チームトレーニング
お互いの実力を測るために行った総当たりでの試合形式の訓練は1位がダントツで楓さん。2位が面目躍如で俺。3位がみゃすみんで、4位がセナちゃん。ビリが順当に彩夏ちゃんという結果だった。
そしてその日のうちに都さんに確認したところ、やはりチーム分けは都さんの手違いで、俺が考えていた通り、別の3人組と組ませるつもりだったらしい。
とはいえ、発表してしまった以上は取り下げることもできないしということで、さっさとみゃすみんにお願いをしなければいけないのだが、いかんせんみゃすみんは真面目で真っ直ぐで、とてもわざと負けてほしいとは言い出せないまま二日が過ぎた。
今現在モニターにはみゃすみん対セナちゃんの試合というか、特訓の様子が映っている。楓さんは関西なので一緒にトレーニングというわけにはいかないが、関東の寮と研修生寮は隣接しているので、空いた時間にこうして特訓を行うことになったのだ。
現在、やや優勢なのはみゃすみん。中距離を得意とするセナちゃんが自身のステッキ(なのかどうかはもはやわからない)である銃剣のついた拳銃で狙いをつける前に懐に飛び込み、攻撃をしかける。完全な0距離でもとは言わないが、もちろん接近戦でも拳銃を撃つことはできるし、ナイフを使うこともできるが、セナちゃんが銃で撃とうとすればみゃすみんは発射寸前に上半身を後ろに倒し、その勢いで跳ね上げた足で拳銃を蹴り狙いをそらす。そうしておいてそのまま手をつき、逆立ちの体勢からカポエイラのように蹴りを繰り出すし、ナイフで切ろうとすればそれを上手くいなしてがら空きになったボディに丁寧にブローをお見舞いしている。そしてその攻撃にたまらずセナちゃんが後退して構える。その一瞬の隙でまた肉薄するみゃすみん。というように、みゃすみん一進、セナちゃん一退の攻防が続いている。
「ほんとよくやりますよねー……疲れないのかな」
俺の横でモニターを見ていた彩夏ちゃんがぽつりとそう呟いた。
正直、君はもう少し動いたほうがいいと思うぞ。
「まあ、それだけ二人とも真剣なんだろう」
「あはは、若いですよねえ」
「いや、彩夏ちゃんは確かセナちゃんと同い年だろ」
「ほら、私は精神的に成熟してますからー」
「成熟しているっていうのは怠けたがるっていうのと同義じゃないけどね。それより彩夏ちゃん。君はみゃすみんより強いんだよね?」
「強いっていうか…ほら、愛純の攻撃って地味に痛そうじゃないですか。だから懐に飛び込まれないようにするんですよ。そうすると接近戦主体の愛純はおのずと手数が少なくなる。そうすると、中距離の攻撃を持っている私が結果的に勝ちやすくなる。それだけです。逆にセナは中距離の攻撃も持っているので、普段よけたりしない私はなすすべなし。と。まあ、それがセナの強みなんですけど、セナは何でもそつなくこなせるせいで相手に合わせた戦い方をしてしまいがちなんですよね。ほら、今だってせっかく距離を取っても攻撃できる拳銃が死んじゃってるでしょ?ああいうの、無駄だと思うんですよねー。今は練習だからいいですけど、実戦で相手怪人の得意なところで勝負なんて致命的ですよね」
「……彩夏ちゃんて、一体何者なの?」
「ただのゲーマーですよ。ハイスコア狙うなら無駄な動きしてたら駄目じゃないですかー。だから日常生活から最低限の動きだけにするようにして、無駄のない人生を送ってるんです」
自分も似たような生き方をしていたから言えた義理じゃないけど、無駄のない人生って実りのない人生と紙一重なんだよなあ……
「お、そろそろ終わりそうですよ。この感じだと次は朱莉さんと愛純ですね」
彩夏ちゃんはしれっとそんなことを言うが、この特訓が始まってから3時間。実は彼女は一回も戦っていない。
「いや、いい加減君が行こうよ。さっきからずっと俺達三人じゃん」
「えー…面倒くさい。それに愛純は中距離だと私に勝てないしやるだけ無駄ですよ」
