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魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編

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三人で



 こうして直接顔を合わせるのは空港で別れた時ぶりか。

 そう考えると、長く顔を合わせていなかったように思えて、そうでもなかったのかもしれない。


「まあ、どっちにしても、佳代には感謝しなきゃな」


 飲み会でいい感じに盛り上がっていたところに入ってきた佳代からの『柚那ちゃんに会わせてやるからちゃんと酒抜いとけよ!』というメールで一気に頭が冷えた俺は、そこからは酒を飲まずにウーロン茶をガバガバ飲んで代謝を促しつつ、アルコール分解に魔力を使い、なんとか抜けたのがメールから1時間ほど経ってから。

 その旨を佳代にメールするとすぐに『15分後に駐車場に停めてある店のバンに乗るように』というメールが帰ってきた。

 そのメールを見た俺は居てもたってもいられず、結局メールから5分後に宴会場を後にし、今、そのバンの前に立っている。

 まだ来ていないかなとも思ったが、後部座席の窓が塗りつぶされたバンの中からは人の気配がするので、このドアを一枚隔てた向こうには柚那がいるはずだ。

 この後部座席のドアノブに手をかけてスライドさせればそれで柚那に会える。


 クリスマスのとき、俺はナッチとエリスに柚那のことを相談した。

 ジュリとして、つまり男女逆転で相談した結果、柚那が男だったらかなり酷い奴であることが浮き彫りになり、ナッチには『やめとけ』と言われたけど、エリスには応援をされ………あれ?ってことは、俺も女子だったらダメンズメーカーなのか?

 …………いや、よけいなことは考えまい。とにかく俺は柚那と添い遂げる。そう決めたのだ。


「よし、いくぞ」


 俺の今の気持ちを伝えたら柚那はどんな顔をするだろうか、喜んでくれるだろうか、それとも……ちらりと脳裏によぎったいつかの悪夢を振り払うように、首を振り、自分に気合を入れるように一つ息を吐いてから俺はバンのドアを横にスライドさせた。


「柚那!」

「ふもふもん!?」

「っのバカ!15分後に来なさいって言ったでしょうが!」


 そう言って佳代に勢い良く締められたバンのドアの向こうでは、柚那がうな重を喰っていた。

 ……まあ、ね。忘年会来てないから、食いそびれちゃったしね。しょうがないよね。うん。

 時間前に来た俺も悪いしね。

 ただ……あれ…見間違いかな?






「ったく…約束の時間はちゃんと守りなさいよね」


 10分くらい待たされた後、佳代はそういって俺の胸を裏拳でコツンと叩くと、柚那が食べた終わった後の重箱を持って店の中に消えていった。

 残されたのは、俺と柚那の二人。


「ええと……その、ちょっと遅くなりましたけど、メリークリスマス、です。朱莉さん」

「あ、ああ……」


 いや、たしかにクリスマスは連絡をとらなかったし、その後話をした時もメリークリスマスとかいわなかったし、それを今言うのは分からないでもないんだ。わからないでもないんだが、今ひとつ、俺にはわからないことがある。


「それと、朱莉さんを試すようなことをしてごめんなさい。佳代さんにいろいろ聞いてもらったりいろいろ聞かせてもらって、すごく反省しました」


 柚那に言われて、柚那と別れたあと誰かと付き合おうかなと思ったことがなかったかと言えばはっきり言ってその気になりかけたこともあったしそれはいい。それはいいんだ。

 良いんだが。


「あ…やっぱり怒ってますよね?」

「というか、柚那、お前その身体」

「はい…その…」

「そっか…」

「その、黙っててごめんなさ…」

「ありがとな」


 こんな大事なこと、なんで黙ってたんだ。とか、他にもいろいろいいたことはあるが、でも、今の俺が柚那に言うべき言葉はこれだっていう気がした。


「え……?」

「え?って、なんでそんな不思議そうな顔してるんだ?」

「いえ、だ…って……私、私………」

「ああ…でもこれでわかった。あの夢はそういうことだったのか、多分、どこかで俺もわかっていて、柚那が取られちゃう気がしてたんだな、きっと」


 再会した柚那のお腹は、太ったのとも、食べすぎたのとも違う意味で膨らんでいたのだ。


「朱莉さんおかしいですよ、だって、私勝手に…こんな…」

「いや、何言ってんだよ、俺と柚那が一緒にしたことの結晶じゃないか。そりゃあ、黙ってたことについてはちょっと怒っているけどさ、でもそれは俺が忙しかったり、不甲斐なかったせいっていうのもあるんだろうし、そんな俺に負担をかけないように柚那は一人で頑張ってくれていたんだろ?」

「朱莉さん……」

「年明けの作戦がうまくいったらしばらく手があくだろうし、そうしたらいろいろ手伝わせてくれよな」

「……ごめんなさい」

「え……?」


 なんで俺またふられてんの?

