契約
俺がみゃすみん達との訓練を終えて寮に戻ると、寮の入口で優勝候補筆頭のチーム所属であらせられるチアキさんと出くわした。
「あら、朱莉。今帰り?」
「ええ。チームのみんなと訓練をしてました」
「へえ、感心ね。そういえば結局朱莉のチームメイトって研修生の誰だったの?私、自分のチームメイトがわかってたから発表を見に行ってないのよね」
「ああ、みゃす……宮野愛純と、小此木セナ。それと大引彩夏です」
「……あれ?都はあなたたちを負けさせる気なのよね?」
ちょくちょく研修生の授業を受け持っているチアキさんは三人の名前を聞いてピンときたのか、首をかしげなら言った。
「そのメンツだと、戦力が充実しすぎちゃてるけど」
「そうなんですよ。都さんに聞いたら案の定組み合わせをミスったらしいんですけどね」
「何やってるんだか。でもそうなるとやっぱりうちが何とかしなきゃならないんだろうけど……」
そう言ってため息をつくチアキさんの表情は暗い。
「あれだけ戦力があるのに何か問題があるんですか?」
「まあ、全チーム見回してみても戦力的にはうちが一番なんだろうけど、船頭多くしてってやつでね。関西のリーダー、東北のリーダー、かつての最強魔法少女。この三人をまとめるのは骨が折れるわ…というか、ひなたが調子にノリ過ぎなのよ。あいつみつき大好きだからいいところ見せたいんだろうけど、いちいち口を出すからまとまらないったらありゃしない」
ああ、なるほど。確かに三人とも我が強いもんなあ。
「強力な戦力を集めた弊害ってところですね。ご愁傷様です」
「そういう朱莉だってあの三人と楓がチームメイトなんだから他人事じゃないでしょうに」
「いや、それが楓さんがみゃすみんのファンだったおかげで、もはや首輪のついた犬状態でして。それに気難しいかなと思ったセナとも意外に早く打ち解けられましたし。まあ、難点は負けてもいいやと思ってるっぽい彩夏ちゃんくらいですね」
「彩夏が試合に負けてもいいと思ってる?」
「ええ。接近戦の練習を勧めてもやろうとしないし、常にダラダラしているし」
はっきり言って、誰がどう見ても勝負を投げているとしか思えない。当然チアキさんからも同意の返事が返ってくると思っていたが、チアキさんの返事は俺が考えてもみなかったことだった。
「……まあ、ダラダラしてるっていうのは同意だけど、あの子ってものすごい負けず嫌いよ」
「ええっ!?」
「接近戦の練習を嫌がったというよりは、常に自分の間合いで戦おうとしてたんじゃない?」
「そうですね。いくら言ってもそういう風に戦おうとしたんで、俺はつねに距離を詰めるように心がけました」
まあ、心がけただけで彩夏ちゃんはのらりくらりと逃げ回って常に一定の距離を取られてしまっていたのだが。
「はあ……つまりね、朱莉。彩夏は、中距離のスペシャリストなわけ。例えば、そうねえ……楓にこまちみたいな技を使わせようとして、上手くいくと思う?」
「行かないんじゃないですか?」
「どうして?」
「はっきり言っちゃえば楓さんに距離だの角度だのを測れるとは思わないから」
あの人はそういうことを考えている間に距離を詰めて相手を大砲でぶん殴るタイプだ。
「そうね。じゃあなんで彩夏には接近戦ができると思うのかしら」
「いや、でもできたほうがいいじゃないですか」
「そう?中距離対近距離なら圧倒的な彩夏が接近戦を仕掛けなきゃいけないケースってどんなケースかしら」
「相手が接近戦を挑んで……」
ああ、そうか。そういえば俺、なんだかんだで今日一度も彩夏ちゃんに触れられてない。つまり、距離を詰められることがないのに、接近戦の訓練をつむ必要はないということか。
「わかったみたいね。彩夏はそういうの口に出すの嫌うからチームリーダーのあなたが汲み取ってあげなきゃだめよ」
口に出して説明したら負けた気がする。ということか。なるほど、本当に負けず嫌いだ。
「……セナが一番面倒くさいかと思ってたんですけど、これは彩夏ちゃんのほうが難しそうだ」
「いや……その3人の中なら一番面倒なのは、愛純だと思うけど」
