二人目のストーカー
知らぬ間に問題が山積みになっていた。いや『なっていた』というよりは自分で問題を積み上げた部分が大きいので、山積みに『してしまった』が正しいか。
言い訳をさせてもらうと、俺は柚那がストーカー被害にあっていたことも知らなかったし、そのストーカーがみゃすみんだということも知らなかった。確かに柚那にとってのトップシークレットである個人情報を漏らしたのは俺が悪かったと思うが、怒って三日も口をきいてくれないとは思わなかった。
あかりにしても、俺が激昂して都さんに殴りかかった(しかも無様にやられた)ことについてまさか電話であそこまで怒った上に着信拒否までされてしまうとは思ってもみなかったので結構ショックだ。
「あのねえ、『ショックだ』とか『こんなことになるとは思わなかった』とか言ってみたところで二人の中のあんたの評価は変わらないわよ」
俺は、今晩も小料理屋チアキのカウンターで、もう何度目になるかわからないチアキさんのお説教を聞きながら酒をあおる。
「中学生や高校生の子供じゃないんだから、そういうところしっかりフォローしておかないと」
チアキさんの言う通り、俺は目に見えた形でのフォローはできていない。実際、ストーカーだというみゃすみんにどう対応したらいいか判断がつかず、今、チームの練習は自習ということで三人のやりたいように任せている。さらにタイミングよくというか、タイミング悪くというか、怪人と戦闘員の出現もないため、柚那と話をする機会ももてていないのが現状だ。
「突っ込んだほうがいいのかしら。機会っていうのは待つものじゃなくて、自分で作るものよ」
「チアキさんはこんな俺にも的確なアドバイスしてくれるから好きです」
「私の事は好きでも嫌いでもいいから、柚那のフォローをしてあげなさいよ。ストーカーがそばにいるってわかった以上、柚那だって不安になっていないはずがないんだから」
「一応フォローはしているんですよ。柚那が買い物に出かけるっていうときにはこっそり後ろからついて行って見守っていますし、郵便物に変なものが混じってないかチェックしてますし、みゃすみんが寮に侵入してきていないか、ちょくちょくダクトに潜って確認してます。それにダクトに潜ったときに時々柚那の部屋まで様子を見に行ってます」
そう。面と向かって謝っても許してもらえず、うっかり近寄ると舌打ちまでされるので、コソコソ裏でという形にはなってしまっているが、一応俺なりに気を使ってはいるのだ。チアキさんはそんな俺の行動をまったく予想していなかったのか、驚いたような表情を浮かべてから、『うーん…』と唸って眉間を抑えつつため息をついた。
「……あのね、朱莉。あなたが悪気なくやってるのはわかるんだけど……それ、完全にストーカーよ」
「え?」
「付きまとい、郵便物の無断借用、のぞき。さあ、この三つの中でどれがストーカー行為でしょう」
「うわ!全部だ!」
言われて気が付いたけど、完全に柚那のストーカーじゃん!ストーカーで神経質になっている人間にストーカー行為するとか、どれだけアホなんだ俺は。そりゃあ柚那だって薄々俺が何をしているか感づいて舌打ちもするわ。
「今の話を聞いていたらむしろしばらく柚那に近寄らないほうがいいかもしれないとまで思っちゃうわね」
「そんなこと言わずに何かアドバイスくださいよ。どうしたら柚那に許してもらえますか」
「簡単じゃない。柚那を守るのは俺だってちゃんと正面切って主張すればいいのよ。愛純に対しても柚那と一緒に対峙して、俺の女に指一本触れるんじゃねえ!とか啖呵切ればいいの」
なんだろう。昭和の任侠ものとか、Vシネの匂いがするんだが。
「……文句言うならもうアドバイスしないわよ」
「言ってないじゃないですか。ていうか、常に心の中を読むのやめてくださいよ」
ちょっと考えたことまで読み取られてしまうと話が進まないというか、むしろ余計な誤解を生むと思う。
「ねえ。私、そもそも論ってあんまり好きじゃないんだけどさ。そもそも、朱莉って柚那の事本気で好きなわけ?心の中が読めても本音ってやつが読めるわけじゃないから、そこのところはよくわからないのよ」
「好きですよ」
