ラストリゾート 4
「待ちやがれって言ってんだろ!」
俺はそう叫びながら魔力を足に集中させ、ギリースーツに向かって跳躍した。
「――――――っ」
あと数メートルでギリースーツに手が届く、そう思ったのもつかの間。ギリースーツが何かを小声でつぶやくと、俺は次の瞬間目の前に現れた透明な魔力の壁に弾き飛ばされた。
「っそがぁ!」
弾かれた衝撃で持っていかれそうになった意識をなんとか引き戻し、飛行魔法を応用して体制を整えるがその間にもギリースーツは森の中を走っていく。
「逃さん!」
俺はすぐに森の中に降りて再びギリースーツの追跡を始める。
しばらくギリースーツが逃げたと思われる方向に走ると、頭上に殺気を感じた。
「上からか!」
言いながら顔をあげると、図ったかのようなタイミングで、ギリースーツが木の枝から跳んだ。
両手には大ぶりのサバイバルナイフが一本ずつ握られている。
「スナイパーじゃねえのかよ!」
近接戦闘の訓練なんてここしばらくまったくしてねえぞ!?
「芋スナは芋スナらしくサックリ狩られとけってんだ」
「―――」
こちらのの言葉にはまったく反応せず、静かに着地したギリースーツは無駄のない最小限の動きでナイフを振るう。
「ちっくしょぉっ!風林火山!山!」
とっさのことで武器を出す暇もなかった俺は、音声起動でカードオブジョーカーの中から楓の風林火山を呼び出し、発動させる。
間一髪。俺の身体に突き刺さる前に『山』の鎧がギリースーツのナイフを止めた。
ちなみにこの魔法の在庫はこれだけ、しかも俺と楓の魔法の相性のせいか最初に発動した形態から変更不可という微妙に使いづらい魔法だったりする。
つまり、『風』で機動力を活かした戦い方をすることも、『火』で圧倒的な火力で持って相手を制圧することも『林』で全体の底上げをすることもできない。
『山』でいる限りは相手の攻撃が通ることはないが、こちらの動きも遅くなるのでギリースーツに逃げる隙を与えることになる。
「ってわけで解除!」
解除と同時に後ろに飛んだ俺に追撃するわけでもなく、ギリースーツはまるでこの先には行かせないぞと、そう言っているかのようにただ構えたまま動かない。
「何かを守ってんのか、俺をここで殺すことに決めたかだな」
だが、つったったままかかってこないなら、こっちは準備をする時間が作れる。
一番簡単なのは自分の魔法で周りごと焼き払ってしまうことだが、それで山火事になるのはごめんだし、そもそもそれでこいつを殺してしまっては矢納がグルかどうかも聞けなくなってしまう。
「これやると身体がきついけど、やってみるか」
俺は、手持ちのカードから『朱莉』と『愛純』のカードを取り出して発動する。
魔力は最低限日常生活に必要な分を残してのこりはすべて二枚のカードにつぎ込んだ。
俺の奥の手の1つ。二枚がけ。強引に二人の魔法を纏うこの技はかなり身体に負担がかかる使い方だが、組み合わせによっては1+1以上の効果を上げることができる。
例えば今回の組み合わせはステークシールドによる防御とカウンターに秀でた『朱莉』と、体術に優れ、攻撃力と身体能力の底上げができる『愛純』。これは単純にステークシールドを振るスピードがあがるので防御力があがるし、ステークを打ち込める確率もあがるし攻撃力も増す。
もちろん俺の魔力で作り出したまがい物のステークシールドなので耐久力に関しては過信することはできないが、だからといってほとんどすべての魔力をつぎ込んで作り出したステークシールドが一発や二発の攻撃で崩れ去るはずがない。
「最初から全力で行くぞ!」
俺はフェイントもかねて、周りに生えている木の幹を蹴りながら徐々にギリースーツに近づいていく。
「―――」
「出るってわかってりゃ、そんなもんには引っかからねえんだよ!」
そう言いながら左腕を突き出すと、ステークシールドからステークが飛び出し、さっき俺が吹き飛ばされた魔力の壁がパリンと軽い音を立てて割れる。
「っ」
ギリースーツに肉薄した俺がステークを繰り出すと、ギリースーツはステークをミリ単位の距離でかわしながらナイフを振るう。
だが、今の俺は心の準備も武器の準備もできている。
俺はステークシールドで受けた魔力を即開放し、ショットガンのようにギリースーツに打ち込む。
「―――」
だが敵もさるもの。ショットガンを魔力の壁で相殺すると、今度はナイフを振るうのではなく俺の身体の中心に向けて突き出す。
俺は身を捩ってそのナイフをかわしてから、突き出された腕を取ってギリースーツを投げ飛ばす。
「っっとぉ!」
投げ飛ばされたギリースーツは器用にも空中で俺に向かってナイフを投擲する。
ってそうだった、相手が魔法少女だった場合、投げは無効になる可能性が高いんだった。
そんなことを考えている間にもギリースーツはナイフを何本も何本も俺に向かって投擲する。
「あぶねえだろうが!シールドがなかったら大怪我――」
言い終わらないうちに、ナイフを追うようにして空を蹴ったギリースーツが突っ込んでくる。
シールドでナイフを防いで一瞬視界を塞いでしまったことが完全に仇になった。
いなすのではなく、真正面から魔力をまとった人一人の衝撃を受けたステークシールドは粉々に砕け散る。
「グイグイ来すぎだっての!」
シールドが砕けた次の瞬間、俺はなんとか上体を後ろに倒し、その勢いも乗せてギリースーツを蹴り上げ、後ろに飛んで間をとる。
正直、教団の人間にしろ、生倉側の人間にしろ俺なら適当にどうにでもできるだろうと思っていたんだが、これは予想外だった。
まるで狂華を相手にしているような、そんな錯覚を覚えるくらいにこのギリースーツは強い。
もしくは俺がなまっているか。
………まあ、なまっているんだろうなきっと。
「さあ、もう一勝負だ」
シールドが砕け散った朱莉の魔法はもう消えているが、幸い愛純の魔法はまだ残っている。とはいえ、つぎ込んだ魔力と使った魔力量から考えて、残しておいた魔力まで全部つぎ込んでもいいとこ3分が限界だ。
「行くぜ!」
次の攻防で勝負を決める。俺がそう考えて残りの魔力を追加で投入し、落ち葉が堆積した柔らかい地面を蹴ろうとした次の瞬間、ギリースーツは忽然と消え去った。
「なん…だよ…そ…れ!?」
ギリースーツが消えた直後、視界が揺れた。
魔力を全部使ったせいで気が抜けたんだろうか。
ああ、だめだ…
立ってられない…
こんなの、いつ以来だ…?




