ネガティブ・マインド
「………さん、朱莉さん!」
名前を呼ばれて目を開けると、すぐそばに柚那の笑顔があった。
ああ…なんだ…そうか、全部夢だったんだ。
でもなんで柚那は涙目なんだ?
「朱莉さんが意識を取り戻しました!」
「柚那偉い!」
柚那が振り向いて報告すると、柚那の背後から都さんの嬉しそうな声が聞こえた。
あれ?ここはどこだ?まるでテントみたいな天井で――
「大丈夫?朱莉行ける?」
「行ける……?行けるって、なんですか?」
「……あんた、記憶はちゃんと繋がっている?」
「ええと…どこまでが夢だったんですかね…あんまり覚えてなくて…」
「今日が何日かわかる?」
「えっと…」
「日付が変わって1月1日、あんたとこまちは恵の攻撃で深手を追って意識を失ってたの」
「めぐ……ああ…そうでした、すみません。俺、どのくらい寝てました?」
「10分くらいね」
「そうですか…」
駄目だ。気持ちが悪い。頭がガンガンする。
「行けるかってことは、まだ続いてるんですよね?だったら行けます。行きます」
「本当に大丈夫?めちゃくちゃ顔色悪いわよ?」
「大丈夫です。それで、状況は?」
大丈夫、大丈夫。なんとかなる。大丈夫だ。
「あんたより軽傷だったこまちはもう戻ってる。今は愛純がみんなを集めに行ってて、恵の相手は狂華とこまちがしてる」
「朝陽は?」
「まだよ」
そうか、だから狂華さんが本気を出せないんだな。
「俺が意識を失う前、最後に恵がひっくり返ったような気がしたんですけど、もしかしてあれって」
「戻った狂華が力任せにひっくり返したのよ」
「ああ、やっぱり。無茶するなあ、あの人」
そんなことできるなら、俺なんて居なくても大丈夫じゃないか?
「…あんた、本当に大丈夫?全員集合して朝陽を助けだしたら総攻撃するつもりなんだけど」
「大丈夫ですよ。右腕はなくなっちゃいましたけど、まだ左腕が残ってますし、あいつを一発殴ってやるくらいのことはできますから」
「…………柚那」
「はい……」
「どうしたんですか都さん。変な顔して」
「朱莉をお願いね」
「わかりました」
「…ごめんね」
そう言って都さんはテントを出ていった。
「は?俺は別に無理なんて」
無理だよ あんなの無理だ
「無理なんて――」
無理だ!
「朱莉さん、もういいですから。大丈夫ですから」
柚那がそう言って抱きしめてくれたが、いつもなら感じる柚那のぬくもりがまったく感じられない。それどころかものすごく寒い。
今いるテントの中には真っ赤になったヒーターがある。寒いはずなんかない。
寒いはずなんか無いのに、ものすごく寒い。
世界から温度が失われたんじゃないか、ああそうか、これは恵の魔法か、あいつが全部熱を奪ったんだな。
じゃあもう無理ゲーじゃないか。
世界に干渉できる魔法を使える相手なんて倒せるわけがない。勝てるわけがない。
勝てない。
「うわああああああっ!!」
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
「朱莉さん!大丈夫ですから、みんながなんとかしてくれますから!」
ヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダ!!
もう嫌だ!!
なんなんだよこれは!
なんでいつも俺ばっかり!
あんなのに勝てる訳がないじゃないか!
今までだってたまたまうまく行っただけなのに!
いつだってうまくいくわけなんてないのに!
