料理は愛情
完全に妹に会いたいだけのこまちちゃんに付き合わされてやってきた華絵ちゃんとエリスちゃんの部屋で、俺とこまちちゃんはこたつに入りながら、ぼんやりと夕方のバラエティ番組を見ていた。
華絵ちゃんとエリスちゃんが帰ってこないことには特にやることもない。
掃除洗濯はもちろん、ご飯は夕食時に炊き上がるように設定してあるし、俺がジュリとして寝泊まりしていた時に大好きだった切り昆布の炒め煮まで用意してある用意周到ぶり。
あとは帰ってきてメインのおかずを作ればそれですぐに夕食にできるだろう。
真面目な話、家事万能で、相手に対して思いやりもある(対正宗除く)エリスちゃんってすごくいい嫁さんになると思う。というか、柚那がいなかったら俺が嫁にほしいくらいだ。
『では、お次のコーナーはクイズ系アイドルTRY-あんぐるのクイズにトライ!です』
「最近、若い女の子はアイドルってつければなんでもOKな風潮あるよなー」
「だねー」
テレビを見ながら言った俺の言葉に、こたつでだらしなく溶けているこまちちゃんが同意した。
ちなみにこたつに入っている俺達は、華絵ちゃんたちが返ってくるまでは楽にしていようということで普段の姿でだらついている。
別に変身し続けても大した魔力消費ではないのだが、当たり前の話だが普通に元姿のほうが楽なのだ。
「まあ、でも可愛いんじゃないの、この三人組」
「いやあ、ほら、俺ってばここ一年ちょっとくらい、柚那とか愛純とかの、元ガチトップアイドルを間近で見てきてるからさ。最近目が肥えちゃって肥えちゃって」
というかあの二人以外でも、朝陽はもちろん、お姉さん系ならチアキさんやニアさん、夏緒さんにユウ。あと、一応楓。同級生枠…いや、中身おっさんの俺が同級生枠って言って良いのかわからないけど、学園パートのクラスメイトで言えば寿ちゃんやらイズモちゃん、セナに彩夏ちゃん。後輩枠でJCを含めれば、周りには数え切れないくらいのかわいい子たちがいるわけで、ちょっとかわいいくらいのアイドルや女優を見たくらいじゃなんの感動もない。
「あー、でもそれ、なんかわかるかもー。みんなかわいいからねー」
「だよねー」
そんなとりとめのない話をしながらダラダラしていると、玄関からガチャガチャと鍵を開ける音が聞こえてきた。
その音を聞いたダラダラしていたこまちちゃんはスッと背筋を伸ばしてティアラに変身し、俺も彼女にならってジュリに変身する。
「お帰りエリスちゃん、華絵ちゃん」
「お邪魔してるよー」
「やー、ごめんねー。文化祭の準備で遅くなっちゃってさー」
そう言いながらリビングに入ってきたエリスちゃんは、羊が編み物をしてるマークが描かれた袋を抱えていた。
っていうか。
「え、まだ文化祭やってなかったの?」
「ほら、うち来年からJCのとこと中高一貫になるじゃん?だからその準備とかでバタバタしてて、今年は遅くなったんだってさ」
とは言っても、もう12月なのだが。
「もうなんか、文化祭っていうよりは大規模なクリスマス会みたいになってるのよ。うちはエリス監修の模擬店でローストチキンを出すし、他には聖歌フェとかいう、カップルで行くとそこのクラスの聖歌隊が取り囲んで聖歌で盛り上げてくれるっていうサービスが受けられる喫茶店とかね」
なにそのいじめ。
「あ、もし気になるなら、私と一緒に行ってみる?当日ジュリの予定があいていればだけど」
「あ…あー、うん。行けたら是非行きたいかなあ。ね、ねえティアラ?」
「そうだね」
ティアラってば、なんて冷たい目で私を見るの!?
華絵ちゃんは別にカップルとしてとか言ってないでしょ!?
