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魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編

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台風コロッケ

「コロッケが食べたい」


 台風の影響で暴風が吹き荒れている中、テンションが上がって『ちょっと用水路の様子を見てくるわ!』と言って出ていき、案の定びしょ濡れになって帰ってきた朱莉が、濡れた髪の毛を拭きながらそんなことを言いだした。


「なんですか。いきなり」

 共用スペースのリビングダイニングで雑誌を読んでいた柚那は、(また面倒そうなことを言いだした)と思いながらも顔を上げて一応返事を返す。


「台風と言えばコロッケ。これは常識だろ」

「……いやいやいや。どこの常識ですかそれ」

「ネット。最近はネット以外でも知られるようになってきて、スーパーとかでも台風前にはコーナー作るとこもあるくらいだぞ」

「へー、そうなんですか」


 柚那は(これは本格的に面倒なことになるやつだ)と思い、気のない返事をして雑誌に目を落とす

 ちなみに今はすでに夕食後。夕食は台風で戻ってこられるかわからないし、外食も出前も難しいだろうからと、チアキが養護院の手伝いに出掛ける前に用意していってくれた。

 朝から都と出かけた狂華も雨と風で戻るのを断念したので今日、寮にいるのは朱莉と柚那、それに朝陽と優陽の姉妹だけだ。


「食べたいなあ……」

「太りますよ」

「コロッケ食ったくらいじゃ体型変わらないって」

「揚げ物をなめちゃ駄目ですよ。その一口が豚になるんです」

「だが食べたい」

「………」

「作って」

「言うと思った!私はコロッケの作り方なんか知りませんよ!?」

「俺だって知らねえよ!」

「何でキレてるんですか!」

「ちなみに柚那は作り方がわかればコロッケ作れる?」


 そういえば柚那が料理しているところを見たことないなと思いながら朱莉が訊ねる。


「なめてもらっては困りますね。私はこれでも料理ができることで有名なんですよ。アイドル時代にグループ内のお料理コンテストで審査員特別賞に輝いたほどの腕前です!それにこまちちゃんは私の料理がお気に入りで、撮影の時のこまちちゃんのお弁当は実は私が作ってるんですよ!」


 そう言って柚那は料理自慢のチアキに比べてやや頼りない胸を張る。とはいえ柚那と比べても更に頼りない胸の狂華がかなりの腕前なのだから胸の大きさは関係ないのだろう。


「そうですね。今晩二人で寝てくれるなら作ってあげないことも無いですよ」


 柚那があえて二人でと強調したのには理由がある。最近夜寝るときになると、やれ寂しいだとか、暗いところが怖いとかで朝陽と優陽がやって来るのだ。お陰で柚那は最近モヤモヤムラムラで欲求不満だ。