目を閉じれば柚那との思い出が脳裏をよぎる。一緒に訓練してきたときのこと、最初の戦闘のこと、あかりを助けるのを手伝ってくれたこと。一緒にアーニャ達の件を捜査したし、その後あかりやみつきちゃんと一緒に買い物にも行った。ああ、そうだ。夏には海にも行ったっけ。
「……ねえ、あなたたち、ちゃんとしたデートって行ったの?」
俺と柚那との思い出をのぞき見したらしいチアキさんが眉をしかめながら言った。
おそらく、俺の回想にデートらしい回想がなかったからそんなことを聞くのだろうが、細かい思い出は結構たくさんある。
「ちゃんと行ってますよ。一緒に出掛けて俺の服を見立ててもらったりとか」
「それ、デートだけどデートじゃないわ。じゃあ、そうね……朱莉は車あるんだから、二人でどこか出かけたりしなかったの?買い物以外で」
「週末に遊びに来たみつきちゃんとあかりを送りに行くときは一緒に来てくれますね。なので、ドライブデートは結構しているほうだと思います」
「だからそういうのはデートって言わないんだってば!」
「え!?」
「ショッピングも、用事のついでのドライブも普段するはいいけど、朱莉が不器用なりにちょっと頑張って計画したデートとか、二人でここに行きたいねって話をしたところに旅行に行くとか、そういうのはないの?」
「ないです」
「いつも寮にいるし、そんなことだろうと思ってたけど、即答なのね」
チアキさんに盛大にため息をつかれて気がついたが、俺ってもしかして柚那に対して恋人らしいこと何もしてないんじゃないか?
「もしかしなくてもしてないわよ」
「でも……」
「真面目な話ね、朱莉は口に出さなさすぎ、態度に出さなさすぎで、何事もやらなさすぎのことなかれ主義すぎなのよ」
まるで杉林のようにすぎすぎ言われた。
「本当は柚那の事なんとも思ってないのに、それを口に出さない、態度に出さない。なんとも思ってないからデートにも誘わない。付き合うときに断らなかったのも別れないのもそれで何か波風が起こるのを恐れたことなかれ主義の延長……って見方もできるんだけど?」
「いや、それはないです!ない……と、思います……」
「自信がなさそうな顔で言われてもね。まあ、私は当事者じゃないから、二人の本当のところってやつはわからないけど、進むか終わるかはっきりしたほうがいいわよ」
「進む方向でいきたいです……でも、具体的にはどうすれば?」
「まず、柚那以上にあかりちゃんに構うのをやめなさい」
「え?いや、柚那以上って……柚那もあかりも同じくらい一緒に――」
「一緒に住んでいる恋人と一緒に住んでいない妹とで一緒に過ごす時間が同じくらいの時間でいいわけないでしょ。しかも言いたくはないけどあかりちゃんは血の繋がっていない妹なんだしね。柚那はあかりちゃんのことを嫌ったりはしていないけど、それでも気になるとは思うわよ」
「まあ、確かにそうですよね」
考えてみれば柚那は二人きりの時に、話の中で度々あかりに対するけん制を入れてきている。やたらとあかりちゃんとはダメと言っていたのはそういう事だろう。
「……わかりました。柚那のために明日から頑張ってみます!とりあえず明日の英気を養うためにもおかわりください」
俺がそういってカウンターの上に置いたグラスと俺の顔を見比べた後で、チアキさんは大きなため息をつくと、鬼の形相で俺の襟首をつかんで部屋の外に引きずり出した。
「明日からじゃなくて今から頑張りなさい!」
チアキさんはそういって俺に一蹴りくれると、バタンと大きな音を立ててドアをしめて鍵をかけてしまった。
部屋を追い出された俺が、とりあえず自分の部屋に戻るために立ち上がろうとしたところに手が差し出された。
「もしかして今日は閉店ですの?」
「いや、俺は今日はもう出禁だと思うけど、俺以外は多分普通に入れると思う。優陽はこれから晩飯か?」
「ええ。今日もチアキさんのところでいただこうと思いまして」
優陽はそう言って俺の手を引いて立ち上がらせてくれた後で、チアキさんが勢いよくドアを閉めたときに床に落ちてしまった『小料理屋ちあき』と、染め抜かれたのれんを拾って、ドアの前に掛けなおした。
「チアキさんの料理、おいしいもんな」