「東北から来るんじゃ大変かもしれないけれど、ティアラも是非――」
「来るよ!絶対来る!なんか仕事入ってても他の人に押し付けてくるから!」
華絵ちゃんが最後まで言い終わらないうちにかなり食い気味に言うティアラ。
ほんと、妹大好きだよなあ、こまちちゃん。
「当日は私もティアラも極力予定を空けられるように、頼りになる朱莉さんに頼んどくよ」
「私も頼りになるこまちさんに頼んどくね!」
「うん!絶対来てよね!あたしもハナも二人のために腕によりをかけてチキンをローストしちゃうから」
華絵ちゃんがローストしたのはティアラに食べてもらうとして。
そんなことを考えながら、俺がティアラのほうを見ると、ティアラの表情が固まっていた。
はっはっは、ティアラ…もとい、こまちちゃん…もとい彼方ちゃんったら。何でちょっと不安げな顔をしているんだい?
心配しなくても、君の妹の料理の腕は君が知っている時よりも進化しているはずだよ。
悪い方向に。
「そう言えばその袋は何?」
「あ、これ衣装の材料なんだ。ちょっと待ってね。ええと…」
エリスちゃんはそう言いながら自分のカバンをあけて一枚のデザイン画と型紙を出してきた。
「ジュリは覚えているとおもうけど、うちのクラスにハチっているでしょ?あの子デザイナー志望だから、衣装のデザインと型紙作ってくれてさ。こんな感じなんだけど」
そう言ってエリスちゃんが見せてくれたデザイン画にはサンタの衣装をアレンジしたような、赤と白の衣装を来たエリスちゃんが描かれていた。
なにこれけしからん!
冬場だっていうのにおへそが出てるじゃないのこのデザイン!
女の子はお腹冷やしちゃ駄目なのに、こんなデザインの服は駄目だろう!
これはこんなけしからん格好をしてないか是非チェックしに行かないといけないな!
まあ部外者で何の権限もない無力な俺はチェックをするだけだけど!
「ねえねえ、これ、デザイン画に描かれているのエリスちゃんだよね?もしかして、華絵ちゃんの衣装は違ってたりするの?」
いやいや、何を言っているんだいこまちちゃん。なんだかんだスタイルの良いエリスちゃんでデザイン画を起こしただけで、華絵ちゃんだって同じ――
「私はこういうの着るんだけど」
――同じ服じゃないんかーい!
心のなかでそんなツッコミを入れながら華絵ちゃんの差し出したデザイン画を見ると、そこにはトナカイのきぐるみを着た華絵ちゃんの姿が。
うん、これはこれでパジャマパーティ感があるというか、すごく可愛らしい。
「へえ、2パターンあるんだね。ふたりともデザイン画のモデルに選ばれるなんてすごいじゃん」
「え?ううん、女子全員分、全部で20パターンあるよ」
「「え!?」」
「ハチが全員のイメージで描いてきたんだよね。男子の方は『サンタ帽でも被ってろ!』って言ってたんだけど、あの子かわいい服に関してはマメだからね」
「ほんとあの子、男子に興味薄いのよね」
気持ちはわかるけど、案外男の娘も良いもんだぞ、ハッチ。(例:高校時代の狂華さん)
「でね、その…ジュリってもしかして裁縫が得意だったりしない?エリスは自分ので手一杯らしくて」
短いながらも俺がJKの二人とともに暮らしてみてわかったことがいくつかある。
この二人を夫婦に例えるなら、昭和のお父さんとお母さん。
華絵ちゃんは料理にかぎらず家事がほぼできないし、逆にエリスちゃんはちょっと難しい仕事になるとちんぷんかんぷんになってしまう。
つまり、華絵ちゃんは自分の衣装を作ることができない。
まあ俺に多少なりとも裁縫の心得があれば、華絵ちゃんの衣装を作るというのもやぶさかではないのだが・・・
「任せて!私は中学の頃、クラスでやる演劇の衣装を縫っていて、衣装と自分の制服を縫い付けたことがあるの!」
「ティアラはできる?」
おおっと、華絵ちゃんの熱い手のひら返しが炸裂だ!
