伊田くんと東條さん 1
会議の後、朱莉さんとの打ち合わせを終え、さらに年始の警備を一緒にするJCチームのあかりちゃんとみつきちゃんとのミーティングを済ませた後、夕飯がてらファミレスに寄るというハナとエリスと那奈と別れた私は、途中のお弁当屋さんでお弁当を買って朔夜のマンションのエレベーターに乗った。
今、私の手にあるのは5人分のお弁当。
つまり、私、朔夜、大橋さん、竹下さん、原さんの分の夕飯だ……って、なんで彼女に他の女の食事用意させているんだあいつは。
「お疲れ様、蜂子ちゃん」
「ほんと疲れましたー。本部までの往復も結構長くて一苦労なんですよね。私も大橋サンたちみたいにテレポートのカード貰いたいくらいですよ」
出迎えてくれた大橋さんは私の手からお弁当の入った袋を受け取ってねぎらってくれたが、本来私をねぎらってくれてしかるべき男は部屋の奥でふんぞり返っている……と思う。 見えないから断言はできないけど多分ふんぞり返っていると思う。
「蜂子、疲れているところ悪いがこっちのミーティングも頼むぞ」
「はいはい……って、え!?朔夜が出迎えてくれ……た!?」
リビングの扉を開けて顔を出した朔夜が放った言葉の衝撃で、私は思わずブーツを脱ぐ手を止めて朔夜の顔をまじまじと見てしまう。
「なんだよ。別に僕だって出迎えくらいするだろ、いつものことじゃないか」
「いや、今までそんなことしてくれたことがなかったじゃん」
「あ、バカ!話を合わせろよ!こんな時こそ魔法使えよ!」
「はぁ…やっぱりしてなかったんですね。英里紗と瞳の読み通りじゃないですか」
なるほど。竹下さんと原さんに図星をつかれた朔夜は『そんなことない』とか嘘をつき、さもいつもやっているかのような顔で私を出迎えたと、そういうことのようだ。
んー……正直面白くない。
何が面白くないって、普段気にもしないくせに大橋さん達に言われた途端に気にしだすところがだ。
「ちゃんとしないと、蜂子ちゃんに振られちゃいますよ?」
「……別に僕は蜂子のことなんてどうとも思ってないし、別れるならそれでも別に構わないし」
「ふぅん…」
そう。そうですか。そういうこと言いますか。
そういうこと言うならクリスマスイブに何があったかここで大橋さん達にぶちまけてやろうか。
……まあ、その前にテレパシーで一応警告はしてやろうかな。
「っ……ちょ、ま…待っ」
「ん?どうしたんですか、朔夜くん」
「え!?いや…なんでもない」
あーーーーん、もう!朔夜かーわーいーいーー!
朱莉さんに通じるこのヘタレ顔!そしてそれを取り繕おうとしているのにうまく出来てないこの顔!
やっぱり朔夜はこのヘタレ顔がたまらないわー!これを見るとなんでも許せちゃう!
忘年会の時に見た和希くんのヘタレ顔もよかったけど、やっぱり朔夜のヘタレ顔がいいわ!