「それより朱莉さん。今度は一体何をしたんです?」
「え?」
「こんなところで尻餅をついていたということは、何かして追い出されたのでしょう?」
「何かしたというか、何もしなかったというか……まあ、どっちにしても俺が悪いんだけど」
「そうなのでしょうけど、私達は心を読めないので、お話は具体的にお願いしますね」
「あれ?朝陽?」
「はい。朱莉さんのはっきりしない物言いになんとなく事情を察した優陽が若干いらだったので変わりました」
「そっか。悪いな、気を遣わせて」
「いえいえ。それで、どうなさったんです?」
「柚那の――」
「ああ、聞きました。ストーカーって最低ですわよね。まあ、ストーカーでなくても、朱莉さんが柚那さんにしたことは最低ですけど」
「……朝陽?」
「ほほほ、すみません。優陽がでしゃばっちゃって」
今の優陽だったか?切り替わったタイミングがわからなかったんだけど。
「いや、まあ優陽の言う通り、自分でも最低だと思うけどね」
知らず知らずに自分自身がストーカー化してたこととか、みゃすみんにペラペラしゃべっちゃったこととか、恋人らしいことしてあげられてなかったこととか。
「そういう風に言うのも最低ですよ。……おっと、また優陽が」
いや、今のは完全に朝陽だろ。
「なあ、朝陽。俺ってそんなに柚那を蔑ろにしてるか?」
「蔑ろにしているというより、興味がないというか。隣にいて当たり前。釣った魚にエサはやらない。そんな感じでしょうか……こら、優陽。言い過ぎよ」
……まあ、朝陽が優陽に頼らず自分の意見を言ってくれるようになったのはいいことだと思うけど。
「ズバズバ言うなあ……」
「まあ、おかげで私と優陽……じゃなかった。朝陽は騙されずに済んだので、柚那さんには感謝してます」
今、完全に朝陽だったな。
「でもやっぱりそう見えるのか……」
「見えますね。朱莉さんって、一番近い人に冷たいというか、外面がいいというか。恋人より友人にいい顔をしようとしていて。それもある意味やさしい朱莉さんの性格の一面というのはわかるんですが、恋人がそれを理解して当然というのはちょっと違うかと」
そこは自分でもわかっているんだが、なかなかうまくいかない。恋人の柚那は確かに大事だけど、一緒に戦う仲間も大事だ。
「そういうところがなければ是非お付き合いしたいですけどね」
「え?」
「冗談ですわ。ほかにも直してほしいところがいっぱいありますから。でも、今さしあたって朱莉さんが直さなきゃいけないのはそこかなと思いますよ」
「うーん……正論すぎてぐうの音も出ないな」
というか、正論で17歳の女の子にお説教と解説される俺って……
「……これ、本当はオフレコなんですけどね。あかりちゃんも、同じようなことを考えていて、お兄ちゃん離れしなきゃって思っているみたいです」
そういえば優陽は狂華さんのチームであかりと一緒なのだった。
「なあ、朝陽から見てあかりはどうだ?」
「どう、といいますと?」
「もし正式に魔法少女になったとして、一人でやっていける?怪我したりしないかな?」
「今の朱莉さんよりはやっていけると思います。模擬戦をやってみてセンスがある印象を受けましたし、狂華さんと一緒にですけど、最初のミーティングの時に起こったジャンヌさんと寿さんの衝突を見事に収めるだけのリーダーシップもある。何より一階目のミーティングで人見知りの私とアドレス交換までしていく人当たりの良さはすごいと思います。その時私まだアドレス帳に5人くらいしか入っていませでしたのに、ジャンヌさんと寿さんも合わせてなんと8人分にもなりましたのよ」
そう言って朝陽は胸を張ってふふんと得意げに鼻を鳴らした。
「それはそれで問題だから、朝陽はもうちょっと自分で何とかしようね」
もしかして元々の5人って俺と柚那とチアキさんと狂華さんと都さんで5人か?さすがに少なすぎだろう。
「でも、そっか。あかりは大丈夫か」
「あれくらいの女の子はお父さんとかお兄さんとか、そういった近親者の男性に構われるのはあまり好まないものですしね」
「まあ今、俺はお兄ちゃんじゃなくてお姉ちゃんだけどな」
