テロと選挙と文化祭 5
「電話繋がった?」
「んー。無理っぽいね。メッセもぐるぐるまわってばっかりで送れないし、これは足で探すしか無いかも」
私の質問に答えたエリスはそう言ってスマホを制服のポケットにしまう。
「そうね。せっかく休憩の時間になったんだし、うだうだしてないでさっさとジュリとティアラ見つけて他のクラスを見て回りましょ」
「おー!」
校内が混雑しているせいかうまくつながらないスマホに見切りをつけた私たちは、もうすでにきているだろうジュリとティアラを探して歩き始めた。
今年仲良くなった二人の友人。
ジュリとは数週間一緒に過ごしたし、ティアラとは人生初の合コンを共にした。
ティアラはもちろん、ジュリともまだまだ付き合いが深いとは言えないが、それでも私とエリスにとっては大事な友人で、今日はそんな二人との絆を深めるチャンス。どこをまわってどんな楽しいことをしようか。そんなことを考えながらウキウキと歩きはじめて数分したところで、私とエリスは尾行の気配に気がついた。
「エリス」
「わかってる」
私もエリスもこれでも一応一通りの訓練は受けているので、こっちに意識を向けて歩いている人の気配くらいはわかる。
私とエリスはアイコンタクトでうなづき合うと、一目散に逃げ出した。
すぐに私たちは人の導線をさけ、来客用エリアから外れて校舎端の狭い階段を上に駆け上がる。
これでついてくるなら確定。それでいて、人混みから外れるので間違いなく犯人の顔も拝むことができるという寸法だ。
一気に屋上に続く踊り場まで駆け上がると、私とエリスは振り返り、犯人の顔を……
「え!?ハチ!?」
「なにしてんのよ蜂子。なんで私達の後付けたりなんて…」
問い詰めようとして近づいたところで、私は蜂子が泣いていて目の周りが腫れているのにきがついた。
多分、相当長い時間…下手したら朝から泣いていたのだろう。蜂子は普段のメイクバッチリな顔ではなく、ノーメイクすっぴんの顔で泣いていた。
「うっ…うぅ…助けてエリス、ハナ」
「助けるって何?っていうか、とりあえず泣き止みなさいよ」
私はそう言ってボロボロと大粒の涙をこぼして泣いている蜂子にハンカチを差し出す。
「てか、学校来てたんならちゃんとホームルーム出なよー。まあ、店番めんどくさかったし気持ちはわかるけどさー」
エリスはそんな風に冗談めかして言っているが、そんな理由で蜂子がサボったわけでも泣いているわけでもないことくらいはわかっているらしく。ポンポンと蜂子の肩を叩きながら私の目を見て頷く。
「とりあえず座って話そうか」
私は蜂子に階段の最上段に座るように促してその横に座り、蜂子を挟んでエリスも逆側に腰を下ろした。
「で、助けてって、どういうことなの?」
「あの…あのねっ、信じてくれないかもしれないけど、あたし、その…悪い魔法使いに魔法をかけられていて……」
「………」
「………」
「うわぁぁぁっ!やっぱり信じてくれないぃっ!」
あ、しまった。いきなり蜂子が魔法とか言い出すから、私もエリスも思わず真顔になってしまった。
「ごめんごめん、信じる。ちゃんと信じるから大丈夫よ」
「うんうん、信じるよ―。で、どうしたの?」
「……」
最初の反応が悪かったせいか、蜂子はわたしたちを疑いの目で見ている。
「信じるってば。私達のこと信じて」
「うん…その、あたしが悪い魔法使いに出会ったのは……その…」
「言いづらいことならはしょってもいいよ」
「ううん、言う。あたしがその魔法使いに出会ったのは、那奈を合コンに行かせた時なんだ」
「蜂子がドタキャンして、あたしとエリスとジュリが呼ばれたやつ?」
