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魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編

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決戦・浅草寺 2


 アラクネが本堂から現れた時に予想はしていたことだけど、どうやらこのあたりにある無機物は恵の手によって大部分がナノマシンに置き換えられていたらしい。

 その証拠に朝陽がアラクネを攻撃すればするほどあたりの物質と朝陽の魔力を吸収してアラクネは大きくなっていった。

最初は本堂と変わらないくらいの大きさだったアラクネの高さはすでに5階建てのビルクラスになっていて、それに比例して下半身の長さと幅も大きくなっている。


「どうします?このままやってもどんどん大きくなってしまうだけですわよ」

「だな。朝陽、その魔法はあとどのくらいもつ?」

「3分くらいでしょうか」

「そっか。一回休めばまた使えるな?」

「もちろん」

「じゃあ、あいつの足を一本切断してこっちに持ってきてみてくれ」

「了解ですわ」


 そう言って、合体した朝陽から見ても大分大きくなってしまったアラクネを牽制しながら死角に入り足を一本切り落として持って帰ってきてくれた。

 俺の身体よりもかなり大きいそれは、朝陽が地面に置いた途端に見えない糸に引っ張られるようにしてアラクネの身体に戻っていく。

 回復力は驚異的だけど、とりあえず今のところは強度が増して攻撃が通らなくなるようなことはなさそうだ。


「………」


 恵の視線を感じて振り返ると、恵が睨むようにこちらを凝視していた。


「なんだよ、言いたいことがあるなら言えよ」

「なぜ二人で戦わない?」

「お前がそういうふうに言うっていうことは、何か二人で戦うととんでもないことが起こるっていうことだろ。その手には乗らねえよ、ばーか」


 俺は恵を挑発してみるが、恵はこちらの挑発にはのらず、腕を組み、目を閉じてなにか考え始まった。

 飛んでいった怪人の種の数は数百…下手すれば1000個近いかも知れない。

 ここに来ていたメンバーが怪人級にやられることはないだろうけど、全部処理して戻るには軽く見てあと5、6分。種子の飛び方によってはもっとかかるかもしれない。


「なあ、恵。お前こそどうしてアラクネに俺を攻撃させないんだ?」

「君がカウンターパンチャーだということはよく知っているからね。そのステークシールドについてはよく知っているし、威力もさきほど見させてもらった。逆に言えばさきほど、全部放出したであろう君は攻撃しなければ大した脅威じゃない」


 なるほど、つまり耐久力か、吸収力か、どちらかが上回ればアラクネを倒すこと自体は不可能じゃないっていうことか。

 やっぱりここは全員揃ってからの全力攻撃で終わらせるしかなさそうだ。


「なるほどな、お前の言い分が正しいよ。俺が攻撃しなかったのは攻撃に回せるほどの魔力が残ってないからだ。とはいえ、もうしばらくすれば俺の魔力も回復するけどな」

「攻撃しながら相手の魔力を吸い出すギミックもついているはずだが?」

「そうなのか?俺はあんまり説明書読まないんで知らなかったよ」

「ふん、白々しい」


 伊達に天才を自称しているわけじゃないらしく、こちらの手の内は全て知られてしまっているようだ。

 さて、どうしたものか。アラクネを市街地に向けて動かすつもりなら手の内を知られていても戦闘をせざるを得ないのだが、いまのところその気配はない。

 逆に言えば、恵がいったい何を考えているのかがわからない。


「朱莉さん、先に恵さんを倒してしまってはどうですか?」


 変身を解除した朝陽が恵には届かないくらいの小さい声でそう言って、振り返った俺に親指と人指し指の間に電気を走らせて見せる。

 ここからでも狙撃可能だということだろう。

 確かにそれはそれでありなのだが、同時に無しでもあるのだ。

 数日前、俺は深雪たんと戦った時に、術者が気絶しても解除されない魔法というものを体験した。

 まああれは深雪たんに余計なことをしなければさっさと解除されていたものだったのだが、もしあそこで深雪たんだけではなくエリザベスまで気絶させていたら、もっと長い時間あの吹雪の中に閉じ込められていただろう。

 あと、似たような魔法だと、アイドル伝説狂華にゃん事件 (通称島しょ部奪還演習)の時にJCが戦った相手。あれも術者が気絶しても切れない魔法だった。

 今回は別にどこかに閉じ込められるというわけではないが、恵に手を出した結果アラクネがコントロールを失って大暴走する可能性がある。

 そうなってしまったら俺と朝陽だけでは対応しきれない。

もちろん二人で全力でやって足止めすらできないというわけではないが、さっきのドサクサでハッカーを見失ったのでその警戒をしなきゃいけないというのもあるのだ。


「君はさっきから一体何に気を取られているんだ?私の最高傑作に相対するにはかなり失礼な態度だと思うのだが」

「下水流が見当たらないからなその警戒だよ」

「なんだ、気がついていなかったのか?下水流ならそこの植え込みに転がっているぞ」

「は?」


 俺が思わず間の抜けた返事を返しながら恵が指さしたほうを見ると、確かに手足を8割ほど短くなって気絶した下水流 冥が転がっていた。


「君たちが私の最高傑作に気を取られている間に襲ってきたから撃退したのだが…まあ、私を差し出すことで減刑でも願い出るつもりだったのかも知れないね。とはいえ、自分のデバイスを作った人間に楯突こうとは、まったく理解に苦しむよ」

