インターミッション
「それで、ジュリの正体は華絵ちゃんとエリスちゃんに隠しきれたんですか?」
「そっちはハッチも鏡音も漏らさなかったから問題なかったんだけど……」
なんというか、一晩のうちに男のロマンの詰まっていたはずの俺の部屋がすっかりこれから生まれてくる子供のための部屋になってしまっていたんですけど。
あと、部屋の隅っこに置かれたダンボールから昔の嫁の足が見えているんですけど。
「なあ、ベビーベッドはさすがに早すぎないか?」
「お義父さんとお義母さんが張り切っちゃって…私はまだ大丈夫ですよーって言ったんですけどね」
「あ、やっぱりこれ新品か。まあ、10年以上ぶりの孫だからなあ…」
「そうなんですよ。しかもお義父さんとお義母さんだけじゃなくて紫さんまで盛り上がっちゃてて」
「そっか」
「そうなんですよ」
そう言って立ち上がった柚那は隣に膝を崩して座リ直すと俺の身体をゆっくり引き倒して自分の膝の上に俺の頭をのせた。
「どしたの?」
「おつかれだなーと思いまして」
そう言って笑いながら柚那は俺の頭をゆっくりと撫でる。
「なあ、俺なんかしたっけ?何か怒ってる?」
「なんで私が優しくするといつも何か怒ってるんじゃないかって心配するんですか?」
「だって前はこうやって優しくされた後はいつも怒られていたから、落ち着かないというか…ぶっちゃけ最近柚那が優しすぎていつ爆発するかって超怖い」
「はぁ…怒られる心当たりがあるんですか?」
「いや、ない…な」
JKの部屋に二泊した件は柚那の了承を得ているし、もちろん神に誓ってあの二人となにかしたということもない。
強いて言えば鏡音とハッチの喧嘩に火を付けハナに飛び火させてどさくさに紛れてエリスの件から逃げようとしたことくらいだけど、その話はもう柚那にしたし柚那も苦笑いではあるものの笑っていた。
「だったら私が怒るわけないじゃないですか」
「そうだな」
それなら安心して柚那にすべてを委ねよう。
「いつもお疲れ様です」
確かに柚那の言うとおり疲れているし
もうなんだかんだで12月30日だし。
明日の夜はいっぱい働かなきゃいけないし。
「私の前では、力を抜いて楽にしていいんですからね」
たまにはこの極上の枕でちょっとウトウトするのも……いい…
「…………朱莉さん?寝ちゃいました?」
「んー?」
「キスしていいですか」
「いいよー」
ぼんやりしたまま返事をすると、柚那は俺の頭を少し持ち上げて自分の唇を俺の唇に重ねる。
ふんわりと柔らかい感触のあと、柚那の使っているシャンプーの匂いが鼻をくすぐる。
「ねえ朱莉さん、ずっと一緒に居ましょうね」
「もちろんだー」
ああ…だめだ…もちろんだ!と強く言いたいのになんかもう頭がぼーっとしてきて力強く言えない。
「ところで朱莉さん、私、ひとつお願いがあるんですけど」
「いいよー」
なんでも柚那の好きなようにしてくれて問題ないぞー…だから俺はこの最高に安らげる枕で眠るん―
「娘の名前なんですけどね」
話が変わった。
「起きる」
「ちぇっ…」
「またフルムーンみたいな名前をつけようとしてたな?しかもいつの間に用意したんだよそのICレコーダー」
「ちゃんと朱莉さんの言質を取っておこうと思いまして」
そう言って柚那は手に持った白いレコーダーを自慢げに見せてくる。
「誰の入れ知恵?」
「この間こまちちゃんにあった時にアドバイスしてもらいました」
あの子はほんとに余計なことしかしないな。
「そんなことしなくても―」
「まあそれは置いておいて」
おいとかないで!?大事なことよ?
