テロと選挙と文化祭 6
「ジュリも、それからついでに朱莉さんも絶対生きて帰ってきなさいよ!」
華絵ちゃんがそういってエリスちゃんと共に階段を降りていくのを見送ったあとで、俺は作業がしやすいように変身を解いた。
「よし、やるぞ!」
「あ、朱莉姐さんが二人!?」
驚いた表情でハッチがそう言って一歩後ずさる
「ああ、ごめんねハッチ。今まで黙ってたけど、私…というか、ジュリは元々俺、邑田朱莉が変身していた姿だったんだよ。さっきのやりとりを見ていてわかったと思うけど、朱莉は華絵ちゃんに嫌われているから内緒にしておいてもらえると助かるんだけど」
「それはハナから聞いてて知ってるけど……でもジュリが?本当に?」
「ああ」
「最初から?」
「ああ。転校初日から」
「うっっっっわぁ………」
「どうしたハッチどこか苦しいのか?」
なんかいきなり首まで真っ赤になって頭をかかえているんだけど、いきなり爆発とかしないよな。
「あ、あたし、前、ジュリにめちゃくちゃ朱莉さんのこと語っちゃったんです…けど」
「ああ、覚えてるよ。確か俺のファンだとか、フィギュア持ってるとか、あとなんだっけ…ああ、そうそうラジオにも手紙送ってきてくれてたよな」
これはハッチから聞いて思い出したのだけど、ハッチはラジオの公開録音のときも、流石にコンプリート組ではなかったものの東京会場には来てくれていて、さらには予算が無くなると不定期に行われる握手会なんかでも見かけたことがあった。
「あああああああ……」
「朱莉さん」
「あとほら、去年の握手会にも来てくれたりして――痛っ!」
「朱莉さーん?」
「邪魔するなよ鏡音。せっかくハッチをリラックスさせようと話をしているの…に!?」
「いい加減爆弾解除しないと手遅れになりますけど、ダラダラ話してるだけなら、もう僕は行っていいですかね?あと、リラックスどころかガッチガチに緊張させてるじゃないですか」
振り返ると、ものすごく怒った時の顔をした柚那が居た。まあ、おそらく柚那に変身した鏡音だろうけど。
「こ、今度は柚那さん!?」
「いや、こいつ偽物だから。だからさっきのハッチを見捨てるって言うのも朱莉さんの本心じゃないし、柚那の気持ちでもないからな。この本当の顔もよくわからない奴の勝手な一存だから」
「はいはい、そうですね。それでいいですからさっさとこいつの爆弾を処理しちゃいましょうよ」
「お前には、もうちょっとこう追い詰められた女の子を気遣ってやろうっていう気はないのか」
「はいはい、邑田さんはお優しいことで。おい東條」
「は、はい」
「触るぞ」
そう言って俺を押しのけた鏡音がハッチの胸に触れると、鏡音の手がハッチの胸にズブズブと吸い込まれる。
……あれ、多分恋の魔法と同じものだと思うんだけど。やっぱり前も使っていたカードオブジョーカーもどきでやっているんだろうか。
「ん……んん…くすぐったいん…だけど…」
「……ああ、これは僕一人じゃ無理だ」
しばらくハッチの胸を弄った後で、鏡音がそう言って手を抜いた。
「朱莉さんにも手伝ってもらわないと封じ込めは無理ですね。どうします?」
「やるに決まってんだろ」
「じゃあ手を。今の魔法を教えますので」
「教える?」
「教えるといってもコツのようなものですけどね。さあ、利き手を出して」
そう言って鏡音はカードオブジョーカーもどきを右手に持ち、俺に左手を差し出す。
「なあ、その魔法、どこで手に入れたんだ?」
「ノーコメント」
俺の問いかけに鏡音が短くそう答えると、カードオブジョーカーもどきが乗せられた右てのひらから力のようなものが流れ込んで切るのを感じ、その直後カードは灰になって消えた。
「この魔力の感じを忘れなければこれからさきも使えますから」
だとすると、ひなたさんのカードオブジョーカーとはまた違った能力…というか、デバイスなのだろうか。
「なるほど、反射だけじゃなくて変身魔法もやたら使ってくるなあと思っていたけど、そのカードでコツを学習したってわけだ」
「……変身は元々僕が僕の師匠に教わった魔法ですよ」
鏡音はそう言って少し不機嫌そうな表情になる。
……あれ?俺なんか地雷踏んだ?地雷っぽい会話なんてなかったと思うんだけど。
「とにかく、さっさと解除しましょう。んで、僕はもう一刻も早く帰りたいんですけど」
「あのさ、お前何怒ってんの?」
「なんでもないですよ。というか、解除するんですか?しないんですか?もう帰りますよ」
「わかったわかった。とりあえずさっさと解除しよう」
ハッチの胸の爆弾のタイマーは残り5分。さっきの口ぶりからすると鏡音は爆弾解除の方法についてわかっているようだから、多分大丈夫だろう。
「さて、じゃあまず何をすればいい?」
「僕が左側から手を入れますから朱莉さんは右からお願いします」
「了解」
「え…っと、もしかしてさっきのを二人でやるとかって…」
「もちろんそう言っているんだ」
なんでこの子さっきからハッチに対してだけやたらあたりが厳しいの!?