「つまり、アレをやったのはお前ってことだな?」


 俺が睨むと、恵は嬉々とした表情で口を開く。


「ああ、私が作ったデバイスには叛乱防止のために大なり小なり仕掛けがしてあるのさ。残念ながらマッスル・イコや生倉憂はデバイスが必要なかったので渡せていないがね」


 種子が飛んだ時にみんなと一緒に種を追ってくれた二人がああならないってわかったのはいいけど、とはいえ…


「そういうのやめてやれよな!腕をふっとばされると超痛いんだからな!」


 マジで超痛いし、何度も何度もひどく損傷すると、さすがの魔法少女でも治らないことだってある。


「さすがは腕をボロボロにすることに定評のある朱莉さん…言葉の重みが違いますわね」


 なにその嫌な評価。


「と、とにかくだ、こうして睨み合っていてもしょうがないだろう?やっちまったことはやっちまったことだし、逮捕も起訴も実刑もあるだろうけど、もうやめようぜ。お互い手が出せない状態でこうして睨み合っているうちにこっちは戦力が戻ってくる。そうしたらあのアラクネみたいなのだって木っ端微塵になる。そうなったらどっちみちお前の負けだ。諦めるっていう言葉が嫌いならそうは言わないから、もう投降してくれ」

「つまり、私は敵じゃないと、君はそう言うのか」

「ああ、言うよ。恵は敵じゃない」

「じゃあ、私は君のなんなのだ?」


 なんだろう。

 友達…とはちょっと違うし、恋人でも家族でもないし、知り合い?でもそれよりはもう少し仲がいいと言うか、相手を知っているので…


「知り合い以上、友達未満…かな?正直どうしようもないやつだなとは思うけど、根は悪いやつじゃないと思っているし、できれば傷つくところを見たくないと思っている」


 いつだったか……そうだ、あれは確か和希を仲間に引き入れたときだ。俺はうちのトップが本気になったら和希はひどい目にあわされるという話をして、説得した。

当然和希に対してした心配を俺は恵にもしているし、できればそうなってほしくないというのが本音だ。

しかも、狂華さんはあのときよりも強いし、当然俺も愛純も朝陽も和希も、恵が手ずからパワーアップドリンクを作った真白ちゃんまでいる。

さらにはみつきちゃんとあかり、それに高山少年、JKチーム、朔夜、それに都さんまで控えているし、よその鎮圧が終わったならここに増援がくる可能性だって高い。。

誰がどう考えたって、あのアラクネくらいじゃ勝ち目はない。


「…そうか、わかった」


 フッ、と笑った後、恵はそう言って小さく両手を挙げて「降参だ」と言った。


「下水流を治療してやってくれ、魔法少女の端くれとはいえ結構な出血量だからな」


 そう言って手を上げたまま道を開けるように、恵は一歩下水流から遠ざかる。


「朱莉さん、下水流さんは私が。朱莉さんは恵さんを」

「わかった」


 治療用のキャンディを取り出した朝陽の言葉にうなずいて、念の為魔力封印用の腕輪を準備してから俺は恵のほうへと歩きだす。


「別にそんなモノなくたって大丈夫だよ、私は君たちほど魔法に依存してはいないからね。微々たるものだったろう?私の魔力反応は」

「そうだな」


 以前俺の治療薬を作った時に自身も魔力を持った翠よりもさらに小さな反応だったし、実際魔力をはかるスキャナーが出した数字もかなり小さいものだった。

 あのくらいだったら、恵が変な気を起こしても俺一人でも十分対応できる。

 そう考えるとこんな仰々しいものいらないだろう。


「ふふ…君はあれだな、お人好しだ」


 魔力封印用の腕輪を引っ込めた俺を見て、恵が少し嬉しそうに笑う


「自覚はあるよ」

「どうせ私だけじゃなくて、みんなに対して同じ心配をするのだろう?」

「そういう言い方すると、俺が気の多い人間みたいに聞こえないか?俺は柚那一筋だぞ」

「そうだったね…だがそこでかいがいしく下水流の看病をしている秋山朝陽とも一時期あやしかったと聞いたが」


 確かに俺は朝陽から好かれてはいた。でもそれだけだ。


「俺と朝陽の間にはそういうことはなにもないし、朝陽は、というか、愛純やみつきちゃん、当然あかりもだけど、みんな妹同然の大切な仲間だよ」

「そうか……ちなみにだ、お人好しくん」

「なんだ?」

「私は、みんなと同じというのが非常に我慢ならないたちなのだ」

「天才だからか?」

「そうだ。凡人どもと並べられのが非常に我慢ならない」

「あんまりそういう事を言うなって。友達できねえぞ」