「あらら?蜂子ちゃんが上機嫌に。朔夜くん何かしたの?」
「いや、僕じゃなくて」
「私がちょっとだけテレパシーでいたずらを」
「いたずらって!じゃあ、お前本気じゃなかったのか!?」
「本気になるかどうかは朔夜次第かなあ」
「すごく爽やかな笑顔で僕を脅すのやめろよな!」
「んー、楽しそうで何よりなんですけど、そろそろお弁当食べましょうか。私もお腹すきましたし、朔夜くんがさっきからウキウキしながら楽しみに待っていたハンバーグもさめちゃいますし」
「そんな言い方すると僕がものすごく子供じみているみたいに聞こえるだろ!」
いや、朔夜はこの家にいる誰よりも間違いなく子供だよ。
言うと怒るから言わないけど。
年始の打ち合わせが終わり、大橋さん達が帰った後。
私はクリスマス以来数日ぶりに朔夜との二人きりの時間を過ごしていた。
過ごしていたのだが。
「それで、村雨と西澤はどのくらい強くなったんだ?」
「……ねえ、それ二人きりの時にしなきゃいけない話かな?」
「大事なことだろ」
「大事なことだけど、さっき大橋さんたちが居た時も話した話題だよね。エリスも那奈も女性型異星人のつかう怪人クラスなら楽々倒せるし、ハナの防御魔法も怪人クラスの攻撃ならもうびくともしないって」
「………いやほら、大事なことだからな、二回聞こうかと思って」
「なにそれ」
なんでドヤ顔してるんだこいつ。
「え?なんか間違ったか?使い方が違ったか?」
ああ……また『師匠』の入れ知恵なわけね。それにしたって、朔夜だってもうこっちに来てから半年以上経つんだし、そういう入れ知恵に頼らないでも普通に会話できてよさそうなもんだけど。
「間違ってはないと思うけど、彼女にドヤ顔することじゃないと思う」
「そうか……この半年あまり人と話してなかったから、ちょっとズレているのかもしれないな」
またそうやってヘタレる。
本当にもう、かわいいったらないじゃないか。
「そんなにしょげないの。変なネタを仕込まなきゃ普通に会話できているんだし、大丈夫よ。じゃあお風呂はいろ」
「ああ、そうだな…って、おい!」
「え?なに?」
「なんでさも僕がお前と一緒に風呂にはいるのが当たり前みたいな顔して――おい!そこで服を脱ごうとするな!!」
「だってほら、私達恋人同士じゃん?」
「そうだけど……そうだけど、正直僕はお前の羞恥心の基準がわからない」
「え?何が?」
「はあ……あのな、蜂子」
「ん?なに?」
「キスしよう」
「ぷひょ!?…ちょ…恥ずかしいでしょ何よいきなり」
なんだかんだ言って朔夜って顔は良いんだから、いきなり来られると心の準備が出来てなくて変な声が出るんだから。
キスをするなら、できればもう少し余裕を持って…こう、いつするぞみたいな感じで予約というか、約束しておいてほしい。
そうすればリップも塗り直せるし歯だって磨いておけるわけだし。
「……じゃあ風呂に入ろう」
「いいよ」
「ほらな!?」
「え!?なにが?」
一体なんで声を荒げているんだ、こいつは。
「なんでキスより風呂のほうがハードル低いんだよ!」
「え?いや、普通にお風呂入るでしょ、恋人なら」
「入らないでしょ!?何言ってるんだお前は」
「だって恋人って家族みたいなものじゃん?」
「……それ、すごく重いんだが。だけどまあ、いいや家族みたいなものだとして、だからって家族とお風呂になんてはいらないだろ」
「いや、入るよ」
「それはお母さんとかだろ!?」
「あー…たしかに最近パパとは入ってないけど」
「最近?最近まで入ってたのか!?」
「六年生の時に一緒に入ろうって言ったら、流石にもう限界って言われてそれからは一緒にはいってない」
「………関と村雨と西澤と蜂子なら蜂子が一番まともだと思っていたんだけどそうでもなかったんだな…」
「失礼な、どう考えたって私が一番まともでしょうが」
「いや、まだ村雨のほうがマシだろ」
「エリスのタイプってヒモなのに?」
「………西澤のがマシか」
「そこでハナに行かないあたりわかってるー……って!念のため言っておくけど、私が一番まともだからね」
「はいはい。わかったわかった。わかったから今日はもう帰れ」
「んー…………今日もエリスんとこに外泊って言っちゃったんだけど」
「じゃあ、親に言ったとおり関と村雨の家にでも泊めてもらえ」
「二人には今日は家族で食事があるからって言って別れて一人で先に帰ってきちゃったんだよね」
