決戦・浅草寺 4
でかい。
すげえでかい。
説明不要。ほんとでかい。
なんかもう、ちょっと俺が席を外している間にアラクネの上に乗っている朝陽が上野の西郷さんくらいのサイズになってるんですがこれは。
「朱莉、あんた大丈夫なの?」
「ええまあ…それより都さん、これは一体…」
「あいつがやりました」
そう言って都さんが指差す先には猫耳としっぽをつけていながら、猟犬のようなシリアスな表情でアラクネと対峙する狂華さんの姿が。
「えっと…さっき俺がアラクネの魔力をまるまる打ち返した時はここまで大きくなりませんでしたよね?」
あのときも修復後に多少大きくはなったけれども。
「ああ…あれから全力の狂ヒ華を4発かましてるから」
そりゃあでかくなるわ。というか、どんだけ吸収できるんだこいつ。
そしてどんだけ魔力の容量があるんですか狂華さん。
っていうか
「いやいや、敵に魔力与えてどうするんですか、止めてくださいよ」
「私もそう思うんだけどね、あのバカ戦闘モードに入っちゃっててこっちの話聞かないのよ。で、あのバカに巻き込まれると危ないから全員ここで待機しているってわけ」
それでみんなこんなところで見てたわけね。
まあ狂華さんって小説家をやっていたりして普段利口ぶっているけど、実は楓に負けないくらいにゴリゴリの脳筋だからね。
「というか、これから朝陽の救出もしなきゃいけないのに何してくれてるんですかあの人は」
「一応朝陽は狙わないようにしているんだけどね。脚と恵、それに生倉だけをピンポイントで狙ってる」
なるほど、全力とは言っても範囲攻撃ではなくて範囲を絞ってで威力の高い狂ヒ華を打ち込んでいるということか。
だったら全力の威力で何度も撃てるということに説明もつく。
「とにかく、一旦狂華さん引っ込めましょうよ。そうしないと朝陽も助け出せませんし」
「まあ、助け出すにも、そもそも朝陽がどこにいるのかもわからないし、もしかしたら――」
そこで都さんは言葉を切って俺を見る。
「いや、死んでませんよ。絶対生きてますし、多分取り戻せると思うんですよね」
「根拠は?」
「朝陽だからです」
「いや、根拠にならんでしょそれは」
「それは冗談ですけど、恵って元々そんなに魔力高い方じゃないですよね?」
「そうね。今はどうだかわからないけど」
「まあ今はあのアラクネの分と狂華さんから吸収した分で多分この国の誰よりも魔力は高いと思うんですけど、なんで暴走しないんですかね」
「真白の時みたいにってこと?」
「そうです。あれ、簡単に言うと頭と身体のギャップって話でしたけど、あとで翠に聞いたら変換効率と利用効率と魔力経路の問題だったって言ってたんですよね」
パワーダウンした時に俺がなった魔力づまりと逆で、一気に魔力が増えて魔力の流量が増えることで魔力の経路がギリギリまで酷使され…まあ要するに血圧が不安定になって意識が混濁したり気を失うようなことが起きるのと似たメカニズムらしい。
で、それは身体が慣れれば起きにくくなるし、慣れてしまえば単純に魔力が増すのでパワーアップにもつながる。
「つまり?」
「あいつは突然増えた魔力をどうやって利用したり制御しているのか」
例えば、時計坂さんのトランクと懐中時計は電気で言えばインバーターやコンバーターのようなもで、純粋な魔力の結晶であるナノマシンの塊から発生した魔力が一気に流入したり、突然停まったりしないよう調整して、魔法少女が効率よく利用できるようにするためのものだった。
まあ、あの人は急速魔力吸収なんていうチートを隠し持っていたので実はそんなものいらなかったなんてオチがついたけど、
話を戻そう。
アラクネの身体から発生する魔力や吸収した魔力を変換する必要があるかどうはわからないが、インバーターやコンバーターはいらなかったとしても、いきなり今まで扱ってなかったような大量の魔力を使おうとしたら当然その制御装置は必要になる。
例えば、元々アラクネを外部から操縦する分には生倉のコピーだかクローンだかだけでよかったものが、恵が自分で動かすとなったときには魔力増大による自分への負荷や影響を抑えるための安全弁が必要になって、朝陽は…あとついでに下水流もだけれど、そのためにアラクネに吸収されたのではないだろうか。と、俺は考えている。
「言いたいことはなんとなくわかったわ。朝陽はアラクネの中で生きていないと役目を果たせないってことか」
さすが都さん。
「で、その理屈はわかったけど……どうしようか」
「そこなんですよね」
なんとなくの仮設は立つし朝陽は生きてそう、朝陽と下水流を助け出せば自壊しそうっていうのはわかるんだけど、そもそも朝陽と下水流をどうやって引っ張り出すかがさっぱり検討がつかない。
「蜂子を使ってみたらどうでしょう」
俺と都さんの話を隣で聞いていた朔夜が唐突にそんなことを言い出した。
「ハッチを?」
「ええ、蜂子が朝陽さんの心を読むのに成功して、その位置がわかれば捕まっている大体の位置はわかると思うんですよね、で、あとはそこを切り開いて中から連れ出す」
「なるほど」
「浅草寺がダメになるかならないかって時だしやってみる価値はあるわね」
