年末何してますか?忙しいですか?(ry 3
私が旅館甲斐田屋の旧館・別棟にある特別ルームで部屋に備え付けられている温泉に入って日頃の疲れを癒やし、畳の上でゴロゴロしながらマッサージでも頼もうかしらと思っていると、扉をノックする音がした後、こちらの返事を待たずに和希くんが部屋に飛び込んできた。
「時計坂さん!」
「ちょっと、レディの部屋に返事を待たずに飛び込むなんてどういう教育受けてるのよ」
「それどころじゃないんですよ!」
「何よ、また真白ちゃんと何か揉め事?私はあなたたちの隊長ではあってもお守役じゃないんだから、そんなことでいちいち来られても困るんだけど」
邑田さんあたりはよろこんで首を突っ込みそうではあるが、さっきの真白ちゃんの反応を見るに、なにかあったにせよ、多分拗ねているだけだろうし、どうせまたすぐ仲直りをしてイチャイチャしだすに決まっている。
そんなカップルに対しておせっかいを焼いたところで私としては何一つ面白くないし、旨味もない。
「そうじゃなくて、真白の幼馴染だっていう男がここで働いていて」
事情が変わった!!
超面白そうな展開になっているじゃないか。
「くわしく」
「と、時計坂さん?なんかいきなり目がキラキラしだしたっていうか…怖いんですけど」
「で、寝取られたのね」
「いや、今さっき来たのにそんな寝取られるとか寝取られないとか」
「大丈夫。真白ちゃんの準備が万端なら、早い男だったら五分もあれば終わるわ」
「うちの組織には本当にまともな大人がいねえな!」
はっはっは、何を言っているのやら。
こまちや邑田さんあたりはともかく、私なんてめちゃくちゃまともな大人じゃないか。
「っていうか、それ全然大丈夫じゃないですからね!!…ああー…なんか気分が落ち込んできた…」
「まあ、真白ちゃんに限っていきなりそれはないだろうけど。それで?寝取られ和希くんは真白ちゃんを取り返したいってこと?」
「寝取られてません!っていうか、そうじゃないんですって」
「じゃあなんだっていうのよ」
「真白がその男のことをお兄ちゃんとか呼んで、すごい仲良さそうで、俺に見せつけてくるっていうか」
心が完全に寝取られているじゃないですかやだー。
「ちょ、なんでそんな可哀想なものをみるような目でみるんですか!」
「あー…うん、ね。君もまだ若いんだから、次いってみよう。ほら、確かみつきちゃんが君の事好きだとかって聞いたことがあったけど」
「じゃなくて!そうじゃないんですって!」
「そうじゃないそうじゃないって何がそうじゃないのよ」
「あいつは多分敵です。生倉の仲間です」
あー…これ面倒くさいやつだ。
「…………和希くん」
「はい」
「そういうの良くないわよ。確かにその人は和希くんにとっては好ましくない存在かもしれないけど、だからって証拠もないのにそういうことを言ってはダメ」
「信じてくれないんですか!?」
「真白ちゃんの件がなくて、何か証拠があるなら話が違ったかもしれないけど、私怨が入っちゃってそうな話だからね。はいそうですかと簡単に信用するわけにはいかないわよ」
和希くんがオオカミ少年だとは言わないけれど、それでもやっぱり和希くんを信用して、その彼を敵と断定するには証拠が必要だろう。
「あー…もう!じゃあ直接見てくださいよ!絶対おかしいですから!」
そう言って和希くんは私の手を引いて引き起こそうとする。
が……正直面倒くさい。
「頼みますから起きてくださいって。ちょ、なんで力入れてるんですか、おい、起きろって、起ーきーてーって!」
「だが断る」
勝手に面白おかしくやってくれるならそばで見ていても良いと思ってたけど、私が思い切り巻き込まれそうなのは本当に勘弁していただきたい。
「ねえ、本当にやばいんですって、マジで!」
「だからそんなに言うんだったら証拠を持ってきなさいよ、証拠を」
「真白の幼馴染の『英樹』はもう死んでるんです」
「……ふうん…それ真白ちゃんに聞いたの?」
だとしたら、その彼が死んだというのは真白ちゃんの作り話だって可能性もある。
中学生の頃ってまだまだ子供だし、なまじ頭が回るようになってくるものだから嘘をついてストーリー性のある過去を作って自分をよく見せようとすることもある。まあ、いわゆる中二病ってやつの一種だ。
「それは…その時俺も居たんですよ…というか英樹が死んだのは俺が原因なんです。俺が川に落ちて、それでいっこ上の英樹は俺を助けるために飛び込んで、俺は途中で岩に引っかかってなんとか助かったんですけど、英樹は流されてそのまま…」
和希くんが真白ちゃんと昔からの友人だったとかそんな話は聞いたことがないが、私も別に全員の経歴を把握しているわけではない。
とは言っても、それが彼が嘘をついていない証拠にはならない。
「じゃあ君は昔このへんにいたんだ」
「家庭の事情ってやつで、ばあちゃんちにしばらく住んでました」
ふむ……彼の顔を見る限り嘘ではなさそうだけど。
「とは言っても本当に真白ちゃんがその敵に寝取られて―――」
「ません!」
「――夢中になっちゃっているとしたら、取り戻すためには相当”ずく”入れてかないと無理よ」
「大丈夫です!俺、これでも根性あるほうなんで……あれ?時計坂さんって長野出身でしたっけ?」
「元カレが長野なのよ。かなり脳筋でずくずく言ってたから覚えてたの。ごめんね、試すようなことして」