「うん…あれ、その魔法使いの指示で、最初全然意味わかんなかったんだけど、あの後その魔法使いとつるんでる不良が、たまり場がなくなったのはあたしがミスって誘導しそびれたせいだとか責任取れとかって言ってきて、それで誰かが那奈をハメるつもりだったんだって気がついたんだ。で、抜けようと思ったんだけど、だめだった」
なるほど、あの時ジュリが一人ででていったのはただ男子を追い返しただけではなかったということか。つまりジュリにあの時のことをどんなに聞いてもごまかすばかりで教えてくれなかったのは、魔法に絡んでのことだったからなんだろう。
元々のターゲットが那奈だったのか、蜂子がキャンセルすることで呼ばれるだろうと予想された私かエリスだったのか、それもはっきりとはしないけど、要は蜂子が利用され、その上で計画は失敗した。そしてその責任とやらを取るように今現在蜂子が脅されていると、そういうことか。
「ちなみにハチ。その責任って何?」
「……」
エリスが尋ねると、蜂子は階段の下にだれもいないことを確認してから制服のブレザーとベストを脱ぎ、ブラウスのボタンを外していく。
「ちょ、ハチ、あたしはそっち系じゃないんだけど!?そういうのはハナの専門っていうか」
失礼な。私はちょっとジュリのことが気になるだけの普通の男嫌いの女子高生だぞ。
「って、ちょっと蜂子。それ、なに?」
「うわぁ、痛くないの?」
思わず間の抜けた質問をしてしまうくらいに非現実的な光景が蜂子のブラウスの中に広がっていた。
ちょっとうらやましいくらいに育った彼女の胸の谷間から少し上。鎖骨の少し下あたりにめり込むように、絵に描いたような爆弾が存在していた。
「痛くない、痛くないんだけど、今日になっていきなりこんなのが出て来て。それで枕のところに紙が落ちてて、そんでハナとエリスに相談するように書いてあって……誰か夜中に部屋に入ったのかなとか、なんか色々なことで頭ぐちゃぐちゃになって…意味わかんなくて…怖いっ…!」
メモのくだりでほぼ確定だ。合コンの時も含めて狙いは私とエリスで間違いない。
おおかた、私達が弱いのを良いことに例のテロ集団が戦闘開始の狼煙代わりにでも使うつもりだったのだろう。本当は合コンの時におびき出してそうなるはずだったのにジュリがそれを打ち破り失敗した。それで今度は直接蜂子に爆弾背負わせて殺しにかかったと、そういうわけだ。
「ねえ、ハナ、エリス、これってどういうことなの?っていうかどうして二人は信じてくれんの?」
「あたしもハナもその魔法使いと同類…っていうと悪いやつみたいだけど、クローニクは本当にあった話で、あたしもハナも魔法が使えるんだよ」
「そういうこと。ところで蜂子。この爆弾についてその魔法使いとやらは何か言っていなかった?」
「こ、これ付けられたときはあたし寝てたし…」
「じゃあ前にでもいいや。何かその魔法使いの魔法について話しているのを聞いたりしてない?」
「えっと…確かメッセージがどうとか、時限爆弾がどうとか…」
なるほど、時限式か。だとしたらタイマーが何処かにあるはずだが、爆弾中央部にそれっぽい黒い枠があるだけでカウントダウンしているタイマーは見当たらない。
「タイマー、タイマーっと…ちょっとごめんね蜂子」
一応そう断ってから私は蜂子の胸に手を当て、爆弾の裏側が見えるようにしようと彼女の豊満な胸を押す……って、なんだろう、この屈辱的な気分。
「んっ…変なとこ、さわんないでハナ…」
「ちょぉ!変な声上げないで!?私がこれ幸いと蜂子の胸触ってるみたいに――」
「なるほど、これが朱莉さんが言っていた噂のクレイジーサイコレズ」
「違うわよ!」
っていうか、エリスになんて話をしてるんだあの馬鹿上司は!これだから元男性の魔法少女は!!
