MW 2
「うーん…こまった」
「どうしたの、アビー」
「いや、その…ね、さっきジュース飲みすぎちゃったかなって」
「ああ、そういうことでしたら、さっき飲み終えたボトルがありますよ」
そう言ってベスがニッコリと笑いながらアビーにレモンティのボトルを差し出す。
「……いや、そのボトルで何させる気?しないよ!?しないからね!?」
「なあに、誰も気にせんからそのカーテンの陰ででもしてくるがよい」
「なんで深雪はそんなに優しげな顔で私の肩を叩くの!?絶対にしないからね!?」
「それは、押すな押すな的な?」
「カチューシャもなんでちょっと楽しそうなの!?というかベスもレモンティのボトルをチョイスするなんて、悪意しか感じられないんだけど!」
「この感じ…やっぱり押すな押すなだと思う」
「ですね」
「違うから!って、ちょっと!なんで手をわきわきさせながらこっちに来るの!?」
「まあまあ」
「すぐに楽になりますから」
「ちょっとあんた達、さすがに緊張感なさすぎじゃない?特にアビーよ。この非常時におしっこ行きたいとかどうなのそれ」
そう言って、身体に爆弾を取り付けられた千鶴がやいのやいのと騒いでいる4人に白い目を向ける。
「いや、爆弾を取り付けられているのに仕事している人に言われたくないよ」
「だって、助けが来るまでやることないし」
「まあ、それは確かにそうなんだけどね」
生徒会室に仕掛けられている爆弾は千鶴の首元に取り付けられているものと入口のドアから窓、壁まで、部屋全体を覆うように取りつけられた生物の筋肉のようなフォルムを持つちょっとグロテスクなものの2つ。直に爆弾を取り付けられた千鶴が下手に動けないのはもちろんだが、展開した時に強い衝撃を与えると爆発するということを爆弾自身が説明してくれた二つ目の爆弾のせいもあって4人も脱出することができずに生徒会室にとどまり続けていた。
そして生徒会室にはもう一人、普段はこの部屋にいないゲストがいる。
「き、君たちはどうしてそんなに冷静でいられるんだ!」
つい先程千鶴に敗退して落選が確実となったもう一人の生徒会長候補、水口直人である。
「いや、泣き叫んでも状況がかわるわけでもないですし。ねえ、アビー?」
「なんで千鶴はそこで私に話を振るのかな?」
「いや、この中で一番泣き虫といったらアビーだし」
「そうですね」
「わかる」
「その通りじゃな」
「……最近はそうでもないもん。むしろベスのほうが半泣きの回数多いもん」
そんなことを言いながら早くも半泣きになるアビー。
「まあ、そうなんだけど、なんていうかね…」
「アビーの場合はそれがキャラになってるから」
「そうじゃな。カチューシャの言うとおりそういうイメージのキャラと言う感じがするのう」
「ええ、私はいじられキャラですけど、アビーはいじけキャラって感じです」
「皆の私に対する評価が散々で本当に泣きそうなんだけど」
「君たちは本当に緊張感がないけど大丈夫なのか!?魔法っていうのは本当にあるんだろう?」
「いや、さっきも言ったように、お姉が魔法少女になって以来、研修とか訓練とか受けていますから。もちろんこの子達も受けていますし…というか、爆弾持ってきた張本人が緊張感とか言わないでくださいよ」
「くっ…すまない…僕が爆弾なんか持ってきたせいで」
千鶴の冷たいツッコミと視線に耐えかねて、水口直人は本日五度目の土下座を敢行した。
「さっきも言いましたけどそんなことされても事件は解決しませんし、やめてください」
「君って奴はこんな僕を許してくれると言――」
「いや、鬱陶しいんで」
「くっ……!」
「先輩はなんでさっきから千鶴が何か言うとちょっとうれしそうなのじゃ?」
「そ、そんなことはないぞ!」
「ああ、思い出しました。この人、元千鶴ファンクラブの人ですよ」
「え?あれって同級生だけじゃなかったの?」
「上も居た。ね?」
そう言ってカチューシャが千鶴に視線を向けるが、当の千鶴は「そうだったっけ?」と首を傾げている。
「二年生は結構居ましたよね。流石に三年生は居ませんでしたけど」
「バレてしまってはしょうがない!そう、僕は千鶴様ファンクラブ会員番号055。水口―」
「だから鬱陶しいですって」
「くぅっ…!」
「……私は今、この人が生徒会長にならなくて本当によかったと思っている」
「そうだね」
「そうじゃのう」
「その言葉と視線、我々の業界ではご褒美です!」
カチューシャの言葉に頷きながらアビーと深雪が向ける軽蔑の視線を受け、水口が嬉しそうに身震いをする。
そして、それを見たベスがやれやれと肩をすくめながらドヤ顔で口を開く。
「はぁ…千鶴だけでなく可愛い女子なら見境なしということですか。まあ、私達のような可愛らしくも美しい女性にいじめられたいと思うのは万国共通の紳士の嗜み。しかたありませんこうして出会ったのも何かの縁ですし私も――」
「あ、君はあんまり好みじゃないからそういうのはいらない」
「なんでですか!?」
「いや、だから好みじゃないんだよ」
「二度も言われた!」