「そうかもしれないが、天才というものは孤独な生き物なのだよ。結局誰からも理解されない」


 思春期に俺も同じようなこと思ってたなあ。

 でも結局天才に限らず、人間なんて不完全な生き物は誰かを本当の意味で理解することも理解されることもできない。

 自分でも目を覆いたくなるような黒い部分を人が理解することなんて絶対できないし、逆もまた然り。

 深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ。なんて言葉があるけれど、深淵を覗ける人間がいったいどれだけいるのか。自分の底も見ようとしない人間が人の底を覗くことなんてできるわけがない。というか、ちょっと覗いてみたところで底なんて見えるわけがないのだ。

 つまり、どうあっても人間はわかりあえない。でもお互いに気持ちのいい、許せる距離で生きていくことはできるし、そこからステップアップすれば相手の深淵のそばに腰を掛け深淵に足をつけて相手を知ることはできる。


「理解はできなくても、俺はみんなのことが知りたいしみんなに知ってもらいたいかな」


 どうぞ見てくださいなんて言えるほど上等な人間ではないけれど、それでも今はそう思っている。


「なるほど、みんな(・・・)ね」


 そう言って一歩飛び退いた恵の顔に影がさす。


「だがね、私はみんな(・・・)と同じでは嫌なんだよ」

「変なことを考えるのはやめろ。お前とあの怪物だけじゃ俺達には勝てない」

「君がみんな・・・を好きだと言うなら、私は君に嫌われよう」

「やめろって」

「都がみんな・・・を好きだと言うなら私は都に嫌われよう」

「本当に死ぬぞ。俺はともかく、都さんのみんな(・・・)から外れたら絶対総攻撃をくらう」

「そうかね、だが…|総攻撃を防げる方法があるとしたら(・・・・・・・・・・・・・・・・)どうだろうか」

「ないっつうの」


 少し苛ついた俺の語調がきつくなるのを聞いて、恵が愉快そうに笑う。


「あるのだよ、お人好し君。君はもちろん都も私に手を出せなくなる方法が」

「もういい。話は本部に帰ってから聞かせてもらう」


 俺はもう一度魔力封印の腕輪を取り出し、今度は躊躇なく恵の腕に嵌めた。

 すると、突然恵の身体が崩れ始める。


「君は愛する妹に、秋山朝陽に手を出すことはできない」


 その言葉を最後に、恵の身体は塵となって消え、風に吹かれてどこかに飛んでいってしまった。

 俺は反射的に朝陽のほうを振り返るが、下水流の治療にあたっていたはずの朝陽の姿は見えず、それどころか下水流の姿も消えていた


「朝陽!?」


 消えた朝陽の姿を探して、あたりを見回した俺は、すぐに朝陽の姿を発見した。


「朝陽……」

「………」


 意識があるのかないのか、下水流と恵とともに、アラクネの新たな上半身の一つとなった朝陽は答えない。

 答えたのは朝陽の隣で愉しそうに笑う恵だった。


「大事な人間から目を離した君が悪いのだよ!こうして彼女を肉の壁にしてしまえば君たちは手を出すことができないだろう?」

「てめえ…ついに越えちゃならない一線を越えたな?……もういい、お前は俺がここでぶっ殺す!!」

「っっっ!!そう、それだ、その目だ、誰にでも優しげな目を向ける君のその目は特別なものだ!私だけに向けられるべきものだ!!」


 うっとりとした顔で、頬を染めてこちらを見る恵の顔は整っているはずなのに、ひどく醜悪なものに見えた。


「いいぞ!さあ、憎め!私を殺せ、ついでに下水流も、生倉優もだ!そうすれば君は英雄になれるぞ!まあ秋山朝陽も死ぬだろうがな!!」


「お前は殺す、朝陽は助け出す」

「おいおい、そんなに都合よく行くわけがないだろう、二者択一だよ。私共々秋山朝陽を殺すか、そこで指を加えて見ているか。どちらにしても私は君の中で特別な人間となり、記憶に――」


 すでに戦闘中だというのに延々と喋り続ける恵の言葉を無視して、俺は右腕に全魔力を込めてから地面を蹴った。


「ヒャハハハハハ!!キタァァァァァァッ」


 俺の攻撃を喜々として受け止めた恵は


「………あれ?」

「くそっ……こんなタイミングで…」


 まったくの無傷で


「どういうことだ?」


 逆に俺の右腕が


「ふざけるなあああっ邑田朱莉ぃぃぃぃぃっ!!」


 砕け散った。





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