霜天に舞う冬桜 8
「もうやだ!こんなとこいたくない!いっそ死なせて!」
「お、落ち着いてエリス!」
「止めないでジュリ!あたし死ぬ!死んでやる!」
「そういうこと言わないの!」
「やーだー!もうほんとやだー!死にたいー!」
「死ぬなんて軽々しく言っちゃだめだよー、エリスちゃん」
「あんたは黙ってろ!」
「エリスが俺と夏樹さんのことをちゃんと考えてくれていたなんてな…俺は本当に嬉しいぞ」
「うわぁぁぁぁんっ!ジュリー!」
「ああ、よしよし……お前も黙ってろ!」
「朱…ジュリ、俺はもう帰っていいかな?」
「おま…朱莉さんはそいつ見張っててください!」
カオスだ。
敵の魔法少女を倒したあと、空を見上げ深谷さんと佐藤くんへの思いを口にして涙ぐんだエリスの前に現れた深谷さんは、テレテレとした表情 (ただしこれは俺が深谷さんのことを知っているからわかるだけで普通に見たらただ小馬鹿にするようにニヤニヤしているだけに見える)で「私もエリスちゃんのこと大好きだよ」とかなんとか言って恥死させた。
そして深谷さんは、二人が死んだと思っていたエリスが感極まって言ったことをあらためて一つ一つ取り上げ、「私もだよ」「好きだよ」「仲良くしようね」などと追撃。敵の魔法少女との戦いを無傷で乗り切ったエリスは思わぬところで深手を負い「もう死ぬ!」とか言い出したというわけだ。
ちなみに深谷さんと佐藤くんが助かったからくりは、今俺達の側で敵の魔法少女を見張ってくれている朱莉…というか、鏡音だ。
実はさっき、匍匐前進をしているエリスの背中の上で、俺は深谷さんを偲びながら何気なく辺りを見回した。
すると俺達が話をしていた場所からほど近い木の上に朱莉 (鏡音)と深谷さん、そして佐藤くんがいてこっちを見ていることに気づいたのだ。
完全に無傷な二人の様子からして、例のカードの魔法でテレポートを使ったのか、それともTRY-あんぐるの魔法か、何にしても深谷さんと佐藤くんの二人をあの場から救いだすことくらい、鏡音にとっては朝飯前だったろうし、実は深谷さんにはさっき鏡音の件を話しておいたので、話も通じやすかったんだろう。
まあなんにしても深谷さんが無事で鏡音がいるなら俺が囮になって二人に確実に敵を倒してもらおう。そう思ってエリスにも簡単に事情を話そうとしたのだが、やる気スイッチの入ってしまったエリスは一人で飛び出し、そして敵の魔法少女を倒してしまったというわけだ。
ちなみにさっきエリスがやってみせた なんちゃって深谷さんフォームは正式名称をブロッサムフォームと言って、数日貯めた魔力を一気に開放することによって数分間だけ戦闘力を爆上げすることができるという魔法らしい。
ちなみにさっきのは3日分。桜で言えば三分咲きといったところで、実力的には補給部隊の虫野さんくらいまで、制限時間は2分。
ちょっと前まで96位だったエリスからすれば、50位前後の虫野さんレベルまで上がるというのはすごいパワーアップだが、さっきの敵魔法少女が虫野さんくらいの実力だったのかというと俺の右腕をそぎ取っていくような魔法が使える相手がそんなレベルなわけはない。多分普通に桃花ちゃんくらいの実力はあったはずだ。
ではそんな相手になぜエリスが勝てたか。これは多分前評判で聞いていた情報に比べてエリスの動きがよかったおかげで、焦った敵がうまく立ち回れなかったということだろう。つまりラッキーパンチだ。
ちなみに本人曰く桜の花が舞う様子をイメージしたというブロッサムフォームだが、桜吹雪のようというよりは、散った桜を清掃員の人が集めた後一輪車でドーンとぶちまけたみたいな印象だった。
「まあでもほら、結果的にみんな生きてたわけでさ、エリスだってさっき泣きながら本当は深谷さんのこと大好きだったて言ってたし、こうやってまた深谷さんにいじってもらえてよかったじゃん」
「うわああああああん!なんでジュリまでそうやってあたしをいじめるわけ!?」
「いじめてないって」
ちょっとだけイジってるだけよ?
