アベンジャーズ 2
朱莉編 はじまりはじまり
「おっはよー!」
そう言って佳代が俺の執務室に元気よく入ってくるが、時刻はもう15:30。
すでに年末、冬だということを考えれば、夕方だといって差し支えない時間帯だ。
「いや、もう夕方だぞっていうか、お前なんでこんなところにいるの?」
「年末年始の警備計画の詰めに都ちゃんとこ来たついでに寄ったのよ」
佳代はそう言いながら勝手にミニキッチンの冷蔵庫をあけて中からペットボトルを取り出してソファに腰掛ける。
って、
「お前は女王様かなんかか」
「やあねえ、公安の女王は私なんかよりよっぽど怖いわよ」
そんなことを言いながら蓋を開け、佳代はペットボトルの中身を美味しそうにごくごくと飲む。
「で、本当は何の用だよ」
「この前お願いしたこと、ちゃんとやってくれるのかなって気になってさ」
「柚那と連絡取ってるんだろ?だったら聞いてるんじゃないか?」
「邑田くんが柚那ちゃんに嘘をついている可能性もあるかなって思って」
「以前ならともかく、もう柚那に嘘をつく必要はないから嘘なんてついてないし、柚那にだけは全部包み隠さず話をしてる」
「柚那ちゃんにだけは。か。ちょっと妬けるわね」
「まあ、ちゃんとやってるよ、三段構えの作戦でちゃんと捕まえるから安心してくれ」
「だったらいいんだけど」
「朱莉さーん、おやつの時間ですよー…って、佳代さん来てたんですか!」
トレーに山盛りのクッキーを持って入ってきた柚那は佳代を見つけると、俺の座っているデスクではなく、佳代の前にあるソファーテーブルにクッキーを置いて、ソファに腰を下ろす。
こころもち俺の名前を呼んだ時より佳代の名前を呼んだときのほうが嬉しそうな声に聞こえたのは気のせいだろうか。
「あ、今、紅茶入れますね」
「いいからいいから。そういうの私がやるから、柚那ちゃんはゆっくりしてて。デカフェのほうがいいのよね?」
「はい、ありがとうございます」
うーん、なにこのイケメン女史。
「邑田くん、お茶っ葉どこ?」
「冷蔵庫の上。缶の中にはいってるほうが柚那様用のデカフェ。ティーパックのやつは普通の」
「ほいほい」
そう言って佳代はミニキッチンののほうへパタパタと走っていき、ほどなくして、いい香りのする紅茶が俺たちの前に置かれた。
「ねえねえ、これ、柚那ちゃんが焼いたの?」
「はい。私と朝陽と恋と、あとたまたま松葉が来てたので松葉も一緒に」
「あ、松葉ちゃん来てるんだ」
「はい。明日関西に戻るらしいんですけど、今日はこの後実家に顔を出すらしいです」
「……というか、お墓参りね、きっと」
「あ……」
誰の。ということには触れるまでもない。
その人物がだれかというのは俺や柚那にも検討がつく。
「そっか、そういえば今日はあいつの月命日か……よし、じゃあ私も行くか!」
「え?行くの?」
「邑田くんも来なさい!」
「ええっ!?」
なぜそうなった。
佳代が松葉と二人で行くというのならともかく、なんで俺まで連れて行くということになってしまうのか。
「柚那ちゃんも行こう」
「え?私は別にいいんですけど…」
「ああ、いいよいいよ。仕事は一段落したし、今日はもう上がれるから」
というか、そもそも俺たちには決まった勤務時間はないので、終わりたきゃいつでも終われるのだけど。
「じゃあ松葉も乗っけて関東チームのワゴンで行くか」
「言わなくても言いたいことをわかってくれるあたり、さすが邑田くん」
「褒めても何も出ないぞ」
「人の旦那にそんなこと期待してないから大丈夫よ。じゃあ私は松葉ちゃんと親交を深めがてら誘ってくるわね。柚那ちゃん、松葉ちゃんどこにいるの?」
「あ、多分ラウンジにいると思います」
「了解。じゃあ先に行っているから駐車場でね」
佳代の旦那。松葉の兄の墓は海の見える丘の中腹にあった。
出発した時間がおそかったこともあり、あたりはすっかり夜になってしまっていたが、月明かりに照らされた海や街の灯りが見下ろせるせいか、夜のお墓特有の陰鬱な感じはなくどちらかと言えば、一種ロマンチックとすら思える雰囲気が感じられる。
