霜天に舞う冬桜 3
本日の最高気温は15度。
真冬でもう年末だということを考えれば、今日はかなり温かい方だ。
そんな小春日和な陽気、しかもお昼時ということもあって、ハナを送りがてらやってきた駅前は、比較的人通りが多い。
だからそうそう知り合いに出くわすなんていうことは、いやたとえ出くわしても人混みに紛れてお互い気づかないことだって多いだろうに、なんだって…なんだってこう――
「どうして深谷さんはこう…というか、深谷さんってどこまでも深谷さんですよね。なんで今日このタイミングでばったり出会うんですか…」
しかも病院からでてきたところでばったり出くわして、幸せそうな笑顔で声をかけてくるとか狙ってもできることじゃない。
「え?何が?」
「うーーーーーーっ!」
ステイ、エリス。気持ちはわかるけど唸らないの。ステイ。
「ねえ、あか…ジュリちゃん。なんで私はエリスちゃんに唸られてるの?」
「あなたがエリスの好きだった人と結婚する予定だからじゃないですかね」
「でもそれは昨日ちゃんと雄一くんからちゃんと話をしたし」
「うううううううううっ!」
らめえ!今まで佐藤くんって呼んでたのに、急に親しげに雄一くんとか呼んじゃらめえ!それもよりによってエリスの前でとかやめて!?
「ちなみに私が今日ここにいるのは昨日の夜、エリスを慰めに大急ぎで遠路はるばる三浦半島からやって来たからです」
「う・・・迷惑かけてごめん」
「いやまあ、私のはただの愚痴ですけど、エリスはまだ心の整理がついてないと思うんでしばらく距離をおいたほうが良いかもしれないですね」
「うん…私もそういう経験あるからわかるよ」
「え?あるんですか?」
男運が悪いのは知ってたけど、身近な人に持っていかれたことがあるって話は聞いたことなかった。
「あるよ。ひなたさんを桜に先にとられたし」
「ああなんだ、ひなたさんですか―――って、えええええっ!?」
別れちゃったけど桜ちゃんも、現在進行系の一美さんも美人だし、みつきちゃんを見る限り亡くなった奥さんも美人だったんだろうし、なにげに美女にモテるのな、あの性悪親父。
「……深谷さんってそっち系の人なの?」
「あ、ちがうちがう。ひなたさんって、昔は朱莉ちゃんみたいに男の人だったんだよ。太陽をひっくり返して陽太って書いてひなたって読みだったんだ」
「ふーん…そうなんだ…深谷さんも…」
お、ちょっとエリスの態度が軟化したぞ。
「だから、私とエリスちゃんは同じ経験をした仲間だよね!」
「うーーーーーーっ!」
「なんで!?なんでまた唸ってるの!?」
いや、だってどう考えてもそのりくつはおかしいからね。
とはいって、このままエリスを放置して深谷さんに襲いかかられて何かあっても面倒なのでそろそろ仲裁に入ろう。
「ねえ、エリス。悪いんだけど、ちょっとコーヒー買ってきてくれないかな?その間に深谷さん追っ払っておくから」
「うううっ…」
「おねがい」
「…わかった」
エリスはまだ何か言いたそうだったが、チラチラとこちらを振り返りながらコンビニへ向かって歩き出し、俺はしばらくエリスを見送って声が届かなくなるくらいの距離になるのを待ってから深谷さんの方へ向き直る。
「なんでよりによって今日こんなところで出くわすかなあ…というか、無視してくださいよ。大人なんだからそういう気遣いできるでしょ」
「あはは、ごめんごめん。ただ、やっぱり昨日の今日だからエリスちゃん大丈夫かなって思って」
「その心配はあなただけはしちゃいけないんですよ」
「そうだね、うん…」
そう言って頷いたものの、深谷さんは深谷さんで何か言いたげだった。
「じゃあ俺達はこれから仕事があるのでこれで。今日は温かいで方ですけど、フラフラ出歩いて風邪とか引かないようにしてくださいよ」
「うん、ありがとう」
「じゃあまた」
深谷さんに別れを告げ、エリスを追いかけようとした俺は深谷さんが俺のコートの袖を掴んでいることに気がついた
「あの、離してもらえません?」
「ねえ、やっぱり仕事についていっちゃだめかな?雄一くんだけじゃなくて、私もエリスちゃんときちんと話をしたほうがいいかなって思うんだよ」
「駄目ですって。弱い相手だろうけど、一応魔法絡みですし、お腹の子に万が一のことがあったら大変じゃないですか」
「それはそうなんだけど、先生も軽い運動はしたほうがいいって言ってたし、傍まで行ったら隠れておとなしくしているから」
「っていうか、なんでこんな街中の病院から出てきたんですか?」
「ああ、そっか。朱莉ちゃんはずっと本部付きだから知らないのか。魔法少女がいるところの側にはわたしたちのことを診られる先生が派遣されているんだよ」
なにそれ、ジュリになってからも聞いてなかったんだけど…って、まあジュリは俺が勝手にやってることなので本部の手落ちとかではないけども。
「だからほら、人よけのために診療科目がすごいことになってるでしょ?」
「確かに」
普通、眼科から産婦人科、はては脳外科まで謳っているちっちゃい雑居ビルの医者とか、相当切羽詰った人しか行かないわな。
「私達以外は、相当ひどい人以外は紹介状書かれて帰されちゃうしね」
「まあでも紹介状書いてもらえるなら良いんじゃないですかね」
というか、適当なプラセボ出されたりとかするよりよっぽど良い。
「ちなみにこの地域に登録されてない魔法少女が診てもらうためには照会が必要になるので時間がかかるよ」
