ラストリゾート 6
「あれ?矢納は?」
俺が目を覚ますと、矢納美津子はベースキャンプの周辺にいなかった。
「ああ、ちょっと野暮用とかで、外していますよ」
「ふーん…」
こんな何もない島で野暮用も無いだろうに。
脳天気な一美の返事を聞きながら、俺は自分の身体の状態をチェックする。
体力は戻っている。
魔力はまだ半分ちょいくらい。
カードオブジョーカーはほぼ在庫なし。
昨日の夜、俺が体力も消耗して完全に弱体化していた時にしかけてこなかった以上、矢納がいまさらなにかするとは考えにくいが、それでもあいつが敵という可能性がゼロでない以上、警戒はしておくべきだろう。
「ちなみにあいつ本当に起きてたのか?」
「え?あはは…」
困ったような一美の笑いでなんとなく事情はわかった。
「まあ、ミッコさんも色々大変だと思いますし、しょうがないですよ」
そう言って笑う一美の目の下にはうっすらとクマが浮かんでいる。
「お前、まさか矢納の代わりに見張ってたのか?」
「まあその…さすがに無警戒っていうわけにはいきませんしね…って、なんですか真剣な顔して」
「朝食くらい俺が作るから少し横になってろ」
「いえいえ、このくらいなんてこと無いですよ。相馬さんと違ってまだまだ若いですから」
「だとしても、何かあったときにお前が居なかったり調子が悪いと戦力的に困る」
「大丈夫ですって。このくらいなんてことはないですから」
「いいから横になってろって」
「………はい」
俺が強めに言うと、一美は少し不満そうな、それでいてちょっとうれしそうな表情で、寝床にしている大きな葉っぱを持ってきてその上に横になった。
「昔、なんとなく眠れなくて一晩中起きてたことがあったんですけどね」
「ああ、陽奈が早朝に見つけて無理やり部屋に押し込んだときか」
「あれ?知っているんですか?」
「おまえってほんと、陽奈以外目に入ってなかったんだな。そんとき俺も居たっつーの」
「ええっ!?居ましたっけ?」
「いたよ、だってお前、俺はその時……………」
「その時?」
「いや…」
陽奈と一緒に一晩明かしたあとだったからな。
早朝だから誰もいないだろうと思って油断して散歩してた時に、グレーテルに見つかってビビったという記憶があるので間違いない。
「その時なんですか?」
「…勘違いだな。あとから陽奈に聞いたんだった。グレーテルを見つけて部屋に押し込んだんだって」
「陽奈さんは誰に何を言われても私の事グレーテルって呼びませんでしたけど」
「………」
「何か隠してます?」
「いやまあ……あれだ、その」
「その?」
「営んでた」
「営む?」
「夜の、ほら」
「ああ!それで陽奈さんは私の部屋に来るなり爆睡したんですか!」
おっと、意外。
俺と陽奈が営んでたことについて何か言われるんじゃないかと思っていたんだが、そっちについてはスルーらしい。
「あの日は重要な集まりがあったんですけど、結局私も陽奈さんも爆睡していてすっぽかしちゃって、あとですごい怒られたんですよねー」
ちょっとふにゃふにゃとした喋り方で一美が続ける。
「あの人からは本当にダメなことしか教わらなかったなぁ」
「人の嫁をダメ人間のように言うなよ」
「ダメだけどすごくいい人だったし、私は大好きでしたよ」
「俺のほうがもっと好きだっつーの」
「まあ、そんなところで張り合ってもしょうがないんで、そこは譲りますけど」
「負けず嫌いのお前のことだから私のほうが好きです!とか言って言い合いになるかと思ったんだけどな」
「私が好きな陽奈さんと相馬さんの好きな陽奈さんは同じ人でも多分微妙に違う人なんですよね。だからどっちが彼女のことを好きだとかっていうのはあんまり意味ないかなって」
「大人の意見だな」
確かに人なんてものはお化け煙突みたいなもので、見る角度でどういう人間かというのは全然違ったものになる。
わかりやすい例えをするとすれば、不良が猫を拾うところをみた人と見てない人ではその不良に対する印象が180度違っていてもおかしくはない。そんな感じだ。
「まあ、陽奈さんに教わったんですけど」
