ラストリゾート 3
俺が一美のハートの導火線(怒)に火をつけたせいですっかりおかんむりの一美とお守りの花鳥を残して、俺と風月と矢納は昨日と同じ入江にやってきた。
ちなみに一昨日使用した花鳥の爆弾をカードにチャージしてきているので今日の釣果は期待できる。
「ちなみに、相馬さん。魔法がつかえるんであれば、網を作ったりとかはできないんですか?そのほうが爆弾よりは環境にもやさしいだろうし、この島にいつまでいるかわからな以上、無駄に資源にダメージを与えるのはどうかなって思うんですけど」
「網?地引網みたいなのか?」
「ええ。できませんか?こう、網の目を調整すれば稚魚とかは逃がせるかなって思うんですけど」
「ああまあ…できないこともない…な」
というか、そっちのほうがリールとか機構が複雑な釣り竿を出すより簡単だ。
「じゃあそっちにしましょうよ。爆弾なんて危ないですし」
「そうだな…」
「さすがミッコさん。誰かさんより頼りになるねえ。いやあ、あたしも爆弾でドカーンっていうのはエコじゃないなあって思ってたんですよー。いやですよねえ、野蛮人って」
「うるせえ!お前だって今の今まで爆弾漁する気だったくせに!」
っていうか、その野蛮な爆弾は、風月の姉の花鳥の作なわけだが。
「いやあ大漁大漁」
「やっぱりミッコさんの言う通りにして正解だったっすねー…誰かさんの案じゃなくて」
「網を出したの俺だけどな!」
「いやいや、相馬さんにはちゃんと感謝してますよ」
「してますよぅ」
「語尾を小さくされるとすっげえ馬鹿にされている気分なんだけど!」
「だって馬鹿にしてるし」
「ああそうか。じゃあ風月は今日の晩飯は魚なしな。アイデア出したのは矢納で網を出したのは俺なんだから文句ないよな」
「くっ…この人でなし!」
「うるせえ、このごくつぶし。せめてもう少し魔法の種類を増やす努力をしろ」
「し、してるし!」
「まあまあ相馬さん。風月さんのは照れ隠しというか、ほら、ツンデレですから。そう思ってみると可愛いじゃないですか。ほらほら、目を閉じて。想像してみてください。下級生のちょっと馴れ馴れしい男勝りな女の子が大好きな先輩に対してちょっと意地悪しちゃう。甘えちゃう。でも素直になれない…からの~~」
矢納はそういって「ほらー」と言いながら風月を指差し、風月も「べ、別に…」とか言いながら少し顔を赤くしながら頬をかいている。
……まあ、ツンデレ好きならたまらないんだろうな。
「俺、ツンデレってわかりづらいから嫌いなんだ」
「お前本当に最悪な!少しは女心を勉強しろよな!」
そう言って風月は俺の手から魚の入ったクーラーボックスもどきを引ったくると、肩を怒らせてベースキャンプのほうへと歩いていった。
「……あのさあ、一美。なんで俺だけ魚ないの?っていうか、なにこの葉っぱ。これって丘の上に生えてるやつだよな?しかも生だよな?」
「相馬さんだけ特別です。あ、そうそう。その葉っぱは食べるだけじゃなくて、すりつぶして肌に塗るとウルシオールっていう成分が作用してとても素敵なことになるんです」
「要するにウルシの葉っぱじゃねえか!」
最悪魔法でプロテクトすれば大丈夫だろうけど、しないで食べたら唇がかぶれるところだったぞ。
「たしかウルシの葉っぱって食べられたはずですから、大丈夫ですよ」
「……本当だろうな?」
「まあまあ、天ぷらとかで食べられる種類があった気がしますし、大丈夫ですよきっと」
険悪な俺と一美の雰囲気を察したのだろう。矢納が俺たちの間に割って入る。
「これがそうなのか?」
「さあ?」
矢納がそう言って肩をすくめるのと同時に一美と花鳥と風月も肩をすくめて首を傾げてみせる。
「何!?俺、お前らになんかした?」
「あれ…?まさか相馬さん」
「心当たりないとか言っちゃう感じ?」
「言っちゃう?」
「もはや言ったも同然ですね!」
いやまあ、一美のは昨晩のことがあったし、風月にしても昼間『ツンデレ嫌い』とか本音がでちゃったしで、心当たりがないわけではないが。
「っていうか、なんで花鳥までそっちなんだよ。俺はお前に何もしてないだろ?」
「ノリで」
「ノリで!?」
「私、ノリと勢いだけはあるから」
そう言って無表情のまま親指を立ててみせる花鳥。
「この島で一番ノリと勢いがない花鳥がそれを言うのか…」
