マッスルボディは傷つかない 3
「はぁぁ…どうしよ…」
俺は東北の面々を閉じ込…軟き……収容している部屋の片隅でため息をつきながら両手で顔を覆った。
「どうしましょうねー…」
生気のない声でそうつぶやく恋に
「これだ!これしかないぞ朱莉!私が品根衣子を魔法無力化できる左手で殴り付け続けるんだ!」
などと、どこぞの幻想殺しのようなことを言い出す恵。
「つーか、運動神経が精華さんとどっこいどっこいなのに、お前にそんなことできるわけねえだろ」
「ぐぬぬ…」
「まあ、でも精華さんが残っているのはよかったんじゃないですか。もう最悪精華さんの魔法でマッスル・イコを倒しちゃえばいいんですし」
そう言って一人お気楽な表情でいるのは、参戦1戦目は容赦なく寿ちゃんを盾に使い、二戦目以降はそもそもマッスル・イコの射程に入らず、レンジ外からパンパンとマスケット銃を打っていただけ彩夏ちゃん。
ちなみに、現在東北で生き残っているのは彩夏ちゃんと精華さんのみということで、現在寮の守り…というか管理は虎徹と夏緒さんがしてくれていて、精華さんはマッチョ化したみんながやたらとタンパク質を欲しがるので、ずーっとささみを蒸したり、卵を茹でたりしている。
「まあ、最悪それもありかなとは思うけど、こっちに人死にがでてない以上、殺すのもなあ…」
マッチョ化させられるだけで、別に死ぬわけでも危篤になっているわけでもないので、いきなり命をかけて切った張ったっていうのは、俺の主義的に違うかなと思う。
「でも、殺せる人ですよ、マッスル・イコは。例のアジトの現場写真をみましたけど、ああいうことができる人間とつるんでいる人はああいうことができる人間です」
「そうね、曲がりなりにも警察官である私が言うのもなんだけど、そんな『事件が起きないと対応しませんよ』なんて警察みたいなこと言っていると、取り返しがつかなくなるかもしれないわ」
石見は腕を組みながら神妙な顔でそう言った…っていうか自分で言ってたけど、警察官のお前が言うのはどうなんだそれ。
「とはいえ、今のところ対抗策もないし、闇雲にしかけても被害が拡大するだけだしなあ」
「それ、東北が壊滅する前に気がついてほしかったです」
「実は二戦目の時にはなんとなく気がついてたんだけど、こまちちゃんに続き寿ちゃんまでマッチョ化したことに怒った橙子ちゃんの物言いにイラッと来てしまってつい。というか、彩夏ちゃんだって寿ちゃんを盾にしたりみんなを見殺しにしたりしたじゃないか」
「だって私、あんな姿をこてっちゃんに見られるの嫌ですもん!」
おお…彩夏ちゃんが恋する乙女の顔をしている!
「お幸せに」
「幸せですよ」
うわ、あの彩夏ちゃんが臆面もなく…恋をすると女の子は変わるよなあ。
「とりあえず話しを今後のことに戻すわよ」
石見はそう言ってこの部屋で無事なメンツを集めてカバンから取り出したノートに走り書きを始める。
「現状、マッスル・イコの攻撃無効化を打ち破る手段はできたわけよね」
そう言って石見が恵を見ると、恵はこくりと頷いた。
「で、攻撃をしたら、その攻撃を吸収して、マッスル・イコが肥大化した」
今度はこちらの方を見たので俺が頷く。
「じゃあさ、逆に吸い取ったらどうなるのかしら」
「吸い取る?」
「そう、恋がこの間のランキング戦でやっていたでしょう?相手の魔力を吸い取ってお菓子にしちゃう魔法。膜を破った後、あの魔法を使ってマッスル・イコの魔力を吸い取る、そうすれば彼女は小さくなってとりおさえるのも簡単になるんじゃないのかしら」
石見に視線を向けられた恋は少し神妙な顔で腕組みをしながら首を傾ける。
「うーーーん…どうでしょうね。あれはあくまで魔力を吸い取るものなんですよね。だから筋肉を吸い取るのは…うーん…どうなんだろう…」
