チームミーティング
都さんの事だからチームは当日発表でサプライズ!とか言いかねないかと思っていたのだが、そんなことはなく運動会の一週間前には発表になった。
そして今日はその顔合わせというか、ミーティングなわけなんだけど、チームのメンバーを見た楓さんは都さんにハメられたと思ったようで、ずっと押し黙っているし、研修生は目つきの悪い楓さんに怯えているのか、目をそらすようにキョロキョロと落ち着かない様子であたりを見回していている。
「あ、一番後輩なので私が司会しますね。えっと……じゃあ自己紹介でもしましょうか。大先輩のお二人からお願いできますか?」
そう口を開いたのは二人の研修生とは違い、楓さんを気にするでもなくニコニコと笑っているみゃすみんだった。
というか、みゃすみんがいてくれてよかった。率先して司会をやってくれるとか、みゃすみんマジ天使。
「…宮本楓だ。得意なのは接近戦」
楓さんはそうぶっきらぼうに言うと再び黙ってしまった。
慣れている俺達ならばこれは短気な楓さんお得意のおむずがりで、ただふて腐れているだけだとわかるのだが、あまり付き合いのない研修生からしてみたら自分達が何かしたのかと気が気ではないだろう。
「えーっと……邑田朱莉。俺もどっちかと言えば接近戦が得意かな。よろしくね、二人とも」
「えーっ!?私はよろしくしなくていいんですか朱莉さん。一緒に戦った仲なのに酷いですよぅ」
「いやいや、勿論みゃすみんもよろしくね」
「はい、よろしくです。じゃあ、私行きますね。ミャミャミャミャーン!みゃすみんだよー!ということで、みゃすみんこと、宮野愛純です。魔法少女になる前はTKO23でアイドルやってました。よろしくお願いします。あ、得意なのは接近戦です!」
そう言ってみゃすみんはお得意のかわいらしいポーズと共に自己紹介をする。
「っ……」
そんなみゃすみんを見てイラついたのか、それまで一応みゃすみんの事を見ていた楓さんが小さく舌打ちをして顔をそむけた。
「じゃあ、お二人もお願いします」
「私はセナ。小此木セナです。これでも今の研修生の中では主席です。得意なレンジは特になし。というか近距離、中距離ならオールマイティだと言っていいと思います」
みゃすみんのパフォーマンスで少し持ち直したのか、二人のうちの目つきのきつい方が得意げに言った。
主席ということは、実力はみゃすみんよりも上ということか。組み合わせ次第じゃ、意外と優勝できちゃうかもしれないな。このチーム。
「えっと……私は大引彩夏でーっす。彩夏って呼んでくださーい。セナと私ともう一人喜乃っていう子がいるんだけど、普段は三人で一緒にいることが多いでーす。得意なのは、なんていうか、中距離?あ、セナと真逆でぇ成績は最下位でーす!あははー」
少しオタクっぽい彩夏ちゃんはそう言って自己紹介を終えた。
というか、なぜそこで胸を張って大笑いできるんだろうか。最下位ってことは留年だってあるし、魔法少女になれない可能性もそこそこ高いんだが。
「さて、自己紹介はこれで済みましたけど、どうしましょうか。何か決めることとかあります?」
彩夏ちゃんの自己紹介が終わったところでみゃすみんが話を先に進める。
「体育祭は基本的に全員参加だし、決めるようなことは特にはないかなぁ。あえて言うなら武闘大会の順番だけど、これは相手によって臨機応変に変えたほうがいいと思うし」
「じゃあさ、三人の実力を確かめておきたいんだけどどうだ?最下位だっていう彩夏はともかく、セナは主席だっていうし、愛純のほうも朱莉に聞いた話じゃ結構やるっていう話だし、先に一度見ておきたい」
楓さんはそう言って三人の顔を見る。
「あ、いいですね。お互いどのくらいできるのかが解っていた方が組み合わせを決める時にもすんなり行きますし。さすが楓先輩です!目の付け所が違いますね」
「お、おう」
お世辞丸見えの文言だが、褒められて嬉しかったのか楓さんが少し顔を赤くして再び顔をそむけた。
……ひょっとして楓さんって、結構チョロいのか?