「わかった。じゃあスマホで調べるから作って…」


 朱莉がそう言ってスマホを取り出した時だった。突風が窓にドンッと強く打ちつけ、部屋の電気がフっと消えた。


「うわっ、停電か!?」

「結構強い風でしたからね、もしかしたらどこか電線が切れたのかもしれませんね」

「まあ、いいや。すぐに非常電源に切り替わるだろうし、ガスは出るし」

「え!?まだあきらめてなかったんですか?」

「吾輩のコロッケ愛は誰にも止められない也!」

「……えーっと、何か時代劇の人のネタなんですか?」

「なん……だと……?これがジェネレーションギャップか」

「朱莉さん、何だかテンションがおかしいですよ。そういうのはラジオの時だけにしてください」

「悪い悪い。もうすぐコロッケが食べられるかと思うとつい……あれ?」

「どうしたんです?」

「スマホが圏外だ。もしかしたらさっきの突風でアンテナ倒れたのかも。まあ、でも非常用電源に切り替われば館内の無線LANが使えるし別に大丈夫だろうけど」


 朱莉はそう言って楽観した表情をしているが、柚那は「んー…」と眉をしかめる。


「あの、朱莉さん。確か電源の切り替わりって1分もかからないはずですよね?」

「ああ、そう言えばそうだな。研修生寮のほうは……電気ついてるな」


 朱莉が窓から同じ敷地に建っている研修生寮を見ると、あちらの建物の電気は煌々とついているのが確認できた。


「じゃあ、この建物だけ非常電源も壊れちゃったってことですか……」

「そういうことみたいだな」

「じゃあ、今日はコロッケ諦めてもう寝ましょうよ。明日の朝台風が通過してから作って食べればいいじゃないですか」

「それじゃ台風コロッケじゃないだろ!」

「ちっ……面倒くさい、なんでこの人が恋人なんだろう」

「え?何?」

「何でもないです。でも作り方がわからないとどうしようもないじゃないですか」

「いや、まだ終わらんよ。世の中にはコロッケの作り方を歌詞に盛り込んだ素晴らしい歌があるんだ」

「へー、それはまたずいぶんニッチな歌ですね。アイドルソングですか?あ、もしかしたらMHKの料理番組とか」

「まあ、それだけ聞くとそう考えちゃうよな。実はアニソンなんだ。その歌の通り作れば多分問題なく作れるはずだ」

「じゃあ、やってみましょうか。手順を教えてもらえます?」

「おう、じゃあ今思い出すから―」


 朱莉が言いかけた時、二人の耳に朝陽の泣き声交じりのヘルプが聞こえた。どうやら暗闇で怖くて動けなくなっているらしい。


「―朝陽と優陽を迎えに行ってもらっていいか?」

「仕方ないですね。じゃあちゃんと思い出しておいてくださいね」


 柚那はそう言ってリビングを出ていった。


「じゃあ、柚那先生、よろしくお願いします。」


 懐中電灯の明かりで柚那の手元を照らしながら朱莉が深々と頭を下げると、エプロンをつけ、両手に包丁を持った、一見するとヤンデレスタイルにも見える柚那が仰々しくうなずいて返事をする。


「わかりました。まず、手順はどうなっていますか?」

「確か、ジャガイモをゆでるはずだ。で、ゆであがったら芋をつぶす」

「ジャガイモですね。じゃあ、そこの床下収納からジャガイモを取ってください」

「え?冷蔵庫じゃないのか?」

「冷蔵庫だと寒すぎてお芋が風邪をひくらしいですよ。料理番組でそんなことを聞いた気がします。チアキさんも色んなお芋をそこから出していましたし」


 朱莉が床下収納を開けると、ジャガイモの他、サツマイモなども入っていた。


「すげえ、さすが料理のできる人は違うぜ。俺、実家でも部屋でもめっちゃ冷蔵庫にしまってたわ。気を付けよう」

「さて、じゃあお芋を茹でますね」


 柚那はそう言って手早く芋の泥を落とすと、片手鍋に水と一緒に入れて火をつけた。


「あとは何でしょう」

「えーっと、みじん切り……包丁…」

「包丁をみじん切りにするんですか?できなくはないですけど……」

「いや、違うって。えーっと……そうだ!玉ねぎ!」

「はい、玉ねぎのみじん切りですね…みじん切り……みじん切り」


 柚那はしばらくブツブツ言いながらまな板の上の玉ねぎを見つめていたが、やがて意を決したように両手を振り上げると、まるで玉ねぎが親の仇であるかのように両手に持った包丁で何度も何度も、それこそ粉みじんになるまで叩いた。

 当然まな板の上から零れ落ちる玉ねぎも続出したが、大多数はなんとかまな板の上で踏ん張った。


「おお!プロっぽいぞ柚那!おれなんかチマチマやらないと上手くできないから尊敬しちゃうぜ!」

「そんな、褒めないで下さいよぉ。さ、次はどうするんです?」

「えーっと……ミンチを塩と胡椒で炒める、だったかな。で、芋と合わせて丸く握る」

「ミンチってなんです?」

「なんだろう……」

「ひき肉ですわ」


 柚那と朱莉が首を捻っていると、ソファーに座っていた朝陽が口をはさんだ。


「なければ、牛肉でも豚肉でも、塊のお肉を適当にスライスして叩いて細切れにしても代用できます」

「も、もちろん、知ってましたけどね」

「お、おう。そうだよな。柚那先生が知らないわけないもんな」

(お二人は一体何を作っているのでしょう……)


 あまり主張するのが得意ではなく、いろんな感情を自分の中に溜め込んでしまうのが、朝陽の悪い癖だ。そしてこの朝陽の癖のせいで、コロッケは、コロッケとは違う何かへと変貌して行くことになる。

先ほどと同じように両手の包丁で徹底的に叩かれたミンチはフライパンに投入され、玉ねぎとひき肉が適当に炒めた終わったところで茹であがった芋も、同じくフライパンに投入されて、フライ返しでザクザクとつぶされた。


(本当にいったい何を…!?)