「娘の名前なんですけどね」
「前にも言ったけどフルムーンはなしだぞ」
「わかってますよ、今度はちゃんと考えましたよ」
「そうか。じゃあフルムーンちゃんのあとがムーンライトちゃんだった柚那さんはどんな名前を考えてきたのかな?」
「ムーンライトちゃんはちょっとやりすぎたなって思ってますよ!っていうか朱莉さんだってかぐやの次にけいね?とかもこう?とかって変な名前だしてきたじゃないですか!」
「あれはネタだって言ってんだろ」
本気で自分の娘に付けたい名前じゃないし。
「というか、朱莉さんそれからなんにも言ってきませんけど、娘に対する愛情が足らないんじゃないですか?」
「そんなことはないぞ。こういうのは数を出せばいいというわけじゃないからな。ベストな名前を熟考しているだけだ」
「そんなことしている間に生まれちゃいますよ」
「いやいや、実は俺の中ではもう一つに絞ってあるんだ」
「へー、実は私も絞ったんですよ」
まあ、柚那の方もしぼったからこそ俺の言質を取ろうとしたっていうのは想像がついていた。
ただ、柚那がこういう朝陽みたいなドヤ顔をしている時はろくなこと考えてないんだよなあ。
「あっ!?なんか嫌な予感がするって顔してますけど、それはこっちも同じですからね」
「ぐぬぬ…」
確かに娘の名付けでネタをかましてしまったからそう言われてもしょうがないがムーンライトちゃんには言われたくない。
「じゃあ試しに同時に発表してみるか?ちなみに俺はシンプルに考えたぞ」
「私もシンプルに考えました。あ、でもちゃんと本を読んで色々考えたんですよ」
うちの娘の出産予定は5月中旬から下旬。
緑が芽吹いて花も咲く季節だ。
「いいですよ」
だから本当にシンプルに。
古臭すぎず、日本人らしく。
そんな名前を考えた。
「せーの」
「「咲月」」
……
「「え?」」
まさかかぶるとは思ってなかったので思わず聞き返したが、どうやら柚那も同じだったらしくまた声が被った。
「ちなみに柚那はどんな字で考えてるんだ?」
「花が咲くの咲に普通にムーンの月です」
「まさか字までまったく一緒とは…」
「ちなみに月が入っているのはフルムーンちゃんとムーンライトちゃんの名残です」
「その発想はなかった」
「朱莉さんはどうして咲月にしたんですか?」
「ああ、5月生まれだからさつきかなーって考えてて、でも普通に五月って書くと面白くないなって思って。で、花が咲く季節だし咲月がいいかなって思ったんだ」
「そうなんですね。よかった、ゲームとかアニメのキャラから取った名前じゃなくて」
「あ、当たり前だろ…でもまあ、これで決まりだな」
「はい!咲月で決まりですね」
姉貴とおふくろに娘の名前の話をしてから帰ってきた関東寮の駐車場で俺と柚那はドローンのようなものを抱えた愛純を見つけた。
ドローンではなくドローンのようなものと言ったのはいわゆるドローンに比べるといささか頑丈そうに見えたのと、ふすまくらいの大きさがあったからだ
「なあ愛純、それ何?」
「え?これは明日使う私のデバイスですよ」
「デバイスなの?」
「デバイスです」
どう見てもでっかいプロペラがついたふすまなんだけど。
「私の弱点って高速移動ができないってことじゃないですか」
「そうか?愛純の場合はテレポートができるから高速の移動手段は別にいらないだろうし弱点と言えるほどの弱みとは思えないけど」
「短距離移動なら別にそれでもいいんですけど、2キロ3キロになると連続でやると結構きついんですよね。全力テレポは一回やるとしばらくガス欠になっちゃいますしかといって走っていくと大変だし」
「まあ、中・長距離になると魔法で移動するのがきついっていうのはわからなくもないな」
俺もほうきで20キロも30キロも行けと言われたら、魔力的にもきついし尻も痛くなると思うしお断りしたいところだ。
ちなみにゼロからほうきを作り出す俺の魔法と違って、朝陽のバイクはもともとそこにあるバイクを組み入れた魔法ということで細かいところに魔力を使う必要がなく魔力の燃費がいいらしい。多分愛純のデバイスはそれを参考にドローンで再現した的なものってことだろう。
「そういうわけで私のデバイスは移動特化なんです」
まあ愛純ってもともと地味に強いから余計なことして強化しなくてもいいんだよな。
最初からステゴロなら楓にも負けなかったし、『私は近接特化ですよー』みたいな顔して真空波飛ばしてくるし。
「なるほど」
「って、朱莉さんはなんで『へー、今知った』って顔しているんですか?」
「いや、だってデバイスの申請書類に判子押したの愛純だもん」
「そんなことして都さんに怒られないんですか?」
「書類仕事をほぼすべて狂華さんに丸投げしている人が怒れる話じゃないって」
「都さん最近いつもより忙しそうですし、しょうがないとおもいますけど、狂華さんが処理できなかった分が私のところに落ちてくるんですよね」
まあ、都さんは書類仕事より根回しやコネ作りが仕事だからな。
そっちで頑張ってもらわないと今後色々やばいことになるから大変だと思うけど是非頑張っていただきたい。
「聞いてます?朱莉さん」
「え?なに?」
「都さんが狂華さんに頼んだ仕事が私のところに落ちてきてるんですけどー、あー大変だなー」
くそっ、スルーしようと思ったのに意外としつこいなこいつ。
「……ほら、俺今関東所属じゃないし、朝陽にでも」
「朝陽はもう死にました」
なんか成し遂げたみたいな顔してるけど、朝陽が死んでて愛純が元気いっぱいにドローン抱えてるってことはつまり全部朝陽に押し付けたってことじゃねえか。
とはいえそれを言っても仕事が片付くわけじゃないしな。
「とりあえず年明け、生倉の件が一段落したら俺と柚那もそっちを手伝うからそれまで置いておいてくれ」
「わーい、朱莉さん大好きー」
「本当に調子のいいやつだな」
「あ、それはそれとして、昨日の件を報告に来いって都さんが言ってましたよ」
「……深谷さんがしてないの?」
「え?夏樹さんですか?来てませんよ」
『私から報告しておくねー』とか言ってたから回収部隊と一緒に帰らせたのに来てないのかよ!
