生倉 憂 3
「私と契約して、魔法少女になってくれないかい?なってくれるのならその怪我を治してあげよう」
俺がひき逃げされた現場に突然現れた、白衣を着たそいつは、そう言って倒れていた俺の顔を覗き込んだ。
「いや……俺は…男なんだが」
「些細な問題だよ。そんなことは」
「些細……?」
「ああ、君が死の淵に立ちながらも魅力的な私のスカートの中を凝視したくてたまらなくなってしまうという程度の些細な問題だ」
そんなまったく見当外れなことを言いながら、そいつは不敵に笑い、俺の意識は闇に呑まれた。
次に目がさめた時に女の身体にされてしまっていた俺は、今までの日常に戻ることはできず、何人かの仲間たちと一緒に大江が用意したアジトで共同生活を送っていた
「生倉さーん」
俺の名前を呼びながら走り寄ってくる子犬のような女。
こいつの名前は品根衣子。
まだ俺の様に改造手術を受けていない魔法少女候補で、触ったら崩れてしまうんじゃないかというくらいに華奢な身体の持ち主だ。
一応社会人らしいのだが、魔法少女になるまで休職しているらしくいつもアジトにいる人間の一人だ……俺が言えた話ではないが、社会人で少女…いや、深くは考えまい。
「お昼食べましたかぁ?」
「いや、まだだけど……お前、まさかまた」
「えへへ、やっぱり作り過ぎちゃいましてぇ。よろければ是非お手伝いを」
「そっか」
こいつの料理は、味はいいのだが、とにかく量が多い。しかも華奢な見た目通りこいつはあまり食べないときているから始末が悪い。
「作る量考えないと嫁の貰い手がないぞ。せっかく美味いのに食費がかかりすぎて破産しちまう」
「作る量を考えたら、嫁の貰い手があるんですかねぇ…例えば生倉さん的にはどうですか、私とか」
「バーカ、俺はもっとこう、グラマラスな女が好きなんだよ」
「うう………がんばりますぅ…」
「前から思ってたんだけど、生倉氏といこりんって、カップルみあるよね」
あとから食堂にやってきた自称アイドル(現ニート)の渡瑞穂がそんなことを言いながら席に着く。
「ちょ、ちょっとぉ…な、なにいうのぉ瑞穂」
「そうだぞ、俺はもっとグラマラスな女が好きなんだからな」
「ふーん、あたしみたいなの?」
「いや………」
面と向かっては言えないけど、渡はグラマラスすぎるというか、なんというか。
「あんたのはデブっていうのよ!‥いやもはや肉塊ね、肉塊」
「んだとこのまな板!!」
「スレンダーなだけですぅ。だいたい自称宮野愛純のライバルならもっとスマートになったほうがいいんじゃないの?ローストビーフ作れそうな身体でアイドル()」
「こ、このまな板が!」
「プーっ!いくらなんでも語彙が少なすぎませんかー?」
「こ、この…この…エグレ胸!!」
「抉れとらんわ!溶けたアイスみたいな体型しやがって!!私や衣子はついてないんじゃなくてつけないだけなんですぅ、肉なんて毎日お菓子食べて運動せずにダラダラしてたら誰にだってつくんですぅ」
「だったらつけてから言ってみろ!!」
「そんな体型になりたくないからいやですぅぅぅっ!!」
「ちょ、ちょっと梨沙子やめなよ。瑞穂ちゃんもおちついてー」
炎使いで喧嘩っ早く、どこにでも火を付けたがる長森梨沙子と渡の喧嘩を、長森の親友で事なかれ主義の凪みなもが仲裁に入る。
「………毎度のことながら、こいつらが揃うと居心地が悪いな、澄川」
「え?いや、俺…あたしはもうなれたぞ…わよ。南部も早くなれたほうが楽になるんじゃなあい?」
「………」
