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魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編

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マッスルボディは傷つかない 4

 訓練生時代から、俺と恋はどちらかと言うと気が合わなかった方だと思う。とは言え別に嫌い合っていたとかそういうのではない。同期の中での役割が違っていたからというのが大きなところだと思う。


 俺は楽観担当とでもいうんだろうか。大人の男らしくケセラセラとしていて行き当たりばったりで対応することが多く、逆に恋は綿密に計画を立てたがったので衝突が多かった。

ちなみに、当時俺のことを嫌いだった柚那は恋と仲良くしていて二人一緒に行動することが多く、松葉はそんな二人と一緒にいることもあったり、俺の方にくることもあったりという自由人。深谷さんは俺と柚那と恋が揉めると仲裁してくれる。それぞれそんな立ち位置だった。



 なぜ突然こんな話をしているかって?


 それは―――


「なんでこんな変なモンスターが出てくるんですか!私達が出さなきゃいけないのは、素敵な毒々しい赤色の花弁の部分で敵をパックンとする、配管工の敵のような植物なんです!こんなどこかのハンターが狩りそうな、ワラスボみたいなモンスターじゃないんです!」


 二人の息を合わせてやる必要がある魔法ということで特訓を初めて10分。苦手な具現化の魔法でなんとか俺が作り出した自信作「フュルフュール」を指差して、恋が真っ赤な顔で地団駄を踏んだ。


「こっちのほうが機動性に優れていていいだろ!あの花じゃ発動した場所から全く動けないじゃんかよ!」

「伸びるから良いんです!」

「俺のフュルフュールなんか動ける上に伸びるぞ!」

「そのギリギリな名前辞めなさい!」

「うるせー!お前こそ、あのパックンフラ……」


 あの日見た花の名前を僕達は知らないことにしておこう。


「……とにかく、あの花だって、見た目も名前もギリギリじゃねえか!」

「なんですって!?私と柚那のパックンちゃんのどこがギリギリなんですか!」

「全部だ全部!」


 俺はそう言って、ガン飛ばしてくる恋に鼻がくっつきそうなくらいの距離でガンを飛ばし返す。


「はいはいはい。そこまでそこまで…ちょ…ほら離れなさいって…」

「引っ込んでてくれ石見。男には引けない時があるんだ!」

「ぷーくすくす、そんなところで男らしいとか臍で茶がわきますねー!」

「なんだと!?」

「ちょっともうふたりとも…ふーたーりーともー一回はなれなさいって!…はぁ…松葉ちゃんお願い」

「ほいほい」


 松葉がそう言ってやる気のなさそうな返事をした次の瞬間、俺と恋の後頭部が押され、互いの唇同士が触れた。


「んーーーー!?」

「んむーんむー!」

「忍法、仲良きことは美しきかな」

「なるほど、引いて駄目なら押してみろってわけね」


 いや、それ忍法でもなんでもないから。

っていうかそろそろ離してください松葉さん。俺はともかく恋がマジ泣きしてます。



「なんというか…あんたたち、これで本当にいいわけ?」


 鶏肉を思わせるシルエットの白いボディにワラスボのような頭、さらにはそのワラスボのような頭の先端についた口のなかからパックンが飛び出すというギミックを備えた俺達の考えたさいきょうのつかいま、その名もパッフュルを見てため息をつく石見。

 いや、言いたいことはわかる。わかるが、これが俺と恋が見出した妥きょ…着地点なんだからそっとしておいてほしい。


「さて、あとはこの子を動かしながらうまく相手の魔力を吸い取る練習をしなければいけないわけですが……松葉は逃げましたね」


 恋はそう言ってスマートフォンに届いた松葉からのメッセージを見せてくる。


「彩夏ちゃんも忘れ物を取りに東北寮に戻るとか言ってたけど、絶対逃げたなあれ」

「困ったものですね。これでは肝心なところの練習ができませんよ」


 そう。俺達の戦いはこれからだじゃないが、これから俺はいまいち得意魔法にならなかった回復魔法をさらに応用したリバースヒールを練習しなければいけないし、さらにそれを使い魔を動かしながらやらなければいけない。その練習相手には魔法少女が必須なのだが、練習相手として想定していた松葉と彩夏ちゃんは危険を感じ取ったのかふたりともさっさといなくなってしまった。

 あとここにいるのは一般人の石見と、大勢のマッチョ、そして――

 

