあれだ。あとで考えよう、あとでな」
「大丈夫大丈夫、みやちゃんがいるんだから」
ひなたさんも狂華さんもちょっと目が泳いでいるんですけど…。
とはいえ、ひなたさんの言う通り全ては恵を助け出してこのアラクネを倒してからだ。
「よし、じゃあさっきと同じ作戦で行きます」
「ボクと」
「あたしがけずって」
「俺と朱莉で恵を引っ張り出すだな」
「はい」
ハナが再生を防いでくれていた足もすっかり元通りになってしまったアラクネはじっとこちらの様子をうかがっている。
今上半身としてでているのは生倉のみ。多分、恵はアラクネのコントロールに戻ることを拒否しているということだろう。
「カウント0で作戦開始。5…」
果たして、恵を助けたとして
「4」
本当に戻れるのか…いや、戻る。
「3」
勢いで飛び込んじゃったからなあ、一美さん、都さん、イズモちゃんはもちろんだけど、柚那もめちゃくちゃ怒ってるだろうな…。
「2」
早く戻って謝らなきゃな。
「1」
んで、お正月だ。
「0」
俺のカウントで、さっきと同じ様に楓と狂華さんがアラクネに飛びかかる。
二人共さっきと同じ様にガリガリとアラクネの外殻を削っていく。
多分もう十秒もしないうちにスイッチとなるはずだ。そしたら俺とひなたさんで残った外殻を取り除いて恵を引っ張り出して、浅草ではできなかった全員の全力攻撃でアラクネを攻撃して消滅させる。
同じことを繰り返すだけだ。繰り返すだけのはずなのに、なんだこの不安は。
何かを忘れてないか?何か重要なことを見落としてないか?
「どうした朱莉」
「いや……なんか…」
俺と話をする前の恵は周りの被害を大きくしようといていた。だが、最終的にあいつの目的は俺の攻撃を受けて死にたいっていうものだった。
だから―――
「―――楓!狂華!そこから離れろ!」
「え?」
「っ!」
俺の声に一瞬反応が遅れた狂華さんを、持っていた短剣を捨てた楓が抱えて飛び降りる。
そして次の瞬間、楓が捨てた短剣はアラクネの背中の上で消滅し、それを見てひなたさんが叫ぶ。
「魔力無効化か!」
「そういうことです」
恵自身があれを魔法として使っているというわけじゃないのはわかっていた。
だからあれは多分デバイス。生倉から聞いていた魔法の上限数と、俺とこまちちゃんが聞いた恵がアラクネ状態で使える魔法のカウント外。
死にたがっていた恵は使わなかった力だが、コントロールが意思の有る無しはともかく生倉に握られている今なら使ってくるだろう。
「あっぶねえ…ばらっばらにされるところだった…」
「ありがとう楓」
戻ってきたふたりが一息ついて、俺の横でアラクネに向かい合う。
「やっかいだぞ、あれは」
「わかってます」
魔力が無効化される=ナノマシンが分解される。つまり、身体のナノマシン化が進んでいるこの四人では打ち破るのはかなり厳しい。
むしろデバイス破壊だけなら銃を持った佳代やスナイパーライフルを持った都さんとかのほうが全然いい。
どうする、どうする、どうする……。
佳代が投げてよこした銃はこちらに吸い込まれなかったのだろう、あたりには見当たらない。
アラクネの身体にひっかかって巻き込まれたコンクリート片やその中に入っている鉄筋などは見えるが、それを投げて攻撃しようとしても魔法の膜でも貼られてしまえば弾かれてデバイスの破壊にはいたらないだろう。
とはいえ、楓と狂華さんが削ってくれた今なら魔法をタイミングよく打ち込めば表面の膜だけ消してその後コンクリート片をぶつけてデバイスを壊すことも……いや、だめだ。それが万が一中にいる恵に致命傷を与えないとも限らない。
考えろ、考えろ邑田朱莉。
今ここにあるのは、いるのは。
今ここにあるもので一番使い勝手がいい武器になりそうなものは?
今ここにいる誰なら打ち破れる?
一番タイミングがはかれる魔法と物理攻撃の組み合わせは。
まず、直接打ち込む系はだめだ、楓の短剣があっさり消えたことを考えると危険すぎ……いや、まてよ…?
