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魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編

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本部防衛戦線


「うーん……捕虜の警護のしやすさを考えて取ったシフトが逆に利用されるとは。流石にあいつは腐っても天才ってことよね」


 都はそう言って司令本部に作られた、狂華の魔法を付与した机と椅子のバリケードを見ながらため息を付いた。


「のんびりそんなこと言ってないでみやちゃんも手伝ってよ」


 10数体のスレンダーマンをつかってバリケードの構築をしている狂華がそう言って頬を膨らますが、まだまだ余裕があるらしく、のんびりとした口調だ。

 現在、この司令室にいるのは非戦闘員で魔法少女ではないオペレーターが5人、それに魔法が使える人間が宇都野都、己己己己狂華、虫野梨夏の3人。計8人が立てこもっていて、扉の外にはマッチョ化した職員や魔法少女たちが押し寄せているという状況だ。


「うわっ、また沼崎さんが隙間から入ってこようとしてる。紙!!もっと紙持ってきて!」

「は、はい!」


 梨夏の指示でオペレーター達は司令本部内から紙を集めてきて、梨夏はその紙に魔法をかけてスレンダーマンの作ったバリケードでは塞ぎきれない隙間を埋めていく。

 もちろん、本部の警備がこの三人だけだったというわけではない。生倉側の作戦に合わせて品根衣子が行動を起こすのではないかと考えていた都と狂華は品根衣子に対してい徹底的な監視と警備をつけた。

 しかし逆にそれは、本部に移されていた沼崎朱未と九蓋小由里、それに下水流冥と仁鶴円の警備が薄くなるということを意味する。

 実際、その薄くなった警備のスキをついて、まず沼崎が脱走。

 スライム化した沼崎は九蓋、下水流、仁鶴を開放し騒ぎを起こさせると、最後に品根衣子を開放。本部は肉の海に沈んだ。


「ニア、テッカテカだったね…」

「テッカテカだったわねえ…」


 もちろんその肉の海の中には二人のよく知る人間も沢山いる。

 その中には、いてくれればこの状況を打破できるような人員も多く、特にこの司令本部のことを知り尽くしているニアがマッチョ化させられてしまったのは二人にとっては相当な痛手だった。。

 とは言っても無事な人間でなんとかするしかない。これからどうしようか。都がそんなことを考えていると、ポケットの中に突っ込んでおいたスマートフォンが震えた。


「あら、朱莉からだわ」

「何だって?」

「えーっと…『恵がドクターと同一人物で黒幕。マッスル・イコ開放に注意』って、もう遅いわ!」

「ま、まあまあ。朱莉もわかったことをすぐ連絡してきてくれたんだろうし、ボクらも気づかなかったんだからしょうがないって」


 鼻息荒く今にもスマートフォンを床に叩きつけそうになっている都の腕を掴んで、狂華がなだめていると、梨夏が二人の方へ歩いてきた。


「隙間全部塞ぎ終わりました」

「ご苦労さま。梨夏もちょっと休憩しなよ」


 狂華がそう言って梨夏をねぎらうと、梨夏は「はい」と短く返事をして都と狂華と並んで座った。


「これからどうしましょうね。というか、皆無事なんでしょうか」

「今日関西は楓だけじゃなくてひなたもいるし、深海姉妹もいるからね。人が多い分ちょっと心配なご当地のところを厚くするくらいは余裕だし、東北も本部に来た敵は精華が吸い込んじゃえば捕まえられるから、各県二人体制にできるし大丈夫でしょ。問題は朱莉のところと、JCJKよね。恵は朱莉のこと大好きだから多分本命をぶつけているだろうし、本物かどうかわからないけど、JCJKのところに現れた生倉も気になる」


