インサイド ザ ベッド
ファミレスで食事をした後、『せっかくだし近所のスーパー銭湯でもいく?』とか言い出した華絵ちゃんの言葉を聞いて『妹と一緒にお風呂に入れるのは魅力的だけどジュリちゃんが一緒に入るのは…でも…』という思考のループに入ったティアラの迷いを『あ、私生理』という一言で打ち砕き、俺は前回朝陽と一緒に訪れたときと同じように、今回も華絵ちゃんの部屋に通された。
もちろん今日の相方はティアラで、華絵ちゃんとエリスちゃんは、前回同様エリスちゃんの部屋で寝るらしい。
「あの言い訳はないと思うんだ」
「いや、だってこまちちゃんは俺が華絵ちゃんとお風呂入るの嫌だなって思ってたでしょ?」
「思ってたけどさあ」
「じゃあ結果オーライじゃん」
「そうだけどさ。あの子はジュリちゃんのこと気になってるわけだし、もうちょっとこう、慎みを持った断り方をしてあげてほしい」
「というか華絵ちゃんがジュリを気にしてるのは男嫌いからくる思春期特有の百合願望だろうし、変に気を使ったりすると本当に面倒なことになると思うよ」
「まあ…たしかにね」
「だろ。じゃあ電気消すよ」
そう言って電気を消してから布団に入ると、ティアラはお互いの肩がつくかつかないかというところまで近づいてきて、自分の手を俺の手に絡めてきた。
「どうしたの?」
「むぅ……一切動揺しないとは……」
「いや、それこそこまちちゃんが言ってたようにどこかいいお宿でこんなことされたらドギマギするけどさ、ここじゃ君は華絵ちゃんに対して顔向けできないようなことはしないだろ」
「行動を読まれてる感じが若干イラッとするけどそのとおりだから何も言えない」
そう言ってティアラは少し手に力を込めて爪を立てるが、怒っているというよりは拗ねているくらい。傷つけるためというよりは甘噛くらいの痛さだ。
「良いことだと思うよ。俺、誠実な子は好きだし」
「ジュリちゃん最近よく女の子に好きって言うようになったよね」
「そう?」
そんなつもりはないけどそう言われるってことはそうなのかもしれない。
「そうだよ。……やっぱり柚那ちゃんと別れて寂しい?」
「まあ、寂しいっちゃ寂しいかな」
この1年半、研修時代も入れれば2年くらいは密な付き合いをしてたわけで、ここまで長い期間離れていたのなんてジュリとして華絵ちゃんに弟子入りした時くらいだ。
「……聞いていい?」
「何?」
「私がマッチョになっている間に佳代さんとなんかあったの?」
「…………はい?」
「いや、なんというかね、マッスル・イコの件が片付いた後に佳代さんに会ったんだけど、妙に上機嫌でね。その話を恋にしたら、イコを捕まえる前の晩に二人っきりで遅くまで飲んでたって話を聞いてさ」
「ないわー……」
いや、本当に。恋ってばないわー。
「二人っきりで遅くまで飲んでたというよりは、途中で恋が勝手に消えたってのが本当のところだよ。で、まあ、お互い変に意識しちゃったところはあったけど、俺達は普通の友人関係だよ」
「じゃあ、なんであんなに上機嫌だったんだろ。てっきり初恋の相手と結ばれたとかかと思ったんだけどなあ」
「というか、旦那さんのこと割り切ってると言っても松葉の手前とかもあるしそうそう滅多なことは起きないって」
多分マッスル・イコ。つまり、旦那の敵の一味の一人を捕まえた。それで上機嫌になったんだろう。
まあ、それだけならいいんだけど。
「どうしたの?」
「いや。何でもない」
あいつが馬鹿なことを考えていても、何でもなくすればいいだけだ。
今の俺には守る力があるんだから。
「……あのね、ジュリ…朱莉ちゃんはさ、実際のところすごく強くなったと思う」
「え、何?いきなり褒め殺し?」
「真面目に聞いて」
少し怒気を含んだ声の後、俺の手を握る力が強くなる。
「私も馬鹿じゃないからね」
お、こまちちゃん馬鹿じゃないのかぁ
「佳代さんの考えてることなんとなくわからないでもないんだけどさ。それと同時に君が考えていることも何となくわかるんだよ。どうせまた自分がやればいいとかそういうことを考えてるでしょ」
「う……」
「柚那ちゃんが傍にいないとそういうブレーキが無くなりそうで怖いんだよね、君は」
「まあ、それは、たしかに」
言いがかりだとは言えないくらいに心当たりがあるけども。
「それに、全く同じタイプじゃないけど、佳代さんも似たようなタイプだろうし。ここは私がブレーキ役になるしかないね」
「いや、こまちちゃんはないだろ。誰よりもキレやすいのに」
「真面目に聞け!」
「………」
「私はたしかに昔無茶をやったけどさ、君や佳代さんが考えてるのは、あんなのとは次元が違うでしょ。チート状態だった私が一般人の爺さんを殺して回るのとはぜんぜん違う。むしろ、佳代さんは殺される側なんだ」
「だからそれを俺が」
「自信過剰だよ」
大声ではないが、突き刺さる声でこまちちゃんは短くそういった。
「認めようよ。私たちは敵の幹部の一人に負けてるんだよ。あの時私は迂闊だったし、私が言えたことじゃないっていうのもあるけど、朱莉ちゃんも初見じゃ勝てなかった」
「でも最終的に――」
「次は初戦が最終戦になるかもしれない。マッスル・イコがああいう性格だったから私たちは生き延びられたんだよ。運が良かっただけ」
「それは――」
「こっちみて」
こまちちゃんに言われて首を回すと、月明かりの下彼女は真剣な目で俺を見ていた。
「ごめん。私は今回、本当にうかつだった。命のやり取りがありえる状況であれはなかった」
「こまちちゃん…」
「次は油断しないから。朱莉ちゃんも油断しないで。みんなでちゃんと勝って、ちゃんと生きて帰ってこよう。一人で守るとか、一人で勝つとかそういうことは絶対考えないで」
「……そうだな。華絵ちゃんとかセナとか寿ちゃんのためにも帰ってこないとな」
「そういうこと。柚那ちゃんや愛純ちゃんや朝陽ちゃんのためにもね」
そう言って笑うこまちちゃんにつられて、俺もなんとなく笑顔になる。
その時俺はたしかにわかったつもりでいた。
しかし、わかったつもりでただけで、その実、何もわかっていなかった。
そしてそのことを、後々後悔することになる。
マッスルイコ編これにて終了。




