霜天に舞う冬桜 2
ちょっと長くなりそうなジュリエリス編。第二話です。
「おーい、起きろー……起きてください…起きてくれー、頼むー」
俺がドアの外から聞こえてくる男の声で目覚めると時刻は8時。
学校に行くなら身だしなみに時間のかかる女子的にはアウトな時間だが、俺は就学してないしハナとエリスはすでに冬休みだからまだ慌てるような時間じゃない。
さて、じゃあこの幸せ空間で二度寝に勤しもうか、そう考えて俺はハナとエリスの間に再び身体を――
「なあ、腹減ったんだよー、頼むから起きてくれよ華絵、エリスが起きてこないんだよー起こしに行ってくれよー」
………おっと、そうだった。昨日は着いたのが遅かったから会わずじまいだったけど、朝晩は正宗が飯を食べに来るんだったな。
「エリス、起きてエリス」
「んー……もうちょっとだけー」
昨晩夜更かし気味だったせいか、毎朝シャッキリ目覚めるエリスはまだ夢の中の住人でいたいようだ。
まあ、元気そうだったとはいってもエリスだって精神的に辛い部分もあるだろうし、もう少し寝かせてあげよう。
そして、厨房の魔術師ことハナもそっとしておこう。
俺はそう心に決めこっそりベッドを抜け出して廊下に続くドアを開けた。
「あ、やっと起き―――」
「おっはー」
「ジュリ!?」
「はーい、ジュリちゃんだよー」
「なんでジュリが華絵の部屋にいるんだ?」
「さて、なんででしょう。1番ハナとあんなことやこんなことをしていた、2番、エリスとあんなことやこんなことをしていた、3番昨日泊まりに来て3人で寝てただけ」
「華絵の部屋だし普通に考えれば1番……か?」
おい、なんだそのだらしない顔は。
何を想像しているのかまるわかりだぞ、このイケメンの無駄遣いめ。
「外れ。正解は3番。ほら、私がご飯つくってあげるからリビングに行った行った」
俺がそう言いながら正宗の肩に手をかけて彼の身体を反転させ、背中を押すと、正宗はおとなしくリビングへ向かって歩きだす。
「おかずは目玉焼きとかでいい?ご飯は昨日の夜エリスが炊いてたはずだし、あとは味噌汁くらいはつくるか…まあ、エリスの料理と比べられたら大分落ちちゃうけど食べられないことはないと思うよ」
「ありがたい。俺、料理は全然ダメだからさ」
俺がキッチンに立って尋ねると、正宗は手を合わせて俺を拝むような格好をしながらそう言った。
「知ってるよ」
半月も一緒にご飯を食べてたんだから。
だから、ハナとエリスの好きな食べ物嫌いな食べ物はもちろん、正宗の好き嫌いだって知っている。
例えば、油揚げとほうれん草の味噌汁が大好きとか。
そして、そんな正宗の好みを知っているエリスは冷凍ではあるけど、ほうれん草も油揚げも常備しているのだ。
「そう言えば、今日は佐藤のおっさんはどうしたんだ?エリスもこの時間に起きてないの珍しいよな」
おっと、隣の住人なのに蚊帳の外なのか君は。
「もしかして正宗、昨日の夜は食べに来なかった?」
「ああ、虎徹さんとワンコ先輩が彼女見せびらかしに来がてらご飯おごってくれたから、そっち行ってたんだけど、正直行かなきゃよかった。だってボックス席に二組のカップルが座ってお誕生日席に俺が座るんだぜ?これは一体なんて拷問だって感じでさ」
なにそれ、虎徹のほう…というか彩夏ちゃんは別にいいけど、桃花ちゃんがどんな顔してたか超見たいんですけど。
「写真とか撮った?」
「撮らなかった。なんか撮ったら延々と精神にダメージを受ける気がしてさ」
「そんなにラブラブだったの?」
「超ラブラブだった」
「桃花ちゃ…さんも?」
「ああ、どっちかと言えばワンコ先輩達のほうがすごかったな。虎徹さんとこはまだ照れがあったけど、あっちはなんかこう、グッチャグッチャだった」