「でもマッスル・イコが魔力を吸い取って肥大化したってことは、あの筋肉は魔力で作っているか、ないしは、筋肉を血液じゃなくて、魔力で膨らませているって可能性が高いんじゃないかしら」
「おお、なるほど」
そう言われてみればそんな気がする。さすが石見。いい大学出ているだけのことはある。
石見の言うとおり、もう一度膜を破り、恋と柚那がパックンで魔力を吸い取れば拿捕できそうだ。
とは言っても、橙子ちゃんを失った今、マッスル・イコに正面切って恵の作ったデバイスをぶつけに行ける人間がいないのだが。
「前回は橙子ちゃんにお願いしたけど、今回は誰がデバイスぶつけに行くんだ?俺が行ってもいいけど、それだと、俺がいない間、恋と柚那が無防備になるよな」
「それに関しては私に心当たりがあるから大丈夫よ」
「心当たり?」
「ちょっとした知り合いが魔法少女やっているから、協力してもらいましょう」
そう言って石見は。年を考えればそろそろ辞めたほうが良いんじゃないかと言いたくなるが、妙に似合ってるせいで悪態をつきにくい、とても可愛らしいウインクを決めてみせた。
「やあ、久しぶり。妹ちゃん」
「ひっ!騙したな朱莉!」
にこやかに手を上げて挨拶をする石見に対して、まるで猫のように素早く飛び退く松葉。
ということで、つてがあるからと言っていた石見が呼び出したのはなんと松葉だった。
でもまあ、考えてみれば松葉のフルネームって石見松葉だし、松葉が石見の関係者だったとしてもなんらおかしくはない話だ。
「朱莉を思う私の気持ちを利用したな!」
「いや、思うも何も、お前俺に対してなんも思ってねえだろうが。松葉くずしのときもそうだけど、誤解招くような言い方すんのやめろ」
「……ああ、たしかに私は朱莉のことはなんとも思ってなかったっけ」
「ほんと、松葉は朱莉に対しては無関心よね」
物陰から顔を出してそんなことを言う松葉と、松葉の言葉を聞いてコロコロと笑う恋。
あの、昔どこかで、好きの反対は無関心って言葉を聞いたことがあるんですが、それは…。
「で、義姉さんと恋、それに朱莉が揃ってなんの悪巧みをしているの?」
「悪巧みじゃねえって。というか……石見と松葉って、姉妹…じゃないよな?」
「義理の姉妹ってやつね。邑田くんにわかりやすく言うと、私にとって松葉ちゃんはコトメってやつね」
「どうも、良コトメです」
そういう風に紹介されたわけでもないのに、自分で良コトメっていう良コトメはいないと思うんだが。
「松葉に協力してもらいたいことがあるのよ」
「関東の案件なら関東でカタをつければ良いんじゃない?」
「ところがもう関東だけの話じゃないんですよ」
そう言って機材を準備してくれていた彩夏ちゃんが俺達のところに戻ってきた。
「これを見てください」
彩夏ちゃんがリモコンをいじると、モニターには広めの会議室に押し込まれた、見わたす限りのマッチョな魔法少女たちと、そのマッチョたちに割烹着姿で鳥のささみだのゆで卵だのブロッコリーだのを配って回る精華さんの姿だった。
画面右上に「LIVE」って書いてあるので、多分現在の様子だと思われる。
「カオス…」
「そう、まさしくカオス。実は私たち東北チームは松葉さんの同期である朱莉さんと恋さん、それに松葉さんの義理のお姉さんである石見さんの立てた作戦のお陰で、こんな有様になってしまって、もはや壊滅状態なんです。私も命からがらこの惨状から逃げ延びることができましたが、かなり危なかったです」
おお、さすが東北一腹黒い女の名をほしいままにする彩夏ちゃん。普通の人ならうっかり感じなくてもいい責任を感じてしまいそうな話の道筋だ。
あ、ちなみに彩夏ちゃんが危なかったっていうのは完全な嘘だ。今回あの子は何一つ危ない橋を渡ったりしていない。
「いや、私朱莉については全く無関心だし、面倒事を持ってくるなら恋もすっぱり切る覚悟があるから」