「そんなことよりベス、お姉に連絡ついた?」
「そんなこと!?なんなんですか、この学校の生徒会長選は鬼畜じゃないと立候補できないんですか…っと…ちょうどランスロットが接触しました。高山先輩とあかり先輩が一緒に居ますね…どうやらあかり先輩が来てくれるみたいです」
音声の送受信はできないが、ランスロットの目を通して状況を確認できるベスがそう報告をすると、水口を除く全員がほっと胸をなでおろす。
「あかり先輩なら安心だね」
「うん。この状況ならせんぱいが一番頼りになる」
「ま、お姉がくれば楽勝でしょ」
「邑田先輩はそんなに頼りになるのかい?」
「あたり前じゃないですか。それより先輩、この爆弾の出所について教えてもらえますか?」
そう言って千鶴がちょんちょんと爆弾に触れると、水口は申し訳なさそうな表情でうなだれる。
「最初にも言ったけど、僕はあれが爆弾だなんていうことは知らなかったんだよ」
「言い訳はいらないんで、誰があれを先輩に渡したか教えてくれませんか?」
「生徒会顧問の九蓋先生だけど…でも九蓋先生がなんでこんなことを?」
「あー……九蓋先生なら心当たりがなくもないかも」
「心当たりとはなんなのじゃ、千鶴」
「お姉たちのことがわかってからくるみちゃんが結構強引にいろいろやってたからね。それが気に食わなかったんだと思うな。いつもなんか言いたげにしてたし。そこを例の生倉に付け込まれたとかそんな感じじゃない?」
「そんなことくらいで爆弾だなんて…あれじゃないかな、悪趣味なジョークとか」
「人は結構馬鹿馬鹿しいことで人を殺す」
カチューシャが険しい顔でそう言って紙コップにジュースを注いで飲み干した。
「普通にこの国で中学生やっていたらわからないかもしれないけど」
「カチューシャ?大丈夫?」
「ごめん、何か僕がマズイこと言っちゃったのかな?」
「なんでもない。気にしないで」
「まあ、とにかく、魔力反応があるのは確かですし、わざわざ、今日この日に爆弾なんて言い出すんですから、ほぼクロでしょうね」
そう言いながらベスが壁で脈打っている爆弾に触れる。
「でも、先生なのに」
「教師の犯罪者など珍しくもないですし、医師の大量殺人者や、サイコパスの学者なんていうのもいるでしょう。職業だけで人を判断するのは危険では?」
「そーだね」
「だからなぜ私の時だけそんな反応なんですかあなたは!」
「いちいちドヤ顔するからイラッとするんじゃない?私もイラッとするし」
「千鶴!?」
「あー…」
「わかる」
「ベスはうっとうしいからのう」
「ちょ、アビー!?カチューシャ!?深雪!?」
仲間たちからの散々なコメントを聞いてベスがしょんぼりと肩を落としたところで室内を覆っていた爆弾が突然すべて消え去った。
「あんたたち無事!?」
そう言って何事もなかったかのような顔で生徒会室に入ってくるあかり。
「来てくれたんですね先輩!」
「さすがナノマシンのコントロールや変化に定評のあるあかり先輩じゃ!」
「せんぱいかっこいい!」
「ふふふ…さすがは私の愛する――」
「あ、そういうのいいからベスは黙ってて」
「ひんっ!…あかり先輩ひどい。でも悔しい…ちょっと気持ちいいです」
「顔を赤らめるな顔を。で、あとは千鶴についてるのだけ?」
「うん。ごめんね、高山先輩とのデート中に」
「まあ、これも仕事だからねー…と…あれ?」
「どうしたのお姉」
「……これなんだ?魔法じゃないぞ」
「魔法じゃないってどういうこと?」
「いや、魔力の痕跡はあるんだけど…そうだなあ、爆弾の外にカバーがされてて直接さわれないイメージ」
「外側のカバーを壊すとかすればいけるんじゃない?」
「それがトリガーで爆発するかもしれないから、それはできない。まあ、この爆弾を作った人間に聞けば良いんだろうけど、誰が作ったのかわからないし…」
「九蓋先生だってさ」
「え?」
「そこの水口先輩が九蓋先生からこの爆弾を受け取って生徒会室に届けろって言われたんだって」
「そっか。じゃあ職員室いって連れてこようかな」
「いやでも、そんなことをしているうちに千鶴の爆弾を爆発させられたりしたら」
アビーはそう言って心配そうな表情で千鶴を見るが、あかりは「大丈夫大丈夫」と笑う
「お兄ちゃんがどこから仕入れてきたんだかよくわからない情報によれば、結構な威力らしいから、巻き込まれる危険を考えると、自分が校内にいる時に爆発させるとは思えないんだよね」
「でも、九蓋先生がまだ校内にいるという根拠は?」
「あの人結構目立つ車に乗っているでしょ?さっき飛んで来る時にその車が駐車場に停まっているのを見かけたからまず間違いなく校内にいると思うよ。大事な車を爆発に巻き込んでバラバラにするようなことはしないだろうし」
そう言ってあかりが窓から外に目をやると、丁度九蓋教諭が車に乗り込むところだった。
「やっぱりいた。じゃあちょっと捕まえてくるから待っててね」
あかりがそう言って窓から飛び降りるとすぐにブレーキ音が聞こえ、その直後あかりが飛び降りた窓から九蓋教諭が投げこまれた。