「だったら、みゃすみんに近距離の訓練してもらったらいいじゃないか。とにかくもういい加減動きなさい。そうやって動きもせずにお菓子ばっかり食べてると太るよ」
「大丈夫ですよー。たっぷりとした腹肉がいいって言う男の人もいますから」
「そういうことじゃなくて……とにかく行ってきなさい」
デ……いや、ふくよか好きが世の中に結構いるのは精華さんの人気を見てればわからないでもないけど、俺はスリムなほうが好きだ。
「ああ、やっぱり愛純の勝ちかあ……」
モニターに目を移すと、彩夏ちゃんの言う通りモニターの中ではみゃすみん勝利を告げる字幕がピカピカ光っていた。
「んじゃ、彩夏ちゃん行ってらっしゃい」
「はいはい。いってきまーす」
彩夏ちゃんがだるそうにそう言って出ていった後、5分ほどして、セナちゃんが入ってきて椅子に座った。
モニターの中では、丁度みゃすみんVS彩夏ちゃんが開始するところだ。
「お疲れ、セナちゃん」
「お疲れ様です……」
荒い息をしながら肩にかけたタオルで汗をぬぐっているセナちゃんは、なんというか、とてもエロい。
「ドリンクとろうか?」
「い、いえ。朱莉さんにそんなパシリみたいなことさせるなんて」
そう言ってセナちゃんは立ち上がったが、先ほどの戦闘の疲れからだろう。立ち上がったものの、すぐにまた椅子に腰を下ろしてしまった。
「無理しなくていいって。さっきのあの戦闘の後だもん、疲れてるだろ?……どっちがいい?」
俺は冷蔵庫から赤い缶と青い缶を取り出してセナちゃんに差し出した。
「あ、じゃあコーラで」
「はいよ」
セナちゃんにコーラを渡した後で、俺はスポーツドリンクのプルタブを開けて中身を口に流し込む。
「私……才能ないのかもしれません」
ぽつりとつぶやいたセナちゃんの言葉を聞いて俺は飲んでいたスポーツドリンクを吹き出しそうになった。
「いや、セナちゃんは十分強いし才能あると思うよ。ていうか、なにそれ。自虐ネタにしても笑えないんだけど」
そもそも、俺なんて研修生のころは満足に変身すらできなかったし。
まあ、それでも正規の魔法少女にされちゃったんだから、あの頃って人手不足だったんだよなあ。
「だって、愛純にまったく歯が立たないんです!ついこの間ふわっと現れたと思ったらいきなりランキングトップに立って!」
ああ、そういえば昨日、みゃすみんが嬉しそうに結果の紙を見せてくれてたなあ。
まあそうだよな。いままでナンバーワンだった人間が、いきなりあらわれた新人に抜かれて二位。しかもその前日には自分が研修生トップだと自己紹介してしまっているんだもんな。
たしかにこれは辛い。というか、これは恥ずかしい。
「でも、もしセナちゃんに才能がないっていう事になっちゃうと、二位以下の子、みんな才能がないっていうことになっちゃうんだけど」
「………たぶんみんな才能ないんです。いきなりあらわれた新人にごぼう抜きされるなんて、私たちみんな死んだ方がいいんです」
どうやらセナちゃんは普段プライドが高い分、一度そのプライドが崩されるとグズグズになってしまう豆腐メンタルの持ち主のようだ。
「はぁ…死にたい」
そう言ってがっくりとうなだれるセナちゃん。これはかなり重症っぽい。
『これでチームの黒星が一個期待できる』なんて、都さんあたりなら考えるかもしれないが、俺はそこまで鬼になり切れない。
そう、たとえ確実にチームを負けさせるという契約で、前払いで俺の欲しいものをもらっているとしてもだ。
「セナちゃんはどうしたい?オールマイティで勝てないから何かに特化した魔法少女になりたい?」
「いえ……オールマイティなんて言っていますけど、実はどれもそこそこできるけど、最後の伸びが足りないといいますか。何をやっても極められないという……やっぱり才能ないですね」
面倒くさい!この子すごく面倒くさいぞ!