「すまんな、急に押しかけるような感じになっちゃって」
「まあ、義姉さんが強引なのは昔からだし。むしろ巻き込んじゃってこっちがごめんって感じ」
そう言って松葉は、柚那と一緒にまだ墓石の前で手を合わせている佳代の方へ視線を送る。
「佳代が強引なのは否定しないけど、俺個人としても佳代の旦那で松葉の兄さんっていう人に興味があったっていうのはあるんだ」
「もういないけどね。あそこにあるのは骨だけだし」
「そう言うなって。よく言うだろ『あの人は私の心の中に生きている』って」
「私も義姉さんもそんなロマンチストじゃないよ」
「そうかもな」
確かにそんなものはロマンチストの感傷でしか無いのかもしれない。
でもそう思うことで多少なりとも救われることがあるというのも事実だろう。
「佳代からは結構話を聞いたんだけど、松葉はあんまり話してくれなかっただろ。よかったら松葉の兄貴のこと聞かせてくれよ」
「義姉さんに何か言われた?」
「いや、むしろそっとしておけって言われた。もともと松葉はお兄ちゃんっ子で佳代よりもあの人の死を引きずっているだろうからって」
「そういう、人の心配ばっかりするところ、全然変わってない…」
「そうなのか?」
「今朱莉が言ったとおり、私は少しブラコンだったから、結婚する前に義姉さんが家にあそびに来たときに義姉さんに喧嘩を売ってお兄ちゃんに注意されることもあったんだけど、そういう時、絶対に義姉さんは私の味方をしたんだ。『妹がお兄ちゃんを好きで何が悪いんだ』って。『私と同じ人を好きな人を悪く言うな』って。お兄ちゃんも私もそれを聞いて困惑して…」
つらそうな声でそこまで言って、松葉はしばらく黙り込んだ。
「…まあだから……ほんと、あの人嫌い」
再び口を開いた松葉の声は少し鼻声だった。
「お葬式の時も、全然泣かないんだよ、あの人。私やうちの両親の心配ばっかりして、一人で段取りして、最後まで一言も泣き言言わないで全部やって、別に泣いてくれたって泣き言言ってくれたって良かったのに、手伝ってって、助けてって言ってくれれば良かったのに…結局、あの人にとってはお兄ちゃんだけが家族だったんだなって、そう思った」
「うーん……あのな、松葉。それは違うと思うぞ。逆に家族だったから佳代はそうしたんじゃないのか?」
「どういうこと?」
「佳代は多分、松葉の兄貴の奥さんという立場で悲しむと同時に、松葉の姉で、松葉の両親の娘…家族が傷ついているときだから、石見家の長女としてしっかりしなきゃいけないと思って、そういう風に動いたんじゃないかな」
「それは買いかぶり……といえないところが悔しい」
「だろ?」
あいつはちゃらんぽらんに見えて締めるところはしっかり締めるし、やることはしっかりやるし、周りもよく見えているし気遣いもできる。
そういう佳代の気質があるから、都さんともうまくやっているし、少し大人になったとは言っても、まだまだ扱いが難しい柚那とも仲良くやれているんだと思う。
「だから、俺は佳代については変な心配しなくて良いんじゃないかなって思っているんだよな」
「変な心配って?」
「匿名で俺のところに、佳代が紛失した対魔法少女兵器の試作品を盗んだんじゃないかっていう通報があったんだよ」
「なにそれ。そんな弾があるの?」
そう言って松葉は首を傾げる。
「ああ、そういうモノがあるんだよ。もともと対異星人用に使うはずのものだったんだけど、威力不足で普通の弾丸より痛い位のものらしいんだけどな」
「それがなんで義姉さんが盗んだってことになるの?」
「まあ、あくまで善意の何者かが通報してきただけだから、佳代が盗んだって決まったわけじゃないんだけど、佳代には動機があるだろ?」
「……生倉のこと?」
「ああ」
「心配なんだったら拘束しておくほうがいいと思う。そうすれば義姉さんは安全だし、万が一その弾丸が悪用されることもないと思うし」
「それもいいんだけど人手不足でな。佳代を拘束したら松葉が見張りをしてくれるか?」
