ラストリゾート 2
「お察しの通り一美姉さんは処女」
「いやそういうことを聞いているんじゃないんだ。というか別に俺は何も察してないからな」
前日の釣果を鑑みて普通に釣りをしてもらちがあかないと判断した俺は、ダイナマイト漁を試すために、風月ではなく花鳥をつれて入江にやってきていた。
そこで俺は昨日風月に聞いた深海姉妹の過去について探りを入れるつもりだったのだが、花鳥は俺がそのあたりのことを聞く前に、先制攻撃とばかりにえらいことを口走った。
「そう?風月が『あいつ絶対一美姉狙ってるわー、もうちょっと押せば絶対行けるわー』って言っていたからあなたが気になってそうな情報を教えたんだけど」
「狙ってねえし、そんな情報気になってもいねえよ」
「でも実際、いつまでも男やもめというのもさみしいんじゃないの?」
「まあなあ、寂しいか寂しくないかと言われれば寂しいんだが…あ、爆弾くれ」
「ほい」
花鳥が放ってよこした爆弾を海に投げ入れると、小さな水柱が上がりプカプカと数匹の魚が浮いてきた。
「もっと獲れるものだと思ってた」
「いや、こんくらい取れれば充分だろ。これ以上獲っても食いきれないで腐らせちゃうしな。だから小さめの入江で、小さめの爆弾を使ってやったわけだ」
「一美姉さんは干物作れるから少しくらいなら大丈夫だと思うけど」
「あいつなんでもできんのな。まあ、あまり取りすぎるのも良くないから、このくらいで充分だ」
魔法で作った網で魚を回収してベースキャンプにしている小高い丘の上に向かう道すがら、花鳥がおもむろに俺の服の裾を引っ張った。
「ねえ」
「ん?」
「何かいる」
そう言って花鳥が指差した方向を見ると、たしかに茂みの中をガサガサと何かがこっちに向かって進んでくる気配がする。
「っ…!」
そして、近づいてくる気配に息を呑みながら花鳥が爆弾を取り出し…って
「こらこら、爆弾を出すな、爆弾を。必要なら俺がやるからお前は後ろに下がってろ」
その辺が吹っ飛ぶくらいなら良いけど、うっかり山火事をだしてしまうと後々面倒だしな。
そんなことを考えているうちに気配は俺達のすぐ目の前まで迫ってきている。
そして――
「ああっ!人!やっと人に会えた!」
茂みから出てきたのは一美達の雇っていたパイロットだった。
「……パイロットさん、無事だったんだ」
っていうか、なんでこいつ無事なんだ?俺たちでも脱出するのが結構ギリギリだったのに。
「その…私はパラシュートで脱出しまして…それよりも、お二人ともお元気そうでなによりです」
そう言ってパイロットは訝しげな目で俺と花鳥を見る。
ああ、そうか。むしろパラシュートで脱出したパイロットからしてみれば、一緒にパラシュートで降下せずに魔法でここまで飛んできた俺達が生きているほうが不思議なんだよな。
「ちなみに、この島にいらっしゃるのはお二人だけですか?」
「いや、あとの二人も一緒に流れ着いたよ」
「そうですか、それはよかった。一美さんと風月さんもお怪我はなく?」
「ああ。ふたりとも元気だ。怪我らしい怪我もしてない」
そう言ってホッとした表情を浮かべるパイロット。
まあ、雇い主は一美だし、一美が生きてないと報酬も出ないだろうしな。
とはいえその報酬もこの島をでて文明のあるところに戻らなければ使えないし、そもそも小切手を換金することも振込口座からおろすこともできない。
「ええと、相馬さん、私に何か?」
「いいや、別に。男が交じると、着替えとかいろいろ面倒だなってだけの話だよ」
「いや、それは今更むぐっ――」
確かに花鳥の言うとおり今更ではあるんだ。一応俺は三人が近くの沢で体を洗っている時なんかは気を使うようにはしているし、トイレなんかについてもしっかりと取り決めをした。
だが、そんなことをわざわざこいつの前で言う必要はないし、今まで以上にしっかりと取り決めをしてしかるべきだろう。
「私、もしかして、相馬さんにすごく警戒されています?」
「はっきり言ってしまえばそうなるな。女4人のところに男が一人。これで警戒するなってほうがどうかしているだろう?」
「い、いやいや、一体何を――」
「自分にそんなつもりはありませんってか?だけどな、生命に危険が迫っているときこそ生殖本能っていうのは強くなるもんだって聞いたことがあるぞ」
「あの、すみません、私これでも一応女なんですけど」
「………え?」
まあ、そう言われてみればスレンダーで背が高い女性に見えないこともない…ような…
「一美姉さんは女ばっかりの旅行に、面倒事の種になりそうな人間を何人も入れるほど無能じゃない」
そんなことを言いながら花鳥は『あらやだこの人なに勘違いしちゃっているのかしら、はずかしー、プークスクス』とばかりに口元に手を当てながら笑う。