「これでよしと。これを握るんですよね?」

「ああ、ちゃんとそれっぽい形に握ってくれよ」

「任せてください!」


 とはいったものの、ただでさえ油の量が多いうえ、肉からも結構な量の油が溶け出していて、その油を吸った芋はゆるくなっていて少し握りづらい。

 柚那は何とかそれっぽい形にしようとしたが、かなり不恰好なタネが出来上がる。


「つ、次!次はどうすればいいんですか?」


 タネがうまく握れなかったことで若干焦り気味になった柚那が朱莉をせかす。


「ちょっと待ってくれな。えーっと、小麦粉、パン粉に卵をまぶすんだったかな」


 正解は『タネに小麦粉をつけ、卵にくぐらせてパン粉をつける』のだが、中年の怪しくも悲しい記憶力ではここが精いっぱい。柚那はそもそもフライを揚げるのが初めてだし、実は料理がそこそこできる朝陽も二人が何を作っているのかわかっていないので助言のしようもない。

 かくして、パン粉が気持ち程度ついた、卵べったりの衣をまとったコロッケもどきが油の海に飛び込んだ。




「えーっと……これは…一体?」


 ろうそくの明かりに照らされたテーブルの上に置かれた料理を見て朝陽が怪訝そうな顔で首をかしげる。


「コロッケ(?)だ」

「コロッケよ」

「えっ!?ピカタとかではなくてですか!?」


 二人がコロッケだと主張するものにはパン粉がロクについていないためコロッケ独特のサクッとした歯触りは全く期待できそうにない。

 さらにそれだけならまだ食べられたかもしれないが、二人は「キャベツがないならレタスでいいじゃない」と、レタスの千切り(という名のみじん切り)を下に敷いているのでレタスから出た水分がさらにコロッケ(?)をまずそうに見せている。


「み、見た目は悪くても味は美味しいと思いますから……多分」

「そ…そうだよな、柚那はTKO23お料理コンテスト審査員特別賞の腕前だもんな」


(そういう審査員特別賞に選ばれるのって、大抵がゴリ押ししたいアイドルだったり、ネタだったりするのでは…)


 朝陽はそう思ったが、あまり主張するのが得意ではない彼女は朱莉がコロッケ(?)を口に運ぶのを黙って見ている。念のために言っておくが朝陽には悪気はない。


「ど、どうです?」

「……お、おいしいよ」


 朱莉はそう言って笑うが、彼女の顔に浮かんだ脂汗はろうそくの光という微弱な光源であっても見て取れ、むしろ微弱な光源だからこそ一瞬で表情が暗くなったのが正面に座った朝陽にははっきりとわかった。


「本当ですか!よかった!」


 表情が暗くなった朱莉とは反対に、パッと明るい表情になった柚那が、必死の思いで一つ食べ終わった朱莉の皿に大皿からコロッケを取り分けた。


「え、ちょ……柚那も食べなよ」

「こんな時間に食べたら太っちゃうって言ったじゃないですか」


 念のために言おう、柚那にも悪気はない。彼女に落ち度があったとすれば、料理大会の審査員特別賞をもらった時点で「ああ、なんだ自分料理できるじゃん、ふふん。天才」と慢心してしまったことだろう。


「ささ、朱莉さん。もっと食べてください。もっともっと。それが終わったら……でゅひっ!」

「……朱莉さん、柚那さん。今日はもう眠くなってしまいましたので、わたくしは先に休ませていただきますね。あ、ろうそく一本いただきますわね」


 吐きそうな顔をしてコロッケ(?)を食べる朱莉、脳の病気なんじゃないかと思ってしまうほど、にやけている柚那を見て、朝陽は(もう収集つきませんわね)と早々に見切りをつけて、懐中電灯を持ってリビングを出ていった。



「……と、いう悲しい出来事があったのです」


 次の日曜日、朝陽は寮に遊びに来ていたみつきとあかりに、おいしそうなきつね色に揚がったコロッケを振舞いながら台風の夜の悲しい事件の顛末を語った。


「ゆあちぃ…柚那さんの料理コンテストの料理ってたしか消し炭みたいな……」

「今回はそこまでではありませんでしたけど、あれはちょっと……」


 そう言って朝陽は苦笑いを浮かべる。

 うっかり柚那に聞かれでもしたら、泣かれるか叩かれるか叱られるような話題だが、今日は朱莉と二人で出かけているので聞かれる心配はない。


「そういえばチアキさんが言ってたなあ。柚那の料理は見ているだけで気絶できて、一口食べれば一晩苦しみが続くって。だからあれはこまちじゃないと食べられないって」

「ドMですものね」

「ドMだからねえ」


 こまちと面識のある二人はうんうんと深くうなずく。


「そんなにひどいの?」

「朱莉さん、朝までトイレから出てこられなかったようですよ」

「うわぁ……」

「それは……」

「それはそうと、今日はどうしたんですか?朱莉さん達もチアキさんもお出かけですのに」

「ああ、今日はお兄ちゃんは関係ないんだ」

「まあ、関係なくもないんだけど、直接聞くより第三者視点で聞いたほうが参考になると思うから」

「参考?」

「うん、実は学校の宿題でね――」



コロッケは台風が来る前に買っておきましょう

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