「タイマーはなさそうね。あとは配線とかもなさそうだし」
完全にめり込んでしまっていて裏側をちゃんと見れていないので断言はできないが、見えるところにはとりあえず無いので、次に私は表面に内部にアクセスするための開口部がないか、慎重に観察したり触ったりしながら調べていく。
「あ!そうだ思い出した!」
「爆弾について何か言ってたの?」
「確か、悪い魔女が触ると爆発するとかって」
悪い魔法使いにとって悪い魔女っていうとつまり――。
私が嫌な予感を覚えた次の瞬間、ピっと小さな音を立てて爆弾中央部のカウンターに数字が表示された。表示は1459から始まり、一番右の数字が58、57とカウントダウンを刻む。
「うわああ!やっちゃったー!」
私は思わず叫び声を上げるが、後悔している暇なんて全く。それこそ一秒だってない。
「エリス!ごめん非常ベル!」
「う、うん!」
言いたいことを理解してくれたのだろう。エリスは急いで一つ下の階まで駆け下りて行く。
「は…ハナぁ…」
「ごめん蜂子。でもなんとかするから」
なんとかする方法なんて全く浮かばない。でもやるしか無い。
非常ベルと、その非常ベルが引き起こした喧騒を聞きながら、私はできるだけ冷静を装って、蜂子を見る。
どうだろうか。私はちゃんと冷静な顔をしているだろうか。
いや、多分できていないんだろう。蜂子の顔がみるみる不安そうになり、すぐに声を上げて泣き始める。
結構な音量で泣いているというのに、喧騒にかき消されてしまっているのか、誰かが様子を見に来る気配はない。
誰も気づいてくれないなんて冷たい。なんて、そんなことを言うつもりはない。
蜂子には悪いが、死ぬのは最低限の人数で十分だ。スイッチを入れてしまった以上、私は付き合おう。
エリスは多分嫌がるだろうけど、この爆弾の特性をジュリや朱莉さんに伝えてもらわなければいけないので逃げてもらおう。というか、最悪、そこの窓から外に放り出してでも逃がすつもりだ。
「ねえ、ハナ、やだよ、あたし死にたくないよ」
蜂子がすがるように私の制服をつかむ。
「大丈夫………なんとか、なんとかするから」
なんとかするなんて、できるわけがない。
未熟者で半人前の自分にできることなんてたかが知れている。
本当だったら、さっさと朱莉さんなり、本部なりに連絡するべきだったんだ。
携帯が使えなくても職員室の電話や校内に一台だけある公衆電話だったら連絡がついたはずなんだから。
だというのに、私は敵を侮った。朱莉さんを信頼していなかった。
なんとかするなんて言いながら何も浮かばないし、浮かんだとしてもそれを実行するほどの魔力も技術も私にはない。
できることと言えばこの場で友人に嘘をつき続けることくらいだ。
大丈夫と、言えているか?嘘を付き続けていられているか?
音が遠い。もう自分の声もよく聞こえない。
私はなんて言っている?蜂子はなんて言っている?
「ハナ!」
頭がクラクラして、何もわからなくなりかけたところで、私は強く肩を揺さぶられて正気に戻った。
「エリ…ス?」
「なにぼーっとしてんの!しっかりして!」
「…あんたは逃げて。私は責任を取ってここで――」
「ここで死ぬ。とか言わないでよね」
「あ………じゅ…」
「そんな今にも死んじゃいそうな弱気な顔、華絵ちゃんには似合わないと思うな」
「じゅ…」
「JKのリーダーは強気でいてくれたほうが私もエリスちゃんも安心して仕事ができるんだけどな」
「ジュリ!ほ、本当にジュリ?幻とかじゃなくて?」
「うん。頼れるJKチーム3人目のメンバー、ジュリちゃん参上だよ」
「あたしが非常ベルを押した時にたまたま近くにいたらしくてうまく合流できたんだよ」
「ハチ、大丈夫?」
「那奈まで!?ちょっとエリス、なんで那奈を連れてきたのよ、これじゃ――」
「大丈夫。あーしも魔法使いだからね」
そう言って、那奈は指先から炎を出してみせる。
「西澤那奈とは仮の姿…JK四番目のメンバーJK4参上!なんつって」
「ナッチそれダブった感半端ない」
「あー、それっぽい。じゃあJK…なんだろ」
「色とかじゃない?」
「って!なんで那奈は普通に魔法使っててジュリもエリスもそれを受け入れてるのよ!」
「まあそれは事件を解決してからおいおい話をするとして。来る途中でエリスちゃんに軽く聞いたんだけど、爆弾がハッチに埋め込まれているんだって?」
「うん、そうよ」
「そっか……どうしよっかなあ…」
そう言ってジュリは大きく息を吐いてから頭を抱えるようにして唸る。