こいつは普段口数も少ないし表情も乏しいのになんでこんな表情ばっかりうまいんだろう。
食事のあと、そう言えば名前を聞いてなかったなと思い、俺がパイロットに改めて自己紹介をして名前を尋ねると、彼女は自分の名前を教えてくれた。
彼女の名前は矢納美津子。
一美が日本で雇ってそのまま南アフリカまで一緒にやってきた日本人のパイロットらしい。
「いやあ、一美さんはすごいですよね!あの若さで社長で大富豪ですよ!」
「そうだな」
矢納と合流した翌日。
一般人がいる以上今日からは魔法で出した爆弾を使って派手にダイナマイト漁をするわけにも行かず、こうして再び魔法で出しておいた釣り竿を使って糸を垂らしているのだが、釣りの経験があるわけでもない俺と矢納のペアに釣果が期待できるわけもなく、昼を過ぎているというのにボウズのままだ。
もちろん、俺だってここ数日釣りをして多少はスキルがあがっているし、花鳥や風月、それに一美の記憶を頼りに糸や仕掛けや針の改善にも努めてきた。
その証拠に一応魚は集まってくるようにはなったのだが、魚が寄ってくると――
「私、一美さんに初めて会うまでは深海インダストリの社長ってもっと年上の人だと思ってて!」
数日間一人で島をさまよっていたせいで人恋しかったらしい矢納が大声で喋るので逃げてしまうのだ。
つまりここ数日の改善活動は矢納のせいですべてパー。というか、こいつの性格は本当に魚釣りに向いてないと思う。
「元気なのはいいけど、ちょっと黙っててくれないか?せっかく釣れそうだったのに今だって魚が逃げちまったし」
「あ……すみません」
そういって矢納はしゅんとして寂しそうに肩を落とした。
そしてしばらく神妙そうな顔をして釣り竿の先を眺めていたが、突然息苦しそうにうなりだした。
「どうした?」
「いえ!………なんでも…ないです…ちょっとおしゃべりできないのが辛いだけなんで」
おしゃべりできないと死んじゃう生き物かなんかなのかこいつ。
「まあ、今くらいの普通の声なら大丈夫だと思うから、多少なら喋っても大丈夫だぞ」
逃げた魚も寄ってきている気配が――
「ホントですか!?」
また逃げたけど。
「すみません…」
なんていうか、こういうところはちょっと桜に似てるなあ、こいつ。
「相馬さんはどんな縁で一美さん達と?」
「そうだなあ…合縁奇縁というか」
愛怨消えんというか。
「それだけじゃわからないですよ」
「複雑なんだよ。俺達の関係は」
「そうなんですか……」
お互い、嫁の仇と両親の仇とも言える人間同士なわけで、花鳥や風月が言うように一美が俺とどうこうなるなんていうことはまずありえないし、俺は大人みつきが言っていたことも、一美がなんかなついている演技をして来るのもブラフだと思っている。
「それより矢納」
「なんですか?」
「たしか、もう一人パイロットがいたよな?」
「ふぇっ!?……あ…あー……彼は尊い犠牲になったのです」
「彼?昨日の花鳥の話からすると、ふたりとも女なんじゃないのか?」
「彼女。言い間違いですよ、言い間違い」
「そうか、言い間違いか」
言い間違うか、そんなこと。
それに、本当に同僚が尊い犠牲になったのなら、カタギの人間があっけらかんと「彼女は犠牲になった」なんて言えるわけがない。
そういった諸々のことを鑑みて、自家用ジェット襲撃事件において、こいつは限りなくクロに近いグレーだと俺は見ている。
「えっと、なんでしょう?」
「いいや、なんでもない」
問題は、こいつの所属している組織がなんであるかということだ。
どこかの国のエージェントなのか、一美を釈放するときに襲ってきた教団の成れの果ての組織なのか、例の生倉の関係者なのか、それとも新たな敵勢力か……まあ、何かされるまえに殺しておくのが得策かもな。
一美達には矢納は魚釣り中に海に落ちて沖に流されたとでも言っておけば……
「魚釣れましたかー?」
「………すげえタイミングだな」
「え?何がですか?」
そう言って、きょとんとした表情で首をかしげる一美。
「別に。俺達の釣りはこれからだってときにわざわざ声をかけてくるなんて酷い奴だなって話だよ」
「あ……」
「(察し)って顔すんなよな!」
「お二人は仲がいいんですねえ」
「ええ。阿吽の呼吸ですから。ねえ、相馬さん?」
「はいはい、そーですね」
「なんで相馬さんはそうやって私にだけ冷たいんですか!」
「別に。誰に対しても冷たい奴ってだけだ」
「ブフォッ」
何故か突然矢納が吹き出した。
「なんだよ。何がおかしいんだよ」
「いえいえ、私はまだ一晩一緒にいただけですけど、皆が寝静まったあとに一人で見回りに行ったり、翌朝の飲み水を沢まで汲みにいったりしている人が、『自分は冷たい人間だ…』なんてかっこつけて言っているのがもうおかしくておかしくて」