「ぐ、ぐっちゃぐちゃって、例えばどんな?」
「そうだなあ、パスタあるだろ?」
「うん」
「一本のパスタを両端から食べてた」
何その101。
超見たい。
というか、その時の桃花ちゃんを写真に撮って『ねえどんな気持ち?今どんな気持ち?』って聞きたい。
「はぁ…俺もああいうの千鶴としたいな…」
「ああ、多分無理だよそれ。そういうの嫌がる…というか、千鶴ちゃんって大人っぽく見えてそっち方面はまだまだウブだから」
「あれ?ジュリって千鶴と仲いいのか?」
「まあ、正宗よりはね」
仲がいいかどうかはともかく、よく知ってるよ。赤ちゃんの頃は、千鶴のおむつも替えてたくらいだし。
「でもまあ、クリスマスも遊んでもらえなかったし、千鶴は俺なんか眼中にないんだろうな」
「眼中にないってわけじゃないと思うよ。多分、まだ友達とワイワイしたい年頃なだけだと思うし」
「そうかな」
「そうだよ……って、ああそうだ。和希くんと真白ちゃんとこと揉めたって話聞いたんだけど」
「うぇっ…ジュリにまで伝わってるのかよ…」
「まあ、ハナとかエリスが散々しただろうから私はくどくど言わないけど、もうちょっと自重しなよ?中身が男の子でも和希くんの身体は女の子なんだからさ。相手のことも考えてあげないと、千鶴ちゃんはもちろん、どんな女の子にもすぐに愛想つかされちゃうよ」
「もうわかったって。昨日虎徹さんにも散々叱られたからもうしないってば」
「ならよろしい」
とか話している間に目玉焼きも味噌汁もできてしまった。
ビバ冷凍野菜、ビバだし入り味噌。
ちなみに、この家にはエリスが手抜きしたい時用のだし入り味噌と本気出したい時用の自家製味噌が常備されていたりする。
「いただきます」
「いただきます」
ダイニングテーブルではなく、日当たりのいいリビングのローテーブルに朝食を運び、二人で手を合わせてから食べ始める。
正宗と二人きりの食卓というのもこれはこれでなかなか新鮮だ。
「…で、どうしてエリスは寝坊してて、夜勤明けのはずの佐藤のおっさんは来てないんだ?」
ずっと気になっていたのだろう。食事が終わった後で、正宗がそう切り出してきた。
「佐藤く…さんが深谷さんとくっついて子供ができたんだよ。で、エリスは本気で振られたってわけ」
「そっか……」
「あれ?『じゃあ俺が慰めてやる』とか言わないの?」
「俺には荷が重いというか、俺がそんなことしたってエリスに無理させるだけだろ」
おや。これはちょっと驚きだ。
最初の頃はハナやエリスはもちろん、俺にまで手を出そうとするくらい見境がなかったのに。
「……さっき起こしに来たときも律儀にドアをノックするだけだったし、声も控えめだったし、二人との間に何かあったの?前はもっと遠慮なかった気がするんだけど」
「いや、喧嘩したとかじゃないんだ。ただ、なんていうかさ、最近二人はそういう対象に見えないっていうか、今までいなかったからこれがそうなのかはよくわからないけど、多分俺にとって華絵とエリスは家族みたいなものなんだと思う。で、俺は家族に無理をさせたくない。これは無理やり起こしたりとか、変に慰めようとして無理させたりとかそういうことな」
「そっか。大人になったね、正宗」
「ちょ、やめろよそういうの」
正宗はそう言いながら、頭を撫でようと伸ばした俺の手を照れくさそうに払う。
……ただまあ、逃げられるとどうしてもなでたくなるのが人の性というもので。
「ジュ……ジュリ、なんだその手は」
「え?なにがー?」
「なんで立ち上がるんだよ」
「んー?なんでだと思う?」
「ちょっと待て、俺は今足が痺れて―」