まあ相手は妊婦だし体調悪かったとかそういうこともあるかもしれないから別にいいけどさ。
「じゃあ俺はこのまま都さんのとこいくから、愛純は柚那のことよろしくな」
「了解です」
愛純に柚那を任せた後、俺が都さんの執務室にやってくると、ちょうど中から見知らぬ若い女性が出てきたところだった。
って、ちょっと前にもこんなことあったな。
「今度はどこの人です?」
「ああ、あの子は経産省」
「着々と根回しを進めてますねー」
「まあね。時間もあんまりないからちゃっちゃと進めないと」
「いつの間にか年の瀬ですからね」
というか、ここ一週間ものすごい密度だった気がする。
クリスマスやって忘年会やって柚那のお腹に娘がいることがわかって、さらに昨日はエリスがパワーアップして敵を撃退して。
俺は絡んでないけど時計坂さんチームがハッカー捕まえたなんてこともあったし……って、さすがにちょっと濃すぎないか。
「まあ、それはそれとして、昨日も大変だったみたいね」
「ほんとですよ。というかエリスが生倉と因縁があるってことなんで教えてくれなかったんですか?」
「ごめんごめん、朱莉のことだからもう勝手に調べてるんだろうと思ってたのよ」
「はあ…偶然俺が側に居たからよかったものの、エリス一人にしたら危ないですよ。招集かける時は少し気をつけてくださいね」
「わかった。でもそれも明日朱莉が生倉を捕まえてくれれば万事解決よね」
うわあ、相変わらず嫌なカウンターを返してくるなあこの人。
「善処します」
「お願いね」
「でも今の感じだと都さん昨日の件もう知ってますよね?」
「今さっき佐藤くんから報告書が来たからね」
じゃあ俺来なくても良かったんじゃん。
「そういえば、時計坂さんたちってどうしてるんです?なんかハッカーを捕まえたとか聞きましたけど」
「蒔菜たちはそのまま長野に残ってるわよ。ハッカーを失った敵が増援を送ってこないとも限らないからね」
「ああ、なるほど。じゃあ真白ちゃんと和希は年明けは向こうなんですね」
「どうしたの?なんか不安そうだけど」
「いや、なーんか嫌な予感がするんですよね」
「それはこの間の計画書に書かれていたのとは別のことで?」
「最近、みつきさん見ました?」
「………朱莉も気づいてたか」
島しょ部奪還演習の時以来になるから、もう1月2月でてきてなかったりする。
単純にみつきちゃんに夜の出動機会がなかったというのもあるから未来で何かあったとかそういうことではないかもしれないが、これから控えていることを考えるとやっぱりちょっと心配になる。
「…今、俺達の進んでいるこの道は正しいんですかね」
「正しい道なんてないわよ。私達が進んだ後に道ができるだけ。だからみつきやあかりちゃん達、それに生まれてくるあんたの子のためにもしっかり道を作らないとね。JCのほうはこっちでもうちょっと増援出せないか調整してみるからあんたはそんな泣きそうな顔してないで自分の周りの子のことに集中しなさい」
そう言って立ち上がると、都さんはポンポンと俺の肩をたたいてニッと笑った




