ラストリゾート 5
「陽太くんはさあ、私が死んだらさっさと次の人にいきそうだよね」
夕食の途中で、陽奈は突然そんなことを言い出した。
ニヤニヤしているので、冗談だとは思うが、学生時代はともかく、今は陽奈とみつきを愛してやまないマイホームパパな俺はちょっとムッとした。
「……そういう陽奈こそ次の男に行くんじゃないか?」
「え?行くよ。だって私家事しかできないもん。養ってもらえないと私もみつきも餓え死にしちゃう」
俺の質問に、陽奈はケロッとそんなことをのたまった。
「お前なあ、そういう理由で再婚を考えるってどうなんだよ」
「いやいや、文字通り死活問題だもん。さっさと次の人を見つけないと、みつきにひもじい思いさせちゃうしさ」
そう言って陽奈は、クーハンですやすやと眠っているみつきに一度目をやってから再び俺のほうを向く。
「そりゃあそうかもしれないが、だからってなあ…」
「………あ、でも陽太くん死んだら保険金があるか」
「怖えよ!なんだよその暗い笑顔!」
「あはは、冗談冗談」
そう言って陽奈はいつものように明るい笑顔になって続ける。
「でさ、真面目な話、私が先か、陽太くんが先かはわからないけど、いつかはお別れするときが来るわけじゃない」
「できるだけ遅くあってほしいけどな」
「まあそれはそうだけどさ……あのね、もしも私が先に死んじゃったらさ、いつまでも悲しまないでほしいなって思うんだ」
「はっはっは、俺が一人の女に縛られていつまでもうじうじするような男だと思うか?お前がさっき言ったように、俺もさっさと次の女を探すよ」
「うーん、さっきは話のきっかけづくりでああ言ったけどさ、実は陽太くんて、いい加減で女にだらしないフリをしているだけで、実はいつまでも一人の女に縛られて身動きが取れなくなる人だよね」
「う……いや、でもほら、俺結構モテるし、学生時代は色んな子と付き合ったりしたし。陽奈が知らないところでなんかイイコトしてるかもしれないだろ」
「小金沢さんに聞いたら今はそんなことないって言ってたし」
「……まあ、してないけどよ」
たしかにしてないけど、あの人なんで俺のプライベート把握してんだよ!!
「それと、桂さんが言っていたよ。『大学時代のあいつの恋愛は前の恋愛を引きずって無理やり相手を探すみたいな、自暴自棄なところがあった』って。あと『陽奈に出会ってからそれはなくなったみたいだ』って」
「ぐぬぬ…桂先輩め、余計なことを…」
無駄に付き合いの長い先輩や同級生、後輩っていうのはどうしてこうも厄介な存在なのか。
ていうか陽奈は小金沢夫妻と仲良すぎだろ!
「もしも私が先に死んじゃうことがあったとして、みつきのことは大事にしてほしいなと思うけど、みつきがある程度の年齢になって落ち着いたら再婚してもいいからね」
「いいからねってお前…」
「みつきと陽太くんのことを大事にしてくれる人だったら、私は喜んで後をお願いしたいなって思うから」
「陽奈…」
「だからもし陽太くんが先に死んじゃった時、私がすぐにお金持ちと再婚しても化けてでたりしないでね」
「なんかいい話っぽかったのが台無しだよ!!」
・
・
・
「―――さん―ください――さん」
「もっと――」
「え―――」
「―ばって―さん」
ん…なんだ?なんかこう、後頭部に程よい弾力と額から目の上にかけて柔らかい重みが…
「だからもっとこうそんなちょっと当てるんじゃなくて、ぎゅーっとおっぱいで潰してやりゃおきるんじゃないかな!」
「女性らしいアピールは大事、頑張れ!頑張れ!」
「それが女性らしいアピールかどうかはすごく疑問なんだけれど」
「俺としてはそんなアピールしてくる奴より、慎みのある女が好きなんだけどな」
おそらく一美の乳に圧迫されているせいで開かない目を閉じたまま、俺は三姉妹の会話にフェードインする。
「そ、相馬さん!?いつから起きてたんですか?」
「たった今だ。とりあえず起き上がりたいからちょっとどいてもらっていいか?」
「あ…ごめんなさい!」
いや、程よく暖かくて柔らかくていい感じだったから別に謝ることはないんだけどな。
すこしだけ、ほんの少しだけの未練を残して俺が一美の膝から身体を起こすとあたりはすっかり夜になっていた。
「大丈夫ですか?見たところ魔力切れかなという感じでしたけど」
「ああ。その通りちょっと使いすぎた。だいぶ寝させてもらったもう大丈夫だ。次は気をつけるわ」
「その、相馬さんが戦ったギリースーツなんですけれど…」
「ん?なんだ?まさか一美達が捕まえてくれたのか?」
「あ、いえ、そういうことではなくて……あんまり無理はしないでくださいね」
「そんな心配そうな顔しなくても大丈夫だって。そういえば矢納は?」
