ラストリゾート 7
「単独犯か?」
「ひぎっ!?」
ひなたが周りの魔法少女を適当な魔法で吹き飛ばしたあと、倒れた逢坂の腹を踏みつけながら尋ねると、逢坂は潰れたカエルのような声を上げた。
「他に協力者は?お前一人でやったのか?桜はどこに埋めた?」
「まって、まってまってまって。聞いてない、聞いてないって、生倉様からはこんな話聞いてない!あなたは意気消沈して痛いことなんて何にもないって言ってたのに!」
「生倉がどう言ったかはしらんが、今質問しているのは俺だ。答えろ。答えないなら答えたくなるまで死なない程度にいたぶる。死にたいって泣き叫んでも死なせてもらえると思うなよ」
「違う!違うんです!誤解なんです!ごめんなさいごめんなさい、痛いの嫌ですやめてください!」
そう言いながら逢坂はひなたの足を掴んでどけようとするが、ひなたはもちろんそんなことをさせずに逢坂を踏んでいた足にさらに力を込める。
「逃がすかよ」
「ぐぅっ…やめ…苦…」
「やめるわけねえだろうが。早く吐け…吐けっつってんだろうがよ!」
ひなたがもう一度強く踏みしめるために脚を上げると、逢坂とひなたの間にギリースーツが割り込んできた。
「チッ」
ひなたが後ろに飛び退いて距離を取り近接戦闘用の装備を出現させると、戦闘に邪魔だと思ったのか、ギリースーツは頭の部分をとった。
「待って待って、ストップひなた」
「……狂華?なんでお前がこんなところに」
ギリースーツの中から現れた顔を見たひなたは一瞬だけ驚いたような表情を浮かべたが、すぐにまた構えを取る
「落ち着きなよひなた。ここで彼女を殺してしまったら何の情報もえられなくなっちゃう」
「だったら俺が今ここで必要な情報を聞き出すからそこをどけ」
「どかない」
「どけ」
「どかないよ。前にボクが暴走したときにはひなたがとめた。だったら今度はボクがひなたを止める番だろう」
「そうか、お前も偽モンだな?だいたい、こんなところに狂華がいるはずがない」
「いや、まあ言いたいことはわかるしボクも色々言いたいことはあるけど諸々あって実際いるんだからしょうがないじゃない」
「は…まあいいや。お前が本物の狂華だっていうなら、俺のことを止めて見せろよ、この偽物野郎!」
ひなたはそう言って地面を蹴り、ギリースーツを脱ぎかけていて無防備な狂華に肉薄する。
ひなたの近接戦闘用の武器は手甲。
即席で作った武器ではあるが、目に見えるほどの魔力をまとった強力な手甲だ。
「一対一の状況でひなたがボクに近接戦闘で敵うわけがないじゃないか」
上半身だけギリースーツを脱いだ狂華はため息混じりにそう言うと、ギリースーツを脱ぐために小さくジャンプをしながら無造作にナイフを振る。
狂華が振るったナイフはひなたの拳から放たれる攻撃をすべて打ち消し、小さくジャンプして徐々に脱げていったギリースーツが完全に脱げると同時に、ひなたの両腕を上に跳ね上げた。
「ひなたが一番良くわかっているでしょう?真正面から打ち合うのは君の戦い方じゃないよ」
そう言って目を細めて笑うと、狂華は足に車輪でもついているのではないかと思うほどスムーズにぐるりとひなたの後ろに回り込んだ。
「悪いけどちょっと寝ててもらうよ」
「風月!」
背後から狂華の攻撃が決まる寸前、ひなたは風月の魔法を使って狂華の攻撃を防ぎにかかる。
しかし魔法との相性が悪いことと、相手が悪いこともあり風月の魔法はパリンと軽い音を立てて砕け散る。
「これじゃボクの攻撃を防ぐのが無理なことくらい――」
「スタンプラズマ!」
「ぐっ!?」
朝陽のスタン魔法をもろに食らった狂華はその場で膝をつく。
「よしっ!」
ひなたがそう言ってガッツポーズを取った瞬間、魔法をくらって膝をついた狂華はボフンと音を立ててその場から消え去った。
「何か狙っていたのはわかっていたからね。悪いけど途中からスレンダーマンと入れ替わらせてもらったよ」