「じゃあ私、都さんに言ってシミュレーター借りれるように手配してきますね」
みゃすみんがそう言って部屋を出ていくと、気が利く後輩がポイントを稼ぐのが気に入らないのか、セナちゃんが「私も!」と言ってみゃすみんを追いかけて部屋を出て行った。
「……彩夏ちゃんは行かないの?」
「上司のご機嫌取りとか苦手なもんで~。あっはっは、こんなんだから私は最下位なんですよねー」
彩夏ちゃんはそう言って、座ったまま立ち上がろうともしない。
「もしかして、怠惰の子だったりする?」
まさかなと思いつつ、俺は少しだけ警戒を強める。
「確かに怠惰って言われれば怠惰ですけどー、それを言うなら怠惰な子じゃないですか?怠惰の子って日本語がなんか変ですよ」
そう言って首をかしげている彩夏ちゃんの表情からは嘘をついているような感じは受けない。おそらくは本当に心当たりがないのだろう。
まあ、あまり働かないからと言って、いちいち働かない人を怠惰の魔法少女なんじゃないかなんて疑いをかけていたら、真っ先に容疑者になるのは都さんになってしまうわけだし、さすがに考え過ぎか。
「ああ、ごめん。確かに彩夏ちゃんの言うとおりだな。ところで彩夏ちゃん。君は強いの?あの都さんがただの成績最下位の子をこういうイベントに放り込んでくるとは思えないんだけど」
「ああー……どうでしょう。わたし愛純には勝ててもセナには全く歯が立たなかったりするし、愛純はセナより強いですしねえ。確かチアキ先生が魔法少女の戦闘能力はじゃんけんみたいなものだって言ってましたし、相性が合えばそれなりにって感じじゃないですか?」
模範解答だなあ……
「でもみゃすみんに勝てるんなら最下位ってことはなさそうなのに。というか、都さんがテストの数字だけで順位づけするとも思えないんだよな」
「んー……まあ、そこはそれ。イージーモードで無双するほうが楽しい人もいるんですよ。なので色々やっていたり、いなかったり」
「研修生ってイージーか?研修生よりも正規の魔法少女のほうが色々待遇いいんじゃない?」
「この間みたいなことがなければ実戦に出ない分、研修生のほうが楽ですし。いよいよクビってなったら本気出しますよー。まあ、そもそもまだ学園のモブレベルまで行ってないので、この間の話もきいただけですけどねー」
「でも今回ここに出されている時点で手を抜いているのばれてるんじゃない?」
都さんって人は、自分が手を抜くことに手抜かりがないくせに、他人が手を抜いているのはすぐに見破って、手を抜いている人間が働かざるを得ない状況に追い込むのが得意だ。
そう考えればこうして本当は実力のある彩夏ちゃんをこうして……いや、なにかおかしいぞ。
そうだ。
むしろこのチームに最下位の彩夏ちゃんがいるのは自然なんだ。ただそれは本当に彩夏ちゃんが最下位だった場合だ。楓さんを優勝させないためのチームに、下手をすれば現役の魔法少女よりも強い可能性があるみゃすみんやセナちゃんみたいな若手ホープや有望株がいることがおかしい。
「急に黙っちゃって、どうかしました?」
「いや……ちなみに、彩夏ちゃんたちの他って研修生の子っているの?」
「六人位いますけど、多分愛純やセナの敵じゃないと思いますよ。ああ、でも喜乃は別かな。とは言っても、もちろん朱莉さんや楓さんなら楽勝だと思います」
おそらく、都さんの考えではその六人のうち三名と俺達を組ませるつもりだったんだと思う。そこでクレームをつける楓さんに対して「他のチームにも研修生がいるんだから平等でしょ」とかなんとか言って言いくるめるつもりだったのだろう。有望株の三人は実力を披露することができて番組のシナリオ的にも布石が打てる。
となると、非常にまずい。俺が負ければまず一敗。残り四人でなんとか二敗してもらわなければいけないが、楓さんに勝てる相手は限られるので期待できない。セナちゃんはプライド高そうなので負けて欲しいと言って負けてくれるとは思えない。
そうなると、みゃすみんと彩夏ちゃんを説得するしかないだろう。やる気のない彩夏ちゃんはどっちみち勝つ気はないだろうが、みゃすみんは前に話をした時に、頑張って早く一人前になりたいというようなことを言っていたのでわざと負けて欲しいというのは気が引ける。
とはいえ、みゃすみんの実力はこの間の学園防衛戦でも折り紙付きだし、都さんに言えば昇格ぐらいはすぐだろうから、勝ち負けに関係なく昇格とか、そんな条件で裏取引を持ちかけて、なんとかなれば御の字といったところか。