ハッチは被害者だって華絵ちゃん達も言っていたじゃないの。
「いや、あの…あれ、すっごいくすぐったいんだけど!」
そう言ってハッチが顔を赤らめる。
うん、たしかにあれはくすぐったいと思うし、何より胸を、というか体の中をまさぐられるのは年頃の女の子にしてみれば相当恥ずかしいだろう。
まあ、恥ずかしい云々以前に、俺の中身はおっさんだし、鏡音も本人申告によれば中身は男性なので倫理的にちょっとダメな気もするんだけど…今はそんなこといっている場合じゃないか。
「我慢しろ。死にたいのか?」
「う……」
……まあ、倫理云々とか緊急避難を置いておくにしても、ちょっと鏡音の言い方はあれだな。
「おいおい、女の子には優しくしなさいって、子供の頃親に言われなかったか?」
「…時間がないんだから仕方ないでしょうが。それに誰にでも親がいると思わないでほしいんですけど」
あ、今俺地雷踏んだ。鈍感だと言われる俺でもわかる。これはまちがいなく地雷だった。
「あのさ、鏡音」
「はぁ…やっちまったーって顔してないで、とりあえず、さっさとやりますよ。謝罪なら後で聞きます」
「お、おう」
あれ?意外に気にしてない?地雷じゃなかったのか、もしかして。
そんなことを考えながら、俺は鏡音に促されるまま、ハッチの胸元に手を差し入れ、爆弾の表面をさわる。
「彼女の体とつながっている部分があるのわかります?イカの胴体と足のみたいな」
「いや、なにそのよくわからない例え」
「邑田さんって料理やらない人なんですね。じゃあ上唇の中心と歯茎を繋いているやつみたいなのです」
「なるほど。これだな」
俺は指先で爆弾の表面からハッチの体に伸びている筋のようなものに触れる。
なるほど、たしかに上唇のあれっぽい。
「それがこっちにもあるんで、僕と邑田さんで同時にピッと切ります…ってどうしたんですか、険しい顔で口なんか抑えて。東條まで」
「い、いや、なんか自分のこれが切れるのを想像して痛くなっちゃって」
「あ、あたしも…」
「……ほんとうに面倒くさい人たちですね」
いや、そんな例え話を出されたら誰だって想像するだろ。
まあ、鏡音は全然動じた様子がないので、痛みに相当耐性があるか、もしくはその痛そうな感じが想像できないほど想像力が皆無かのどっちかなんだろうからわからないだろうけど。
「じゃあ、1、2の3で切りますよ。その筋を切ると数秒後に爆発するんで、すぐに僕と邑田さんですぐに爆弾に沿ってバリアを展開。そのまま屋上にでて爆発を見届けて戻ります」
「了解。ところで鏡音」
「なんですか?」
「これ、切ってもハッチには影響ないの?」
「………ないですよ」
………いや、お前隠し事下手すぎだろ。
おまえ実は朝陽かよって突っ込みたいくらいにキョドってるんですけど。
「どんくらい?」
「……よくわかんないですよ、こんなことした事例ないんですから」
まあ、金銭目的じゃない生倉達がわざわざ解除実験なんかやらないだろうし、そりゃそうか。
「予想される被害は?」
「聞いてどうするんですか?というか、それを聞いた彼女がパニックを起こして逃げ出したらどう責任を取るんです?」
「お前な!」
「……あたし、やっぱり死ぬの?」
「いや、大丈夫だハッチ。さっきも言ったけど多分君の体はもう魔法少女になっていると思うから、爆弾を取り除いた後は、俺が回復魔法でなんとか――」
「はぁ…僕がやりますよ。本当は回復魔法のカードは貴重なんでとっておきたいんですけどね。どういうわけか、これだけは僕自身では使えないから、本当は万が一の時に使いたかったんですけど、ここで東條に死なれても後味悪いし仕方ないです…ってなんですかいきなり人の頭をなでたりして」
「いや、意外に良いやつだなと思ってさ。まああれだ、お前がいざという時は俺が絶対に助けるから安心してくれ」
「僕の力を借りないと女子高生一人助けられない人が何を言っているんだか」
「面目ない」
「まったく…東條」
「は、はい」
「僕らが助けるから安心して任せてくれ。それと、僕の君に対する態度はちょっと行き過ぎていたかもしれない。すまなかった」
「いえ…」
……おじさんこれフラグに見えるんだけど。
ここで鏡音とハッチの意外なカップルが誕生しちゃうのか!?
付き合っちゃうのか?
「あ、あの。朱莉さん」
「ん?なんだいハッチ」
「なんか変なこと考えてません?あたしがこの子となんか…裸でエロいことしているような…」
「おおっと、ハッチの魔法はそっち系か。剣呑剣呑」
まあ、優秀なテレパス系の子って実は足りてないからね。そういうことならもしかしたらハッチもこっちに引き入れちゃってOKみたいな、それこそナッチがさっきいっていたようなJKチームの再編成なんていうこともあり得るかもしれない。
生倉達とつながりが皆無ではなかったとはいえ、ハッチはどちらかと言えば被害者なわけだし。
「……やっぱりこいつはここで殺したほうがいいのかな」
「なんでお前はそういうこと言うんだよ!」
「…えっ!?ちょ、君…」
「それ以上言ったら殺す。理由はわかるな?」
「う…うん」
ハッチったらなに見ちゃったんだろ。せっかく鏡音の表情がちょっと和らいできていたのに、最初に戻っちゃった感じなんだけど。
「邑田さんも、こいつの命が惜しかったら聞き出そうとしたりしないこと」
「わかったわかった。なんだかんだでお前は必要な情報は渡してくれるし、そのお前が秘密にしたいっていうんなら、秘密にしておいていいことなんだろう。だったら俺は聞かないよ。ハッチの命も惜しいしな」
「それを聞いて安心しました。じゃあ行きますよ。1、2の3!」
唇と歯茎の間のあれは上唇小帯というらしいです。