 まあ、ね。


 彼女には貸しがあるしね。


 そろそろ返してもらわないとね。



「さあさあ精華さん、こっちですこっち」

「こちらですよー」

「もー、なによー、私の力がないと完成しない新しい超魔法ってー」


 俺と恋に手を引かれ、口ではいやいやっぽいセリフを吐きながらも、その実まんざらでもないどころか、ものすごく嬉しそうな表情の精華さんはこの後自分の身にどんなことが訪れるのか知らない。


「で、どんな魔法なの?私の力がないと完成しないっていう大魔法って」

「それは後のお楽しみです。でも精華さんの力がないと東北の皆を救うことはできないんです」

「そうそう、そうなんすよー」

「もー、しょうがないわねー。東北の皆も朱莉も恋も私がいないとだめなんだからー」


 うっわ、すごい嬉しそう。

 普通だったらこんなに嬉しそうな顔をしている子を騙して魔法の実験台にするなんて事をしようとすれば、良心の呵責の一つもありそうなものなんだが、不思議と精華さんに対してはそんな気持ちが起きない。

まあ、彼女の日頃の行いのせいだろう。決して俺が鬼畜なわけじゃないぞ。


で。


「だ、騙したわね!」

「いや確かに半分騙しましたけど、途中で気づきましょうよ。何でニコニコしたまま椅子に縛り付けられているんですか。俺達が敵の魔法少女が化けた姿だったら一大事ですよこれ」


 ちなみに今精華さんを固定しているのはマッスル・イコを捕まえた時に取調べする用の頑丈な椅子で精華さんのプニプニボディでは破壊は不可能、魔力封じのブレスレットと同じ素材が編み込まれたロープなので、彼女は魔法でロープを切って逃げ出すこともできない。


「私をどうするつもりよ!」

「ランキング戦の時に恋と柚那がやった奴あるじゃないですか」

「ああ、あのユウがぐちゃぐちゃにされたやつ?」

「はい。アレを俺と恋でやるんで、精華さんにはその実験だ……お手伝いを頼みたいと思いまして」

「実験台って言った!今実験台って言ったわね!そんなの私じゃなくて下っ端の彩夏とか、あとほら、あんた達の同期の松葉が来てたでしょ!さっき見たわよ!」


 そう言ってバタバタ暴れる精華さんの前に立つ恋の手には一袋どこから持ってきたのかボールギャグが握られていた。


「残念ながら危機管理能力が高い二人はもうすでにここにいないんです。すみませんね、精華さん」


 そう言って、寿ちゃんやこまちちゃん顔負けのドSな表情を浮かべてゆっくりとボールギャグを近づけていく恋。


「そのピンポン玉みたいのをどうする気!?ちょ、恋…むぶっ、んーんー!」


 中身はともかく、精華さんって見た目だけは美少女なだけにすごくエロいなこれ。


「恋、ついでに目隠しとかもしないか?で、ついでに縄の結びもちょっと変えてだな。なんかこう、今の精華さんでも正直たまらんのだが行き着くところまで行き着いた感じの精華さんも見てみたい」

「何を言っているんですか。というか何をする気なんですか、何を」

「見るだけ!見るだけだから。触らないから」

「………」

「………すみません、調子に乗りました」


 恋にめちゃくちゃ睨まれてしまった。




 パッフュルの実験台となって一日中魔力を吸われたり戻されたりされて疲れたのか、くったりとした精華さんを寝室に寝かせた後で俺と恋、それに石見はささやかな飲み会をしていた。

 もちろん未だに筋肉の宴に興じているマッチョたちとは別口だ。


「ほんと、邑田君は、良くも悪くも変わらないよね」

「そういう石見は随分変わったよな。女子から女になったっていうか」

「何よ、老けたってこと?」

「いや、艶が出たって話だよ。女らしくなったというか、最初にも言ったけど綺麗になった」

「……訂正。あんた変わったわ」


 そう言って石見は両手で顔を覆って下を向いた。


「昔はこんなこという子じゃなかったのになあ…それこそいつも、我が前世の盟約を―――」


 ひいっ、また俺の黒歴史の扉が!