「ああ。そうそう。お姉ちゃんになったとはいえ、元お兄ちゃんが不特定多数の女性と一緒にお風呂に入っているのはちょっと許容できないそうですよ。というか、みつきちゃんと二人でお風呂に入った件は本当に気持ち悪いって」
最重要機密がバレてるし。まさかリベンジポルノ的な柚那のリベンジ告げ口とかじゃないよな。
「もしかしてバレていないと思っていたんですの?」
「いや…まあ、柚那は黙っててくれたはずだし、あかりも今まで普通だったしバレてないかなあって」
「そうでしたか。でも翌日にはみつきちゃん本人の口から聞いたそうですよ」
「しまった!一番口と頭の軽い子の口止めするの忘れてた!」
そうじゃん、柚那もみつきちゃんから聞いたって言ってたじゃん。
「……そういう詰めが甘いところも直したほうがいいですわね」
「ですよねー……でも、そっか。あかりは大丈夫か。ありがとな朝陽、優陽。ほかの人の目から見たあかりのことを聞けてちょっと吹っ切れたわ」
「そうですか。お役に立てたのであればよかったです」
「あ、そうそう。俺、マグロのカマ焼きを注文したまではよかったんだけど、焼きあがる前に追い出されちゃってさ。よかったら俺の代わりに食べてよ。もちろん支払は俺持ちで」
「あら、ではお言葉に甘えていただきますね。ふふっ、今日もご飯が進みそうですわ」
そう言って朝陽は嬉々としてチアキさんの部屋のインターホンを押し、俺は(朝陽最近ちょっと太ったよな)という言葉を胸に秘め、一旦自分の部屋に戻るために歩き始めた。
俺が部屋に戻ると、ベッドの上に人影があった。
「……電気もつけずにどうしたんだ?」
「別にどうもしませんよー」
壁のスイッチで明かりをつけると、ベッドの上の柚那は少しまぶしそうに目を細めた。
「隣に行っていいか?」
「恋人の隣に来るのに許可がいるんですか?」
「だな」
俺が柚那の隣に腰を下ろすと、柚那はいったん腰を上げて少し離れたところに座りなおした。
「え……」
「なんですか?」
「何でもありませんけど」
なんかすごい顔で睨まれた。怒ってるのか怒ってないのか、近くにいていいのかいちゃ駄目なのかさっぱりわからん。
「その…ごめんな」
「何がですか?」
「いや、なんというか……もう謝らなきゃいけないことが多すぎて、まず何について謝ったらいいのかよくわからないんだけど」
「そうですね。たくさんありすぎますよね。じゃあ今一番謝りたいのは?」
愛純ちゃん…のことじゃねえな。うーん……あかりのことでもないし……ああ、そっか。
「不安にさせてごめん。余計なこと言ってたり、柚那に構わなかったりしてごめん」
「構いすぎの時とのギャップがスゴイですよね。人の事をストーキングしたりして」
「それもごめん」
「もういいですよ。なんだかんだで私を心配してくれてのことなんでしょうし。私は朱莉さんのそういうバカで無自覚でお人好しなところを好きになったんですから」
「……もしかしてまだ怒ってる?」
「ええ」
「こ、今度二人でどこか行こうか。俺達ってちゃんとしたデートしたことないしさ。何人か研修生も上がってくるみたいだから人員に余裕もできるだろうからまとまった休みも取れるだろうから、温泉とか」
「…………誰の入れ知恵ですか?」
「チアキさん」
「普通そういうのは言わないものなんですけど!?」
「俺は柚那に嘘をつきたくない」
「誠実な人間を装っても駄目です!……はぁ。でもまあ、チアキさんの入れ知恵でも朱莉さんがそういう事を考えるようになってくれただけでも前進かな」
そう言ってそれまで厳しかった柚那の表情が少しだけ緩む。
「だよな。俺って、伸びしろがあるよな?」
「今までまったく成長してこなかったから伸びしろがあるだけだと思いますよ」
厳しいなあ。
「それで?」
「ん?」
「どこに連れていってくれるんですか?」
「えーっと……草津?」
「狂華さんの丸パクリじゃないですか!少しは自分で考えてくださいよ!」
「しかたないだろ。今さっき入れ知恵されて考える間もなく柚那が来たんだから。嫌なら別のところを考えるからちょっと待ってくれって」
とは言え、俺が他に思い当たる温泉地は昔携帯ゲーム機を持って恋人と一緒に旅行に行った熱海くらいだ
「……いえ、ちょっと待ってください。むしろ草津いいかもです」
