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魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編

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決戦・浅草寺 3


「いくらなんでもハイペースで壊しすぎなの」



 エリスが仁鶴円を倒した夜。

 なんとかハナとエリスのお説教という名の追撃を逃れて命からがら戦技研に戻ってきた俺のズタボロになった腕を再生をしてくれた翠は不機嫌そうな顔でそう言うと俺の前にココアの入ったマグカップを置いた。


「悪かったって。今日はジュリの格好だったから本調子じゃなかったっていうのもあるしさ」

「はぁ……ねえ、朱莉。自分の腕がズタボロになるの、これで何度目か覚えてる?」

「ええと…何回目だっけ?」



 覚えている範囲だとたしか最初が橙子ちゃんだったか、後は巨大怪人のときとか…うーん、ぶっちゃけ覚えてない。


「ここまでじゃないのもあったけど、この一年で朱莉が腕をぶっ壊して帰ってきたのはなんと6回なの!二ヶ月にいっぺんはぶっ壊して帰ってきてるの」

「うっそだあ、そんなに……いや、ここまでじゃないのを入れるとたしかにそのくらいはあった気がしないでもないな」

「前にも言ったことがあると思うんだけどね、別に魔法少女は不死身の怪物ではないの。怪我をしづらくても怪我をすれば痛いし、脳の許容限界を超えたダメージがあれば身体はもったとしてもショック死だってするの」

「……いや、ほら昔から言うじゃないか骨を――」

「骨折したところが強くなるとかいう屁理屈聞きたくないの」


 うう……


「その話を持ち出すにしたって、スパンが短すぎるっていうのは自分でもわかってるはずなの」

「それはまあ、たしかに」


 骨が強くなるどころか、骨も筋肉も前よりボロボロになりやすくなっている気がする。


「そもそも、今日だってくっつくべき骨がところどころどっか行っちゃってたからかなりの部分が新規ナノマシンなの」

「苦労かけて悪かったと思ってるよ」

「はぁ…やっぱり朱莉はなんにもわかってないの。私がこうして回復魔法では治せないレベルの治療をするのは仕事だから別にいいの。たとえ本当は医療研に行くべき話だったとしてもそれは別にいいの」


 やっぱりこっち来て手間取らせたことを怒ってるんじゃん…。


「あのね、朱莉」


 真面目な顔で翠が俺を見つめる。


「私の子、大きくなったでしょ」


 そう言って目をそらした翠の視線の先には、翠とコウさんの子を育てている人工子宮がある。


「ん?ああ、そうだな。いつが出産予定日なんだ?」


 体外にある人工子宮で出産予定も無いのかも知れないけれど。


「もういつでも産めるよ。でも産まない」

「おいおい、赤ん坊は出たがってるんじゃないか?」

「うーん…まあほら、例の1月1日の襲撃。あれが終わってから産もうかなって思っているんだよね。あれに朱莉達が勝ってから『平和な世界にようこそ』って感じで抱き上げたいなと」

「じゃあその子は1月1日生まれになるわけだ」

「そう。1月1日っていうハレの日生まれだから名前ははれにする予定」

「いい名前だな。元気な男の子になれそ――」

「女の子なの」


 ハレって女の子の名前かぁ?

まあでもハルにすると翠とコウさん以上に年の差がある剣術家の先生とかに嫁ぎそうだしな。


「まあ、そこは重要じゃないから別にいいの。大事なのは、私もコウちゃんもちゃんと晴を抱くっていうことなの」

「そりゃあ翠は母乳出ないだろうから、コウさんだって粉ミルクをあげなきゃいけないだろうから抱くだろうさ」

「あ、ちなみに私最近母乳出るようになったの」

「……」


 愛純とかわらんような乳をしているのに母乳が出る…だとぉ…!?