「私には私の担当地域があるんだけど」
「そうだったな。ちなみに松葉」
「ん?」
「ここにその問題の弾丸がある」
「はぁ……はぁっ!?」
俺がポケットから数発の弾丸を出してみせると、松葉の顔色が変わった。
「むしろ俺はこれを佳代に渡そうかなと思っていたりするんだが」
「何言ってるの!?前々から思っていたけど頭湧いてるんじゃないの!?そんなこと私がさせるとでも思っているの!?」
そういって松葉は俺の襟を容赦なく締め上げる。
「待て待て!話を聞け!佳代が弾丸を持っているかどうかわからないから変な警戒しなきゃいけないわけだ。だったらむしろ持たせてしまえばそれが抑止力になるんじゃないかなと。変に動けばすぐ拘束されるし、浅草で見失っても堂々と指名手配をかけられる」
指名手配なんて言ってみたけど、これを渡した段階で佳代はおかしなことはしないだろうと思う。指名手配なんてことになったら実家にも迷惑がかかるし、そもそも俺は警察官という仕事に誇りを持っているあいつが、こんなものでおかしなことをするとは思っていないし、調査をした結果、弾丸が盗まれた場所からして佳代では不可能だろうとも思っている。
この弾丸を盗み出すために正面から保管庫に行こうと思うと、それこそ都さんや狂華さんやニアさん、最低でも俺…頑張っても時計坂さんくらいの権限は必要になる。
あとは本気で盗もうとすれば元大泥棒の恋と同等クラスの隠密スキルや体術スキルが必要だ。
まあ、みんな隠し玉をもっているので、意外と身近にできる奴がいるかもしれないけど、他の人間には動機がないし、セナとこまちちゃんが今回使っている以上、魔法少女がほしいのであれば申請すれば普通に支給されるはずだ。
「それに佳代が接敵した時あいつの生存率があがるほうがいいだろ?」
いつだったか都さんが言っていた『鏡音咲の正体に生倉が気づいている』というパターン。
例えばこのパターンだった時、生倉から鏡音へ刺客が差し向けられれば、鏡音とJCJK、それに佳代は共闘することになる。
これはそういったとき、佳代がおかしなことをしないための抑止力としての意味の他に、佳代を戦力に加える必要が出た時のためにということで都さんに言って手配してもらった『護身用』の弾丸でもあるのだ。
「それは……そうだけど、ある意味危険人物なんだからもう最初から拘束しておけばいいのに」
「俺は佳代を信じているし、そもそもあいつ優秀だから作戦中に閉じ込めておく余裕はこっちにはない」
予定通りに行けば佳代の出番はないのだが、刺客の件の他に、ハナとあかりが暴走して鏡音がその気になって本気でドンパチ始めた時には速やかに避難指示を出してもらわなきゃならないのだ。
一応不確定な情報は伏せて、あかりとハナには鏡音の寝返りについて話しておくが、それでも鏡音のあの性格はハナやあかりと相性が悪い。『一応戦って見せないと』とかなんとかいってドンパチやり始める可能性はどうしても残ってしまう。
で、そうなったときのとっさの判断は忘年会の時に実際にハナやあかりと会って二人のことを知っているあいつにしか務まらないと思う。というか、所轄のおじさん警部くらいでは。あいつらの血の気の多さは理解してもえないだろうし、女子供だと舐めきって初動が遅れると思う。
「まあ優秀なのは否定しないけど」
「誰が優秀なの?」
「うぉぅ!……ね、義姉さん、もう良いの?」
「別に初めてのお墓参りってわけじゃないし、そんな長居するようなこともないでしょ」
その割には随分長いことお墓の前に居たけどな。
「それで?二人でコソコソ何話してたの?」
「佳代が優秀だって話。で、そんな優秀な佳代に俺達戦技研からのプレゼント」
「わーい……って、弾丸?もうちょっと色気のあるプレゼントはないの?」
「いやいや、これは俺達のナノマシンにダメージを与えることもできる特別な弾丸なんだぞ。もしかしたら浅草で接敵するなんてこともあるかもしれないからな、念のため」
「ちょっと、朱莉!?」