手術前は雄々しく、まるでクマのようだった澄川次男は今の姿になってから自分の可愛さに目覚めたとかで、女らしく振る舞うことにハマっていて、逆に澄川と旧知の南部新太はそんな澄川にも、自分の体の変化にも戸惑っているらしい。
まあ、何にしても、これが俺たち戦技研大江班の日常だ。
「え?あたしの魔法を生倉氏に教えるの?別にいいけども」
俺や長森達に遅れること3ヶ月。手術を受け、日々の喧嘩の中で長森に貶されつづけていたグラマラスすぎるボディを卒業した渡は、そう言ってダンスの練習のためにスマホから流していた音楽を止めた。
「でもあたしの魔法なんてたいしたことないというか、ぶっちゃけみゃすみんのパクリだよ?生倉氏はもう火も水も出せるし、刀や銃も出せるでしょ?戦闘力はバランスいいと思うし、今更あたしのテレポートなんていらないんじゃないの?というか、こんなの貴重な枠を使ってまで覚えるような魔法じゃないよ。確か枠ってあと3つしかないんでしょ?戦技研のほうに合流してからテレビにでているような人の強力な魔法を覚えさせてもらったほうがいいんじゃない?そのほうが最強の正義の味方になれると思うよ」
「まあ強力な魔法は強力な魔法でいいと思うんだけどな。どうせなら俺は仲間の魔法で戦いたいんだよ」
「んふー……仲間ねえ」
「なんだよ」
「意外だなあと思ってね」
「意外?」
「生倉氏って仲間とか、恋人とか、そういうのどうでもいい人だと思ってた」
「いや、どうしてそうなるんだよ。俺は仲間を大切にする男だぞ」
少なくとも、今ここで一緒に暮らしているやつらは、本当の仲間だと思えているし。
「んー……まあ、君が皆のことを仲間として見ているのは知っていたから、そこを口に出したのが意外だったってだけだけどさ」
「じゃあ別に――」
「いこりんの件」
う……
「グラマラスが好きなんて嘘でしょ」
「……」
「で、別にスレンダーなら誰でもいいってわけじゃない。長森には普通というか無関心だしね」
「………」
「この国の魔法少女の誰かが死んだとか、そういうのって大江さんもドクターも言わないし、テレビでもやらないけど、あたしたちってそういうことになる可能性が少なくとも普通の人よりは高くなると思う」
「まあな」
「いこりんが手術受ける前に言っておいたほうがいいんじゃない?下手したら今みたいなスレンダーボディじゃなくてグラマラスいこりんになって帰ってくるかも知れないよ」
「いや俺は――」
「え?どんな衣子でも愛してるぞ?ヒューっ、熱いねえ」
「言ってねえだろ…」
「言ったようなもんでしょ。とにかく、言いたいことがあるならちゃんと言っておきなよ」
「わかったよ。それはそれとして、魔法なんだけどな」
「はいはい、わかったわかった教えたげるってば。まったく、真面目だねえ憂くんは」
「え?衣子?今日は見てないけど…みなもはどっかで見た?」
「ううん。見てないよ」
長森の確認に、凪は首をふるふると振った。
「そっか、邪魔したな」
「待ちなさい」
「グェっ」
とりあえず衣子の部屋にでも行ってみようと思い立ち去ろうとした俺の襟首を長森が思い切り引っ張った。
「あんたいつ衣子に告るわけ?」
「は?はぁっ!?」
「ちょっと梨沙子、そんな直接的な言い方だめだよ…ねえ、生倉くん。その…いつ、衣子ちゃんに思いを伝えるのかな?」
「あんまかわらなくない?」
「私の言い方のほうが優しさがあるもん」
な、なんなんだコイツら。渡といい、女っていうのはこんなのばっかりなのか!?