まさかそのお腹の子は別のやつの子なの?

 いや、でもそんなはずはないと思うんだけど。

 だってあの柚那だぜ?柚那が俺以外の子を宿すなんてこと……それにその子が俺の子じゃないとあわない辻褄もある。


「ごめんなさい、私、朱莉さんのこと疑っていたんです、この子のこと、喜んでくれないんじゃないかって、わたし…わだじ…」


 柚那は、そう言ってボロボロと涙を流して、下を向く。

 なるほど、そういうことか。

 柚那の言葉を聞いて、俺はいつだったか朝陽に言われた『柚那さんは普通の家庭で育っていません』という言葉を改めて思い出した。

 普通の夫婦なら喜ぶ子供の誕生も、ギスギスとした家庭ではそうではなかったのかもしれない。

 それに俺のこの身体のこともあるし、そういう『普通』を俺に求めていいのかどうか、柚那はわからなかったんだろう。


「とりあえず落ち着け、な?俺は柚那に謝ってもらわなきゃいけないようなことはないからさ。それにほら、こうやって開けっ放しだと寒いから中入ってもいいか?」

「あい……」

「ありがとな」


 俺はバンのドアを締めて柚那の隣に腰を下ろし、柚那の頭をそっと抱きしめた。

 ここまで一緒にやってきていないせいで、妊婦に対しての力加減がわからず、おっかなびっくりだったが、力加減は問題なかったらしく、柚那は安心したように俺の胸に顔を埋めてくれた。

 しばらくそうしていると、柚那も落ち着いてきて俺の胸から顔を離した。


「……ごめんなさい、取り乱しちゃって」

「そういう柚那も好きだから大丈夫」

「あの、直球やめてください。なんかすごく恥ずかしいです」

「恥ずかしがってる柚那も好き」

「ちょっ…本当に怒りますよっ!?」


 おいおい、そう言いながら顔がにやけているじゃないかマイハニー。

 本当に可愛いったらないな。


「怒ってる柚那も好き」

「なんなんですか急に、デレ期ですか!?」

「そう。朱莉さんは今猛烈なデレ期なのだ。そしてデレ期の朱莉さんは遠慮しないからな、覚悟しろよ」

「覚悟ってなんの覚悟ですか……」

「笑った顔も怒った顔も可愛いけど、呆れ顔も可愛いな」

「だからやめ――」

「ただ、泣き顔は…まあ、泣き顔も可愛いんだけど、できればつらそうな泣き顔は見たくない」

「………」

「俺は、泣き顔は泣き顔でも柚那の嬉し泣きの顔が見たい。柚那の色んな顔が見たい。恋人としての柚那の顔も、奥さんとしての柚那の顔も、母親としての柚那の顔も、俺はこれから先もずっとずっと柚那のいろんな顔が見たい。だからさ、一緒にやり直そう。嫌だった家のことは忘れて俺達の家庭を一緒に、三人で一から築いていこう」

「ずるいですよ。そんなこと言われたら、嫌だなんて言えるわけ、ないじゃないですか」

「朱莉さんは大人だからな。大人っていうのはずるいものなんだよ…それでその、返事、聞かせてくれるか?」

「はい。いろいろと面倒くさい女ですが、よろしくお願いします」

「こちらこそ、面倒くさい男だけど、よろしくな」

「なんか、照れくさいですね、改めてこういうことを言うのって」

「一回別れちゃったからな、こういうのは大事だろ。それに、俺達の関係はリセットする必要があったんだと思うし」

「え?」

「いや、多分俺は柚那のこと、どこかで娘みたいに思っていたところがあったんだよ」


 前に姉貴にも指摘されたし、その時に俺も答えたが俺と柚那の関係は父娘の関係から始まっていて、その延長で来てしまっていたところがゼロではなかった。

 そのせいで恋人、夫婦のように対等な関係ではなく、親子の甘え、甘やかし、そういうものがあったんだと思う。


「それ、実は私も思い当たるフシがあって、佳代さんにも言われたんです『あなたは邑田くんと自分の父親を重ねている』って」

「言うこときついなあ、あいつ」

「でもきついこと言われて、ああ、そうか。私は朱莉さんのこと…芳樹さんのことを何処かで父親に重ねて、もしかしたらあいつと同じような反応をされるんじゃないかとか、そういうことを考えて、勝手に不安になっていたんだろうなって、そう思ったんです」