「どうする?あーしが燃やしてみよっか?」
「来る途中にも言ったけど闇雲に魔法使ってもなんともならないからね」
「ほーい」
なぜだろう。こんな時なのに那奈もエリスも普段通りの感じだし、心なしか蜂子も少し安心しているようにみえるし、かくいう私もジュリが現れてから何とかなりそうな気がして――。
「正直どうにもならんと思うぞ」
いつの間にか、階段の下に朱莉さんが立っていて、冷たくそう言い放った。
「だっ………どうにもならないってどういうことですか?諦めるんですか?邑田朱莉さんが?諦めませんよね?邑田朱莉は」
ジュリはそう言って階段の下に立っている朱莉さんを睨む。
「簡単な問題だろう?幸い残りの爆弾は解除されたようだし、東條蜂子を切り捨てれば他の人間は助かる。、今からあかりを呼びにいっている暇はないし、恋を呼んで返ってくるのも無理だからそれが最善策だろう」
「命を数で決めるな!」
「重さも重視した上でのことだ。魔法少女三人と一般人一人だったら当然――」
「ふざけるな!そんなこと言うな!救える命は全部救う。それが邑田朱莉がたった一つ守ってきた信念だ!お前が邑田朱莉だったとしてもそんなことを言うのだけは許さない」
ジュリはそういって一飛びで階段を下りると、朱莉さんの胸ぐらをつかんで2、3何かを言った後、朱莉さんを引っ張って再び階段を上がってきた。
「華絵ちゃん。エリスちゃん。それにナッチは生徒指導室に本部があるからそこにこの件を報告しに行って、恋さんを連れて戻ってきて」
「はぁ!?ジュリはどうするのよ」
「朱莉さんの言うとおり時間がないから、ここでハッチを助ける」
「助けるって…どうするつもりよ」
「東條蜂子の爆弾の周りにシールドを張るんだとさ。で、爆弾が東條蜂子に与える影響を最小限に抑えるんだと」
小馬鹿にしたような表情と声でそう言うと、朱莉さんが肩をすくめてみせる。
……こいつ、一発殴ってやろうか。
「わー!華絵ちゃん落ち着いて!…それでもハッチにダメージがくる可能性があるから、恋さんをつれてきてほしいの」
私の殺気を察知してか、ジュリが私と朱莉さんの間に入ってそう言った。
「でも恋さんの魔法は魔法少女にしか効果がないはずじゃ…」
「多分、ハッチは魔法少女化されているとおもうんだよね。というか、そうじゃなきゃ体に埋め込むなんていうことはできないと思うんだよ。手持ちの爆弾をもたせるならともかく、体に埋め込むなんて、ナノマシン同士の結合でもしなきゃ無理でしょ」
「それはそうかもしれないけど、でも…」
「そうじゃない場合とか、どうしようもないことは今想定しても意味が無いでしょ」
「それは…」
「お願いだから行って。私も朱莉さんも助かるつもりだし、ハッチも助けるつもりだけど、万が一の時に華絵ちゃんとエリスちゃんまで死んじゃったら誰がこの爆弾の情報を届けるの?」
それはさっき私自身が考えていたことだ。
爆弾の情報を知らせるというのはもちろんある。だけど、それ以上に私はエリスだけでも助かって欲しいと思っていた。
きっと今、ジュリも同じ気持ちで言っている。
同じ気持ちで言ってくれているだけに、その言葉はすごく重く、そして明確に、ジュリが私を拒絶したように感じる。
「ジュリ…」
「ハナ、ジュリの言うとおりだよ。あたし達にはあたしたちにできる仕事があるし、ジュリと朱莉さんにしかできない仕事もある」
「そーだよ。きっとジュリならなんとかしてくれるって。なんていったって最初からこの事件の捜査を任されてたくらいなんだから!あーしはジュリを信じるよ!」
「ん?ちょっとまって、ジュリは前から今日ここで事件が起こるって知ってたの?」
昨日最終確認で電話したときにはそんなこと一言も言っていなかったのだけれども。
「え…えーっとそれは全部終わってから話するから。ほら!本当に時間がないからね?ね?あ、朱莉さんからも何かいってくださいよ」
「知るか」
「え、…えー…」
「はぁっ!仕方ない、全部終わったらちゃんと話してよねというか、話すためにちゃんと帰ってきなさい」
「りょ、了解」
「よろしい。じゃあ那奈、エリス、行くわよ。それと蜂子」
「うん…」
「ジュリは私達よりよっぽど強いし、そこの冷酷な人はそれでもこの国の中で5番に入る実力者だから、安心して大丈夫よ。嫌な奴だけど確かに救える命は救ってきた人だから」
「うん!」
私の励ましが効いたのか、蜂子はすこしだけ力強さを取り戻したように笑って頷いた。