方言を知らなくても彼が昔ここに居たということが嘘だという証拠にはならないだろうと思っていたが、簡単な方言がわかるなら少なくとも彼がこの地方にいたというのは信じていいだろう。
「え?俺、今試されてたんですか?」
「ん。おばあちゃんちにいたならこっちの方言を知ってるかなと思って言ってみた」
「あー……たしかに今考えるとばあちゃんって結構訛ってたなあ」
「さて、じゃあその彼を敵勢力の人間だと仮定して、和希くんはどうしたい?すぐに行動を起こす?」
「あたりまえじゃないですか!のんびりしている暇なんてないですって」
「うーん…私はとりあえず本部に応援を要請しようかなと思っているんだけど」
「はぁ!?なんでそんなのんびりしてるんですか」
「だってね、ただでさえ真白ちゃんの尻に敷かれている和希くんと、一般人にちょっと毛の生えた程度の私の二人で、洗脳なりなんなりされている真白ちゃんに勝てると思う?」
はっきり言ってしまえばこの小隊のメイン戦力は真白ちゃんなわけで、そのメイン戦力にバックアップ戦力の和希くんと、司令塔といえば聞こえはいいが、戦闘はからきしな私が挑んだどころで勝てる見込みなんてほぼない。
だったら私達が真白ちゃんの洗脳に気がついたということを敵が知らないうちに戦力を増強するのが一番いい。
「えっとその……こ、根性でなんとかします!」
「露骨に目をそらしたあとにそんなこと言われたって説得力無いわよ。じゃあ電話するからちょっと待って………」
「どうしたんですか、時計坂さん」
「あー………なるほど、そうかそうか、そりゃあそうか」
それで私達の部屋は旧館、しかも別棟が割り当てられたのか。
というか、真白ちゃんの幼馴染なら真白ちゃんの両親は顛末を知っているだろうに、幼馴染みを騙る人間を雇っているのだから当たり前といえば当たり前だ。
「どこまで自覚があるかわからないけど、真さんも操られているわね、これは」
「え!?」
「携帯の電波がはいらないし、さっきまで使えていた館内Wi-Fiもつながらない」
「ええ!?それすごくやばいじゃないですか!」
「まあでも今回の相手はなんとなくわかったわね」
「え?敵の能力がわかったんですか?」
「爆弾テロの時と似ているから多分ハッカーでしょ。それなら一番最初に真白ちゃんを落としたのも納得がいくし」
「ああ、たしか資料だとドクターと同じく戦闘能力はほとんどないとかって話でしたよね」
「どこから出てきた資料だかわからないから全面的に信じることはできないけど、そういう話だったわね」
「じゃあ、話は簡単じゃないですか時計坂さんが時間を止めてここから逃げて助けを呼ぶ」
「デバイス、フロントで預けちゃったのよね」
はっきり言ってしまえば私はここでの攻撃は無いだろうと油断していた。
なので、爆弾テロ事件の時よりも大型化したせいで部屋においておくとかなり邪魔になってしまうという理由でデバイスはフロントに預けたままにしてしまったのだ。
「………」
「そんな目で見ないでよ。無いものはないんだからしょうがないでしょ」
「じゃあ俺の魔力を使って止めて行くとか」
「それは無理じゃないかしら」
「いやいや、俺これでもかなり魔力量には余裕があるほうなんですよ」
「ちなみに彩夏とコンビ組んでいた時に時間を止め続ける実験をした時は3分で魔力切れになったわよ」
「燃費悪ッ!彩夏さんって別に特別魔力の量が低いわけでもないのに!?」
「だから試合の時は先制攻撃で一気に終わらせてたでしょ?まあ、フロントに行って私のデバイスを出してもらうって手もなくはないけど、真さんが洗脳されちゃってる以上は出さないようにとか言われている可能性もあるし、出そうとした瞬間真さん経由でハッカーに連絡が入るでしょうね」
「じゃあやっぱりこっそり抜け出るしかないってわけですか」
「そういうことね。多分ハッカーは私たちにも同じような洗脳の魔法をかけてくる可能性が高いから、最初は魔法抵抗に全振りで良いと思うわ。で、できれば戦わずに…もっと言えば出会わないようにしてこっそりここから逃げて、本部に連絡を取る」
「了解です」
「もし出会っちゃったら私も抵抗を試みるけど私が洗脳されたら時間停止で捕まる前に逃げなさい。少なくともハッカーの影響下から逃げて本部に連絡を。逆に私も和希くんがやられたら全力で逃げるけど悪く思わないでね」
「わかりました」
まあ、こんな計画を立てたところで、接敵しちゃったら真白ちゃんから逃げ切る手段なんてないだろうけど。
「じゃあ行くわよ」
和希くんとうなずき合って、私が部屋の引き戸に手をかけようとすると、引き戸が勝手にするすると開いた。
そして
「お客様、どちらへ?」
扉の前では仲居姿の真白ちゃんがニコニコと満面の笑みを浮かべて立っていた。
そして、次の瞬間、魔力の波のようなものが自分にぶつかるのを感じる。
多分これがハッカーの魔法だろう、すぐに和希くんの方を見ると、どうやら彼もレジストに成功したらしく、しっかりと力のこもった目で私を見て頷いた。
とはいえ、真白ちゃんの後ろにハッカーの姿は確認できないので、捕まえるなり逃げるなりする前にもう一度同じ攻撃がくる可能性もある。
「真白ちゃん」
「はい」
「一応、聞くんだけど見逃してもらえないかしら」
「ダメですね」
「ですよねー」
こうして、本来は年始に取り掛かるはずだった仕事は、かなり前倒しで私たちに降り掛かってきた。