「え?」
「何でもないわ。これ以上お互い敵に塩を送ってもしかたないし、もうこの話はやめにしましょ」
「あーかーりーさーん!」
チアキさんが話を切り上げたところで、廊下の向こうから走ってきた柚那が、俺に向かって襲いかかってきた。
「いや、そこは飛びついてきたとか、抱きついてきたとか言い方があるんじゃない?仮にも恋人なんだし」
俺の心を読んだらしいチアキさんがそうツッコミを入れるが、曲がりなりにも柚那は他のチームの人間。大会が終わるまでは俺は心を鬼にすると決めているのだ。
なので俺は一歩横にズレて、襲いかかってきた柚那を回避した。
「へぶっ!?」
その結果、見事なルパンダイブで俺に襲いかかってきた柚那は受け身も取れずに廊下の絨毯に突っ込んだ。
「いや、そもそもルパンダイブじゃないし、あんた今、足かけたでしょうが」
「たまたま引っかかっちゃっただけですよ。やだなあ、そんな人を悪人みたいに」
「みたいじゃなくて、あんたは十分悪人よ」
普段二人きりの時は柚那にイニシアティブを取られがちなのでどうしてもこういう時にふざけて普段の鬱憤を晴らしてしまう。自分でも悪いクセだとは思っているが治らないものはしょうがない。
「避けるところまではともかく、助け起こすぐらいはしてくださいよっ!」
ガバッと顔を上げた柚那がそう抗議の声を上げる。
「そこはまず、抱きとめるように言いなさいよ……」
「チアキさんの言うとおりだぞ柚那。そこは『恋人だったら抱きとめてくださいよ!』だ」
「なんであんたが偉そうに言うのよ!」
「朱莉さんにそういうのは期待してないんで、別に今更そこをとやかくいう気はないです」
全く期待されないというのもそれはそれで寂しいところではあるのだが。
「で、どうしたんだ柚那。転ぶ前から涙目だったみたいだけど」
「わかってたんならちゃんと抱きとめてあげなさいよ……」
「いや、朱莉さんにそんなことされたら逆に不安になりますよ」
「ああ、それもそうね」
二人は一体俺のことをなんだと思っているのだろうか。
「で、何があったんだ?」
「私も朱莉さんと同じように、チームリーダーになったって話しをしたじゃないですか」
「そういえばそんなこと言ってたな。なんだ、柚那のチームもなんか問題があるのか?」
「まとまりがないというか、そもそもまとめなきゃいけないほどの我がないというか。とにかくやりづらいんです……こまちちゃんは何でも『柚那ちゃんにまかせるよー』としか言わないし、イズモさんは頷くか首を横に振るしかしてくれないし、小花ちゃんは『お腹空いた』しか言わないんです。研修生の喜乃ちゃんも引っ込み思案らしくてずっと黙ってるし」
MCや司会が得意な柚那がこれだけ泣き言を言うんだから相当なものなんだろう。全員がやる気満々なのもまとめるのが大変だが全員がやる気なしというのもそれはそれで困ったものだ。
正直、こうして柚那やチアキさんの話を聞くと、うちのチームって恵まれてるなあと思う。……まあ、本当は恵まれてちゃダメなんだけど。
「私もうリーダーやっていく自信がないです……」
「いや、そのメンバーで柚那がリーダーやめちゃったら、ほかにできる人いないだろ。大変だと思うけど頑張れって」
今回のこの一連の運動会から武闘会までのイベントに対して番組が打ち出したコンセプトは全員集合。研修生や海外組の小花はともかく、柚那やイズモちゃん、それにこまちちゃんが出ていない。もしくはほぼ活躍なしというのは非常にまずい。
俺も最初はどうせダイジェスト版になるんだしちょこちょこ手を抜いても大丈夫だろうと思っていたのだが、どうやら今回のこのイベント、番組の尺としては1クール分撮りため、それによって製作費を浮かせるという思惑もあるらしく、かなりの密度をもったドラマに仕上げるつもりらしい。
ていうか、運動会だけで1クールとか、主人公と敵のにらみ合いだけで数週間持たせる昔の龍玉集めのアニメかっていう感じがしないでもないが、偉いさんが会議で決めてしまったらしいので俺がどうこういったところで覆ることはない。