「いろいろな説があるけれど私は母乳で育てたい派だから、この間ちょっと身体を弄ったの」

「え?大丈夫なのかそれ」

「大丈夫なの」


 まあ、翠は天才だからな。それにコウさんもついているんだし滅多なことにはならんだろう。しかしあの乳から母乳が出るのか…まあ妊娠した愛純の乳がいきなりでかくなるというのも考えられないし、あのくらいのサイズでも出ることは出るんだろう。多分。


「…5秒以内に私の胸をガン見するのやめないと柚那っちに言うの」

「見てないよ、うん、ええ。ぜーんぜん見てない」


 だから柚那さんに言うのやめて。


「私のせくしーばすとに目を奪われるのはしかたないことだとは思うけど、浮気はよくないの。朱莉は柚那っちのおっぱいを吸わせてもらえばいいの」


 なんかこう、若い子がおっぱいとか母乳とか連呼するのってなんかちょっと良いですな。


「なんか変なこと考えている気配がするの」

「気配で察するのやめてくれよ。隠しようがないだろそんなの」

「だったら最初から変なこと考えなければいいの……っと、話が逸れちゃったの。私とコウちゃんは、晴を抱くけど、朱莉は咲月ちゃんを抱く気はあるのかって話なの」

「そりゃあ抱くさ!」


 朱莉になる前、芳樹だった頃は…いや朱莉になってからも半分以上諦めていた自分の子供。その自分の子供を抱かないなんていう選択肢、あるわけがない。

 ああ、咲月は一体どんな顔で生まれてくるんだろう、どんな風に育っていくんだろう。今からすごく楽しみだ。


「このままいくと抱けないの。一生抱けないとは言わないけれど、少なくとも生まれてすぐ抱き上げてあげることはできないの」


 咲月のことを考えて少し幸せな気持ちになった俺に、まるで冷や水をかけるかのような冷たい声で翠はピシャリとそう言った


「いや、抱くって。今回は無事に帰ってくるつもりだし、そもそももし多少の怪我をしても咲月が生まれるまでにはまだまだ時間があるしさ」

「無理なの」

「え?なんで?」

「次同じ様に腕を酷使してボロボロになったら、そう簡単に治せないの。はっきり言って、いまだって肘から先のナノマシン結合がもうボロボロすぎて、これから実戦しよう話にならないの」

「いや、だったら肩から先を作り直すとかでいけるんじゃないのか?」

「できなくはないけど時間がかかるの。もし1月1日の時点でその手術をしたとしてもきちんと既存のナノマシンと結合して腕の自重を支えられるようになるには半年くらいかかるの」

「いや、だって俺、最初に全身手術したときでも訓練にでるまでがそのくらいだったぞ。訓練前から普通に生活はできてたし、それを考えれば半年ってのは大げさなんじゃないのか」

「最初から成形されていた同一キットのプラモパーツと、素人が後から自己流の改造でくっつけた他のプラモのパーツとでは丈夫さも完成までの時間も違うでしょ」

「……」


 非常にわかりやすい例えだ。


「でも翠のことだから、きっと何か腕の耐久力ががーんと上がるような裏技が―」

「そんなもんねーの」

「またまたー、そんなこと言って、実はすごい隠し玉があったりするんだろ?」

「あったとして……ここであるって答えると思う?」

「ほんとにないの?」

「ないの」



 翠がさじをなげた俺の腕の状況は当然都さんにも報告がいったし、都さんからは今日はできる限り愛純や朝陽にまかせるようにとも言われていたのだが、この体たらくだ。


「ふざけるな!ふざけるな邑田朱莉!」

「いや、ふざけてないって。こちとら連戦に次ぐ連戦でご覧の通りもう身体がボロボロなんだよ」


 こんなことにならなければ、ごまかして時間を稼ぐこともできたかもしれないが、腕がなくなってしまった以上その線は無理そうだ。

 とはいえ、全てがネガティブな状況かと言えばそうでもなく、朝陽の件でカッとなっていた頭が、腕がなくなると同時に一気に冷めた。いやまあ、それでもかなりネガティブな状況ではあるのだけど。

 「俺が朝陽を殺す」という恵の発言からすると、朝陽はまだ生きているはずだ。なんか全身銀色でデビルガンダムのコアみたいになってるけど生きている…と思う。

 問題は、いま生きている朝陽をどうやって生きている状態で助け出すかということだ。

 いまアラクネの上半身としてでている朝陽の身体は太もも半分から上。

 その下がどうなっているかはわからないが、最悪下半身が同化していたとしても、でているところで切断したとしても死にはしないだろう。

だが、切断して助け出した場合、それで果たして朝陽はもとに戻るのか。つまり、あの全身銀色の状態で切り離して大丈夫なのかというのがわからないので強行するのは危険だと思う。