 都がそう答えると、梨夏は「うーん」と短く唸ってから口を開いた


「私ずっと気になっていたんですけど、例の生倉って本物なんでしょうか」

「どうかしらね、書類上は獄中死しているし、記録では死体はもう荼毘に付されている。死亡証明書を書いた医者はもう亡くなっているから確認はとれないからなんとも言えないけど、あいつ腐っても天才だからなあ。書類偽造の話が嘘で、生倉が本当に死んでいたとしても、何かしらの方法で生倉を蘇生させて使っている可能性はあると思うのよね。クローンとか。そうじゃなきゃわざわざ生倉の名前を使う必要がない」

「あとは、どこかで死体を入れ替えてそれを使ってフランケンシュタインみたいな感じとかね」

「どっちもあんまり考えたくないですね……まあ、差し迫って今一番考えたくないのは自分がマッチョ化することですけど」


 梨夏はそう言って深くため息をつく。


「ははは、そうだね」

「まあ、私的には狂華のマッチョ姿はちょっと見てみたい気もするけど」

「やめてよみやちゃん」

「……」

「その『何言ってんの?私は9割本気よ?』って顔するの本当にやめて」

「冗談よ、冗談。さて、そろそろ反撃と行きたいところだけど…狂華、行ける?」

「その行けるっていうのが何を指しているのかによるけど」

「うちの人間にはできる限り怪我させないようにしつつ、マッスル・イコの無力化」

「殲滅じゃなくて無力化なの?」

「あんたは可愛い顔して相変わらず物騒ね。無力化よ、無力化。あの子による被害は今の所こっちの魔法少女がマッチョ化させられているってだけなんだから、殺すことはないわよ」

「それってつまり、ずっと避け続けて向こうの魔力が尽きるのを待てってこと?何時間かかるかわからないし、朝までかかるといろいろまずいよ」

「そこまでやらなくていいわ。ある程度時間を稼げればいいだけだしね。まあ、できるだけこっちの消耗を抑えたいからギリギリまでここでやり過ごしましょ」

「だからそんなの何時間かかるかわからないってば」

「んーまあ、ほら……例えば朱莉が生倉やっつけてこっちに来るとかすれば大丈夫だって」

「ちょ、司令、それだめですって。前の時もそれで――」


 都のセリフを聞いて狂華の機嫌がみるみる悪くなっていくのを見た梨夏は慌ててフォローを入れる。


「冗談よ冗談。っていうか、あんたまだ朱莉に嫉妬してんの?」

「そんなのして……るよ。悪い?」

「悪くないし嬉しいけど、あんた前もそれで足すくわれたんだから気をつけろって話。頼むわよ、あんたがやられたら私と梨夏でなんとかしなきゃいけなくなっちゃうからね」

「なんかもう最初からみやちゃんが出れば良いんじゃないって気がするんだけど。みやちゃんなら朱莉と恋がやったみたいにエナジードレインできるんじゃないの?」

「あれはまだ(・・)できない。チートにはチートの穴があるのよ」

「穴?」

「あんたにも教えない」

「どうせ朱莉には教えてるんでしょ…」

「もう…冗談を引きずって本気で拗ねるのやめなさいよ。っていうか、朱莉に言うわけないでしょこんなこと。というか教えるとしたらあんたに真っ先に教えるわよ」

「だったらいいけどさ……へへ…」

(ちょろいなあ狂華さん…)

(ちょろいなあこいつ…)


 ほくほく顔で嬉しそうにしている狂華を見て都と梨夏は顔を見あわせて苦笑した





 バリケード完成から10分、壁に設置されている通気口の蓋がガタガタと揺れだし、大きな音を立てて床に落ちた。

 都達3人は、ついに敵が来たかと警戒を強めたが、次の瞬間通気口から出てきた顔を見て警戒を解いた。


「あー、やっぱりここだったのー」


 翠はそう言って通気口から飛び出すと、彼女の身体から推定される身体能力と科学者という職業からは想像がつかないウルトラCの回転をしながら着地を決めた。


「翠!無事だったんだね」


 狂華達が駆け寄ると、翠は少し得意げにフフンと鼻を鳴らして胸を張る。


「まあ、こう見えて私も天才の端くれなの。押し寄せるマッチョをみてだいたい状況はわかったから急いで逃げて通気口をたどってここまで来たの」

「コウさんは?」

「コウちゃんは私をかばってマッチョになったの、ちょっとかっこよかったの。今まであんまり筋肉に興味なかったんけど、いざ見てみるとああいう路線のミドルエイジもありだと思うの」