「いい言葉なのに、陽奈のことだからきっとしょうもない言い訳に使ったんだろうなと思うと残念でならない」
「それも陽奈さんらしいということで」
そう言って一美が笑ったあと、俺達の間に少しの沈黙が流れた。
「……あのさ」
「……あの」
「あ、先良いぞ」
「相馬さんが先でいいですよ」
(フゥ~)
(がんばれっがんばれっ)
なんだかなあもう。
別にいい雰囲気とかそういうんじゃないのに、木の陰から何かを期待する鬱陶しい気配が漏れてきているんだよなあ。
「じゃあ先に言わせてもらうな。その…すごく自分勝手な話なんだが、たまにこうして陽奈のこと話さないか?実は前からこうしてお前と陽奈のことを話すのが楽しかったってのがあってさ」
「もちろんですよ!私も誰かと陽奈さんの話をしたかったんですけど、花鳥と風月はあの頃まだ小さくて陽奈さんのことを覚えてないから話できないし、でもほかに陽奈さんの話ができる知り合いもいなかったんで、こうして相馬さんと話をするの楽しいんです」
「チッ」
「だみっと」
………なんかどこかの姉妹の舌打ちがはっきり聞こえたんだけど。
「………」
あ、一美にも聞こえてたな。
「あのですね、相馬さん、一昨日の夜のことなんですけど」
「お、一昨日?なんかあったっけ?」
「…………」
「わかった!わかったからそういう顔すんな!」
「陽奈さんの話とは別にこの島を出たら、ちゃんとお話しましょう」
…………なにその死亡フラグ発言。
「また何か変なこと考えている気配がします。まさかまた逃げるつもりですか?」
「いや、今度は逃げないって。大丈夫」
「良かったです。私、ちゃんと言いますから、相馬さんもちゃんと答えてくださいね」
そう言って笑う一美の背後に男が現れ、手に持っていた銃を一美に向ける。
「あぶねえ!」
俺はとっさに男に飛びかかり、一美が撃たれるのを阻止したが、その直後、腰に痛みと熱さを感じ、その場に膝をついた。
「おやおやおやぁ?やっと不肖の妹を殺せると思ったのに、なんか邪魔が入ったなあ」
そう言って、一美に似た顔をした男は俺の腹を思い切り蹴り飛ばす。
「なあ!おい!どういうことだよ!んで俺の邪魔すんだよ!」
男は苛ついた様子で何度も何度も俺の腹を蹴った後、真っ赤になるほど自分の首をかきむしる。
「くそがっ!あーうまく行かねえ!うまくいかねえうまくいかねえ!」
「おいおい…なにがあったかしらねえけど、情緒不安定すぎだろ……ヘンゼル」
「その糞みてえな名前で俺を呼ぶんじゃねえよ!誰だてめえこら!」
一美に似ているから見た瞬間そうなんだろうと思ったが、こいつは長年行方不明になっていた一美の兄、深海聖一だ。
問題行動が多く、教団内でも嫌われ者だったこいつは、教団解体後公安の監視の目をかいくぐって失踪した。
もともと敵の多い奴だったので、何処かで誰かに殺されたのだろうということで、俺たちも半ば見つけるのを諦めていたのだが、どうやらどこかで元気にスクスクと育っていたらしい。
ちなみにどれくらい嫌われていたかというと、実の妹の一美が俺と再会してから一度も話題に登らせなかったくらいだ。
でもまあ、合点がいった。
この間一美を襲った連中を取りまとめてるのが誰なのかという自供が全く取れずに公安の女王が辟易してたけど、こいつがヘッドだったってわけだ。
嫌われ者だったとはいえ、腐っても教祖の直系。熱心な信者ならこいつが首謀者だと知っていても裏切って名前を吐いたりはしないだろう。
「一美!花鳥と風月と一緒に一旦退け!ここは俺がなんとかする!」
「は、はいっ!」
どちらにしてもギリースーツと出会えば一美達では歯が立たないだろうが、すぐに全員で戦力不明のヘンゼルと戦闘に突入するより、三人を退かせてもしも俺が負けたときのために作戦を練る時間があったほうがいいし、何より俺の魔法は周りに味方が居ないほうが都合がいい。
「おいおい、待てよ一美ぃ、10年以上ぶりに再開した兄貴にそれは冷たいんじゃあねえか!?」
そう言ってヘンゼルは立ち上がった一美に銃を向ける。
「風月!」
「はいよぉっ!」