「ふーん。ありがたくいただくけど、生倉に会ったら、私これ遠慮なく使うよ」
「使っても殺せないけどな。正直痛いだけだし、ちょっとくらいの足止めはできるだろうけど、それ以上の効果はないよ」
「頭とか心臓でも?」
「いや、流石に頭とか心臓は実験してないけどさ」
手のひらに撃ってみて回復の感じを見るくらいしかしてないし。
「じゃあ、殺せる可能性もあるわけだ。いいの?こんなの私に渡して」
「大丈夫だろ。なあ、柚那」
「はい。大丈夫だと思います」
さっき佳代が先に部屋を出ていった後で予め話してあったので、柚那は話を合わせてくれる。
「あ、間違っても私を撃ったりしないでくださいね」
「そうそう、撃つなよ?絶対に撃つなよ?」
「なんかそれだとフラグっぽいんですけど!」
「はぁ……わかった。わかったわよ。変なことは考えないし、あくまでこれは非常用ってことで預かるわ」
「信用してるからな」
「はいはい。まったく、夫婦漫才まで仕込んでご苦労なことね」
「違うだろっ!」
俺が弾丸を佳代に渡そうとしたところで、松葉が叫んだ。
「おかしい!それは絶対おかしい!」
「えっと……松葉ちゃんは何で怒ってるの?」
「う……」
「お義姉ちゃんが心配なんだとさ」
「あら嬉しい」
「ち、違うから!そういうんじゃなくて、足手まといが居たら、柚那達だって大変だろうって、そういう…」
「はいはい」
「ツンデレツンデレ」
「大丈夫だよ松葉。私も佳代さんも朱莉さんもちゃんとわかってるからね」
「違うからっ!っていうか、なんで柚那まで私のことを妹みたいな扱いしてるの!?」
ああ、うん。確かに柚那のほうが松葉より年下だもんな。その怒りはごもっとも。
「まあでも、松葉の言ったとおりなんだよ」
「え?」
「佳代の足手まとい感を軽減するためには佳代の戦闘力を上げるのが手っ取り早いだろ」
「それは……」
「ということで佳代、これな」
「……あれ?ねえ邑田くん、これ結構口径大きくない?」
「ん?ああ、50口径」
「撃てるかそんなもん!っていうか撃てる銃もないし、そもそも反動が大きくてどこに飛んで行くかわからないじゃない!」
そうなんだよ。
こんなの普通の警察官じゃ扱えないんだよ。
盗難話が出た時は、そんな弾があるよって話に聞いていただけだったのでてっきり普通の9ミリとかだろうと思ってたんだけど、こんなでかい弾丸、扱いも難しいし発射できる拳銃も国内ではその辺にあるわけじゃない。
だから、弾の詳細を知ってからは、俺と柚那の中では佳代に対する疑いはかなり薄れていた。
でも一応反応を見てみようということでこうして渡してみたのだが、今の佳代の反応を見る限り、佳代も弾の詳細は知らなかったように思える。
まあ、このリアクションがお芝居っていう可能性もなくはないが、もしこれが芝居だとしたら、どっちみち佳代の嘘は俺や柚那には見抜けないだろう。
「ごめん、私あまり銃にはくわしくないんだけど、つまり……?」
「佳代のパワーアッププランは無しだ」
唯一真人間が魔法少女に対抗できるかもしれない手段が絶たれちゃったから、これはどうしようもない。
なんか松葉がしてやったりって顔しているのがちょっとイラッとするけど、できないものはできないから打つ手はない。
「ということで、佳代は自分の仕事だけして、おとなしくしているように」
そう言いながら俺が佳代の手から弾丸を回収しようとすると、口をへの字に曲げた佳代が弾を握り込んで拳を引いた。
「なんか今バカにされた気がする」
「え?」
「お前にできることなんてないからおとなしくしてろって言われた感じがする」
「そんなことないって」
ちょっと思ってたけど、ちょっとだって。本当にちょっとだけ。
「私、今から銃を手配して大晦日まで練習するわ」
「ちょ、ちょっとまて佳代。それはおかしい、その理屈はおかしい」
そんな風に言い出されてしまうと
「なんで朱莉は余計なこというの!?」
松葉が怒ってしまうじゃないか。
「うーん…いまのは朱莉さんが悪いかなぁ…」
ですよねー。