 翠はそう言って両頬に手を当てるとうっとりとした顔で「いやんいやん」と首を振り、それを見て都と梨夏がうんうんと頷く。


「わかる!」

「それな」

「二人共何言ってるの!?」

「冗談だって。ね?」

「え?」

「え?」

「……冗談ですよ冗談」


 都は冗談だったようだが、梨夏はどうやらそうではなかったらしい。


「で、翠。わざわざ私達を探していたってことは何か用事があるのよね?」

「うん。あかりんが危ない。ここをさっくり脱出して助けに行かないと――」

「助けに行かないと?」

「大江恵に拐われると思うの」

「拐われる?」

「うん。あの女、証拠を消すどころかきっちり道筋のこして行きやがった。多分こっちを挑発しているんだと思うけどほんっと腹立つわぁ……なの」

「ねえ翠、別にボク達の前ではキャラを崩してもいいんだよ?」

「え?なんのことかわからないの」


 狂華の言葉に、きょとんとした顔で首をかしげる翠とそれを見て小さくため息をつく3人。


「まあいいわ。それより朱莉が拐われるってどういうことなの?」

「あいつがやたらとあかりんに執着してたのは知っているでしょ?」

「たしかに気に入っていたふしはあるわね」

「あいつの目的は、自分のプライドを傷つけた都さんに勝つこと。それもできる限り都さんにとって屈辱的な方法で。だから都さんのお気に入りのあかりんを手に入れて、彼女を使って都さんに勝つと、そういうことらしいの」

「はて。私何かあいつのプライドを傷つけるようなことしたかしら」

「みやちゃん気づかないうちに地雷踏んでいること多いからなあ」

「というか、地雷とかそういう次元じゃなくて、都さんのことが全部気に入らないっていうことだったみたいなの。天才である自分の上に人を置くということ、その置かれた人間が凡人であるということ、まあそういうことが気に入らないって話が長々とテキストファイルに書き込まれてたの」


 翠はそう言って深くため息をつく。


「天才なんて、言うほど万能じゃないのにね…なの」

「ああなるほど、じゃあハッカーと蒔菜達を遭遇させて捕まえさせたのはわざとだったってわけだ」

「今ならボクらをここに釘付けにした状態でハッカーを連れて出ることができるから、朱莉に接触できれば…ってことだね」

「でも朱莉さんはハッカーが脱走したことを知っている…というか、大江恵が黒幕だっていうのは知っているんですよね?だったらレジストできるんじゃないですか?」


 梨夏の言うことはもっともではあるし、蒔菜でレジストできる下水流冥の攻撃を朱莉がレジストできないとは都も狂華も思っていない。

 だが


「朱莉は時々とんでもなく間抜けなミスをするんだよね。詰めが甘いと言うか」


 狂華の心配は、はからずも朱莉がほぼ同時刻に狂華に対してしていた心配と同じものだった。


「ハニートラップっていうか、女に弱すぎんのよあいつ」

「あー…まあ、そういうところは…ある、ような…」


 都の指摘に狂華がうんうんと頷き、どうやら心当たりがあるらしい梨夏も苦笑いを浮かべる。


「とにかく、あかりんは敵に回すとやっかいだから、大江恵に取られるのは避けたいの」

「たしかに」

「わかる」

「そうですね」


 四人はそれぞれ朱莉の顔を思い浮かべながら深く頷いた。


「じゃあ、ちゃっちゃとボクの魔法で突破しちゃおうか。威力を弱めればみんなを気絶するだけで留められるだろうし、マッスル・イコはスレンダーマンをぶつけて足止めするよ」