「乗りに乗っている人の尻馬に乗るのは成功するためのセオリー」
「あー…まあ、一美がこの島の胃袋を握っているわけだしな。そういう判断にもなるか」
「何を言っているの?私が乗った尻馬はミッコさん」
「矢納かよ!」
つまり、一美や風月がこんな風に俺を攻撃してきているのも矢納の差し金ということか。
やっぱり殺すとか殺さないとかはさておき、こいつはさっさと排除しておかないとダメだ。
「矢納。ちょっと話があるから、あとで今日漁をした入江に来てくれ」
「え、告白ですか?そんなことされて友達に噂とかされると恥ずかしいんですけど」
「違げえよ!っていうかお前、友達なんてこの島に居ねえだろ!?」
「そんなことないですよー。ねー?」
矢納がそう言って振り返ると一美と花鳥と風月がこくこくと頷いた。
…もうやだこの三姉妹。
「でも真面目な話。クリスマス直前ですし、ちょっとそういうこと考えちゃったりしません?」
「しません。というか奇数でカップリングなんてしたら、一人余るだろうが」
そしてそれは十中八九俺だろうが。
「ええと、私と風月がペアとして…一美姉さんと…」
「矢納だろ。なんかすごい仲良しさんみたいだしさ」
「あ、もしかして相馬さん、私とミッコさんの仲に妬いてくれているんですか?」
「ちがわい。単純に一人は寂しいだけだ。誰がお前なんかと」
「はいはい」
「ツンデレツンデレ」
「さっき人に嫌いとか言っておいて自分がツンデレじゃんか…」
「違うっつうに!」
「これがツンデレ…なるほど、アリですね」
ナシだよ!!何言ってんだよ一美は。
「あ、そうだ!もう一人、この島には相馬さんにぴったりな相手がいるじゃないですか」
「は?誰だよ」
「森蔵さんですよ」
そうかそうか、みんながキャッキャウフフしている間に俺だけ戦ってこいってか。
矢納は鬼かよ!?都かよ!?
「と、とにかくあとで来てくれ。わかったな?」
「わかりましたけど…ぶっちゃけ何を話したってこと、私は一美さん達に喋りますしここで言っても同じじゃないですかね」
なるほど。そういうやってはぐらかそうってわけか。
やるだけ無駄だと。もし疑いをかければみんなで俺を非難するぞと。そういうことを遠回しに言っているわけだな。
「……だとしても、一美達に話す前にお前に聞きたいことがある」
「ちょっとちょっと、なんですか、いきなり真面目な顔して。本当に告白とかじゃないでしょうね」
「真面目な話だから真面目な顔してんだよ。いいか、一美達は来るなよ。絶対にくるな。来たらもうお前らとは縁を切る」
「またまたそんなこと言って~あれでしょ、押すな押すな的なやつ」
「風月」
「なんだよ花鳥まで真面目な顔して」
「やめておいたほうが良い。これで万が一本当に相馬さんに縁を切られたら一美姉さんに風月が縁を切られることになると思う」
「え!?」
「生活能力ないんだから自重した方がいい」
「いや、それ花鳥にだけは言われたくないんだけど!でもわかったよ。花鳥の言うとおり、確かにここで相馬さんに切られて一美姉に切られるのは得策じゃないと思うし、今回は自重することにする」
「わかればいい」
風月が何をやらかしたとしても一美は風月を切ったりできないと思うけどな。
まあ、邪魔しないならなんでも良いんだけど。
「それで、お話ってなんですかー?私これでもいそがしいんですけど」
「何が忙しいってんだよ。食事の後片付けは一美が全部やってくれてるし、あとは寝るだけじゃねえか」
「そう。そうなんですよ。材料の調達はともかく、炊事は作るところから後片付けまで、すべて一美さんがやってくれているんですよね。つまり、相馬さんも風月さんも花鳥さんも何もしてない」
「お前もな」
「私はすごく感謝していますし、その気持もちゃんと伝えていますよ。相馬さんももう少し一美さんに感謝してもいいんじゃないかなと思うんですよね。ほらほら、だから一美さんの気持ちをちゃんと受け入れて、くっついちゃえばいいじゃないですか。私は森蔵さんのほうとよろしくやりますんで」
「…そうやってお前が話をはぐらかそうとしているのは理解した」
「ちぇっ…バレたか」
「ついでに正体もバレてるんだから素で話してくれてかまわないぞ。というかそのほうがお互いやりやすいだろう」
「………じゃあ素に切り替えるわ」