「ならばその左腕でもう一度かかってこい!」

「やだよ。俺は人殺しなんてまっぴらごめんだからな」


 恵がされたい特別扱い、そんなもののために俺は罪を背負いたくはないし、そんなことのために朝陽に死なれるなんて冗談じゃない。

 というか、これは多分…



「そうか、ならばもうお前に用は――」

「というか、お前は誰にも殺させないし普通に裁判を受けてもらうし、普通に懲役も受けてもらう」



 俺がそう言うと、恵の口元がヒクッと動いた。

 やっぱりこの路線だな。

 最悪俺がここで――いやだめだ、俺も絶対生き残る!

 浅草寺の住職さんは卒倒するような大惨事になるかも知れないが、こいつは皆が戻ってくるまでここで食い止めて終わらせる。

 

「もう一度言うぞ、お前は国崩しの大罪人になんてなれない。歴史に名を残すこともできないただの犯罪者だ」

「………ならばお前や都が、狂華がひなたが精華がチアキが楓が!私を殺したくなるように仕向けるだけだ!」


 よしかかった!


「まずは手始めに浅草を火の海にしてやる」

「違う!そうじゃない!そっちじゃない!」

「やはりな、お前がうろたえるのならやはりこちらで正解のようだな。どうせお前のことだ、自分にヘイトを向けて他の連中が戻ってくる時間を稼ごうとかそういうこすっからいことを考えていたんだろう」

「ぜ、全然そんなこと考えてないぞ」

「そうか?まあ私は好きにやらせてもらうさ」


 恵がそう言ってゆっくりと身体の向きを変え、仲見世のほうへと一歩踏みだそうそしたその瞬間、8本ある恵の足のうち、左側の前足二本が撃ち抜かれ、大きくバランスを崩す。


「お困りかな?」


 後ろから聞こえた声に俺が振り返ると、そこにはステッキである銃剣を構えたこまちちゃんが立っていた。


「こまちちゃん!?なんでここに!?」

「私は東北チームであると同時に、対生倉対策チームでもあるからね。じつは寿ちゃん達が襲撃の前にこっちに救援に行けって送り出してくれたんだよ。で、東京タワーに行ってみたらもうそっちのバトルは終わった後で、恋からこっちに生倉が現れたって聞いたから急いで来たんだけど、佳代さんとなかなか連絡つかなくて非常線通るのに時間かかっちゃった。ごめんね」