「……あれ?ていうか、優勝候補のチームリーダーみんな関東の人間じゃないか?」
「だからどうということもないけどね。結局リーダーが何を言ったところで、みんな優勝したいんだしリーダーがここに集まってるからって、八百長がまかり通るっていうことにもならないでしょ」
「ま、そうっすね」
唯一やる気がないかと思われていた彩夏ちゃんが勝ちたがっている以上、どこと当ってもわざと負けることができるのは俺だけ。あとは運否天賦だ。
「あ、そういえば柚那のチームの喜乃ちゃんって、どんな子だ?」
俺は、結局セナにも彩夏ちゃんにも聞きそびれていたことを聞いてみた。
「んー……どうでしょ。私としては普通の子だと思いますけど」
柚那がそういってチラリとチアキさんのほうを見るとチアキさんは少し考えた後で短く「普段は目立たない子ね」とだけ言った。
二人が二人ともそういうということはかなり影の薄い子なのだろう。
「喜乃ちゃんの魔法って、影に隠れるとかそういう系ですか?」
「隠れないでも激強な格闘系よ。近接ならひなたといい勝負ね。多分朱莉じゃ一分もたないわ」
じゃあ、柚那の所とあたったら喜乃ちゃんは楓さんにお願いするとしてだ。
「なんか今の研修生って怖いですね。俺と柚那の頃って相当平和だったのに」
「この国にいると忘れがちだけど、地球全体で考えた時にそれだけ戦力が不足してるのよ」
幸いあれ以来俺たちの前に敵の魔法少女は現れてはいないが、戦闘員と怪人の出現頻度は激増している。
日本は比較的戦力が充実しているので全国津々浦々まで毎回出動とはならないが、そうでない国や地域は大変だろう。
かくいう俺たちもこれ以上の頻度で出現されるとそのうちパンクすることも考えられる。それを見越しての戦力増強と考えれば早すぎる、多すぎるということはない。
「まあ、ブラック企業バリに働かせればこの先も回らないことはないけど……嫌でしょ、そんな職場」
「確かにギリギリで回していて万が一突破されちゃ元も子もないっていうことがわかっているだけ、うちの司令官はマシってことでしょうね」
そうならないように備えているのはもちろん、いざとなれば現在かくまっているアーニャ達『D』の戦力も使える。そういうところを含めて考えると、都さんはちゃらんぽらんに見えて実は本当に優秀な上司だということがわかる。
「……本当の意味での国防の士とかそんな感じですかね」
彼女が憂いているのは国か惑星かそれとも別の何かか。一公務員としては、ちょっと考えていること、想定していることが壮大な気がしないでもない。
「さて、どうかしらね。都がなにを考えているのか、それともなにも考えてないのか。それはちょっと私にもわからないわ。多分狂華にも話してないんじゃないかしら」
「なんで二人でよくわからない話をしてドヤ顔してるんですか!今は私のチームの話ですってば」
チアキさんが話をはぐらかすようにそう言って、柚那が割り込んできたところで都さんの話は打ち切りになった。
「話っていったって、柚那のチームのことは柚那が頑張っていくしかないだろ。みんなが好きにやれって言ってるんなら好きにやってみたらいいじゃないか。愚痴ぐらいは聞いてやるからさ」
「うう……」
「無理しない程度にやってみな。なんて言ったって柚那は元TKOのセンター。つまりリーダーだったんだろ?」
「あの……センターとリーダーは違うんですけど」
「なっ……!?」
俺がマジか!?という顔でチアキさんのほうを見ると、チアキさんはあきれたような表情でため息をついていた。
「え、だってスワップだったらヒムタク……」
……は、リーダーじゃねえな。確かにリーダーとセンターは別物だ。
「まあ、ユニットリーダーくらいはやっていましたけど」
「じゃあ、やっぱりリーダー経験ありじゃないか。どんなことやってたんだ?アイドルグループのリーダーってなんか夢がありそうだよな」
「ユニットの方向性をプロデューサーと調整したり、ユニットのみんなのとりまとめとか、メンバー同士の喧嘩の仲裁とかでしょうか」
