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魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編

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学園地獄 5 朱莉(2)

 解離性同一障害、多重人格、マンガなんかではよくある設定だが、実際にも症例はある。おそらく優陽の中の姉子と妹子の存在はこれに近いと思う。

 そうなると、誰にでも好かれる妹子に憧れた姉子が作り出した人格が俺たちの知っている優陽ということになる。これはわざわざ自分自身で自分の中に嫉妬を向けるためだけの人格を創り出すとは思えないからだ。であれば姉子の自己実現を達成させることで姉子と妹子を一体化させてこちらに危害を加えないようにする。

 多分精神科医やカウンセラーなど、その道のプロでも数か月から数年かかるような大変な話だと思う。それを姉子と戦いながら、しかも時間制限もありでやらなければいけない。

 みゃすみんがうまく動いてくれて、楓さんが増援に来てくれたとして、彼女に俺のやりたいことを説明し、理解してもらって説得を継続させてもらえるかどうかは五分五分。できればそれまでに決着をつけたい。

まあ、それ以前に俺が姉子にあっさりやられて楓さんの到着前に気絶、ないしは死亡しているということも考えられるんだけど。


「できる気がしねえけど、やるしかないんだよな……」


 ていうか、俺、魔法少女になってからついていなさすぎじゃないか?

 変身できない状態での初戦闘、お次はよりにもよってあかりに大けがさせるような大ポカ、魔法少女狩りの時なんかこまちちゃんと寿ちゃんのせいで相当痛い思いをした。

 そして夏休みに至っては、肝試しで撃たれるわ、妹子に襲われるわで海を満喫するどころじゃなかった。

 ついてないし逆境が多すぎる。主人公補正でもないと追いつかないぞ、これ。


「ブツブツと、一体何を独り言を言っているんですの!?」


 バチっという音がして、姉子の電撃が飛んでくる。俺は完全に油断をしていたが、元々威嚇のつもりだったのだろう。電撃は明後日の方向に飛んでいってくれた。

 ……とは言っても、電撃が直撃した保健室と廊下の間の壁には大穴があいていてその威力がバカにならないのは間違いない。

 柚那みたいに魔力のコントロールで状況に合わせて防御力を上げられたりすれば別なんだろうけど、あいにく俺はそんなに器用じゃない。


「これは……当たったら魔法少女でも死ぬな」


 妹子の攻撃は当たっても死ぬほどではなかったが、姉子の魔法は妹子の電撃が静電気に思えるほどの威力だ。

 多分柚那は攻撃を食らう瞬間、反射的に防御と自動回復に魔力をすべて振ったんだと思う。そうでなければ虫の息で生きているのも難しかったと思う。


「黙ってないで、何かおっしゃい!」


 そう言って姉子が放った電撃は、俺には直撃せず、別の壁に大穴を開けた。


「……ひょっとしてノーコンなのか?」

「の……失礼な事言わないで下さるかしら!?全力でなければ、コントロールくらい!」


 そう言って今度は先ほどよりも弱い電撃が放たれるが、やはり俺には当たらない。


「な…なんですのこれ!確かに魔法を使うのは久しぶりですけど、こんなに!?」


 姉子はさらに電撃を弱めて俺に狙いを定める。


「ちぇすとー!」


 なんで遠距離攻撃で剣術やねん。そんなことを考えながらどうせまた当たらないんだろうとタカをくくっていた俺に、今度は見事に電撃が命中した。


「やった!」


 姉子はそう言ってその場でピョンピョンと飛び跳ねて喜びを表現する。

とはいえ、命中したし相当痛いが体に穴があいたり致命傷になるほどの攻撃ではない。


「今度はもう少し威力を上げて……」


 ドーンと大きな音がして電撃が再び壁を直撃する。どうやらさっきの攻撃がコントロールできる最大限の攻撃らしい。


「……ま、まあいいですわ。あなたごときの相手は今のわたくしの力で十分。さっさと捻り潰してこの建物を破壊して見せてさしあげますわ」


 まあ、ここを壊しても本部は地下のかなり深い所にあるから別に問題ないんだけどね。


「じゃあ例え俺が勝っても、負けて捻り潰されても姉子さんの活躍が見れないのか。それはなんか残念だな。その電撃で校舎を壊す様はさぞかし派手だろうに」


 もちろん皮肉だ。『俺たちの学び舎を守る!』…なんて言うほどこの校舎に愛着があるわけではないが、それでも敵に叩き潰されたとなったら、面白くないし、そんな光景見たくもない。