「知ってるよ」
ローテーブルで食べる時はご丁寧にしっかり正座して食べる割に、正宗は足がしびれやすいということを、俺はよく知っている。
「や、やめ……」
「へっへっへ、なでくりまわしちゃるー!」
「ちょ、やめろ、ほんとやめろ!」
「にがさへんでー」
そう言いながら正宗の頭を脇に抱え、グリグリと撫で回すと、正宗はジタバタと暴れだすが、魔力なしの正宗に、魔力で身体能力アップできる俺が負けるはずもなく、少しすると正宗はおとなしくなってしまった。
「どうしたの?もうギブアップ?」
こういうのは嫌がられるから面白いのであって、おとなしくされてしまうと、こっちもなんかやる気がなくなってしまうんだけれども。
「あたってる・・・あたってるから」
「当たってる?」
「胸!胸が当たってるから!」
おーう…。
これは想定外。しかも俺今ノーブラじゃん。
「わかったら早くどいてくれ、最近わかったんだけど、こういう時に限って華絵が―――」
「もう遅いわ」
俺と正宗が振り返ると、もはや予定調和であったかのようにリビングの入り口には不機嫌そうな表情をしたハナが立っていた。
「違うんだ華絵、これは誤解だ、不幸な事故…というか、ジュリが勝手にやったんだ」
「ふーん」
ああっ!ハナが養豚場の豚を見るような目で正宗を見ている!!
「ジュリ?」
「こいつにやらされました」
「そう」
「ジュリ!?」
「っていうのは嘘で、ちょっとふざけてやっただけだってば。そんな大したことじゃないんだから怒らないでよ。友達同士のじゃれ合いだって」
「ふーーーーーーーーん」
まあ寝起きでご機嫌斜めなハナが簡単に許してくれるとは思ってないけどさ。
「お詫びに今日の朝ごはんは私が作るから」
「……ま、別にいいけどね」
口では別に嬉しくないみたいなことを言いながらちょっとうれしそうにするハナが可愛くてしょうがない。
「あとで私もなでなさいよ」
「あとでと言わず、今から撫でるよ!」
まったくハナは本当に可愛いんだから。
珍しく一番遅く起きてきたエリスが食事を食べ終わったときにはすでに10時近くなってしまっていた。
とりあえず、エリスは元気そうだし、あまりこっちに長居して柚那をほったらかしにしておくのも良くないなと思い、そろそろおいとましようかなと考えていると、おもむろに俺のスマホが鳴った。
「あれ?ハッチだ。なんだろ」
「もしかして、ジュリがこっちに帰ってきたのをなんか気配的なもので察知したのかな」
「ハッチのはそういう魔法じゃないでしょ」
ただ、あの子の場合、魔法少女になってから進化のスピードが異常だからそんなことができるようになっていたとしても別に驚きはしないけれど。
「はいはい、ジュリちゃんですよ」
『どうも蜂子さんでーす。ちょっとお仕事の話なんですけど』
「ジュリ、あたしもハチと話したい」
「はいはい。ハッチ、エリスも話したいっていうからスピーカーにするよー」
俺はそう言ってからスピーカーボタンを押してテーブルの上にスマホを置く。
言うまでもなくこれはただスピーカーにするよと言ったわけではなく、ジュリを朱莉さんとして扱っちゃダメよという意思表示も含んでいる。
ハッチはそのへん聡いので多分キチンと伝わっているだろう。
「どうぞ」
『ついさっきジュリへのお仕事の話が、愛純さん経由で下りてきたんだけど、今日これからって予定大丈夫?』
「大丈夫だよ。朱莉さんの実家にいる柚那さんが帰る時に付き添いがあるけど、それくらいだから」
『昨日の夜、長野に出張してた時計坂さんのチームが『ハッカー』を捕まえたらしいんだけどね』
「は?」
時計坂さんと真白ちゃんと和希が捕まえたの?ハッカーを?