「なんで知っているんだって顔しているけど、みんな気づいているからね。それに、生倉くんがみんなと気まずくならないように気を使っていること、私も梨沙子も瑞穂ちゃんもツグオちゃんも新太くんも知っているから!もしなんか聞こえて来ても、みんなでヘッドフォンしてリビングでテレビ見てるから!」
「生々しいわ!というか、そもそも俺には別段あいつとどうこうなろうっていう気は無いんだが……いてっ!何すんだよ長森」
「うっさい、この童貞野郎」
「いや、今、俺は女なんだぞ?」
まあ、童貞は童貞だが。
「そんなの関係ないよ!!愛は性別を超えるんだよ!百合はいいものなんだ――ムブーッ!フィファフォ!?」
「わけわかんなくなるからちょっと黙ってなさい」
そう言って後ろから腕を回して凪の口元を抑えてから長森が続ける。
「衣子はあんたことが好きよ」
「いや、わからんだろそんな事」
「本人に聞いたから間違いないわよ」
「聞くなよそんな事!そして言うなよそんなこと!」
「言わなきゃいつまで経っても進まないでしょうが」
そう言ってフンっと鼻を鳴らす長森と――
「……おい」
「なによ」
「凪が白目むいてるぞ」
「え?あ!ヤバ!!ちょ、みなも起きなさい!みなも!」
「う…り…さこ…」
「よかったぁ……ごめん、ごめんね、みなも!」
「…わたし、これ、しゅきぃ」
「死ね!!」
「というわけで、俺は衣子とくっつけられるらしい」
「まったく女という生き物は度し難いな」
男部屋…と言う名の元男性陣用の避難所にやって来た俺が事情を説明すると南部はうんうんと頷いてそういった。
「でもでもぉ、あたしが思うにぃ、憂ちゃんはぁ、衣子ちゃんのこと憎からず思ってる的なぁ」
「澄川、ちょっとおちつけ、もはやキャラ崩壊とかそういうレベルじゃないぞお前」
「もー、新太はそんなことばっかり言ってぇ、そんなこと言うとぉツグオ、プンプンになっちゃうんだぞぉ」
「本当にやめてくれ。元のお前をよく知っているだけに本気で辛い」
「辛いは幸せのちょっと手前だから大ジョブジョブぅ」
「……完全に迷走しているな」
「ああ。もともと変に真面目なやつで、迷走する時も本気で迷うからな。迷い出すと非常にタチが悪い」
そう言ってフッと笑ってから南部は澄川を廊下につまみだして、改めて俺の前に座った。
「で?お前と品根がくっつくことになにか問題があるのか?」
「いや、まあ百歩譲ってだ、百歩譲って俺が衣子のことを憎からず思っていたとして、だとしても俺じゃだめだろ」
「駄目?」
「俺はお前たちみたいに誇れる経歴もないし、衣子だけじゃなくて、そもそも人と付き合ったりとかそういうことをしていい人間じゃないと思うんだ」
「理由は?」
「いや、南部には話したけど、俺は連続殺人犯の…生倉優の弟だぞ。実際それで警察官にはなれなかったし、就職だってうまくいかなかったし、もし誰かと付き合ったり、まかりまちがって結婚なんてことになったら」
「普通だろ」
「いやこんな家族がいるのは普通じゃないだろ」
「家族がどうこうじゃなくて、お前は普通だって話だよ。少なくとも俺はお前のことを怖いと思ったことも殺人鬼だと思ったこともないぞ」
「まあ、俺は殺人鬼じゃないからな」
「だったらそれでいいだろう。そもそもお前の言う誇れるものなんていうのも、一つの見方でしかない。俺は銃にちょっと詳しくて、鉄砲撃ちたいだけの奴だし、澄川に至っては棒で人を叩くのが大好きで、しかもそれで日本一になれなかった男だぞ」
「言い方の問題だろ、それは」
「言い方の問題だろ、お前のも。殺人鬼の弟でありながら正義の味方。どうだ?ちょっとかっこよく聞こえないか?」
「う……」
まあ、ちょっとかっこいいかも知れない。
「そして、そんな正義の味方はどんなに頑張ってもハッピーエンドを迎えちゃだめなのか?」
「………」
「大丈夫だ。品根はそもそもそんなことを気にするやつじゃないと思うし、そもそもお前は一度死んで、生倉優の弟じゃなくなっているんだからな」
「南部…」
「ま、駄目だったら残念会に付き合ってやるよ」
「お前、本当に良いやつだな…」
「すみません、私が大江恵と宇都野都の企みに私が気づいていれば」
仲間たちが殺された後、とあるカラオケボックスで落ち合った坂口祥子はそう言って深々と頭を下げた。