いやもう見るからに駄目だけどね。狂華さんのせいで。
「なるほど、やってみます!」
戦闘向きではないということで後方で佳代たちの手伝いをしていたハッチは説明を受けるとすぐに状況を理解してくれて、朝陽の捜索を始めてくれた。
とはいえ、見えない相手に魔法を飛ばして位置を探るなんていう使い方は、ハッチにとっても完全に想定外。
魔法を試み初めてから、もう3分ほど経っているが、テレパシーで語りかけながら探っているにもかかわらず今の所朝陽からの応答はなし。
こうなってくると、朝陽の意識がないか、もしくは―――
「なんか朝陽が喜びそうな話題とか振ったら、中で寝てても反応があるんじゃない?」
「朝陽が喜びそうな話か……そうだなあ、今ならバイクとか?」
「バイクですね、了解」
「……」
「………」
「……じっとこっち見てどしたの?」
「いや、私バイクのことまったくわからないんですけど」
なるほど。バイクの話とか言っておいてなんだけど、俺もまったくわからない
「都さんはわかります?」
「免許は持ってるけど、持ってるだけね。乗ろうとすると狂華がめちゃくちゃ止めてくるから最近はまったく乗ってないし、そもそも車はともかくバイクはよくわからないわ」
他にバイク乗りっていないしなあ…
あと朝陽が食いつきそうな話と言えば…チョコかな
「チョコだったらどうだろう」
「チョコですね?朝陽さんの好みってわかります?」
「ええと、確かちょっと前にハマってたのが、世田谷の…どこだったかなあ、なんかそっちのほうにある店のやつなんだよな、いつも朝陽が買ってきてくれるから俺よく覚えてないんだけど」
「ごめんなさい、板チョコとかそういう市販のならわかるんですけどあんまり本格的なのはもうちょっと具体的に話してもらわないとわからないです」
そりゃそうだよね。
新し目の観光地に出ているお店とかならハッチもチェックしているかもしれないけど、住宅地のめちゃくちゃ奥まった所にある隠れ家的なお店だし。
さて困ったぞ。朝陽の食いつきそうな話…食いつきそうな…うーむ…
「みんなで難しい顔してどうしたんですか?」
朝陽がくいついてくれそうな話題について悩んでいると、他のみんなを集め終わったのかテレポートで戻ってきた愛純が俺の顔を覗き込みながら聞いてきた。
「捕まった朝陽を助け出すためにハッチのテレパシーで朝陽の居場所を探ろうと思っているんだけど、応答がなくてな。応答してもらうために朝陽が食いつきそうな話題を探してるんだ。もしかしたら意識がないかもしれないから、できれば寝てても一発で飛び起きるようなパンチのきいたやつがいいんだけど」
「ああ、なるほど。そういうことですか、だったら簡単ですよ。えっとねハチちゃん、朝陽に朝陽が、――で、――を、――したことを、みんなに言っちゃうぞーっていう内容でテレパシー送って」
「ええっ!?朝陽さんがそんなことを!?」
愛純が耳打ちすると、ハッチが顔を赤くして素っ頓狂な声を上げた。
どんなことかしら。
朱莉さんちょっと気になるんですけど。
「……なあ愛純、どんな話なんだ?」
「そういうのセクハラですよ」
聞いただけでセクハラになる話ってどんな話!?
「セクハラですからね」
「二度も言わなくても……ちなみにハッチ――」
「セクハラになっちゃうから私の口からもちょっと」
だからどんな話よそれ。
ハッチが再び朝陽との交信を試み始めて数十秒後、突然アラクネがバランスを崩して浅草寺の残骸に突っ込んだ。
「朝陽さんと交信成功!朝陽さんは腹部の上のほうにいます!ただ、内容が内容だったせいかすこし混乱しているというか…その……愛純さんをあとでぶん殴るそうです」
「あっは。おっけーおっけー、やれるもんならやってみなって伝えといて」
なるほど、突然アラクネがバランスを崩したのは目を覚ました朝陽が混乱したからか
っていうか、おっけーおっけーじゃねえよ。
愛純は一体朝陽に何言ったんだよ。っていうかハッチになに言わせたんだよ。
「ナイスよハチちゃん!次は狂華にテレパシーをお願い」
「了解です」
「内容は、今夜――――を――して―――してあげるからさっさと戻ってきなさい」
「いや…さすがに……それはちょっと」
「あー…そうよね、言えないわよね。しかたない、じゃあここから大声で叫ぶか」
「やめてあげてください!狂華さんが可愛そうです!」
ハッチが言えなくて都さんが大声で言うと狂華さんが可愛そうなことってどんなことだろ。
いろいろ想像すると妄想がふくらむな。
「あ。朱莉さんがセクハラオヤジの顔をしている」
胸が膨らんでないやつのせいで俺の妄想もしぼんでしまった。
「愛純は突然とんでもない名誉毀損するのやめろ。っていうか都さん」
「んー?」
「意識のある個人にテレパシー飛ばすくらいなら“ワールドイズマイン”でできるんじゃないですか?いまハッチがやってたのを見ていたわけですし」
「あ、言われてみればそうね。よし」
都さんがそう言って気合を入れて集中し始めた次の瞬間、今まで猟犬のような目をしていた総隊長が、少し赤くなった顔に照れ笑いを浮かべた、まるでご褒美を期待する子犬のような顔をして戻ってきた。