「わああああああっ!やめろやめろ!ってかなんでお前、俺が昔言ってたことをやたら覚えてんだよ!好きなのかよ!」

「だから、好きだったって言ってんでしょうが、この鈍感男!」

「お、おう…」

「あ……ごめん…」


 こう面と向かってはっきり言われるとすごく気まずい。たぶんそれは石見も同じなんだろう。石見の顔の赤さは酔っ払っているというだけでは説明がつかないくらいに赤い。

 っていうか、ヤバイ。なんか昔の石見とのギャップのせいか、変にドキドキするぞ。

 

 ダメだダメだ。


 俺には柚那がいる、俺には柚那がいる、俺には柚那がいる。

 …よし。落ち着いた。


「なんか、よしって顔してますけど、顔真っ赤ですよ朱莉」

「冷静に突っ込むのやめて!?っていうかほら、ね、石見も昔話とは言ってもさ、今は人妻なわけだしさ…っていうか、こういう話やめよう。お互いいいこと無いっていうか、レンガいると恥ずかしすぎる」

「そ、そうね。うん」


 別に二人でダラダラ飲みながら笑い合うとかならいいけど、恋に色々見られたり聞かれたりするのはなんか恥ずかしさが倍増するのだ。


「ふーん、じゃあお邪魔虫は先に寝るとしましょうか」


 え?


「いや、ちょっと待て、寝るな恋」

「そ、そうよ、こんな空気で放置しないで」

「昔なじみのお二人には積もる話もあるでしょうし、私がいないほうが色々捗るんでしょうし」

「捗るって何がだ。捗らせちゃまずいだろ色々」


 石見は松葉の義姉なわけで、つまり松葉の兄貴が石見の旦那なわけで。万が一なんかあると、仲間内がぐちゃぐちゃになるというか。なんというか。


「じゃあ私はドロンするんで」


 そう言って怪しい印のようなものを組んで見せる恋。


「って、お前は昭和のおっさんか!」

「あれ?このネタって朱莉や石見さんの世代にはバカうけのはずなのに…?」


 そう言って怪訝そうな顔で首を傾げる恋。


「「それはもっと上のひなた (相馬)さんとか小金沢さんの世代だ (よ)!昭和生まれだからって舐めんな!」」


 なんかハモってしまった。




 恋が退場してから1時間。

 恋に煽られたせいで、最初こそなんとなく気まずい感じだった俺と石見だったが、やはり青春時代を同じ学校ですごした間柄。すぐに打ち解けて和気あいあい…というか、飲み続けていたせいでグタグダになっていた


「まあ、いろいろあるわよね、人生って。先に追ってた連続殺人のヤマが、全然見当違いの捜査をしているうちに他の班に解決されたり。怪盗一味を追い詰めてあと一歩で逮捕ってところで、たまたま居合わせた他の班の班長に手柄を取られたりさ。ほんとあいつ死ねよ!っていうか、死んだと思ってたのに何生きてんだよっ!」


 ……こまちちゃんを捕まえたのは確かひなたさん。恋をつかまえたのも、ひなたさん。

 うん、石見の前でひなたさんアゲするのだけはやめたほうが良さそうだな。


「ほら、あの人悪運強いからさ」

「強すぎだっつの。もともとうちに来るはずだった優秀な新人を小金沢さんがあいつのところに持ってちゃうしさー」

「優秀な新人?」

「佐倉梅子。あと大垣夏妃」


 いやいや。桜ちゃんはともかく、深谷さんは違うだろ。


「それと、佐藤雄一」

「あのガンマニアってそんな優秀なの?」

「何言ってんの。あの子見た目はマフィアみたいだけど、めちゃめちゃ優秀よ。ガンマニアだけあって射撃の腕はめちゃめちゃ高いし、頭もキレる。特に運転技術は相当なものだし方向感覚が異常に発達してるのと相まって、普通はあり得ないような追跡ができるんだから」


 その割に、島しょ部奪還演習前にJC乗っけて東北に逃げる時はあっさり捕まってたみたいだけど・・・まあ相手が深谷さんだったから、説得できるだろうと考えてあえて見つかったというところもあるのかも知れないけれど。