「朱莉さん!もういいですから、大丈夫、大丈夫です」
「怖い……怖いよ、柚那」
「朱莉さんはすごく頑張りました、もういいんです、休んでいいんです」
「柚那、もうやだよぉ…戦いたくないよぉ」
「はい、はいっ、もういいんです。都さんが、狂華さんが、みんながなんとかしてくれますから」
そうだよ。
俺より強い人はいっぱいいるんだから。
「朱莉さんはもう休んでいていいんです。戦わなくていいんです。いままで沢山戦ってきたんですから」
「柚那……」
「ごめんなさい、私達のせいで怖いって言えなかったんですね。無理させて本当にごめんなさい。もう無理はしなくていいですから」
柚那に強く抱きしめられて、すこしだけ熱を感じた。
その熱が全身に広がっていくにつれて、暖かさといっしょに不安でしょうがなかった心に少しだけ安心感がもどってきた気がする。
「熱々のところ悪いんだけど、お兄ちゃんがリタイアならそれは私がもらってくね」
「あ、あかり…?」
「あ、大丈夫大丈夫、お兄ちゃんは休んでて」
テントの入り口から顔をのぞかせていたあかりはそう言ってテントに入ってくると、俺の枕元に置かれていたステークシールドを手にとって笑った。
「いままでいっぱい頑張ってきたもんね。だから今回は私がお兄ちゃんの代わりに敵をやっつけてあげる」
「やめろ!無茶するな!」
「いままで散々無茶やってきた人が何言ってんだか。それに、私は月チーム最強のえりを倒した女だよ?」
「倒してないだろ…」
「お兄ちゃんも似たようなもんでしょ。大丈夫、私にもできるよ。龍くんもみつきもいるし、真白ちゃんと和希もいる。それにタマもこっちに向かってるっていうし、平気平気」
「子供にそんなこと―」
「もうっ!子供扱いしないでよね、うちは第二回武闘会の優勝チームなんだから」
「そりゃそうだけど…」
「じゃあこっちは僕がもらっていきますね。丁度予備がほしかったところなんで」
いつのまにテントの中に入ってきたのか、朔夜はそう言って残っていたステークシールドを手にとった。
「朔夜……」
「今更ですけど、僕は父さんを助けるためにこの時代に来ました。こっちに来た時はとにかく父さんの命を助けたいって思ってました。命を守ればいいんだって。でも今は父さんの心も守りたいなって思ってます……そういうことを恋人や友達が教えてくれたんで」
そう言って笑う朔夜の顔は、柚那によく似ていた。
くそっ、駄目だ。駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ。
こんなんじゃ、駄目だ。
こんなんじゃ、この先俺は柚那に、咲月に、朔夜に、あかりに、胸をはれない。
ああっクソ!怖い!!
行動の意味はわからないし、言葉は通じないし、目的だって理解できないし、ほぼ不死身だし。
正直勝てる気なんてこれっぽっちもしないし、俺が出ていったらまちがいなくまた俺に狙いを絞ってくるだろうし、嫌がらせみたいな攻撃も沢山されるだろう。
正直言って超怖い!!!
でも、出てこない俺への嫌がらせであかりやみつきちゃんや和希や真白ちゃんが朝陽みたいな目にあったら?
朔夜や愛純が死んだら?
JKがむごたらしく殺されたら?
柚那と咲月に手を出されたら?
そっちのほうが怖い。
「………世の中は怖いことだらけだな」
自分が怖い目にあうより、死ぬよりそっちのほうが怖い。
……あーあ、魔法少女になって前向きになれた気がしていたんだけど、やっぱり俺はネガティブな人間なんだな。
結局、俺の本質は何が好きかより、何が嫌いかで自分を語る人間なんだ。
すげえかっこ悪い。
かっこ悪いけど
「でもまあ、嫌じゃない」
「朱莉さん?」
「柚那、もう大丈夫だ。ありがとう」
「あかり、朔夜。行くぞ」
「お兄ちゃん?」
「父さん?」
「柚那、ありがとうな」
「……はい!」
「朱莉さん、完全復活だ」
柚那の腕の中から抜け出た俺は寝かされていたコットから立ち上がって再び変身をした。
10分でも休んだおかげか、愛のこもった柚那の回復魔法のおかげか、恵と対峙する前よりも調子がいい気がする。
右腕は相変わらずないままだけど。左手一本でだってやれないことはない。
現に俺は橙子ちゃんと戦ったときは最終的に腕一本だったわけだし。
「今日はやりたいことがいっぱいあるからな」
柚那にもう一回ちゃんとありがとうって伝えたり、翠の娘を抱っこしたり、朔夜の話を聞いたり、それにJCやJKにお年玉をあげたり。
朱莉さんには今日も明日も明後日も、やりたいことがまだまだいっぱいあるんだ。
「さあ行くぞ!」
そう言って俺が残った左の拳をぐっと握ってみせると……なんと左手が砕け散った。
「あ…」
「え……」
「な…」
「うそーん……」
おお左腕よ死んでしまうとは情けない。
……って、いかんいかん止血止血。
「……ちょ、なにやってんのお兄ちゃん!マジでほんと何?」
「あ、いやこれは不可抗力と言うか耐久力不足というかだな」
「ほんと意味わかんない!何がしたかったの!?」
「父さん……」
「朱莉さん……」
ああっ、息子と嫁がすごい冷たい目でこっち見てる!