「31日までに立派にこの弾丸を使いこなして見せようじゃないの!」
「おー!」
「って、なんで柚那まで乗り気になってるの!?」
「いや、だって足手まといとは言わないけれど、やっぱり戦力は多いほうがいいかなって思うし」
「戦力って言ったって0.1とかそこいら増えたって仕方ないでしょ」
「む。松葉ちゃんにもバカにされた」
「違う!違うから!そういうのじゃないから落ち着いて義姉さん」
とかなんとかやっていると、おもむろに俺の携帯が鳴りだした。
ポケットから出した携帯に表示されているのは深谷夏樹の文字。
「恋がいたら同期勢揃いだなっと……はい、どうしました深谷さん」
『あ、朱莉ちゃん?ちょっと相談があるんだけど――え?なに?直接話すの?いいけど…』
電話の向こうに誰かいるっぽい。
まあ、どうせあかりとかみつきちゃんとかなんだろうけど。
『あ、お電話代わりました、佐藤です』
これはびっくりだ。
忘年会の時、深谷さんに避けられまくってたのに一緒にいるなんて、あの後うまくやったのかな。
『実は年末年始のことなんですけど』
「ああ、JKのほうは佳代に見てもらうから佐藤くんは深谷さんと組む?今一緒にいるってことは、うまくやったんでしょ?」
友人としてエリスのことを考えれば、佐藤くんには早めに身を固めてもらいたいところだし、ここは一つ深谷さんと仲を深めてもらうのが最善だと思う。
エリスは多少凹むだろうけど、そこはそれ、ジュリが出張って元気づけたっていい。
『うまくやったというか、なんというか…』
「はっきりしないな、どうした?」
『その……子供ができまして…』
はっはっは、そっかそっか、子供ができたかー…………
「えっと、誰の?まさか佐藤くん、エリスと――」
『違います違います!自分と先輩のです』
あ、そうだよね。
そうじゃなきゃこんな電話―――
「って、えええええええええええっ!?と、とりあえず、おめでとう!?」
『あ、ありがとうございます……え?かわるんですか?はい』
『そういうわけで朱莉ちゃん、こっちのメインは霧香にお願いしたいと思うんだけど、いいかな?』
「佐須ちゃんに了解が取れてるならメインサブの入れ替えはかまわないけど、深谷さんあんまり無理しないでよ?」
『大丈夫大丈夫。妊娠したって話をしたら霧香がやる気出してくれたから、多分私まで出番が回ってくるようなことにはならないと思うし』
まあ、今まででてきた感じだと、生倉派の人手不足はかなり深刻っぽいのでそんなに強い相手が出てくるようなことはないだろうけど、深谷さんって引きが悪いからなあ……一応リオさんに後で連絡して、島しょ部奪還戦のときと同じような扱いで七罪使わせてもらっていいかどうか聞いておこう。あとついでに正宗のほうも。
「まあ佐須ちゃんってなんだかんだ言っても強いからね。一応こっちでも深谷さんに負担がかからないように増援の手配をするよ」
『ごめんね、大変な時に』
「大丈夫大丈夫、なんとかするから、とりあえず安定期に入るまで深谷さんは子供のことに集中しておいて。細かいこと決まったら連絡するから」
『うん、ありがとう』
「じゃあね」
俺が電話を切って振り返ると、3人が目を輝かせてこちらをみていた。
「ねえねえ、今の電話ってもしかして」
「ああ、佐藤くんと深谷さんに子供ができた」
「あー…忘年会の時に見かけた時からなんか変だなあって思ってたのよね。あれは大垣が照れてたってことか」
ああ、なるほど。一線を越えちゃって深谷さんのほうがなんとなく気恥ずかしくなって避けていたと、そういうことか。
なんか俺の方にも来ないなと思ってたのはボロを出さないためとかそんな感じだろうか。
「戦技研ベビーラッシュ…」
「いや、大げさにそういうこと言うなよ松葉。まだ二人だけなんだからさ」
「え?」
「え?って、どういう意味だ、柚那」
「いえ、あの……」
「ちょっとまて、ちょっとまってくれ。流石に心の準備がしたい」
そんなに積極的にご当地とかかわらない柚那が知ってるってことは、多分このあいだ本戦出場した36人の中の誰かだろう。