彩夏ちゃんの口撃もどこ吹く風といったような、ひょうひょうとした顔と声で松葉がそう言い放つ。
なんて薄情な同期だろうか。
「でも…まあ、話は聞いてあげる。身内が絡んでいることみたいだし」
そう言って松葉はチラっと石見を見たが、石見は考え事をしているのか目をつぶっていたので、その視線には気づかない。
「実はこの惨状は新たな敵魔法少女の攻撃によるものでして」
彩夏ちゃんがリモコンを操作するとライブ映像から資料へと切り替わり、マッスル・イコの写真と、これまで判明した能力、戦歴などが表示される。
「ふぅん…なるほど、つまり恋と柚那がパックンをしかける間、朱莉が二人をガードしつつ、私が頃合いを見てその魔法無効化のデバイスをぶつければいい。と、そういうわけか」
「話が早くて助かります」
画面に表示された資料を読んだだけでおおよそやるべきことがわかったらしい松葉の確認に、彩夏ちゃんが頷く。
「正直かなり危ない橋だとは思うんだが、頼めるか松葉」
「別に構わない。最悪デバイスぶつけるところまではなんとかするから、あとは野となれ山となれ」
「いや、下手したらお前もマッチョに……ああ、そっか、お前関西さんちの子だもんな…」
むしろ実はマッチョになってみたい的な欲求とか持ってそうだもんな。
「む…なんか失礼なこと考えていそうだけど、関西チームがみんな脳筋だと思われるのは心外。私は少しだけあのメリハリボディに興味があるだけ」
いや、あのボディはメリハリつきすぎだろ。
「でもまあ、これで松葉はOKとして、あとは柚那だな。恋、柚那には連絡してくれてたんだよな?」
「え?私は朱莉がしてくれるものだとばかり思っていたから、してませんよ」
「いや、俺柚那と別れたって言ったじゃん。つい数日前の事だしまだなんかちょっと連絡しにくいっていうか…ほら、俺が柚那にベタ惚れとか思われるの悔しいじゃん?」
「何をカッコつけの男子高校生のようなことを…はあ、わかりました。私が電話しますからいいですよ」
そう言って恋はポケットからスマートフォンを取り出すと、柚那に電話をかけ始めた。
「あ、柚那ですか?実は少し協力してほしいことが……ええ……はあ…ん!?…いえ、すみません。もう一度いいですか?はあ……はあっ!?いや、そんなまさか…」
なんか雲行きが怪しい。恋の顔色がみるみる青くなっていくし。
「無理無理無理!だってあなたあれ…無理ですって!……というか、本当に?いいの?うん…わかった…」
電話を切った恋の肩が下に落ちきっているので、結果は聞くまでもないだろう。
「駄目でした。別件で今手が放せないそうです」
「ですよねー…でもそれだと計画が破綻しちゃうな」
キモとなる恋と柚那のパックンがないのでは、マッスル・イコの攻略法をまた一から探らなければいけない。
「いえ…その線自体は良いと思うんですよ。で、パックンもできないわけではないです」
「恋一人でできるのか?」
「いえ、あの魔法は色々面倒くさいんですよ。回復魔法で相手の魔力と同調させるパートと、同調させたところで一体化した魔力を引き抜くパートの2つがあるので、一人ではたとえ狂華さんだろうが、都さんだろうができないと思います」
「なるほどな。じゃあもう一人回復魔法が使える子を捕まえてこなきゃいけないわけだな。えーっと、回復魔法回復魔法…」
頭の中には何人か回復魔法が得意な魔法少女が思い浮かぶが、どの子も「回復魔法だけ」が得意なので、現場に連れ出すのはかなり危なそうな子ばかりだ。
「いえ、誰かを捕まえてくる必要はないんですよ。ここにいますし」
「え?どこ?」
全く心当たりがなく、そんな子が一体どこにいるのか聞くために俺が恋のほうを振り返ると、恋の人差し指は俺の顔を差していた。