まあ、そもそも校舎を全壊させられるほどの攻撃がまともに校舎向かって飛んでいくかも疑わしいが。


「あら?あらあらあら?もしかしてあなた、わたくしの活躍が見たいんですの?」

「え?」


 何を勘違いしたのか、姉子がまんざらでもない表情で俺の皮肉に食いついた。


「まあ、そうですわよね。誰しも強くて美しいものには惹かれるもの。仕方ないですわねえ、わたくしの下僕になるというのであれば、間近でわたくしの活躍を見せてあげますわよ」


 こいつ……チョロイぞ!?


「さあさあ、早く姉子様に忠誠を誓いますとお言いなさいな。今なら親友一号の称号とともに下僕に迎えて差し上げますわよ」


 こいつも友達いないのかよ……

 柚那もみつきちゃん(一応好かれてはいると思う)も友達いなかったし、そういえば優陽の交友関係の話も聞いたことがなかった。なんだ?俺は友達いない人間に好かれる星のもとに生まれているのか?最初のお友達によさそうな感じに見えるのか?


「今なら特典としてわたくしたちの八人目にお迎えすることもできますわよ。七罪からははずれてしまいますけれども、誰かが引退すれば即昇格、ドリフでいうところのシムラ枠ですわ!」


 いや、よくそんなこと知ってるな平成っこ。俺でも割とギリギリだぞ。

 なんにしても姉子も相手をしているとなんとなく力が抜けるというか。マジになれないというか、ペースを乱されるというか……


「……ああ、なるほど。妹子に似てるんだ」


 本人なんだから当たり前と言えば当たり前だけど。


「妹子…に…似ている!?」


 そう言って姉子が驚天動地の表情でショックを受けたようなリアクションをした。


「いや、うらやましかったってことは、姉子は妹子を目指していたってことでいいんだよな?今の姉子は十分妹子だと思うぞ」


 妹子はもう少しおとなしくて、素直ではあるけれど。


「わたくしが妹子に似ている……?」

「ああ、似ていると思うよ」


 本物の妹子がどういう子かは知らないけれど。少なくとも俺の知っている妹子、つまり俺や柚那の愛している優陽にはそっくりだと思う。


「じゃあ……わたくしは……」

「なあ、姉子。妹子のことを羨ましがったってしかたないだろう?姉子は姉子で、妹子は妹子だ。みんなちょっと違ってみんないいんだ。な?」


 揺れる乙女心に付け入るようで少し後ろめたいが、この期を逃すつもりはない。一気に説得まで持っていく。


「わたくしは……」

「うん、姉子はいまのままでいいんだと思うよ」

「じゃあ……じゃあ、わたくしはなぜ愛されないんですの……?」


 ……ん?


「妹子に似ているのに、何故誰も私を愛してくれませんの?お父様も、クラスメイトも、先生がたも!妹子、妹子、妹子と!なぜですの?」


 そう言って頭を抱えた姉子は意図的なのか、はたまた魔法が暴走しているのか全身に電気を纏い、その電気によって髪の毛が逆立つ。


「誰も愛してないってそんなこと――」


 ない。と言い切る前に電撃が来た。

 それもさっき命中した攻撃よりかなり強めのやつだ。

 電撃のせいで筋肉が痙攣しているのか、手足は言うことをきかないし、息すらうまく吸えない。


「っ……ぁ…ね…」


 口を開いて言葉を出そうとしても、顎の筋肉も舌もいうことをきかない。

 そして2撃目。

 膝がガクガクと笑い出し、俺はもう立っていることすらできず膝をつく。しかしダメージが大きく、膝をついたところでそこでこらえることもできず、俺は顔面から保健室の床に突っ伏した。正直、気を失っていないのが自分でも不思議なくらいだ。


(次は、もたない……)