「さっき、彩夏ちゃんが言ってたんだけどね、セナちゃんは相手に合わせて戦う癖があるんだってさ」
「相手に合わせて?そんなこと言われなくても――」
「じゃあ何でみゃすみん相手に組み合っちゃうの?中距離で戦えば彩夏ちゃんみたいに楽勝なんじゃないの?」
「それは……なんででしょう。一応逃げてはいるんですけど、すぐ追いつかれるんですよね」
「追いつかれないための工夫は?」
「……一応、けん制の弾は撃ってますけど」
「その使い方じゃない?」
モニターの中では彩夏ちゃんがみゃすみんの足元に炸裂弾を撃ち込んで上手い具合にけん制し、みゃすみんの足を止めてから距離を取ってフィニッシュ……って、あの子、全然接近戦してねえ!
「私がバカっていうことですか……」
「どうしてそうなっちゃうかな。セナちゃんは普通の女の子だったんだから、喧嘩の仕方なんて知らなくたって仕方ないでしょ。それなのにこれだけやれているんだから大したものだよ」
長年の格闘技経験で得た勘のあるみゃすみん、ゲームで鍛え上げた戦術のある彩夏ちゃんと比べればセナちゃんの経験なんて微々たるものだろう。そんな彼女がトップにいたというだけでたいしたものなのだ。
「………」
「みゃすみんの試合勘みたいなのはすぐには習得できないけど、彩夏ちゃんの戦術は教えてもらえるだろ?試しに教えてくれるよう頼んでみたら?」
「でも私性格悪いですし、きっと彩夏だって喜乃だってイヤイヤ傍にいるに決まってます」
「あの面倒くさがりの彩夏ちゃんが嫌いな人の弱点分析なんてしないと思うけどね。それに君の場合は性格が悪いというよりは素直じゃないっていう感じでしょ。そういうの多分彩夏ちゃんは好きだと思うよ。俺も結構好きだし」
いいよね、ツンデレ。
「す・・・っ!?」
「ん?どうしたの?」
「い、いえ。なんでもありません。それより、本当に彩夏と喜乃は私の事嫌ってないんでしょうか」
「嫌ってる相手と一緒にいる理由がないだろ。ましてや、彩夏ちゃんは俺に気を遣おうともしないくらい気遣いとは無縁なんだぜ。まあ、喜乃ちゃんは会ったことないからなんとも言えないんだけどさ」
「そ、そうですか……ちなみに、朱莉さんは――」
セナちゃんが何か言おうとしたところで、負けたみゃすみんが控室に戻ってきた。
「あれ?なんで朱莉さんがここにいるんです?彩夏ちゃん待ってますよ?」
「ああ、そっか、次は俺の番か。ごめん、セナちゃん。俺がなんだって?」
「いえ……また今度で大丈夫です。それと、私の事はセナでいいです。ちゃんって柄でもないですから」
「わかった。じゃあこれからはセナって呼ばせてもらうよ。それじゃちょっと行ってくる。長くなると思うから二人はゆっくり休憩してていいよ」
人のアドバイスを聞かない子にお仕置きもしなくちゃいけないからな。
「あはは、あんまりキツくしちゃだめですよー」
俺が何を考えているのか察したのか、みゃすみんがそう言って笑いながら小さく手を振った。
この後、嫌がる彩夏ちゃんと時間ぎりぎりまで滅茶苦茶特訓(近接)した。
的な。