そうか、そうすればいいのか。
俺がアラクネのほうに視線を向けると、アラクネが…アラクネの上半身となっている生倉が、こちらを馬鹿にしたように笑ったような気がした。
笑っていられるのも今のうちだ。
「楓」
「おう」
「足を全部切断してくれ。危ないからさっき攻撃した胴体の上部には近寄らないこと」
「了解」
動かれると狙いがずれる可能性があるのでそれを排除したい。
「ひなたさん」
「あいよ」
「一番強い魔法でとにかくアラクネの上半身…生倉の足止めと妨害をおねがいします」
そして、さっき俺の肩から恵を奪った時の動きを考えればあの上半身は伸縮自在だと思う。なので、とにかく妨害をしないとこっちの邪魔をされる可能性がある。魔法を破ってすぐ物理攻撃に切り替えなければいけないことを考えればちょっとした接触でそのタイミングが崩れる可能性がある。
確かひなたさんのとっておきの魔法は燃焼範囲の指定ができたはずなので上半身を焼き続けてくれるはずだ。
「狂華さん」
「うん」
「俺が恵を助けだしたら、ありったけの魔力でアラクネを狂ヒ華で吹き飛ばしてください。塵も残さないつもりで、できるだけ長時間照射で。俺とひなたさんも全力出すんで、やつの吸収許容量オーバー狙いで行きます」
「朱莉が恵を助け出すの?」
「ええ、全力で魔力無効化デバイスをぶん殴って恵を引っ張り出してみせます」
「そんなことできるの?」
「どうっすかね。でも、やりますよ。ちょっと命がけですけど」
さっきまでの俺だったらできなかった。
俺の両手じゃできなかった。
「はは…」
「どうしたの朱莉」
「いえ、皮肉だなって」
「え?」
「この義手、翠が作ってくれたんですよ。ステークには魔力が通るのに、腕のほうには魔力が通らないっていう急造品なんですけどね」
多分、恵は自分と同じ天才でありながら他人との関係がうまく築けていて、みんなに認められている翠が嫌いで仕方ないだろう。だが、翠が作ったこの腕でなければ恵は救えなかった。
恵が今一番嫌っているんじゃないかっていう翠の作ったこの手じゃなければあいつは救い出せない。
「恵のやつ、嫌がるだろうな」
もうなんか、この事実を聞いた時の顔を思い浮かべるだけで笑えてくる。
「ああ…嫌ってそうだもんね、翠のこと」
「実際、喧嘩しているところも見たことありますしね」
親子ほどとは言わないが、それに近いほど歳が離れているのに。
ただ、翠と喧嘩をしている時の恵は、良くも悪くもとても素直な顔をしていた。
まるで、千鶴と喧嘩をしている時のあかりのような顔を。
そして、逆に翠の顔はあかりと喧嘩している時の千鶴のような顔をしていた。
「なんつーか、あの喧嘩って姉妹みたいだったよな。一美と風月が喧嘩してるみたいな感じっていうか」
ひなたさんがぽつりとそういった。
「あたしはどっちかっていうと、イズモと鈴奈みたいな感じに見えたかな」
「あー…なんか二人の言ってることわかるかも。ボクもチアキとみつきみたいだなって思ってたし」
「それ、なぜか恵のほうが翠より子供じみてるほうなんですよね」
「それだ」
「わかる」
「うんうん」
みんなもそんな風に見えてたんだな。「そんなのお前だけだ」とか言われたら嫌だなと思ったけど共通見解のようで何より。
「……んじゃ、翠のかわいい妹を救って帰りましょうか。タイミングは楓に任せる」
「了解だ、んじゃ、俺から仕掛けるぜ。遅れるなよ、旦那、朱莉」
楓はそう言って雅フォーム…雅史くんの姿に変わると、両腕を広げて身を低くしてアラクネの腹の下を走り抜け、まず足先を切断した。そして走り抜けた先で急ターンすると、アラクネの周りを走りながら両手の刀で足をバラバラにしていく。
「いくぞ!」
ひなたさんが腕を振ると真っ赤な花びらがどこからともなく舞い降りてきて、アラクネの上半身を燃やし始める。そしてそれを確認したひなたさんが再び口を開く。
「朱莉!」
「おうっ!」
俺はアラクネの上で足を飛行魔法で固定し、逆さ吊りのような格好になってから、ステークを爪型に変化させて再生の始まっているアラクネの外殻を削り始める。
少しずつ、少しずつ削った分だけ高度を下げて、外殻だけを削るようにして。
何度も何度も、何度も何度も何度も腕を振る。
そして
ステークで作った爪が消える。
「ここだあああああああああああっ!!」
前腕部に流していた魔力を止めて足の後ろに魔法で壁を作り、足の力も使って突きを、正拳を、ジャブを、フックを、アッパーを、ストレートを、何度も、何度も何度も、何度も何度も何度も打ち込む。
視界の隅でじわりじわりと外郭が再生しはじめているのが見える。
時間は殆ど無い。
「オラオラオラオラオラオラオラオラぁっ!」
ああ、人ってこういう時本当にこんな声が出るんだな。
そんなことをどこか冷静に思いながら、数秒だったかもしれないし、数十秒、数分だったかもしれない攻撃の後、『パキ』と小さな音がして、硬い層が割れ、中から筋繊維のような層が顔を出し、すぐ奥に恵の顔も見えた。
あとはこの薄い膜を魔法で切り裂いて、恵を……どうやって?
ステークはもうない。この腕には魔力が通らない。
恵を助けることができない。そう思った瞬間、視界の端で何かが光った。
「悪いな、命令違反するぜ」
「楓!?」
俺が顔をあげると楓はニッと笑い、刀をアラクネの背中に突き刺すとまるで料理人がふぐを引くときのような見事な薄さでアラクネの筋繊維と膜を切り裂き、返す刀でもうひと斬り、十字になるように切れ目を入れると刀を投げ捨てて両腕でその切れ目を開く。
「すまん!」
「いいってことよ!」
楓と短く言葉を交わし、俺は恵を引っ張り出してアラクネの背中から飛び降り、楓もそれに続く。
「狂華さん!ひなたさん!」
「あと10秒で半径30m、120秒照射横撃ち行くよ!ひなた足止めお願い!」
「おう!こっちはここから全力だ!」
アラクネ…生倉も危機を感じ取ったのだろう、楓が持ち場を離れたことで再生した足で狂ヒ華の射線から逃げようとするが、それはひなたさんの炎が許さない。
アラクネの本体自体を、さらにはその周りを取り囲むように地面を燃やしてアラクネの足を止める。
「だったら俺も大技出すかな」
楓がそう言って刀を出現させると、その刀の刀身はみるみるうちに大きくなっていく。
目算で100メートル。
まるで戦艦も斬れそうなほど大きな刀。って――
「断艦刀!いっけえええっ!」
あ、セーフセーフ。じゃなくて
俺もここは全力で…………ええと手がだめだから…じゃあ口からで。
柚那も朔夜もあかりもみてないし、いいよな。うん。
サブタイトル考えるのが致命的に苦手です。