「ここにいますよー」
矢納はそう言って焚き火の横でひらひらと手を振った。
「いたのか」
「ええ。ここまで誰かさんを運んできたせいで筋肉痛ですけど」
矢納はそう言ってわざとらしく肩をすくめてみせる。
「すまんな。助かった」
正直、戦闘の後に気絶しかけていた時にいちばん気がかりだったのは、消えたギリースーツよりのことよりも矢納に気絶している隙をつかれて寝首をかかれるかもしれないってことだったんだがそうはならなかったらしい。
「いえいえー。で、どんな塩梅です?さっきみたいな強そうな魔法を使える感じですか?」
「魔法を使いすぎたせいで全力には程遠いけど、そこそこ回復してるから、ギリースーツが襲ってきてもなんとか撃退するくらいはできるんじゃねえかな」
とはいえ、カードオブジョーカーはアフリカにいたときから通算して大分使ってしまっているので残りは心もとない。
正直、今回の帰国が決まってからこっち、『日本に帰ったら充電してもらえばいいや』と思ってたいしたことのない案件でも消費しまくっていたので、いまの手持ちのカードの中であのギリースーツ相手に通用するような魔法はない。
つまり、次は俺自身の魔法で戦うことになる。
自分の魔法がカードオブジョーカーと比較して頼りないとか目劣りするとかそういうことはないが、多少威力の調整はできるとは言え、基本的に炎で相手と周りを焼き尽くすという、あまり平和的な魔法ではないので使わないで済むのなら使いたくない。
特に魔法少女…というか人間相手にはだ。
「ま、無事に目覚めたなら何よりです。今日は無駄な夜間の見回りなんてせずにさっさと寝て体調を万全の状態にしておくのが良いでしょう」
「無駄なことじゃねえだろ。実際ギリースーツは俺を襲ったわけだし」
「いや、あれは相馬さんからしかけたんじゃないですか」
……そうとも言えなくはない。
「俺は一応攻撃前に警告したぞ」
「多分してないんじゃないですかね」
「してなさそうですよね」
「相馬さんの性格からしてしてないと思うなあ」
「本当のことを言ったほうが楽になると思う」
「お前ら全員俺のことを微塵も信用してないってのはわかった」
まあ実際警告してないからぐうの音も出ないけど。
「というか、矢納。お前、さっき言ってた素で話すってのはどうしたんだよ」
「雇い主の前であれはちょっとどうかと思いましてね」
「別に気にしなくてもいいんじゃねえの?」
「というか、素で話していると余計なことを言いそうになるのでこっちのほうが都合がいいんですよ」
「できればその余計なことっていうのを聞かせてもらいたいところなんだけどな」
「嫌ですよ。そんなことしたら面白くないじゃないですか」
「聞いたか?余計なことを言いそうになるとか、それを言ったら面白くなくなるとか言ったぞ。こいつは絶対に敵のスパイだ」
「考え過ぎじゃないですか」
「考え過ぎ」
「神経質だなあもう」
なんでだ!?なんで俺より矢納のほうが信頼度が高いんだ!?
「日頃の行いの勝利ですね」
「日頃の行いと言うか――」
「そうだぞ、日頃の行いの差だ。これに懲りたらもうちょっと一美姉を大切にしろよな!」
何かをいいかけた一美の言葉を遮るようにして、風月がそう言って偉そうにふんぞり返る。
「はいはい、わかりました。じゃあ俺はちょっと見回りに行ってくるから」
「あ、今日の見張りは私がやりますから相馬さんは休んでていいですよ」
そう言って矢納が立ち上り、俺の肩を押して無理やり座らせる。
「大事な戦力にはちゃんと休んで回復しておいてもらわないと」
「いや、でもお前が見張りじゃ意味ないだろ。せめて俺か一美か花鳥じゃないと」
「私もいるんだけど!?」
「お前は攻撃魔法苦手だろうが」
「ぐぬぬ…」
風月が戦力外とは言わないが、風月の魔法は単体で敵に当たれるような魔法じゃない。
「大丈夫ですよ、夜目は効く方なのでなにかあれば皆さんを起こしますから」
「………」
「いい加減、信頼してくださいよ。気絶したあなたを背負ってきたのは私ですよ?もしも私があなた方の敵なら、気絶している相馬さんを海に流して、一美さん達には適当な言い訳してますって。例えば釣りの最中に海に落ちて離岸流で流されていったとか」
自分も同じようなことを考えていたせいでツッコミづらいけど、考えていること怖いなこの女。
「とにかく、今日は私が起きていますからみなさんはしっかり休んでください」
「お前は寝なくて大丈夫なのかよ」
「あ、私は2晩くらいなら寝なくても問題ないですから大丈夫ですよ」
「……そう言っているやつに限って居眠りするんだけどな、俺の経験上」
佐藤とか佐藤とか佐藤とか、あとは夏樹とかな。
ひなた絡みは長くなるなあ。