「ふふふ……任せて!こう見えて私は裁縫はすごく得意だよ!」
裁縫得意とか初耳だわと思ったが、しばらく見ていると、ティアラはエリスちゃんと互角かそれ以上の腕前で作業を進めていった。
こまちちゃんは性癖こそあれであるものの、料理は普通に作るし、やろうと思えば別に書類仕事もできないわけではない。考えてみれば結構器用だし、わりと万能タイプなのだ。
で、不器用組の俺達はと言えば。
「さあ、じゃあ頑張っているエリスとティアラに美味しいごはんを作りましょう」
「待って華絵ちゃん。なんで両手に中華包丁をもっているの?」
ちなみに華絵ちゃんがまな板の上に置いて向かい合っているのはりんごだ。
というか、なんでこの家は中華包丁が二本もあるんだ。
「え?だって大きい方がよく切れるでしょ?」
「いやいやいや、そんなことないから。別にペティナイフでも切れる包丁は切れるし、出刃包丁でも刺身包丁でも手入れしてなきゃ切れないから。というか、カレーに入れるんだから後でみじん切りにするにしても一旦皮向いたり種とったりするでしょ。そんなに大きいのじゃやりづらいでしょ?」
家事の中ではやや裁縫が苦手ということで、自分が作業に没頭することがわかりきっていたエリスちゃんは、カレーなら俺やティアラ華絵ちゃんでもつくれるだろうと予想して材料を買ってきてくれたのだが、華絵ちゃんはそんなティアラちゃんの考えの上を行ったというわけだ。
「それもそうね。じゃあ…」
「だからなんでそこで出刃包丁がでてくるの!?普通の万能包丁でいいでしょ」
「これ?」
「だからなんでこの家はそんなマニアックな包丁がいっぱいあるの!?」
名前はよくわからないけど、華絵ちゃんが取り出したのは会社をやめたお父さんが唐突に始めるそば打ちセットに入っているような包丁だった。
「というか、それじゃあ中華包丁と同じくらい切りづらいでしょ!?普通の……ほら、これ」
「あ、これね、うん。これ見たことあるわ」
むしろ普通の家だと中華包丁やそばの包丁なんてものを見かけることが少ないと思うし普通に包丁出してって言われてそれを選ぶこともないだろう。
「で、次はどうすればいいの?叩くの?」
「叩く!?いや、剥くんだよ。皮をむくんだよ」
「……」
「やろうか?」
「……お願い」
くるくるとりんごを回して皮を剥ければかっこいいのかもしれないけど、そんなに料理が得意ではない俺は、華絵ちゃんから受け取った包丁でりんごを適当に切って皮を向き、芯の部分を取っていく。
「ジュリって結構料理得意なの?」
「どっちかと言えば苦手だよー…って、華絵ちゃん何する気!?」
なんでデッカイはちみつの容器の蓋を外してひっくり返そうとしてんの!?
「え?はちみつで煮込むんでしょ?」
「はちみつを加えて煮込むんだよ!」
マジか!?ここまでできないのかこの子!
どっちかと言えばそんなに料理が得意でない俺でもカレーくらいはまともに作れるというのに。
「え、ええと、私がやるから、華絵ちゃんはテレビでも…」
「うん…ごめんね。みんなに美味しいカレーを作りたかったんだけど私には無理みたい。あの、なんかお皿出したりとかはできると思うから私にできることがあったらなんでも言って」
そう言って、普段はどっちかといえば強気な彼女らしくないしょんぼりとした表情で、華絵ちゃんははちみつを置いて俺に場所を譲り、キッチンの端でじっとこっちを見ている。
はあ……かわいいなあ。もう。
って、いや、別にそういう意味じゃなくて。あれだ、いじましいというか、普段お世話になっているエリスちゃんや自分のために頑張ってくれているティアラに美味しいカレーを振る舞ってあげようというその気持ちが、かわいいなと。そういうことで…って、俺は一体誰に言い訳をしているのだろう。
「華絵ちゃん」
「なにっ?お皿出す?ご飯よそう?」
いや、まだ野菜すら切ってないのですが。
「そうじゃなくて、やっぱり一緒にやろう。エリスちゃんもティアラもまだまだ時間かかるだろうから、ゆっくり作っても良いんだしさ」
「ジュリ…」
料理は愛情って、チアキさんも言ってたし。
やっぱり料理にいちばん大切なのは真心だ。そして今の華絵ちゃんはきっと俺以上に真心を込めてカレーを作ることができる。
知らないことは覚えればいい。
できないことは習えばいい。
誰だって最初は初心者なんだ。
2時間後。
カレーを鍋ごと正宗に差し入れた俺達は、近所のファミレスへと出かけた。