「そういや、佐藤くんも戦技研来てるんでしょ?今何やってんの?」

「女子高生のおもり」

「……は?」

「いや、女子高生二人のユニットがあるんだけど、そこのマネジメントっていうかお守りをしているよ」


 食費こそいれるようになったものの、エリスちゃんにご飯作ってもらっているし、どちらかと言うとお守りをしてもらっている部分が多い気もするけど。


「人材の無駄遣いじゃん!SPもできるし、都ちゃんの護衛兼運転手をさせてもいいくらいよあの子」

「まあ、それは色々あるんだよ。うちの組織も」


 俺が柿崎くんを推しちゃったせいで佐藤くんがJKにまわされたとかじゃないと信じたい。


「邑田くんも愚痴っていいのよ。なんかあるでしょ、色々さ」

「前の職場は給料は安かったけど仕事は楽だったし、こっちきてからもなんだかんだいって楽しくやってるからな。グチグチ聞かせるようなことはねえよ」


 柚那とか愛純とか朝陽のことで愚痴をこぼしたいと思うことはあっても、それは別に本心からじゃないし、どっちかと言えば惚気だ。


「それより石見。旦那のこと聞かせてくれよ。お前を嫁にする松葉の兄貴って奴にちょっと興味がある」

「んー…どうしよっかな…まあ、話してあげても良いんだけどタダじゃなあ…あ、そうだ。ほら、この間は流されちゃったけど私の事、佳代って呼んでよ」

「いや、それはどうなんだ。人妻を名前で呼びすてにするって、なんかこう、いけない感じしないか?」

「いや別に。相馬さんとかも普通に佳代って呼んでたし」


 そういうものなのか?そういうものなのか!?


「相変わらず童貞くさいわねえ」

「うるせえ!…じゃあ…佳代。ほら、これで良いか?」

「今回だけじゃなくて明日からもちゃんと佳代って呼ばなきゃ死刑ね」

「いや、死刑ってお前」

「具体的にはもう作戦失敗になろうがどうしようが、松葉ちゃんに頼んであんたをマッスル・イコの前に一人で立たせる」


 ああ、そう言えばあいつの忍法の中には変わり身の術もあったっけな。

 …あ、マジな顔だこれ、都さんが冗談みたいなことをマジで言ってるときの目そっくりだ。


「はいはい、わかりました。じゃあちゃんと佳代って呼びますよ。で?どういう馴れ初めなんだ?」

「大学時代の同級生だったの。で、一緒に警察入って、そこでちょっと道が別れちゃったんだけど、帰るところが同じなら、家では一緒にいられるから結婚しようかって話だったんだけどね。まあ、向こうもこっちも忙しいからあんまり会えずじまい」


 そう言って、佳代は少しさみしそうな顔で酒を煽る。


「どんな男なんだ?」

「んー、やさしい人。義実家も松葉ちゃん含めてすごくいい人達だし。まあ、忙しすぎて子供作ってる暇なくて、あの人達に孫の顔見せてあげられなかったのはちょっと申し訳ないなと思ってる」

「今時俺達の年くらいだと、まだ高齢出産ってほどじゃないし、頑張ればできるんじゃないか、孫」

「いやいや無理無理。だって旦那死んでるもん」


 あっけらかんとそう言って、石見はあっけにとられていた俺を指差してケラケラ笑う。


「じゃなきゃこんな危険な仕事受けないって」

「いや、死んでるってお前…」

「もう5年も前の話だからさすがに割り切ってるけど、松葉ちゃんはどうだかわからないからあんまり触れちゃ駄目よ」

「なあ、その…聞いてもいいか?」

「旦那が死んだ理由?図らずも今私たちが追ってる生倉の逮捕の時に巻き込まれたのよ」

「お前と同じ大学ってことは、多分、キャリア組だよな?現場に出てたのか?」

「友達にもよく誤解されるんだけど、私も旦那も別にキャリアじゃないわよ。というか、現場に出てたんじゃなくて、たまたま非番の旦那が居たところが現場になっちゃったの。だから殉職とかじゃなくて、普通に被害者。びっくりしたわよ。相馬さんの班と合同で生倉を捕まえてみたら現場で旦那が死んでるんだもん」


 そう言って、佳代は小さなため息を一つついて、酒に口をつけた。


「ま。私に何も言わずに死んだことは許さないけど、そばに居た小さい子をかばって死んだってところは評価する」


 佳代は憎まれ口を叩きながら、悔しそうな、それでいてどこか少し誇らしげであるような表情を浮かべていた。


「あいつは最後まで警察官で、最後まで私の愛した優しい男だったってことだからね」

「佳代…」

「あー、やめやめ。しんみりするのはナシナシ。私はもう割り切っているし、旦那もこういう雰囲気好きじゃないし」


 そう言って、手酌で酒をつぐと佳代はグイっと酒を煽り、今度は俺のほうに一升瓶を向ける。


「さ、飲もう飲もう。お酒は楽しく飲まないと」

「そうだな」


 その人と、一度飲んでみたかったな。そんなことを思いながら、俺は佳代がついでくれた酒を顔の前で少しだけ掲げてから飲み干した。



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