 そう言っててへぺろっと舌を出すこまちちゃん。


「いや、すごく助かる。生倉がでたのは浅草だって全体通信があったはずなのになんで東京タワー行ってるんだよとかいろいろ言いたいことはあるけど、ほんと助かる」

「あ…あー…それね、実は私通信機を東北に忘れてきちゃっててさ。そのせいで大回りになっちゃったんだよね」


 メンゴメンゴと、あやまってから。こまちちゃんはあたりを見回す。


「で、アレは敵として、生倉は?」

「あの真ん中に生えてるのが生倉で、右側に生えているのが黒幕、左側の朝陽は人質に取られた」

「いや、人質に取られたじゃないでしょ。一体なにして――って、なんで右腕ないの!?」

「腕に負担をかけ続けたツケが溜まって翠もお手上げ状態でさ、もう元には戻らないらしい」


 俺が簡単に経緯を話すと、こまちちゃんは「なるほど…」とつぶやいた。


「左腕は?」

「実は左腕も危ない」

「じゃあ一体今日朱莉ちゃんは何しに来たの!?」

「一応チームの指揮」

「朝陽ちゃん以外のチームのみんなは?まさかみんなやられちゃったわけじゃないよね?」

「恵が怪人の種をばらまいたからそっちの対応に行ってる」

「うーん…まあそれならしょうがないか。で、どうすればいい?」

「え?」

「指示をちょうだい。私は朱莉ちゃんの言う通り動くから」

「……わがまま言っていい?」

「殺すな?」

「うん」

「了解。それでどうする?」

「みんながもどってくるまで時間を稼ぎたい」

「まあ、言われなくても、時間を稼ぐのが精一杯かもしれないね」


 そう言って眉をしかめたこまちちゃんの視線の先では、撃ち抜かれたアラクネの足が再生し、大きな体を再び持ち上げたところだった。


「再生能力持ちは面倒なんだよね」

「あれは多分マッスル・イコの能力を使っているんだと思う。で、多分他にも死んだ生倉の仲間たちの能力を持っていると思う」

「ええと、なんだっけ?刀と銃と…」

「水と炎と風と――」

「テレポーテーションだよ」


 後ろからその声が聞こえた刹那、俺とこまちちゃんは恵の前足で横薙ぎにふっ飛ばされる。

 建物に叩きつけられた側も、横薙ぎに殴られた側も死ぬほど痛い。あばらの何本かで済んでいれば御の字。内蔵にもかなりダメージが入ったと思う。


「ご……ま……」


 声がでない。

 声を出そうとすると、ゴボゴボと液体が絡んで声にならない。

 なんとか動く首を動かして一緒に殴られたこまちちゃんを見ると、変身していたのが幸いしたのか、彼女は五体満足で近くに倒れていた。

 微かに胸が上下しているので生きているはずだ。いや、生きている。絶対生きている。

 今は、生きている。だが多分次はない。俺もこまちちゃんも次はない。


「おい、邑田朱莉。生きているか?生きているよな?生かすために手加減をしてやったのだから」


 そういって地面を揺らしながら恵が俺達のそばにやってくる。


「殺す気になったか?まあなってないだろうな」


 薄ら笑いを浮かべた恵はそう言って前足の一本を振り上げる。


「そうそう、この身体と同化してみてわかったのだが、結構この足は器用でね」


 俺が睨むと、恵は楽しそうに笑いながらクイクイと小さく前足を動かした。


「そう、外科手術をしてやろうと思っているんだよ」



  そう言って恵はもう片方の前足も浮かせ、両足を器用に使ってうつ伏せに倒れていたこまちちゃんを仰向けにした。


「何をするんだっていう顔をしているな。さっき下水流が言っていただろう?あれをやるんだよ。手足を引きちぎってから内蔵を全て出して、魔法少女の開きを作ってやろう」

「…・…ば…べ……」

「無理して声を出そうとすると自分の血で溺れるぞ?君には私を殺してもらわなければいけないのだから」

「なん………」


 なんなんだこいつは。

 頭がおかしいとかいうレベルじゃないぞ。自分を殺してもらうために他の人間を犠牲にすることをまったくいとわないなんて。

 これだったらまだ全然異星人のほうが、話が通じるし人間味がある。

 アーニャがDを作った動機は虐げられている地球の魔法少女や、争いを望まない七罪を救うためだった。

 それは理解できる。その動機も行動も。

 聖が俺達と戦うことを選んだのは、自分たちの自由、そしていつか月に帰りたいという思いからだ。

 これも理解できる。

 虎徹達はクローニングでの子孫繁栄ではなく、自然な繁殖をするために地球に降りた。そして、虎徹は見事に彩夏ちゃんのハートを射止めた。

 これだって理解できる。

 だが、同じ地球人であるはずの、同じ日本人であるはずのこいつの言っている言葉の意味がさっぱりわからない。


 意味がさっぱりわからないが、それでも――


「さあて、この女の内臓はどんな色かな?腹黒な女だから真っ黒かな?」


 ウキウキと楽しそうな声で言いながら、俺に見せつけるかのようにゆっくりと振り下ろされた恵の前足の爪がこまちちゃんの脚に触れようとした瞬間、俺は残っている左腕に魔力を集中させて腕の力と魔力でジャンプし、恵の爪に体当たりを敢行し、そのままこまちちゃんに覆いかぶさるようにして着地した。


「無駄な抵抗はもういいかな?」


 一度めの爪はそらすことができたが、それだけだった。

 爪を破壊するどころか、恵にダメージを与えることもできず、俺は為す術なくこまちちゃんの上からどけられた。

 そして再び、こまちちゃんの脚に爪が振り下ろされ――なかった。

 アラクネの爪は、というか、アラクネの姿は俺の目の前から消え、次の瞬間ドォンと轟音を立てて、少し遠くでアラクネの身体がひっくり返っていた。








 










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