「っていうか、なんでこうなんの!?あたしすっごい活躍したよね!?褒められるならわかるけどなんでいじめられるの!?」
「だからイジってるだけだってば」
「やっぱりジュリも楽しんでる!」
おっと、いかんいかん。
「もー!!ちょっと朱莉さん!こいつらちょっと懲らしめてやってよ!」
エリスは朱莉に扮した鏡音の腕にしがみつきながらそう言って俺達を順番に指差す。
結構胸のあるエリスがそんなことをすれば当然鏡音の腕はうらやまけしからん状態になるわけで。
「あ、ああ…まあ、その、ほら、ちょっと離れようね、村雨さん。それにジュリもいじめじゃないって言ってるし」
おい、ボロが出てんぞ。朱莉さんになるならちゃんとなりきれよな!
「どう考えたっていじめだよ!」
「わかったわかった。とにかく一回はなれてくれ。色々まずいんだよ、こういうの」
「あ!そういうことか……ひひひ。じゃあ柚那さんには黙っててあげるから、3人をやっつけちゃってよ!」
「そういう問題じゃないだろ!というか、さっき空を見上げながら『深谷さんのお腹の子、抱っこしてあげたかったな…』って言ってたじゃないか。攻撃なんかしたら――」
「お前も敵か!!」
「痛っ!」
エリスの見事なツッコミが鏡音の後頭部を襲った。
っていうか素になってるぞ鏡音。
敵の魔法少女を回収部隊に預け、ようやく落ち着いたエリスに鏡音についての事情説明も終わったところで、救援要請を受けて大急ぎで戻ってきたJKの3人が合流した。
「公園のど真ん中でエリスがよってたかって泣かされていたとかいう件」
そう言ってハナは地面に正座した俺の前に仁王立ちで立ち、見下ろすような格好で俺と隣に座っている伊田朔夜を睨む。
ちなみに深谷さんと佐藤くんは回収部隊とともにさっさと帰ってしまっている。
「ちがうんだよハナ。これには深い事情があってね」
「あら、そうなの?エリス本当?」
「ジュリがあたしを面白半分に弄んだの。あと伊田も」
エリスの言葉を聞いて、ハナの隣に立っていたハッチの表情が氷の様に冷たくなり、養豚場の豚を見るような目で俺と伊田朔夜を交互に見る。
「ふぅん…朔夜?」
「違う、断じて違う。僕は――」
「あ、こいつエリスが腕に抱きついたときに興奮してました」
「ちょ…あか…田村!?」
「っふぅーーーーーーーーーーーーーん?」
「ちがう!あれは興奮したとかじゃなくて、狼狽していただけだ!」
いや、俺がチクっておいてなんだけど、それはそれでかっこ悪いと思うぞ。
「なんで狼狽するわけ?」
「それはその、僕は一応蜂子の彼氏ということになっているわけだし、後々僕の正体がバレた時に蜂子の手前、お互い気まずいだろってそういう話で」
「だったら別にいつもみたいに平然として知らん顔してればよかったじゃない。僕はそんなの気にしませんって感じで。というか、私がそういうことしても全然動じないくせになんでエリスだと動じるわけ?」
「だから、こういう面倒なことになるのが目に見えていたからだろ」
「だったらいつもみたいに『僕は貧乳派です』って顔してればよかったのよ!それだったら正体がわかっても『ああ、朔夜は女子に興味ないんだな』ってなるだけなのにエリスの時だけ動じるなんてどういうことよ。100歩譲ってハナならわかるわよ!?愛純さんと同じ絶壁だもの!でも私とそんなにサイズの変わらないエリスで動じるってどういうことよ」
「ちょっと待て、どうして僕が女子に興味がないとかそんな話になるんだ。あと愛純さんは関よりはある。写真集で見た」
ふたりともやめたげてよお!特に理由のない中傷がハナを襲ってるでしょ!?
あとあんまり変なこと言うと後で愛純に怒られるぞ!?
「そんな微かな差なんてどうでもいいのよ!」
「はいはいはーい、ややこしくなるからふたりはあーしと一緒にあっちねー」
そう言ってナッチが二人を引っ張って少し離れたところに連れて行ってくれた。
ナイスだナッチ!GJナッチ!
「…ジュリはなんでホッとしてんの?」
「そうだよ!あたしはまだ許してないからね!」
あれ?ハナさんなんかさっきより不機嫌じゃないですかね。
それってあれですよね、あっちで喧嘩してるカップルのとばっちりですよね?私悪くないやつですよね!?
「今日は昨日みたいにぐっすり眠れると思わないことね」
「あ、あのね、ハナ。今日は柚那さん連れて帰らないとまずいんだけど…」
「問答」
「無用だよ」
アッーーーーーー!
カムバックナッチーーーー!
この後二人から何故か朔夜の分までめちゃくちゃ説教された。