「何かたくらんでますか?」
「いや、そんなことはないけど」
「うーん、何か悪いことをたくらんでそうな顔をしてますけどねえ……そう思いません?楓さん」
「え?なに?」
普段の楓さんだったら彩夏ちゃんの言葉で、俺が都さんとグルなんじゃないかと言いがかり(実は大正解だが)をつけかねない楓さんは幸いなことに今のやり取りを聞いていなかったらしい。
「まあ、朱莉が何かたくらんでるのはいつものことだし、大体詰めが甘くて失敗するから放っておいていいんじゃないか?」
「そうですか。じゃあそうします」
おいこら21歳。魔法少女としては先輩だから呼び捨てはいいとして、一回り違う大人に対してその物言いはなんだ!?…と、言えたらいいのだが、正直楓さんが怖いので、そんなことは言えない。
まあ、それを置いておいても
「もしかして楓さん、具合悪いんですか?」
「え?何が?」
「いや、いつもいつも喧嘩ふっかけるネタを探してギラギラしている楓さんらしくないじゃないですか。前は『何かたくらんでるんだろう?表出ろや』くらいのテンションだったのに……」
「朱莉、あたしだっていつまでも子供っていうわけじゃないんだ。そんな年がら年中喧嘩しているみたいなデマを流すのはやめてほしいな」
「今すぐ保健室行きましょう」
「なんでだよ!」
「絶対おかしいですって!なにを『あたしもう大人だから』みたいなこと言ってるんですか!?このチームで…いや、魔法少女全体見回してみたってどう考えてもあんたが一番子供ですよ!?」
「後輩が頑張って場所取りに行ってくれたりしているのに、この中で一番先輩のあたしが子供っぽいことをしてたら駄目だろ?」
「楓さんがまともなこと言ってる!」
「……さっきから気になってたんですけど、もしかして楓さんって愛純のファンなんじゃないですか?」
「え!?」
彩夏ちゃんの言葉に驚いて楓さんを見ると、何も言わなくてもわかるくらいに顔を真っ赤にしていた。
「し、仕方ないだろ!お前らだっていきなり身近に大好きなアイドルがやってきたら。ちゃんとしようとか、よく見られたいとか思うだろ!?」
「あー、ナマモノは色々面倒くさいので私はあんまりー……」
彩夏ちゃんは彩夏ちゃんで一体何の話をしているんだ。いや、何の話かはわかるけど。
「朱莉はわかるだろ!?柚那…いや、ゆあちーと付き合ってるんだから!」
「いえ、それは柚那であって柚那でないというか。今俺が好きな柚那を構成する上で避けて通れない話ですけど、俺は別にそのゆあちーが好きで柚那と付き合ってるわけじゃないですから」
「おおー、惚気ますねー朱莉さん。薄い本描いて良いですかー?」
「それはそれで読んでみたい気がするから柚那にばれないようになら描いて見せてほしいな……って、あれ?そういえば楓さんはイズモちゃんと長いって聞きましたけど」
「恋人と好きなアイドルは別だろ!」
そう言われても、初めてできた恋人=初めて好きになったアイドルの俺としてはよくわからない。
というか、こう考えると俺って相当幸せ者な気がする。
「多分朱莉さんと楓さんの立場は違いますし、解りあうのは難しいと思いますよ」
俺がはっきり言うのをためらっているのを察してくれたのか、彩夏ちゃんがそう助け舟を出してくれた。とはいえ、それで納得してくれる楓さんでもないので、たとえ話を出してみる。
「そうだなあ…例えば、イズモちゃんがたまたまアイドルだったらどうです?特別な目でアイドルっていうのを意識しないでしょ?」
「どうって、面白いな。むしろ意識しちゃうし、多分指を指して笑う。あははははっ、イズモ似合わねー!」
言いながら想像したのか、楓さんは腹を抱えて笑い出す。
……まあ、イズモちゃんは顔が整っている分、派手さに欠けるところがあるので、確かにヒラヒラの衣装は似合わないだろう。でもだからと言って今の楓さんはあんまりな気がする。
「うーん……なんというか、楓さんって独特ですね。正直この人のどこがいいんでしょう」
俺と同じような感想を持ったらしく、彩夏ちゃんがそうつぶやいた。
「でしょ。まあ、楓さんとは適当に付き合う感じがいいと思うよ。あんまりこっちが気を使わなくても、打たれ強いしメンタルも鋼を通り越してもはやダイヤモンドだから大抵のことじゃびくともしないし。下手に気を遣うとこっちが疲れちゃうからさ」
「了解です。適当にやりまーす」
彩夏ちゃんはそう言って頷くと、机に突っ伏して寝息を立て始めた。
……いや、適当にってそういう意味じゃなかったんだけどな。