柚那のこの表情は何か悪いことを考えている時の顔だということを俺は知っている。
「私か朱莉さんが優勝したら、優勝のお願いで草津行きましょう」
「いや、別に優勝しなくてもいけるけど」
「優勝した時に行くから意味があるんですよ。狂華さんの悔しがる顔が見られるじゃないですか」
「なんでわざわざそんな嫌がらせをするんだ?」
「忘れたんですか!?一昨日あの人朱莉さんの首にナイフを押し当てたんですよ。実際ちょっと切れて血も出ていたし、許せません!」
「ああ……」
でもあれはチアキさんも言ってたように、都さんの挑発に乗った俺が悪い部分のほうが多いしなあ。
「きっと涙目になりますよ。唇とか噛んで悔しそうにこっちを見ている顔が目に浮かびます」
反面、特に行きたくないのに行かなくてすむ一昨日の事件の元凶である都さんはホッとしていそうだが、そっちはいいのだろうか。
「柚那がそれでいいって言うなら俺もそれでいいよ。優勝して一緒に草津に行こう」
「やった!じゃあお互い頑張りましょうね!」
そう言って柚那はベッドから立ち上がった。
「あれ?今日は泊まっていかないの?」
「優勝しなきゃいけないと決まったら俄然モチベーションが上がってきました。これから部屋に帰って色々考えたいと思います。大会が終わるまでは私と朱莉さんは敵同士。寂しいかもしれませんが我慢してください」
「……そうだな。よし、じゃあ大会が終わるまでは恋人同士だって言うことは忘れて――」
「あ、それは寂しいのでやめてください。適度に構って適度に放置する感じでお願いします」
面倒くさいなあ……でもまあ、完全無視を決め込まれていたこの三日間の事を考えれば多少の面倒くらいどうということはないか。
「了解。ちなみにキスは適度かな?」
「ん……もう、仕方ないですねえ」
数回軽いキスをして廊下まで柚那を見送った俺が部屋に戻ると、窓のところにニヤニヤとした笑いを浮かべた彩夏ちゃんが立っていた。
「お熱いですねえ」
「覗きとは趣味が悪いぞ彩夏ちゃん。君は俺のストーカーか?」
寮の入り口を通る権限のない彼女は空を飛んでこうして夜な夜な俺の部屋にやってくる。もちろん彼女と俺がやましい関係であるとかそういうことではない。
「それ、柚那さんを散々つけまわしてた朱莉さんが言っちゃうっすか?」
そう言って彩夏ちゃんは自習にしたこの2日間の訓練結果のまとめや分析結果の書かれた紙束を俺のほうに放ってよこした。
「で?明日も自習ですか?」
「いや、明日は行くよ。愛純ちゃんと話したいこともあるしね」
「仲間割れはやめてくださいよ。どっちかが精神的にまいったりして試合で負けたりされると私が頑張らなきゃいけなくなっちゃうし」
「ああ、やっぱりなんだかんだ言っても、彩夏ちゃんも優勝したいんだね」
「まあ、それなりには。昇格はごめんですけど、もらえるものはもらいたいですしね」
「ちなみに彩夏ちゃんの欲しいものって?」
「専用のマンガ喫茶です」
「え?」
「私専用のマンガ喫茶。この寮のワンフロア全部使うくらいの大きさのやつ」
「……ずいぶん大きな夢だね」
実現はできるけど、また随分と金がかかりそうな話だ。というか、実現するとすればスペース的にも、研修生寮じゃなくて、この寮の中にできるんだろうな。
「ちなみにセナと愛純ちゃんの欲しいものって聞いてる?」
「セナは昇格したいって言ってましたよ。セナならほっといても昇格できるのに何を考えているんだか」
セナは真面目だなあ…。
「愛純は教えてくれないんですよね。というか、あの子が何考えてるのかは私にはちょっと読めないです」
今の彼女が一体何を考えているのか、何も考えていないのか。柚那に対して何をたくらんでいるのかいないのか。明日はそれを確かめなければいけない。
「じゃあ、明日は何時に集合します?」
「チームの集合は12時で。それと、愛純ちゃんは10時に研修生寮の前で待っていてもらえるように言ってくれるかな。ちょっと二人で話をしたいから」
「わかりましたー。それじゃまた明日」
そう言って手を振ると、彩夏ちゃんはフルオートのマスケット銃という意味の解らないステッキに乗って窓から飛び去った。