「違うから、それは万が一この島にクマとかが居て寝込みを襲われたら面倒だから警戒していただけだし、飲み水は寝起きに自分が飲むためだから」
「はいはい、そーですね…こんな感じでいいですか、一美さん」
「GJです、ミッコさん」
そんなことを言いながら親指を立てて笑い合う一美と矢納。
クソっ、なんかこいつと一美がそろうと調子が狂う。
ちなみに島の見回りや水くみはカードオーブジョーカーを使って狂華の魔法で行っているので実際に俺が歩き回っているわけではないし、一美たちのためだけにやっているわけでもないのだ。
「それと、ありがとうございます、相馬さん」
「さっきも言ったけど、ついでだ。ついで」
まあ、一美たちのためにやっていることではなくても、一美達のためになっていることではあるわけで、お礼を言われるのは、やぶさかではなかったりする。
そしてその夜。
俺が夜の探索を仕掛けてぼんやりと星空を見上げていると、隣に一美が座った。
「今日も見回りですか?お疲れ様です」
一美はそういって屈託ない笑顔を浮かべる。
「いよいよ寝首をかきに来やがったな。だが残念ながら俺はまだビンビン起きてるぞ」
「あの、いい加減変な疑いを持つのやめてもらえませんか?そもそも私が相馬さんの命を本気で狙っているなら花鳥と風月にも協力させて三対一で、なんだったらミッコさんも巻き込んで四体一で挑みますよ。そのほうが勝率も上がりますし」
そうだった。この島は一美派が多数で、ひなた派は俺一人しか居ないんだった。
「まあ、それはさておき、私も昨日の昼間に自分の魔法で島を探ったんですけれど、特に何か危ない生き物がいるとか、そういうことはなさそうでしたよ」
「まあ、お前の魔法じゃそうだろうな」
「む……もしかして私の事、馬鹿にしてます?」
「いや、これは単純に練度の問題で、長いことスレンダーマンを使い続けてきた狂華に比べると経験の浅い一美の魔法は一段、二段落ちるんだよ」
「相馬さんだって狂華さんのを借りているだけのくせに」
「だから狂華の魔法ってちゃんと言っただろ。というか、実は俺、今日の昼に変なもん見たんだよ」
「へんなもん?」
「人間大くらいの動く物体。ちょっと離れていたし矢納もいたから魔法で追跡とかはできなかったんだけど、あれは見間違いとかじゃないと思う」
「私とか花鳥とか風月を見間違えたという可能性はないですか?」
「お前らはギリースーツとか着ないだろ?」
「ギリースーツ?」
「スナイパーなんかが着る、服の周りに葉っぱっぽい飾りの付いた服だよ」
「確かに私たちはそんな服は着ませんけど…見間違いとかではないですか?」
「見間違いならそれでいいけど、誰かいて例えば一美…」
「私?」
「いや、新しい敵性宇宙人だったり、例の生倉一派だったりしたら面倒だなって話だよ」
「今、なんで私の名前呼んだんですか?」
「なんでもねえって」
「ふーん……」
「だからなんなんだよお前のその『わかってますよ』って感じの察し顔!」
「別に深い意味はありませんよ。相馬さんは変わらないなあと思っただけです」
「え?」
「いつも私の事守ってくれようとするなーって、そう思って」
確かに拘置所から出した時や、都に三人のことを頼んだときは一美達を守りたいと思っていたが、ついこの間のことで、俺が変わらないなんて大層なことを言うほど歴史がある話でもない。
「まあ、気にすんな。袖触れ合うも他生の縁っていうやつだ。近くにいる奴が困ってるんだったら手助けくらいするさ」
「そうですか…じゃあ助けてほしいことがあるんですけど」
「なんだ?困り事か?」
「はい。実は私、好きな人がいるんですけど、その人確信犯なんだから鈍感なんだか――」
「ちょっと待て一美、ギリースーツを見つけた…丘の上だ、行くぞ」
「え!?ちょ…相馬さん!?待ってくださいって」
一美がそう言いながら、立ち上がった俺の服の裾を掴む。一美がどんなことで困っているのかは知らないが今は敵を追うのが先決だ。
「話なら後で聞くから。早くしないとギリースーツが逃げちまうだろうが!」
「魔法で追跡でもなんでもすればいいじゃないですか!」
「そんな器用に他人の魔法を使えるわけが――ああっ!スレンダーマンが壊された!どうすんだよ。今日使ったのが最後のスレンダーマンだったのに」
「そ、そんなの私の魔法で明日探せばいいだけでしょう?」
「今日の昼間に見つけられたかったのに、明日の昼間見つけることができるのかよ」
「そうやってまた私の事を馬鹿にして!みつけてみせますよ!見つけてみせますとも!」
一美はそう言って立ち上がると「相馬さんのバーカ!」と言って皆が寝ている木の下のほうへと歩いていった。