「いや、それは俺も衣子も気づけなかったことだから気にしないでくれ…それより犯人の絞り込みができたっていうのは本当なのか?」
「ええ。みなさんの魔力は結構なレベルだったので、ああいう殺し方をしようと思ったら相応の魔力が必要になります」
「つまり?」
「国内トップ5の誰かだと思います」
「トップ5っていうと…」
「現在のランキングだと、己己己己狂華、相馬ひなた、宮本楓、邑田朱莉、森崎精華ですね。このあたりであれば相応の魔力があるので、相手の真似をしてあんな殺し方をすることも可能でしょう」
ドクターに言われて、俺はみんなの死に様を思い出した。
「…私ももう少し調査をつづけますので、生倉さんはその怒りを忘れないようにしておいてください」
「ああ。悪いな、危険な役目を頼んじまって」
「いえいえ、気にしないでください。それよりも来る日のためにくれぐれも力を落としたりしないように精進してください」
「わかった」
「よかった。これは当面の生活費にでもあててください。では、私はこれで失礼します」
ドクターはそう言って机の上に封筒を置くと部屋をでていった。
「……生倉さん」
「ん?どうした、衣子」
「もうやめましょうよ。こんなの」
うつむいたままそう言って膝の上で拳を握った衣子の肩は震えていた。
「こんなの、瑞穂も、梨沙子も、みなもも、ツグオちゃんも、新太くんも、理子ちゃんだって望んでませんよ!」
「だとしてもだ」
だとしても、俺はあいつらをあんな目に合わせたやつを許してはおけないし、そんなやつらが国をバックにやりたい放題やっているっていう状況も捨て置くわけにはいかない。
「仇討ちってそんなに大事なことですか?」
「大事に決まってるだろ!衣子にだってわかるはずだ!」
「私はあなたが大事なんです!あなたが皆のことを大事に思っていたのと同じくらい!みんながあなたを大事に思っていたくらい!私はあなたが大事なんですよ!もう、みんなはいないんです…あなたしか…いないんです………いいじゃないですか、もう平和に暮らしましょうよ…ドクターにもらった変身魔法もあるし、二人でならきっとうまく隠れて暮らせますよ」
「……そうだな、うん。お前は隠れていてくれ。俺はみんなの仇をとってから合流するからさ」
「そういうことじゃないんです!私は――」
「わかってる。わかってるけど、ごめんな、衣子」
「衣子が、捕まった…?」
前回と同じカラオケボックスでドクターから衣子が捕まったというニュースを聞いた俺は、一瞬頭が真っ白になった。
「彼女、何故かもともと勤めていた農協に復職して生活をしていたらしくて。そこをあっさり見つかって、邑田朱莉率いる部隊に捕まったようです」
「逃がせないのか?ドクターは戦技研に潜入しているんだろう?」
「それをしてしまうと、内通者がいるということがバレてしまいますからね。今はまだ時期じゃないでしょう」
「時期っていつだよ」
「実は、結構な数の協力者を得ることに成功しましてね。年始に一斉に攻撃を仕掛けます。衣子さんはそのときに開放すればいいでしょう……ただ、その中にも裏切り者がいるらしくてですね」
裏切り者という言葉を聞いて俺の頭の中に、大江恵の顔が浮かぶ
「だったらさっさとそいつを排除すればいいだけだろ」
「まあそれはそうなんですけどね、ちょっと特殊な立場の人間でして」
「特殊な立場?」
「邑田朱莉と伊東柚那の関係はご存知ですよね?」
「ああ、あんたがくれた資料を読み込んだからな。確か、二人はもともと恋人同士で、妊娠中の伊東柚那を邑田朱莉が捨てたんだったか…」
「そう。そのとおりです。それで、未来から来たその二人の子供というのが彼らしいんですよ」
「邑田、朱莉の」
邑田朱莉。あいつらを殺した容疑者の一人で、衣子を捕まえた奴――
「どうです?衣子さんを捕まえた邑田朱莉の眼の前でその子供を…」
「…いや、それは駄目だ。大江恵と宇都野都、それにあいつらを殺したやつは許すつもりはないが、それ意外はなるべく傷つけたくない。今は大江や宇都野に騙されていても元々俺達と同じ志で魔法少女になったやつらなんだ。大江達を倒した後はきっといい仲間になれると思う」
「……ま、いいでしょう。そのためにも、あと一つの枠で誰の魔法を覚えるのか考えておいてくださいよ」
ドクターはやれやれと笑うと、そう言って前のときと同じ様に封筒を置いて部屋を出ていった。