「しょ、しょうがないだろ!左腕だってボロボロだったんだから!むしろ俺のほうが途方にくれとるわ!」
気合込めてさあ行くぞってときにこれだ。
もうなんか恥ずかしいやら悔しいやら一周回って清々しいやらでどんな顔したらいいかわからんわ!
「はあ…もういいや、お兄ちゃんは不参加。やっぱりここで柚那さんとイチャイチャしながら休んでなさい」
「そんな、せっかくやる気になったわけだし、最悪ほら、口から魔法打つ感じでいくから」
「そんな魔法少女嫌だよ…しかもそれが身内とか最悪。ね、柚那さん、朔夜くん」
「うん…」
「僕も嫌です」
そう言われてもなあ……。
「おこまりのようなの」
俺が目を覚ましてからまだ10分も経ってないはずなのに来客の多いテントだなあ。
「って、翠!?なんでここに?」
「どうせ朱莉は腕を酷使すると思ったから、本部から増援のヘリに便乗して打開策を持ってきたの」
「打開策?」
「うん。これなの」
そう言って翠は持っていたジュラルミンのケースを開いてみせた。
ケースの中には鈍い銀色をした人間の腕が二本。
「いや、でもちゃんとつかないんだろ?」
「普通に作ったナノマシンの腕ならそうなんだけど、これはもともと変身後のあかりちゃんの腕を補完するためのデバイスだったの。結局使い魔で補完できたからこっちは凍結されていたんだけれど、この間朱莉と話をしたあとに思い出して突貫で作ったの。ヘリの中でも作業してたから若干酔ったの」
「……つまり?」
「これを使えば戦えるの………めちゃくちゃ痛いけど」
「え?なんか言ったか?」
「な、なんでもないの」
「まあ、戦えるようになるなら御の字だ。どうすればいい?」
「柚那っち、朱莉の腕を肘のところで切りそろえてほしいの」
「う、うん」
「朱莉は痛覚切っちゃだめなの」
「お、おう」
「じゃあ切ったらすぐくっつけるの、せーのっ」
痛覚切らないと結構痛いんだけ――――くぁwせdrftgyふじこlp
「…私は今、使い魔プランを作ってくれた人にすごく感謝してるよ…」
げっそりとした顔であかりがしみじみそんなことを言い終わった時には、腕から始まった、全身の神経を金たわしで丹念に磨き上げられるような激痛は一段落していた。
数秒、せいぜい数十秒の出来事だったはずだが、俺には数時間にも数日にも感じられるほどの長い時間だった。
だがその長い体感時間を耐えただけの価値はあった。
外装のせいか、一枚手袋をしたような感覚はあるが、それでもこれは自分の手だと言えるくらいによく動く指。
変身すると自動的に展開される、腕に内蔵されたシールドステーク。
ぐっと握っても砕け散らない頑強さ。
素晴らしい。
この義手は良いものだ。
良いものなのだが。
「なあ、翠。なんか腕に魔力がこもらないんだが…いやステークには魔力が通るんだけど、なんていうか…腕の周りに魔力をまとわせようとすると全部ステークシールドに逃げていく感じなんだけど」
「あんまり細かいところまで調整している時間がなかったの。ステークに魔力がいくなら戦えるはずだから今日はそれで我慢してほしいの」
「そうだな…ありがとな翠、これでみんなと一緒に戦えるよ」
「……ごめんね、こんな代替手段しかなくて。これでますます腕の再建手術に時間がかかると思う」
翠はそういって申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「これからこの国を守る腕だぞ。この腕で娘を抱き上げられるならこんなに誇らしいことはないって」
「へへ……ありがと……頑張って、なの」
そう言うと、翠はいつもどおりの笑顔を浮かべて「三人共、グッドラック」と言って親指を立てた。