まあ、さすがにJCJKはないとして、カップルおよび相手がいる子となると、愛純と柿崎くん、セナとこまちちゃん、楓とイズモちゃん、喜乃くんと鈴奈ちゃんくらいか。
「よし、ええと、意外なところで鈴奈ちゃんとかか?」
「あそこは産むとしたら喜乃くんらしいですよ」
背ばらみ!!って、いや、魔法少女って普通に産めるらしいけど…あ、そういう意味では
「桃花ちゃん?」
「は、まだいろいろ葛藤があるみたいですよ」
婚約までしたのにまだ葛藤してたんだ。
さっさと堕ちちゃえば楽になるのにな。
「私は、個人的には背ばらみなら楓×喜を推すけど」
俺がちょっと黙って考えている間にとんでもないことを言い出す松葉。
「お前、夢だけじゃなくて腐なのか」
「ホモが嫌いな女子なんていない」
「というか、見た目は百合ですけどね」
「そうだな」
柚那の態度からすると関西組じゃなさそうだな。
いやいや、まさかな。まさかまさか
「……愛純だと年始のお仕事がかなり厳しいんですけど」
情けない話だけど、俺達が年始に当たると想定している相手は接近戦が得意な愛純がいないと、俺と朝陽だけではほぼ捕まえられない。
「違います」
「セナコマは違うよな?元女同士だと今の技術じゃうまく子供ができないって聞いたし」
「違います」
となると……もう候補がいないんだけども。
「チアキさんです」
「へ?」
「ち・あ・き・さ・ん」
「ほげぇ……」
やるなあユキリン。
「私が妊娠したって話をした時には、もう都さんはチアキさんのほうも知ってたみたいなんで、向こうのほうが月齢的には上だとおもいます」
「そ、そうなんだ…チアキさんが、そっか…いわれてみれば年末年始の計画にチアキさん入ってなかったな」
もしかすると都さんがチアキさんのランキングを下げたのって妊娠込みでの話なのかもしれない。
ランキングの順位が高いとそれなりに働いてもらわなきゃ困るということになるが、今のチアキさんの順位なら、変にハードな仕事をふらなくても済むし。
っていうか、ユキリンも冷たいなあ、おめでたなら話してくれれば……あ、考えてみれば俺も言ってないや。
「あれ?なんか誰か携帯鳴ってません?」
「あ、俺だ」
柚那に言われて、俺はバッグの中でもう一つの携帯が鳴っているのに気がついた。
「ゲっ!?」
「どうしたんです?うぉう…」
俺が黙って着信画面を柚那に見せると柚那は唸って後ずさる。
「じゃあ私たちは先に車に戻っていますから」
「うん、よろしく」
気を利かせた(逃げたとも言う)柚那たちを見送ってから俺は声を変えて通話ボタンをタップする。
「どうしたの、エリス」
『ざどぶざんがざどぶざんがー』
座布団がどうしたと聞きたくなるが、多分『佐藤さんが』だろう。
まあ、このタイミングで深谷さんから俺に報告があったということは、つまり二人はエリスやJCJKにも事の次第を説明したというわけで。
周りに話を聞いてくれそうな相手がいない(エリスが佐藤くんと付き合いたいという件についてはハナは反対、ナッチも反対、ハッチも反対)んだからジュリにかけるしかないんだろう。まあ、ジュリもエリスが佐藤くん狙いっていうのは反対だったけど。
とはいえ、傷心の友人を放っておくというのも気がひけるのでここは俺が、というかジュリがフォローしよう。
「まあまあ、落ち着いてエリス。私はちゃんと話を聞くからさ」
『ほんと!?来てくれる!?』
「うんうん、すぐ行……」
あれ?
つい今しがたまで泣いてませんでしたか、お嬢さん。
『ありがとう!ハナは全然話聞いてくれないしナナハチも全然というか、ハチに至っては電話かけたら傷心のあたしにのろけ話してくるんだよ!?』
マジか。鬼だなハッチ。
「と、とりあえずこれから行くから話はその時ね」
『ありがとう……あたしとジュリはズッ友だよね?』
「え?うん、そうだね、ずっと友達だよ」
友達なのはいいけど、ちょっと古くないかね。セブンティーン。
あと意外と元気そうでよかったよ。