「いや、あんたは温存する」

「じゃあみやちゃんがやるの?」

「残念ながら私の外付けナノマシンは執務室なのよ」

「え、私には無理ですよ!?」


 狂華と都の会話を聞いて梨夏がぶんぶんと首を振る。


「いやいや、だから、時間がくれば道が開くから大丈夫よ…そうね、あと2分ってとこかな」

「さっき朱莉から連絡来る前にスマホいじってたのと関係あるの?」

「まあね」


 都はそう言って笑うが、梨夏がここに閉じこもってすぐ、まだ監視カメラが動いているうちに確認した限り本部内の魔法少女は軒並みマッチョ化してしまっていたし、聖やアーニャ達はすでに他の手薄な地域に割り振ってしまっていて、本部に近い関東寮には居ない。

もし他から救援に来るとしたら一番近いのは朱莉達東京第一、次が生倉があらわれた東京第二だ。しかしどちらも交戦中だし、霧香を増員して人数に余裕がありそうな神奈川チームは箱根なので数十キロの距離があるうえに、マッスル・イコに対応できる魔法を持っていないはずだ。

埼玉チームは戦力にかなりの余裕があるが、急造なうえに全員が異星人であることから、地域限定での能力開放・協力関係なので勝手に動かせない。

 そこから範囲を広げて群馬・静岡・山梨と考えてもどこもそんなに余力があるわけではないし、神奈川同様マッスル・イコに対して有効な魔法持ちはいない。

 そうなるともっと距離が開いたり山があったりして――


「…あ!」

「梨夏は気がついたみたいね」

「え?どういうこと?」

「んー、そうね。つまり―」

「お待たせしました」


 都が正解を言おうとした次の瞬間、ここにいるはずのない人物の声に狂華が振り返ると、扉の前のバリケードは押し開かれ、空いたスペースに3人の魔法少女が立っていた。


「つまりこういうことよ」

「すみません遅くなって。流石に二人連れてだと全力が出せなくて」

「いやいや、むしろ想定より早かったくらいよ。ありがとうね、真白」

「真白!?それに蒔菜と和希も!」

「で、うまく片付いた?」

「はい。沼崎さんは和希が、マッスル・イコは蒔菜さんが無力化して魔力を再封印しました。マッスル・イコの無力化でマッチョ化させられていた本部の人たちも元に戻っています」


 下水流戦で本当の実力がバレてしまい本部防衛網に組み込まれることが決まった蒔菜はすぐに呼び戻されることなく、そのまま長野で真白・和希とともに待機させられていた。

 名目上は下水流の変わりの魔法少女が現れたときのための待機。ということになっていたが都はそれ以外に東日本のどこかで対処しきれない状況が起きた時に真白の飛行魔法ですぐに急行できる遊撃部隊として3人を考えていたのだ。

 皮肉なことにその対処しきれない状況(実際は対処しようと思えばできたのだが)は本部で起きてしまったのだが、結果オーライでバッチリ作戦がハマった形となった。


「んじゃまあ、イコちゃん連れて最終決戦と洒落込みましょうかね」


 都は立上ってひと伸びすると、唐突にそんなことを言い出した。


「え!?マッスル・イコを連れて行くんですか?危ないですよ!?」

「恵とドクターが同一人物だってことは、あの子は最初から最後まで利用されてたってことでしょ?そんなこと知ったら彼女怒り狂うでしょうね」

「みやちゃんまさか…」

「別にマッスル・イコに恵を殺させようってわけじゃないわよ。彼女の超回復とか吸収魔法は使えるから手伝ってもらうだけ。まあ一発くらい殴らせてやるけど、無駄に犯罪者増やすようなことはしないわ」

「ならいいけど」

「じゃあ蒔菜と梨夏はオペ子ちゃんたちと本部機能の復旧作業をお願いね。ニアももとに戻ってるだろうから、ニアが起きたらニアに全権を委任するから、そこからはニアの指示通りに」

「了解です」

「わかりました」

「よし、じゃあ狂華、真白、和希、最終決戦行くよ」


 ちょっと近所までランチをしに行くくらいの軽いノリでそう言って笑うと、都は3人を連れて司令本部を後にした。


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