夢なんてどこにもなかった。
「なんか中間管理職のサラリーマンみたいだな。でもまあ、今回のチームリーダーだって似たようなものだと思うぞ。チームの方向性というか、戦略を立てて、みんなが仲良くできるように調整したり仲介して優勝を目指すんだから」
「……でも、みんなが何を考えているのかよくわからないんですよね。勝ちたいのかそうじゃないのかもよくわからないんで、戦略といわれても」
「イズモちゃんは優勝を狙ってると思うぞ。昨日会ったときに優勝した時にほしいものの話をしていたしな。会議の時の印象だと多分小花も優勝して食い放題したいだろうし。こまちちゃんはあれで結構目立ちたいとか、単純に痛い目にあいたいとか色々欲求もあるだろうし」
まあ、会ったことのない喜乃ちゃんについては無責任なこと言えないから言及しないけど、出る以上は勝ちたいだろう。
「そういえばチアキさんはリーダー経験ってあるんですか?お店持っていたってことは自営業ですよね?」
「まあ、お店でホールの子を雇っていたし、お店持つ前は管理栄養士だったから、その関係でいろいろね。朱莉は?」
「俺も一応ありますよ。バイトリーダーですけど」
「あ……」
「な、なるほどね。確かにリーダー経験よね。でもね、ドヤ顔で言うことじゃないのよ?」
なんで二人ともちょっとかわいそうなものを見るような目になっているのか。
「狂華さんはあるんですかね?」
「リーダーというわけではないけれど、一応先任下士官として小隊をまとめたりはしてたよ。小隊長は尉官の人が別にいたから副リーダーみたいな感じかな」
俺が後ろを振り返ると、いつの間にやってきたのか、狂華さんが少し照れくさそうに笑っていた。
先任下士官とか小隊とか、4人の中で一番物騒な経験のはずなのに、彼女が小柄で華奢なせいか、それともはにかんだような笑顔のせいか、柚那やチアキさんの話よりも癒された。
これはあくまで個人的な見解だし本筋には全然関係ないが、都さんとの関係が良好なおかげか狂華さんは最近ますます可愛さに磨きがかかってきたと思う。恋をすると女は綺麗になるというやつだろうか。まあ、中身は元自衛官の男なのだが。
「そうなんですね。それはそうと狂華さんのところのシークレットの子ってどんな子ですか?」
「えっ…?えーっと……」
別に教えないつもりならそういってくれればいいのだが、狂華さんは見ているこっちがかわいそうになるくらい動揺して目が泳いでいる。
「その……ね。まあシークレットだしね」
「シークレットっていっても、やっぱり魔法少女なんですよね。研修生なら研修生って言えばいいのに、わざわざシークレットって言ったってことは、私たちや朱莉さんが知っている人ってことですか」
柚那も気になっていたのか、俺の話に乗ってきてくれる。
「そ、そんなことないよっ!?」
狂華さんは必死に否定しようとするが、その声の裏返り方は間違いなくそんなことあるんだろう。
「だとするとアーニャですか?だとしたら狂華さんのところもチートですよね。チアキさんとのところと遜色ないくらいのメンバーなのにさらにアーニャとか、全然勝てる気がしないですよ」
「う、うん!そう、実はアーニャなんだ!」
ほっとしたようなその表情からするとアーニャではないらしい。魔法少女モードじゃないときの狂華さんのなんとチョロイ…いや、くみしやすいことか。でもアーニャじゃないとすると、一体……
「あ!案外あかりちゃんだったりしてー」
「っ……!?」
柚那の言葉を聞いた狂華さんは驚いたように目を見開いて言葉を詰まらせ、顔中に汗を浮かべた。
「う、嘘ですよね?」
「いや、ほら。か、仮面つけるし」
「そういう問題じゃねえ!あの野郎、俺との契約を反故にする気か!」
あかりがナノマシンの移植をして魔法少女化した時に俺と都さんの間で取り交わされた契約。俺があかりの分まで働くからあかりを魔法少女としては使わない。今回の運動会、それに武闘大会にあかりが参加するならそれは重大な契約違反だ。
「……どこにいる?」
「え?」
「宇都野都は今どこにいる!」