正直、人員を割り振った後『長野にハッカーきたら絶対真白ちゃんハックされちゃって大変なことになるだろうなあ』と思ってたのに?
よりによってハッカーに当たって、しかも期日前に捕まえたの?
『あれ?もしもーし、ジュリ?エリス?』
「聞いてるよー、なんかジュリはボーッとしてるけど」
「あ、聞いてる聞いてる。大丈夫だよ」
『そう?じゃあ続けるね。それでそのハッカーを尋問したらしいんだけど、そうしたらうちらの地元に生倉派の養成所みたいなのがあるっていうのが発覚したんだって』
それ、左右澤くんとこだろ多分。
「それなら前にナッチと一緒に合コン行った時に私がつぶしたけど」
『うん、それもそうなんだけど、それとはまた別にあるんだって。ジュリが潰したっていうのは駅そばの廃ビルのやつでしょ?今回入った情報はもうちょっと西の方、田んぼの真中にある倉庫らしいんだ』
「あー隣の市との市境のほうね」
『そうそう。ジュリはわかる?』
「まあ一応」
こっちの学校には通わなかったけど、高校、大学そして社会人になってからも住んでいた地元だしね。市内の土地勘はそれなりにある方だと思う。
『できれば、そこを偵察に行ってほしいなっていうのが愛純さんからの依頼なんだけど』
「ねえ、それって絶対愛純さんが狂華さんに頼まれた仕事だよね?」
『ん…うーん、まあ、そういう感じをうけないでもなかった』
だと思った。そうやって面倒くさい仕事を全部人に投げてると今にまた太るぞ。
「まあ、暇だから別にいいけどね。じゃあ、私とJKでその仕事をする感じかな?」
左右澤くんたちのところと同じくらいの規模と魔法持ちのレベルだとすれば実地訓練にはちょうどいい相手だろうし、愛純に感謝するつもりはないけどいい機会と言えばいい機会だ。
『今日はハナと私と那奈は一緒に本部に呼ばれているからジュリだけにって話だったんだけど…』
「あたしも手伝うよ!」
『って、なるよね…』
「ちなみにハッチ達はなんで本部なの?」
『私と那奈は研修の仕上げ。ハナは年末年始の計画の詰めでJCと警備主任の石見さんとミーティング』
「ああ、なるほど」
みなさんお仕事ご苦労様です。
「じゃあ私と、エリスと…正宗でも連れて行こうかな」
『正宗は暇だろうけど、解除許可が出てない。というか、そもそも近場に解除できる人がいないから連れて行っても荷物持ちくらいにしかならないよ』
ああ、そうだった。正宗の解除って、今はハナと真白ちゃんにしかできないようにしたんだった。
ちなみに、最初はあかりにも付与しようって話だったんだけど、あかりのイケメンに弱いという特性を考えるとダメじゃない?というみつきちゃんの意見が通って見送りになったのだ。
「あたしとジュリのコンビなら私が攻撃して、ジュリが防御できるでしょ?二人で大丈夫だよ」
まあ、前回俺一人でもなんとかなった組織だし、エリスを連れて行っても大丈夫かな。
ここで下手にえり達を連れて行くというのも不自然だし、そもそもあの子達魔力解放したりなんかしたら手がつけられないし。
「そうだね、私とエリスでやろうか」
「やった!初めての任務がジュリと一緒だ!」
「あれ?初めてだっけ?」
「うん、魔法を使う相手に対してっていうのは初めてだよ。とうしょぶ?の時はあたし達正宗と一緒に逃げていただけだし」
そう言えばそうだった。
『じゃあ愛純さんにはジュリがやるって伝えちゃって大丈夫?』
「うん、そう伝えてもらっていいかな」
『了解。ハナに11時駅集合っだからねって言っておいて』
「はいはい。じゃあね」
『じゃあねー』