矢納はそう言って今まできっちり着込んでいたシャツを少し着崩して「ふうっ」と1つためいきをついてから、再び口を開いた。
「ねえひなた。あなた一体なにを怖がってるわけ?実際、一美のことは憎からず思っているわけでしょ?」
「まあ、嫌いじゃねえよ。というか好き嫌いで言えば好きだと思うぞ。面白いし、話してて楽だし」
「だったら応えてあげればいいじゃない」
「だから、そうやって俺の話をはぐらかそうとしたってだめだって言っているんだよ」
「はあっ!?今更私がなにをはぐらかすっていうのよ」
「はぐらかそうとしてんじゃねえか。お前が認めたとおり俺とおまえは敵同士なんだ、のんきに一美の話なんてしている場合じゃないだろ」
「敵……?」
「お前が生倉の手下か教団の人間かは知らないがな、魔法少女なんてもんになっちまったとは言え、やっとクソみたいな親父の呪縛から逃れて一美達は平穏な暮らしを手に入れかけてるんだよ。もうそっとしておいてやってくれ」
「……」
「なあ、お前にわかるか?小さな子どもたちが、敵も味方もろくでなしみたいな状況で必死に生きることの大変さが。自分のものじゃない罪で責められたり、自分のあずかり知らないところで祭り上げられたり、殺されそうになったり。そんな異常な日常が理解できるか?年代的にお前は一美と同じくらいか、ちょっと上くらいだろ?教団関連だったとしたら最近入った新参者だろう?生倉の仲間だったとしても、一美達が抜けたあとに入ったやつだろ?なんとか適当にごまかしてあいつらをそっとしておいてやってくれよ」
「ああ、そういうことか」
ポツリと、矢納が他人事のようにそうつぶやいた。
そしてなぜだか俺はそれがすごく癪に障った。
「聞いてんのか!」
「聞いてるわよ。だったら、あんたが一美を幸せにしてやればいいんじゃないの?」
「え?」
「例えば私が何かを画策して一美を傷つけようとか殺そうとかしたところで、あんたが守ってやればいいだけなんじゃないのって話をしてるの」
「いやいや。そういう話じゃないだろ」
「そういう話なのよ。一美を守りたいっていうなら、あんたが自分で守ってみせなさいよ例えば私が教団の人間で一美を殺そうとしたってあんたが守ってあげればなんの問題もないでしょう?」
「まあ………正直な話そのためにここに呼んだっていう理由もなくはない」
「どういうことかしら?」
「つまり――」
ここでお前を殺す。と言おうとした俺の目の前を、一発の銃弾が通り過ぎていった。
いや、銃弾じゃない。
炸裂音もしなかったし、一瞬だったから自信はないが、多分あれはBB弾だ。
BB弾とは言え、弾の速度は相当はやかったので恐らく何らかの魔法が付与されているはずで、致命傷にはならずともそれなりにダメージはあるだろう。
「どうしたの?」
「いや、多分ギリースーツの奴に撃たれた」
「その割に元気そうだけど」
「正確には目の前をかすめていっただけだし、弾も実弾じゃなくてBB弾だったからな」
「ああ、それで炸裂音がしなかったんだ」
「………」
「なによ」
「どう考えても、俺にはもうお前がカタギには思えないんだけど」
「………火薬が爆発する勢いで弾を飛ばすんだから音くらいするかなって思って」
そう言って露骨に視線をそらす矢納。
「結局のところ、お前ってなんなんだ?」
「だから、小型機のパイロットよ」
「んなわけ―あだっ!」
側頭部に痛みを感じて足元を見ると、BB弾が落ちていた。
なるほど、さっきの一発を見て修正してきやがったってことか。
「とにかく今は――いだだだだだだっ!」
数発のBB弾を連続で受けた俺が弾が飛んできた丘の方を見ると、ギリースーツがもぞもぞと動いているのが見えた。
「ええと…大丈夫?」
「大丈夫じゃねえよ!やっぱりお前敵だろ!あいつとグルだろ!」
「いやいや、私は敵じゃないわよ。神に誓って」
「神、ねえ」
そう言えば、昔自称神だった奴が宗教法人持ってたなあ。
「なに?というか、追いかけなくていいの?ギリースーツの彼女、逃げちゃうわよ」
「チッ、おい矢納!お前は先に一美達のところに帰ってろ」
「そんなー、途中で襲われたらどうするんですかー」
「俺にとっちゃ願ったり叶ったりだよ。じゃあな」
俺はそう言って魔法で出したマグライトを矢納に渡してからギリースーツの後を追った。