少し離れたところに現れた狂華の肩には逢坂が担がれている。
「じゃあ、ボクは島の反対側の入江で待っているから、残りの子たちをお願いね。あ、重要な情報源だから殺しちゃだめだよ」
「てめえ!待ちやがれコラ!」
「あ、そうそう。桜についてはちゃんと生きているっていう確認が取れているから大丈夫だよ。じゃあがんばってね~」
そう言って軽く手を振りながら笑うと狂華はその場から姿を消した。
「ちっくしょおおお!なんなんだあいつ!もっとちゃんと説明していきやがれ!」
「なあ…」
「ああ。こいつ実はたいしたことないんじゃないか?」
狂華が消えてひなたが叫んだのが合図だったかのように残っていた魔法少女達がひなたを取り囲む。
「…………あのなあ…別に俺が狂華より弱いからって、お前らより弱いことにはならねえんだぞ」
狂華とのやりとりで毒気を抜かれ、冷静さを取り戻したひなたはそう言って頭をかく。
「つーか、お前らさっき俺がちょっと魔法使ったら吹っ飛んでいったろうが」
そう言ってひなたが威嚇を込めて取り囲んでいた魔法少女たちを見回すと。深海聖一が消えていることに気がついた。
「…あれ?」
聖一の姿を探してグルリとあたりを見回すと、ひなたは突然背後から両腕を掴まれた。
「ゴロス」
聖一の声よりもっと低い、うめき声のような声を聞いた直後、ひなたの腕が嫌な音を立てる。
「痛ってえな!この!離せ!離せつってんだろうが!」
折れた腕を持たれたまま宙吊りにされたひなたはジタバタと暴れるが、背後にいる聖一に対して有効な攻撃の手段がない。
「殺す、殺す殺す殺す殺す一美もお前も風月も花鳥もみんな殺してやる!」
「うるせえ!頭の悪そうなセリフ並べやがって、今度は手加減無しで魔法使うぞ……てぇ!?」
身を捩って聖一を見たひなたの顔がみるみるうちに青くなる。
「おい……おいおいおいおい、やめてくれよ。なんだよその格好」
聖一の身体は先程の1.5倍ほどに肥大化し、下半身こそ人間の姿を残しているが上半身は巨大なタコを頭からすっぽりとかぶっているような、そんな格好になっていた。
「何ゲルゲだよ!くっそ!やっぱりクリーチャーになってんじゃねえか!」
「ころすころすころすころすかずみころすころす」
「完全に脳がやられてんじゃねえか…ああ…俺達の希望の火が…」
「コロス」
「うるせえ!このタコゲルゲ!ああもう畜生……なんだよ、期待させんじゃねえよ」
「ゼンインコロス、クウ、ツヨクナル」
「っ!ヤバイ!お前ら全員こいつから離れろ!」
ひなたはそう叫ぶと、掴まれている部分から自分の腕を切断し、魔法で空中を蹴って聖一から距離を取る。
「はぁ?離れろ?」
「なに命令――は、れ?」
聖一の触手が届く範囲にいた敵の魔法少女は首や胴体で2つに切断され、切断された部品は触手によって回収され、聖一の口へと運ばれる。
(そういうことか。一美を囲って殺すためだけの人員にしても弱すぎると思ったが、聖一が本気を出すための食料だったってわけだ)
ひなたは、聖一の魔力が増し、身体が大きくなっていくのを見ながら心の中で納得した。
「はぁ…にしてもつきがねえな俺も。両腕なし、増援無しでこんな化物と戦わなきゃならないとか呪われてるとかし思えねえ」
ひなた本人の得意魔法である火を使って止血したひなたは聖一に向き直るが、聖一はまださっき切断した魔法少女の残骸を頬張っている。
「これが終わって帰ったらお祓いでも行くか」
「相馬さん!」
「………………マジで呪われてんじゃねえか、俺」
背後から聞こえた声にげんなりしながらひなたが振り返ると、そこには予想通り一美の姿があった。
「なんで戻ってきてんだよ」
「私達のほうにいた敵は全部倒して、風月と花鳥の安全は確保したのでお手伝いに」
「来るんじゃねえよ。お前がいたらやりづらくてしょうがないだろ」
「なんでですか!私だってちゃんとお手伝いできますよ!」
そういって鼻息荒く拳を握る一美を見てひなたは大げさにため息をつく。