「ボクの部屋にいるけど……」
「ちょっと話をしてくる」
狂華さんの部屋に乱入した俺の表情を見た都さんはすぐに状況を察したらしく小さく舌打ちした後「あのバカ、ゲロッたな」とつぶやいた。
「ゲロったなじゃねえよ!どういうつもりだ」
「どういうつもりって?」
俺にバレたことで開き直ったのか、ベッドに腰を下ろした都さんはそういってへらへら笑いながらミニテーブルの上に置いてあったたウイスキーグラスの中身をあおった。
「契約違反だろう。俺があかりの分まで働くからあかりは魔法少女としての仕事はしなくていい。そういう契約だったよな?」
「そうね」
「そうねじゃねえよ。俺はしっかり働いてるだろ。なのになんであかりを巻き込むんだ」
「朱莉はしっかり働いているけど、二人分には足らない。これで満足?」
「ふざけんな!」
「……ふざけんな、だあ?ふざけてるのはどっちだ?あたしらは別に慈善事業やってるわけじゃねえんだよ。今の状況はあんただってわかってるだろう?あたしらには余裕がねえんだ。それを一個人のわがままで使える戦力を温存どころか封印だ?甘っちょろいこと言ってるとぶん殴るぞ!」
都さんの目は本気だった。この人は今、本気で言っている。あの時俺の提案を聞いて『しかたないなあ。でもそういうの嫌いじゃないわ』と言って笑ってくれた都さんとはまるで別人のようだ。
それとも、あの時のあの表情も嘘だったのだろうか。
この人は最高とは言わないまでもかなりデキる、尊敬できる上司だと思ってついてきた俺がバカだったのだろうか。
「……だったら俺は降りるし、あかりも一緒に降りさせる」
「あっはっは、そんな簡単に降りれるわけないっしょー……まあ、本気で降りるって言うなら機密保持のために監禁するか、殺すかなんだけど、どっちがいい?一応選ばせてあげるわよ」
「………最低だな、あんた」
「あらあら、自分の思い通りにならないとわかったら、罵倒するの?それはそれで最低な気がするけど?」
「だったら、力づくでいうことを聞かせる」
自分でも最低だと思うが、それでもあかりを巻き込むのは絶対に避けたい。あかりを守るためなら俺は甘ちゃんでも卑怯者でも俺は喜んでなってやる。
「は…本当に最低な人間ね。まあ、いいわ。かかってきなさいよ。最近ちょっと思い上がってるみたいだから、魔法なしのあんたの身の程ってものを思い知らせてやるわ」
そういって都さんは腕をあげて構えをとる。
「上等だ!実戦経験の差ってやつを教えてやるよ!」
大きく振りかぶった俺のパンチはあっさりと都さんに捌かれ、俺の腕を捌いた都さんはそのままその腕を取って俺を背負いあげるとそのまま投げ飛ばし、さらに引手を離した。
当然俺はそのままの勢いで狂華さんの本棚に激突し、本棚に収められていた本が床に落ちた俺の上に降ってくる。
「…あんまり思い上がって勘違いしていると、あんた本当に死ぬわよ」
「くそっ!このくらいで……」
もう一度都さんにとびかかろうと体制を整えた俺の顎が後ろから固定され、喉元にナイフが押し当てられた。
「何を、しているの?」
俺の耳元で狂華さんが氷のように冷たい声で短くそう質問した。
「まさか都に手をあげる気なの?」
「まっさかぁ。朱莉がそんなことするわけないじゃない。ちょっとしたおふざけよ。おふざけ。希少本の入ってる本棚じゃないんだから、そう目くじら立てなさんなよ」
そうフォローを入れてくれたのは、ほかでもない都さんだった。
「だいたいさあ、もし朱莉があたしに手をあげる気だったとして、あたしが魔法なしの朱莉ごときに負けるとでも思ってるの?なに?狂華はあたしのことなめてるの?」
「……」
「何よ、その反抗的な目は。文句あるの?元はといえば、あんたが朱莉に余計なこというから朱莉が激おこぷんぷん丸なんでしょ」
「……はあ。都がいいならボクは別にいいけどね」
狂華さんは盛大なため息をつくと俺の喉元からナイフを離した。
「大丈夫ですか朱莉さん!」
狂華さんが離れると、柚那が俺に飛びついてきた。目には涙も浮かんでいる。
