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魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編

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321/809

むねたいらに3000点 4

 順調に正解数を伸ばす朝陽と、大橋さんから聞いた情報のお陰で原さんと竹下さんの得意ジャンルに賭けて順調に点数を伸ばす俺。

 竹下さん原さんも正解数がそこそこになってきてしまったのでそろそろオッズが2倍を切ろうかというところにはなってきたものの、7問目終了時点での俺の持ち点は79000点。

 朝陽についてはあまりに下げすぎてもつまらないという判断、配慮なのだろうか。全問正解しているものの0.9から下がることなかった。

 そして運命の8問目。


「日本三景と呼ばれる、名勝地は宮城の松島、京都の天橋立とあと一つは広島のどこ?」


 来た。これを待っていた。

朝陽が大検の勉強をしている時、唯一俺に聞いてきた地理系の問題。

 都道府県の位置関係はしっかりわかっているし、行ったことがあるところに関しては方向音痴ということはない朝陽だが、行ったことのない場所についての知識をいれるのは苦手らしく、しょっちゅう俺のところに『ここはどういう場所なのか』と聞きに来たりとか、『できれば連れて行ってほしい』とかそういうことを言ってきていたのだ。

 つまり、この問題、朝陽は間違える。

 そして、さっき大橋さんに詳しく聞いた竹下さんと原さんの得意傾向から考えれば二人にとっても不得意なジャンルだろう。

 愛純?もちろんこういう普通の地理はできない。

 つまりこの問題は捨てていい問題。いや、捨てなければいけない問題だ。

 少額賭けて、捨てて、残る9問目、10問目で10万点達成を目指す。それが最良だ。


「あの、小崎さん。とりあえず下がっててもらっていいですか?」


 なんかグイグイきて俺を押しのけようとしてるんですけど、このおっさん。


「え?」

「いや、またむねたいらさんに全部賭けられると困るんで。マジで…おい、ちょっと。こら!下がってろって言ってんだろ!」

「ここは私が賭けます、絶対!絶対当てますから!10倍にして返しますから!任せてください!」

「やっぱりやらかす気だった!っていうかそれ、勝てないギャンブル中毒者が言うやつだぞ!おい大橋さん!テープか紐くれ!」

「は、はい!」




 なんやかんやあって中断した後、簀巻にした小崎さんをスタジオの隅に転がしてから俺は回答者席に達、大橋さんは司会者席に戻った。


「コホン…では改めて。ベットをお願いします」


 まあ、記念だしね。俺もちょっと言ってみたいしね。


「むねたいらさんに1000点」

「ファイナルベット?」

「ファイナルベット」


 回答は原さん「広島市民球場」竹下さん「宮島」朝陽「原爆ドーム」愛純「お好み焼き?」

 竹下さんに賭けていれば3倍だったが、あまり地理が得意じゃないという前情報を鑑みればどっちみち大きくは賭けられなかったし、さっきも言ったようにこの問題のキモは朝陽が間違えるというところにある。これで朝陽のオッズも多少回復するだろうし、そうなれば安全に点数を伸ばすことが可能になるはずだ。

 なにより言ってみたかった『むねたいらさん』のフレーズが言えたので俺としては大満足だ。


「ごめんなさい朱莉さん。間違えてしまいました」


 朝陽がマイクを通してそう言いながら頭を下げる。

 なんとなく実はここ数問朝陽に賭けてなかったんだよとは言えない雰囲気だったので、俺は拳を握り、いい笑顔で「ドンマイ!」と口パクで返す。


「では、第9問。三択チャンス問題です。『昔取った杵柄』ということわざがありますが、この『杵柄』とは何のこと?1番、知識。2番、腕前。3番、免許。さあ、シンキングタイムスタート。そして倍率ポン」


 大橋さんがシンキングタイムを宣言すると同時に、おなじみとなったオッズが表示される。

 ちなみに今回の朝陽のオッズは1.3。残っている78000点をすべてかけて正解すれば、78000×1.3で101400点。10問目を待たずしてクリアということになる。

 おそらく朝陽は正解するだろうからもうクリアは目前なのだが、とはいえ、全点賭けて万が一、億が一にも、間違われてしまうとゲームオーバー。俺達は自我を失い人形状態になってしまう。

さっきの感じだともしかしたら大橋さんは俺たちを開放してくれそうな気もするが、とはいえ裏で彼女たちの糸を引いている人間がそれをよしとするとは思えない以上、安易なゲームオーバーは避けるべきだろう。

 とすると、75000点賭けて3000点残し、朝陽が正解なら75000×1.3で97500点。残した3000点と合わせて100500点。万が一間違えてもゲームオーバーは避けられる。

 よし、これで行こう。


「ではベットをお願いします」

「秋山朝陽に75,000点」

「ファイナルベット?」

「ファイナルベット」

「では…回答オープン」


 恐らく俺の賭け方の意図が伝わったのだろう。大橋さんもゴクリとつばを飲み込んでから、四人の回答を開かせる。


原さんが「3番」


竹下さんが「1番」


朝陽は「1番」


愛純が「2番」


「み……むねたいらさん正解!」


 そう。腕前だ。最近は知識面での経験でも使うが、本来の意味は「杵柄」は餅つきの杵。つまり餅つきの腕前を指す。

 こんなところで朝陽持ち前のうっかりがでるとは予想外だったが、もっと予想外なのは正解した愛純だ。

 …まあ、今でこそすごいドヤ顔で自慢げに鼻をふくらませながら両腕を上げているが、大橋さんが正解を告げた時に『え?マジで?』みたいな顔していたから完全にまぐれ当たりなんだろうけど。