「じゃあ、お前あいつ殺せ」
「……なんですか、あれ…人…を?」
八本の足に掴んだ肉塊を食い散らかしている聖一を見て、一美が口を抑えながら青い顔で訪ねる。
「ありゃあもうだめだ。見ての通りもう人間じゃねえ」
「なんなんですか、あれ。怪人級っていうやつですか?」
「お前の兄貴だよ」
「っ……」
「前にどこかの国で男のまま魔力を付与しようとして失敗したって話は聞いてたけど、あんな風になるなんてな」
「相馬さん……」
「な?お前に手伝いなんて無理なんだよ。わかったらせっせと金だけ稼いどけ」
そう言ってひなたは一美をバカにしたような、やれるわけがないだろう?やれるものならやってみろ、そんなふうな笑顔で笑う。
「もう、いいです」
「ようやくわかってくれたか、俺はそういう人間なんだよ」
「いいですよ、そういうの」
「は?」
「強がらなくていいですって。私はちゃんとわかってますから」
「ちょ、ちょっと待て。わかったような気になるな!俺は――」
「覚えてます?教団の施設を出るとき、あなたは私がマスコミの目に触れないように車のトランクに隠して外に連れ出してくれたんです」
「あれは、陽奈が――」
「陽奈さんからはちゃんと事情を聞きました。それにアフリカの時も、この間、拘置所から連れ出してくれたときも私のことを守ってくれた」
「あれは仕事だ」
「アフリカでは私を殺そうと思えばそうできたし、大義名分も揃っていた。でもあなたはそうしなかった。それにそもそもあなたが私の釈放に反対したのは今日のような事態にならないようにと思ってのことでしょう?」
「いやそれは――」
「都さんも、狂華さんも、小金沢さんもそう言ってましたよ」
「ほんとに余計なことしかしねえなあいつらは!」
「私は何度もあなたに救われました」
「一美、まて」
「カズミ?」
ひなたが呼んだ一美という名前を聞いて聖一が食事の手を止めて顔をあげる。
「カズミ…カァアアズミィィィィ!」
意識が残っているのか、もしくは彼の一美に対する怨念の賜物か、聖一は一跳びでひなたの頭上を超え、一美に飛びかかる。
「一美!」
「覚悟は、できています」
そう言って変身すると、一美は持っているすべての魔力で聖一を迎撃する。
「私はもう、ヘンゼルにいじめられていたグレーテルじゃない!」
そして飛び上がり、聖一を地面に叩き落とし、更に追撃を入れる。
「お父様の幻影にすがる、弱い深海一美でもない!」
気絶した聖一の手前に着地をした一美はひなたに向き直り、どこか誇らしげに見える笑顔を向ける。
「わたしは、あなたと日本を守る魔法少女、一美です。」
「一美………っ逃げろ!」
「え……」
ひなたの叫びに固まった一美に起き上がった聖一の触手が迫る
「逃げろぉ!」
「つーかーまーえ―――た?」
聖一の触手が一美に触れる寸前、一発の銃弾が聖一の触手をすべて撃ち抜き、それを見たひなたはすべてを悟った。
「……そういうことか。そりゃあそうだよな。この時期にあいつだけがここにいるはずがないもんな」
少しだけ気が抜けて、ホッとした表情のひなたのところに一美が逃げてきた。
「カズミィィィ!」
執拗に執念深く一美の名を叫ぶ聖一の触手は早くも再生をはじめている。
「一美」
「はい」
「すまん。俺はまたお前の家族を奪うぞ」
「覚悟はできたと言いましたよ。……それに私の家族は花鳥と風月、それと、みつきとあなただけです」
「はっ、熱烈なラブコールで、おじさん照れちゃうぜ」
そう言って少し照れくさそうに笑った後、ひなたは真顔に戻って聖一に向かって腕を振った。すると空から真っ赤な桜の花びらが聖一に向かってひらひらと舞い降りてくる。
そして。
「カズ―――」
真っ赤な花びらに触れたところから聖一の身体が燃え始め、数十秒ほどで聖一の身体を中心にした火柱が上がり、あっという間に聖一の姿はそこから消えてなくなった。