パンパンと二発発射された弾丸は風月の防御魔法によって守られた一美には届かず、明後日の方向へ飛んでいく。
「くそっ!またうまく行かねえ!」
そういってヘンゼルは銃を地面に叩きつける。
「今だ!花鳥!」
「まかせて」
俺が叫ぶのと同時に花鳥が煙幕を張り、俺はその煙にまぎれてヘンゼルから距離を取って変身する。
「ちっくしょおぉぉぉっ!また一美に逃げられた!なんなんだよなんなんだよなんなんだよ!」
煙幕が晴れると一美達の姿はなく、俺とヘンゼルだけがその場に取り残されていた。
「ようヘンゼル。お前も変身するならさっさとしな、変身するまで待ってやるから」
これはヘンゼルが魔法少女であるかどうか、もしくは知っているかのカマかけだ。
ちなにみに、こいつが魔法少女だった場合本当に待ってやるつもりなんて毛頭ない。ちょっとでも隙があればどんどん魔法を撃ち込んでいく所存だ。
は?お約束?セオリー?クソくらえだ。
「てめえら旧式と一緒にするんじゃねえよ。俺はなぁ変身なんぞしなくても十分戦えるんだよ!」
ヘンゼルはそう言ってこちらに向けた手のひらから魔法を放つ。
前口上の後の攻撃だったお陰で完璧な不意打ちにはならずになんとかかわすことができたが、不意打ちする気満々だった俺に対して不意打ちとは、なかなかクソッタレな性格をしてるな、こいつも。
「っていうか、変身なしかよ。近々できるようになるだろうって話だったけど、マジで出来てるのを見るとアガるな」
魔法少女としての生活が楽しくないとは言わないが、元の身体だったらみつきに俺が父親だと名乗り出やすかっただろうってことを考えるとちょっと羨ましい。
俺が魔法少女になった当時は、アメリカで変身無しで魔力を持たそうとしたら、最初は良くても最終的にとんでもないクリーチャーが出来上がったとかなんとかって話だったのに。技術の進歩ってやつは本当にたいしたもんだ。
というか、こいつが魔法少女化ナシでナノマシンを身体に入れることができているなら、俺や朱莉が男に戻る日も近いと思って良さそうだ
「ま、必ずしも旧式が新型に劣るってわけじゃねえよ。旧式には旧式の経験があるんでね。悪いがここでお前を倒して一美たちを教団の呪縛から解き放ってやる。それと、お前の身体、調べさせてもらうぞ」
「は。旧式の経験で……お前に一体なにができるっていうんだょぉっ!」
ヘンゼルはそう言って地面を蹴ると、一気に俺との距離を詰めて魔力を載せた腕を振りかぶる。
「死ねやぁ!」
「見え見えなんだよ!」
俺は身体を屈めて魔力が載っている拳を避け、下から思い切り拳を突き上げ、ヘンゼルの肘を破壊する。
思わず肘を抑えて後ろに下がったヘンゼルの右肩に一発。
さらに追い打ちとして奇妙な叫び声を上げて脱臼した肩を抑えうずくまるヘンゼルの頭頂部に全力のかかと落としをおみまいした。
「まあ、マッスルイコもそうだったけど、お前ら素人すぎんだよ。魔法が使えるから強いんじゃねえんだ。魔法少女になったから強いんだよ、俺達は」
俺や狂華が積み重ねてきた訓練や実戦はそんなに生ぬるいものじゃない。
稀に楓や朱莉みたいな最初から強いやつも出ては来るが、大体の場合、人間同士なら経験があるほうが勝つ。
ヘンゼルの身体はシューシューと音を立てて徐々に回復しているが、白目を剥いて意識がない状態なので、意識が戻る前に拘束しておけば問題はないだろう。
これで残るはギリースーツと矢納美津子……いや、ヘンゼルが一人でこの島に来たとは考えづらいからもう少しいるだろうか。
どっちにしてもこのくらいのレベルの相手なら10人や20人居ても、奥の手を使うまでもなくなんとかなるだろう。
「いやいや、すごいすごい。さすがに日本国ナンバー2の実力者」
そう言って胡散臭い笑顔を浮かべ、拍手をしながら現れた矢納の後ろには20人ほどの魔法少女らしき人影があり、俺の後ろにも同じくらいの気配を感じる。
前後挟まれての40対1。
同時にかかってこられたら流石にタイマンでヘンゼルを無傷でやっつけたようにはいかない人数だ。
救いがあるとすれば一美達が逃げていった方向からは来ていないということだろうか。