「ちなみに、どんなことが不安だったんだ?」

「『俺は産んでくれなんて頼んでない』とか言われないかなって」


 朱莉さんはそんなこと言わんわ!とはいえ……


「それは親に言われたらきつい言葉だよな」

「はい……」

「俺は言わないからな」

「はい」

「むしろ産んでくれてありがとうって言い続けるぞ」

「はい!」

「嫌だ、やめろって言われても言い続けるからな」

「はいっ!」

「柚那がまた別れようって言っても、嫌だ俺は柚那が好きだって言いつづけるからな」

「私も、もう朱莉さんを離しません!ずっとずっと、朱莉さんとこの子と一緒に生きていきたいです!」


 そういって、柚那は俺の顔を抱えるようにしてキスをした。


「……なあ、柚那。子供の名前、考えてたりする?」

「いえ、流石にまだ考えてないんですけど」

「朔夜ってどうかな」

「ちょっとかっこいいですね。良いと思います」


 なんとなく、本当になんとなく俺は鏡音咲、というか、伊田朔夜は俺の子なんじゃないかなと思っていた。

 ツンデレなところとか、文化祭のときにやたら俺が死ぬことに対して警戒していた様子とかそういうところで。

 多分、あいつの世界では俺は文化祭で死んでいて、あいつはそれを救うために未来から来た――


「かっこいいけど、女の子らしい響きもあるし、いい名前ですよね」


 アッレーーーーーーッ???


「え!?俺達の子、女の子なの!?」

「はい、そうですけど……女の子だと何か問題があるんですか?」

「いや、無いけど」


 むしろむっちゃ可愛い服とか買うけど。


「だ、だったらさっきのは無しで」


 わざわざ朔夜なんて名前付けたら俺が無茶苦茶鏡音のこと好きな奴みたいになっちゃうし。


「もー、なんですか?もしかしてまたゲームのヒロインの名前とかですか?」

「違う違う、そういうんじゃないって。でもその話は長くなるからまた今度な」

「面白い話であることを期待してます」

「任せとけ、俺の勘違いっぷりが超面白いぞ」

「ああ、でも、せっかくそういう話になったんですし、どうせなら今ここで名前を考えちゃうっていうのもいいかもしれないですね」

「えー…まあ、候補を考えるくらいならいいけどさ」


 二人で名前を考えるのは楽しそうだけど、あいつの名前を付けなくていいならゆっくり考えてもいいし、今日じゃなくてもという気はする。


「ちなみに朔夜ってどういう意味なんですか?」

「朔は新月だったと思うから、新月の夜とかそんな感じかな」

「なるほど……じゃあ逆に満月と書いて、フルムーンちゃん…?」


 柚那さん柚那さん、どうしてそんな「ハッ!」みたいな顔でとんでもない名前をつぶやいているんですか?

 どこに行ってもふつうに「みつき」ちゃんですか?って聞かれて、柚那がむんむくれているという面倒くさい未来が見えませんか?


「あ!あえて十五夜って書いてもいいかもしれないですね」

「いや、その字だったらカグヤのほうが…って、まて、落ち着け!やっぱり今日ここで考えるのはやめよう。ほら、いろいろあって俺たち今テンション上がってるし、勢いでつけるのはよくない!」


 ただでさえ世の中にはマタニティハイの悲劇が溢れかえっているというのに、さらに悲劇を生む必要はないだろう。


「あ!今動いた!きっとフルムーンちゃんがいいんですよ!」

「いや、カグヤだって!」

「って、言っているうちにまた動いた!ど、どっちがいいんでしょうね」

『いや、それは明らかにどっちもいやだの意思表示でしょうよ』


 突然、バンの外からそんなツッコミが聞こえてきた。


「………」

「………」


 俺も柚那も思わず顔を見合わせるが、見合わせて確認するまでもなく、今のは佳代の声だ。


『まったくもう。ふたりとも親になるんだからもうちょっと落ち着きなさいよ』

「はーい」

「……というか、佳代。お前いつ戻ってきたの?」

『もともと二人の間に入って話をするつもりだったから重箱置きに行っただけだもの。ほぼ最初から居たわよ。中は盛り上がっているから暖かいかもしれないけど、こっちはこころも身体も寒いったらないわよ』

「ちなみに、ほぼ最初からというのは、具体的にはどのへんから?」

『邑田くんがデレ期だって話のあたり』


 あらやだほとんど聞かれてるじゃないの恥ずかしい。







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