「痛いところはありませんか?怪我してませんか?治しますか?」
「大丈夫。心配させてごめん……」
「まったくよ。とんだシスコンお兄ちゃんなんだから。上官に本気でかかっていくなんて、あのまま狂華に首を落とされても文句言えないわよ」
そういって近づいてきたチアキさんもどことなくほっとしてた表情をしている。俺は自覚なくやっていたが、本当に危ない状況だったのだろう。
「そうだそうだ!もっと言ってやってよチアキさん」
「都もよ。なんでそうやって朱莉の神経逆なでするの!それにあかりちゃんの件は私だって柚那だって笑ってスルーできる話じゃないわよ」
「うへぇ、藪蛇だった」
「さ、どういうことか説明してもらいましょうか」
「……わかったわよ。きっかけは先々週あかりちゃんがみつきと一緒に遊びに来た時のことなんだけどね。あかりちゃんから話があるって言われて、二人でちょっと出かけたんだけど」
そういえば先々週はみつきちゃん一人で来ているのをみかけておかしいなと思ったのだが、そういうことだったのか。
「そこで、まあ。簡単に言えば、あかりちゃんが、私にかかったお金は私が払います。働かせてください。と、まあそんな感じのことを言ってきたのよ。こちらとしては人手不足も深刻だし、あかりちゃんならしっかりしてるから大丈夫かなと思って即OKしようかと思ったんだけど、朱莉との契約のことがあるじゃない?」
そう。俺がキレたのはそのことだ。べつにチアキさんの言うようにシスコンというわけではない。断じて違う。
「で、出した条件が武闘会で優勝して正規の魔法少女に昇格するというお願い事をしてもらうという計画。武闘会なら、ギリギリ実戦じゃないし、朱莉との契約上もグレーだけどセーフ。さらに当事者の意思で当事者にかかわる契約を破棄するんだから道義的にもまあグレーかなと」
「いや、ブラックじゃないっすか?あかりを働かせないっていうのは俺と都さんの契約なわけだし」
「契約書の条項はこちらからあかりちゃんに強要や勧誘をしないってなってたでしょ。つまり本当はあかりちゃんから志願してきたら別に朱莉に気を遣う義理もないのよ。だからこれでもかなり譲歩した条件なのよ」
「細けぇ……」
「契約ってそういうものよ。だからサインするときはちゃんと細かいところまで読んだほうがいいわよ」
「ちなみにさっき俺を煽ったのは?」
「そういうあかりちゃんの意思を無視して『あかりは俺が守ってやる』なんてヒロイズムに酔っている朱莉がむかついたから」
むかついたって、あんたキレる10代かよ。
ていうか、そんな理由で喧嘩を売って、曲がりなりにも魔法少女の俺が変身して魔法を使ったらどうするつもりだったんだこの人。
「まあ、どうしてもあかりちゃんの参戦を阻止したいなら、朱莉が優勝して金輪際あかりちゃんに対する魔法少女業務の委託禁止でもお願いしなさいな」
「いや、それって事実上不可能ですよね。楓さんの優勝を阻止しつつ俺が優勝することなんてできないんですから」
「ああ、それね。楓がほしいものが変わったからもういいわ」
「もういいわって……まあ、いいですけど。ちなみに楓さんのほしいものってなんですか?」
「宮野愛純単独ライブ、ただし観客は一人で」
うわあ……イズモちゃん怒りそう。
「宮野愛純?」
「ああ、そうか。柚那はまだ会ってなかったんだっけ。TKO23の先代センターのみゃすみんが俺のチームにいるんだよ。ちなみにこの間朝陽にやられて気を失っていた柚那を安全なところまで運んでくれたのが彼女なんだ。会ったらお礼を言ってあげてくれな。ゆあちぃ大好きだって言ってたから」
「……ちょ、ちょっとまってください朱莉さん。え?宮野愛純に私の正体をしゃべったんですか?」
「ああ。もともと顔見知りだったみたいだし、ゆあちーが死んだショックをいまだに引きずってたみたいだったから……って、どうしたんだ?そんな怖い顔して」
「……TKOの外には出てない話なんですけど、あの子、私のストーカーなんです」
よい子も悪い子も人を投げるときは引手を離してはいけません。