一美たちの方には敵がいなかったか、もしくはうまく突破してくれたか……あるいはもう捕まっているか。
いずれにせよ、俺が向かう方向は決まったし、腹も決めた。あとはうまく誘導して全員を朝陽のスタン魔法で足止めすれば一美達と合流して態勢を立て直すことができる。
全員は無理でも最悪、矢納と周りの連中だけでも足止めできればなんとかなる。
「おい、矢納」
「矢納?……ああ、これは失礼。この格好は違いましたね」
そう言って顔を拭くような動作をすると、矢納の顔はまったく別人の顔へと変わり、衣装もパイロットのそれから、マントを纏ったいかにも魔法少女らしいものに変わる。
「はじめましてではないですが、一応自己紹介をしておきましょうか。私は生倉様配下、逢坂実。短い付き合いになりますが、よろしくお願いします」
そう言って仰々しく右手を胸に当てて礼をする矢納改め逢坂実。
ヘンゼルとは違う、自信に満ちたその表情をみるに、多分こいつが教団の黒幕。
おそらく生倉派の幹部の一人だろう。
だとすれば。
「お前がドクター…か?」
「いえいえ、あんなまがい物を作るだけの人間とは違いますよ。そうですね、ドクターやマッスルに倣って名乗るなら『コレクター』でしょうか」
「コレクター?」
「ええ、私は他人の顔をコレクションするのが趣味でして。コレクションした人間の姿になってその人間の能力を使うことができるのですよ」
マッスル・イコの話を聞いたときも思ったが、生倉派はチートしているやつしか居ねえのか?
俺もカードオブジョーカーで似たようなことはできるが、それはあくまでストックした回数、枚数の上でだ。しかし、逢坂の口ぶりからすると多分やつの能力は一回使い捨ての感じではないだろう。
「例えば、パイロット」
そう言って逢坂は矢納の顔に変わる。
「例えば、航空機の整備士」
そう言って逢坂は、今度はつなぎ姿の男の姿に変わる。
「後は、そうですね」
もったいぶったように少し言葉をため、ニヤニヤと笑いながら、逢坂が再び口を開く。
「春日井桜、とか」
そう言って逢坂は俺の元恋人、春日井桜の顔と身体で笑う。
その笑顔を見て、俺は自分の顔から血の気が引くのを感じた。
「…………おい」
「え、何ですか、ひなたさん」
「いつからだ?」
「いつから、とは?」
「いつから入れ替わっていた!?桜はどうした!」
「やだなあ、ひなたさん。そうやって怒るっていうことは、薄々感づいているんじゃないですか?」
ニィっと、すごく楽しそうに、こちらを馬鹿にしたように桜が笑う。
「『本当はそんなに好きじゃなかったんですよね。なんていうか、ノリ?みたいな』って言ったのは私です」
それは、俺が桜と別れた時に桜に言われたセリフだ。
「まあ、実際のところは、桜さんはあなたのことが好きで好きでたまらなかったみたいですけどねー…ああ、私コレクションした相手の記憶も覗けるんですよ。お陰で話を合わせるのもかーんたん。誰も私に気づけない。ちなみにいつから入れ替わっていたかはご想像におまかせしますよ。ひ・な・た・さん」
「桜は、どうした」
「殺して埋めました」
真顔で、つまらないこと聞くなと言わんばかりの表情で、桜の顔をした逢坂は吐き捨てるようにそういった。
そしてすぐにニコニコとした笑顔に戻ると、右手で自分の顎のあたりをつまみ、左手の人差し指を顎にのラインにそって動かして見せる。
「私、こうして皮を剥がないとコレクションできないので。別に生きたまま剥いでそのまま放置してもいいんですけど、それじゃあ剥がれるほうも痛いですし、人道的じゃないでしょう?だからちゃーんと殺してから皮を剥いで、その後埋めています」
「そうか…」
俺達は誰も気づいてやれなかったのか。
「そうか…なんて冷たいなあ。もっと怒っても良いんですよ?ほらほら、本当はオコなんでしょ?激おこなんでしょ?」
「……ごめんな、桜」
「何を謝っちゃってるんで―――」
俺のパンチを食らった逢坂は全部言い終わらないうちに後ろに居た魔法少女を巻き込んで数十メートルほど飛んでいき、俺はすぐにその後を追った。