「確信犯かよ!!」
「そう、私のやっていることは正しい」
「しかも誤用のほうじゃないだと!?」
とかなんとかいいつつ泊めてくれる気になっているあたり、かわいいよなあこいつ。
しかも
「あ、今日こそ一発決めてもいいからね」
「もう少し言葉に気を使え。それと僕は無責任なことはしたくないって言っているだろ」
本当に真面目だ。
真面目というか、クソ真面目。
私の人生に自分の痕跡を残したくないとかそんなことを言って、こいつはまったくそういうことをしようとしない。
「あのさあ、朔夜。最終的にあんたが未来に帰るかどうかなんてたいしたことじゃないのよ」
「たいしたことだろ。僕はこの件が終わったら未来に帰る。過去が変わって生倉憂に支配されていない世界に。その時に万が一僕の子が出来ていたりしたら……やっぱりな、責任とか未練とかいろいろあるだろ。だったら深い関係になるのはやめたほうがいいと思う」
いや、そんな簡単に子供なんてできないと思うけどね。
でも。
「だったら無理矢理にでも作ろうかな」
「え?」
「はっきり言ってね、もうすでに私の人生にあんたの痕跡を残さないなんてことは無理なのよ。あんたに助けられて、私はあんたを好きになった。たとえあんたが魔法で私の記憶を消そうとしたとしてもこの気持は絶対に忘れない」
「………」
「もしくは私があんたについていくっていうのも良いかもね」
「簡単にそういう事を言うなよ」
「簡単に言っているつもりはないよ。パパやママ、那奈やハナやエリスにもいっぱい心配かけると思う。でも、それでもあんたがどうして帰るっていうんだったら、私はあんたについていく。んであんたと一緒にいる」
「はあ……本当にかっこいいな、うちの彼女は。まあ、まだ時間はある。気が変わったらいつでも残るって言ってくれていいからな」
「そうね、まだ時間はあるからね。朔夜こそ気が変わったら残るって言ってくれて良いんだからね」
「はいはい、わかったわかった」
「……って、そうだ!未来の話で思い出した。あんた本当に男よね?」
そもそも今日泊まろうとか、お風呂に入ろうと思ったのはこの事を確認しようと思ったからなのに、肝心な話を忘れるところだった。
「変身すると女になるけど、実際の性別は男だぞ」
「そっか……ちなみにあんたって上にお姉ちゃんとかいる?」
「いや、いないけど」
「…………」
「どうした、真剣な顔して」
「いや、あんたこのままだと生まれないわよ」
こいつの両親である朱莉さんと柚那さんの間にできたのは女の子で確定なのだから。
「……ああ、なるほど、父さんと母さんの間にできた子は女だったのか」
「え!?意外に冷静ね……あ!……ねえ、もしかしてその…嫌な結末になったりするの?」
「いや、多分その子は普通に生まれると思うぞ」
「でもそうすると、邑田朔夜は生まれないわけよね?」
「ここにいるからな」
「ごめん、よくわからないんだけど」
「同じ世界に同じ人間は生まれないっていうのが、翠先生が立てた仮説なんだよ。その仮説に基づいて考えれば、僕がここにいる以上、この世界にはもう邑田朔夜は生まれないっていうのはあたりまえなわけだ」
「でも、あんたが帰るのって、地続きの未来なんじゃないの?帰った時に矛盾が生まれない?」
「はぁ?何を言って………んん!?」
さてはこいつ、この矛盾に気づいていなかったな!?
「もしかして、あんたがこうして私と朱莉さんを救って生倉の野望を阻止したとしても、あんたのいた未来は…」
「……いや、そんなことはないはずだ。ないない、無いって。はっはっは」
現実逃避したーーーーーー!!
でも確かにそんな仮定に基づいて落ち込んでも仕方がないし、なんにもならないどころかマイナスになってしまう。
「ま、まあもしダメだったら、さっき言ったように私も一緒に未来に行って戦ってあげるから」
「………」
「き、きっとエリスとか那奈とかハナもクラスメイトのピンチには協力してくれるって。それにほら、朱莉さんとかも助けてくれると思うしさ」
だからその『お前戦えないじゃん』って視線を私に投げかけるのをやめてほしい。
「そ、そうだな!それいいな!」
朱莉さんの名前を聞いて途端にテンションが上がる朔夜を見て、私はしみじみと『本当にこいつファザコンだなあ……』と思った。
あと1編朱莉編の頭を書いたら年末~から行きます