 ともあれ、これで残り一問で俺の点数は3000点。残された道は全滅エンドか、大橋さん達を信じて負けるかの二択。



「では、最後の問題……の前に。邑田さん。大丈夫、信じてください」


 休憩時間に世界の本当の現状を知った大橋さんは協力を約束してくれていたし、彼女のことは信用して良いと思う。

 だが、信用はできても信頼はできないのだ。

 全滅してしまった場合、例えば小崎さんの事務所のスタッフが俺たちを発見、救急車で病院に行き、恋なり柚那なりに解除してもらえるというノーマルエンドの可能性はないでもないが、万が一生倉側の人間、それもハッカーなんかが外で待機していたら俺たちを操ってそのまま戦技研本部に攻め入るなんていうバッドエンドもありえる。

 それは大橋さんたちを信じて負けた場合にもいえることで、大橋さんが俺たちを戻そうとしても、その場にハッカーが居た場合、もともと半ば洗脳されたような状態で魔法を授けられた彼女たちはハッカーには勝てない可能性が高く、全滅バッドエンドと大差ない結果になる。

 つまり俺達は大橋さんたちへの意趣返しなんていう最低限の抵抗ではなく、最初から全力で勝ちに行く必要があったのだ。あったにも関わらずこの体たらく。

 もう俺には、ハッカーに操られて仲間を手に掛けたりすることがないように祈るくらいしかできない。


「大橋さん、だめだったら頼むな。信じてるぜ」

「はい…」


 そう、信じるしか無いのだ。勝ちの目が消えた今、俺には信じるしか無い。

 ハッカーはいない。

大橋さんは裏切らない。

バッドエンドは避けられる。

そう信じるしか無いのだ。



「では…10問目…っ…」


 大橋さんが目を見開き、息を呑む。


「地理の…問題」


 終わった。

 愛純が得意な芸能系の問題だったり、最近見るようになったアニメ系の問題だったり、ネタ系の問題だったり、そういったものだったらまだ勝ちの目もわずかながらあったが、地理はダメだ。地理はよくない。


「中央アメリカのパナマと陸上で国境を接している南アメリカの国はどこでしょう……シンキングタイムスタート。そして倍率ポン。さらに倍」


 最終問題だからということで倍になったオッズが表示される。

 先程の正解でさっきまで40倍とか50倍とかとんでもない数字だった愛純のオッズはすこしだけ落ち着き17倍。それが倍で34倍。竹下さんが10倍で原さんが14倍。朝陽が6倍

 

「はは……」


 問題を聞いたら、なんだか笑えてきたぞ。

 国内の県の位置だけではなく世界中の国の位置もほぼ覚えている朝陽なら確実に正解できるこの問題。

 朝陽の倍率は倍になっても6倍で、愛純は34倍。

 まあそうだろう。そうだろうさ。そうなるだろうよ。

 なんだよこれ。最後の最後でクソゲーじゃねえか。

 こんなもん、クイズにゲーム性を持たせるとかそんな話じゃねえぞ。

 愛純に賭ける以外の選択肢がないじゃないか、こんなの。


「では、邑田さん。ベットをお願いします」

「むねたいらさんに3000点!!」


 俺はどこかで聞いたような名前にこれまたどこかで聞いたような点数を賭ける。

 これ以外に選択肢はない。


「ファイナル…ベット?」

「ファイナルベット」


 俺は胸を張り。そう宣言する。

 大橋さんが心配そうに俺を見るが、愛純以外に張ったところで勝てないしこれしかない。

 そして。


「………え?」


 俺のファイナルベットのあと、自席のパネルに表示された全員の回答を見た大橋さんが驚愕の表情で愛純を見る。


「コロンビア、宮野さん、秋山さん正解」


 大橋さんの声を聞いた愛純がブンっと両腕を高く上げ、ドヤ顔でこちらを見る。

 ああ、もうまじクソゲー。

 いや、勝てたのは嬉しいし、勝ったのはすごくいいことなんだけど、最後の最後、勝てるのが確定しているのってなんかこう、クソゲーって感じじゃないか。

 なんていったって、 愛純はこの問題に関してだけは、答えを知っていたんだから。


 いつだったか愛純が、両腕を上げた人間の下に「コロンビア」と書かれたアスキーアートについて聞いてきたことがあった。

 で、そのアスキーアートの成り立ちを話したら、愛純がちょっと楽しそうだからやってみたいと言い出して、俺が問題を出し、愛純がコロンビアと答える。そんな遊びをした。そしてその遊びは柚那と朝陽を巻き込み関東チームで流行ったのだ。

 どのくらい流行ったかと言えば、みんなで答えがコロンビアとなる問題を考えて、ただただ早押しでコロンビアする。(ただし問題文は最後まで聞いた後での早押し)そのくらい流行った。で、それだけ流行ればさすがの愛純も問題を覚えているし、その答えは反射的にでてくる。


「なんで宮野さんが正解?それも二問連続……」


 大橋さんは未だにドヤドヤしている愛純を見ながら目をまん丸くしているが、どことなくホッとしているようにみえるのは、恐らく彼女も俺と同じようなバッドエンドを思い描いていたからだろう。


「ちぇー、負けちゃった。あーあ、これでアイドル生活もおしまいかー」

「しかたないね。負けちゃったし。まあ、でも楽しかったから良いや」


 原さんと竹下さんがそんなことを言いながら回答者席から出て来て「んーっ」と伸びをする。


「朱莉さん朱莉さん!私8問も正解しましたわよ!」

「うんうん、すごいすごい」


 嬉しそうに駆け寄って来た朝陽の頭をなでながら俺がねぎらっていると、両腕を上げたままの愛純も近寄ってくる。

そして一度腕をおろした後で


「コロンビア」


 愛純はもう一度答えを口にした後でドヤ顔で両腕を振り上げてから笑った。


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