「じゃあ今度登録しておこうかな…って、そうじゃなくて、エリスと話すのは今日じゃなくてもいいんじゃないですか?少し時間を置くっていうか」
「…逆に時間をおいたらもう仲直りできないかなって思うんだよね」
「そういうものですか」
「そういうものだと思うよ」
それならそれで別に仲良くしなくても良いんじゃないかなと思わないでもないけど。
「仲直りしたいんですか?」
「したい!というか、エリスちゃんってなんか他人に思えなくて、こう、なんか、変な方行かないようにしてあげたいっていうか」
「ああ、エリスも男運悪そうですもんね」
「そうそう……ってそこじゃないよ!?」
結局断りきれずに深谷さんがついてくることになってしまい、エリスはずっと無言で俺の腕にしがみついているし、エリスと話そうと10分ほど頑張っていた深谷さんも心が折れたのか、明後日の方向をみながら「ちょうちょ綺麗」とか言っている。
ちょうちょなんていないのに。
「ねえ、深谷さん、やっぱり帰ったほうが良いんじゃないですか?」
「え?ああ……うん」
「ジュリの言うとおりだよ。帰りなよ深谷さん」
「………」
はあ……。
「ねえエリス。深谷さんのこと本気で嫌い?深谷さんのほうはエリスのこと結構好きみたいだけど」
「えっ……?」
あ、言い方がまずかったか?エリスがすごい警戒しだしてしまったぞ。
「うんうん!そう!大好きだよ」
「ええっ!?」
「深谷さん、ややこしくなるから少し黙っててください。一応言っておくと、エリスが思っているような意味じゃないからね。深谷さんがエリスを好きっていうのは後輩として、仲間としてっていうこと。佐藤さんのことは別として、どう?深谷さんのこと嫌い?嫌いだっていうなら、私はここで深谷さんに帰ってもらおうと思ってるけど、佐藤さんには今後もJC寮の夜勤とかJKのマネジメントとかしてもらうことになるだろうし、深谷さんも産休・育休の後はまた戻ってもらうと思うからどうしたって今後も顔を合わせることになると思う。だから嫌いじゃないなら、とりあえず仲直り、というか、佐藤さんの奥さんとかそういうフィルターを取っ払って深谷夏樹さん個人として付き合ってみてほしいなと思うんだけど」
「……そんなこと言われたって、あたし馬鹿だからわかんないしっ!」
そう言ってエリスは俺の腕を離しておれから少し距離を取る。
大人だって同じような状況に置かれたらそんなことできる人のほうが稀なわけだし、エリスの反応は当たり前といえば当たり前だ。
「っていうか、ジュリくらいあたしの味方してくれたっていいじゃん!」
「ちょっと落ち着いてエリス」
「もういいよ!ジュリも嫌い!ハナも嫌い!みんな嫌い!」
エリスは大声でそう言うと、あっという間に俺と深谷さんの前から走り去ってしまった。
「みんな嫌いって……」
「ごめん、朱莉ちゃん。やっぱり朱莉ちゃんの言うとおり少し時間をおいたほうが良かったのかも」
「いや、俺が大人の理屈を押し付け過ぎたせいですよ。エリスのほうはあとでフォローしときます。多分今はジュリが行ってもだめだと思いますし」
「うん……」
「じゃあ俺は仕事しなきゃいけないんで、これで。一人で帰れますよね?」
「それは大丈夫なんだけど、少し話さない?エリスちゃんのこと」
「エリスのこと?」
「朱莉ちゃんは彼女の過去のこと詳しく知らないでしょ」
「黒須さんの奥さんがやっている施設の出だって事は知ってますけど」
ハナの事情はかなり前にこまちちゃんのことを探っていた時に特記項目に書いてあったので知っていただけで、別に俺は人の過去を根掘り葉掘り調べたりはしているわけじゃないし。
「その前の話。彼女がなんで佐藤くんを好きなのかって、そういう話」
言われてみればなんでエリスが佐藤くんにこだわるのかっていう理由を聞いたことがなかった。というか、ぶっちゃけ「エリスってハゲ専なのかなー」くらいに軽く考えていた。
しかし、今ここで深谷さんがそんな話を出してくるってことは
「それ、深谷さんがやたらエリスに絡むことと関係あるんですか?」
「え?」
「いや、深谷さんって良くも悪くも大人だから、普段相性悪い人はスルーするのに、エリスには嫌がられてもスルーしようとしなかったから、なんか理由があるのかなって思ってたんですよ」
「……すごいよね、朱莉ちゃんって」
「いや、そんなざっくり褒められましても」
「結構いろんな人と仲良くしているのに、よく見ているなって感心しちゃう」
「色んな人と仲良くはしてますけど、俺がよく見てるのってキーになりそうな人だけですよ」
例えば関西なら楓、東北ならこまちちゃん、本部なら言わずもがな都さんあとはニアさん。別に他の人がどうでもいいとかではなくて、そのへんを見ておけば各地の動向は何となく分かるよって話だ。
もちろん朝陽とか愛純とか、JKJCなんかの直轄の子達や同期なんかは別枠だけど。
「だとしても、良く私とエリスちゃんのことなんて見てたね」
「仲が悪いとこは特にちゃんと見てないと後々面倒なことになったりするんで」
「うわぁ、嫌な本音」
「今更深谷さんに本音を隠したってしょうがないでしょ」
「そりゃそうだけどね…じゃあまあ、ちょっと長い話になるから温かいものでも飲みながら話をしようか」
深谷さんはそう言って傍にあった自販機の前に立つと、俺にコーヒーを、自分用にホットレモンを買ってから話し始めた。
パソコンの調子が悪いのです(´・ω・`)