 意識を失いかけているのに、何を冷静に分析しているのか。自分でも少し可笑しい。


「っっても……」


 二撃目が気つけになったのか、かろうじて感覚が戻ってきた手に力を込めて何とか上半身をおこす。


「まだ……死ねねえ!」


 ここで死んだら優陽の手を離すことになる。柚那を泣かせることになる。あかりをもう一家悲しませることになる。みつきちゃんやチアキさんやひなたさん、それに狂華さんもこの場に居なかった自分を責めるかもしれない。精華さんはちょっとわからないけど、少しでも悲しんでくれたら嬉しいかな。いや、悲しませるつもりは毛頭ないけれど。

 柿崎君や黒須さんだって俺が死ねば悲しむだろうし、ちゃらんぽらんに見える都さんだって、絶対自分を責める。あの人はああ見えてかなり部下思いなのを俺は知っている。

 色々な形、距離はあっても、俺は今、みんなに愛されて生かされている。

 その人たちを悲しませて楽に死ぬなんて、許されない。


『どうして誰も愛してくれないの』


 これは去年の今頃俺が思っていたことだ。

 だから俺にも姉子の辛さはわかる。

 だから俺には言える。たとえ世界中に愛されていないと思っていても、それでもほんのすこしのきっかけで、人は気づくことができるし変われる。


「姉子ぉ!」


 大きな声で姉子の名を呼んで気合いを入れると、足がいうことを聞いてくれた。


「蛇ヶ端姉子も蛇ヶ端妹子も関係ねえ!お前は今日から秋山朝陽で、秋山優陽だ!誰も愛してくれねえ?だったら俺が愛してやる!俺だけじゃねえ、柚那だって、ほかのみんなだっている。だから…だからずっと俺達の傍に居ろ!」


 全部は救えない。そんなことはこの半年で嫌と言うほど理解した。

 魔法少女の戦死者は0でもそのサポートをしてくれている人たちの中には死人も出た。

 敵方に居た以上、妹子も姉子もその人たちの死に無関係とは言えない。でも二人ともそんな自分が嫌だ、変わりたいと思っている。そういう子が俺の手の届くところにいるなら。


「来い!俺が受け止めてやる!」


 俺はそう言って腕を広げる。

 俺は死なない、二人も受け止める。

 受けの美学なんていいものじゃない。はっきり言ってもう動けないだけだ。

 運がいいのか、姉子の中で優陽が頑張ってくれているのか。姉子の放つ電撃はまるで俺をよけているかのように当たらない。

 やがてしびれを切らした姉子が俺に狙いを定めて走りだす。


「はははっ、なんて傲慢な人だ!」


 俺と姉子の間に仮面をつけた一人の魔法少女が割り込む。


「やっぱりあなたで正解だ!わたしは実に運がいい!」

「誰だ……?」

「私は七罪・傲慢の魔法少女***」


 バチバチとスパークしている姉子の電気の音がうるさくて名前がよく聞き取れなかった。


「え?よく聞こえない……」

「ふふ、すぐにわかるよ」


 そう言って彼女は右手一本で電気を纏った姉子の突進を止める。


「かわいそうな子。その中途半端な人格を消して、私が救ってあげよう」


 仮面の魔法少女はそう言って魔力を集中させると、左手が発光を始める。

 正常な意識がないだろう中でも何をされるのかわかったのだろうか、姉子が仮面の魔法少女の手から逃れようとするが、頭をしっかりとつかまれてしまっていてそれがはかなわない。


「あれも欲しい、これも欲しいっていうのは嫉妬じゃない、それは私の…傲慢の領域だよ、蛇ヶ端姉子!」

「やめろぉっ!」


 下手に動いたせいか足がもつれて半ば仮面の魔法少女に体当たりするような恰好になったが、おかげで彼女の左腕を掴んで一緒に倒れ込み、姉子を逃がすことに成功した。


「わたしはあなたのためを思ってサブである妹のほうの人格を消そうとしたんだけれどね」

「それが問題だってんだ」

「主人格を消すのかい?そうすると最悪彼女は――」

「そういうことじゃない。姉子も妹子も…朝日も優陽も消すな。俺は二人に愛を教えるって言ったんだ…助けに入ってくれたことは感謝する。でもどちらかを消すって言うなら、俺が相手になる」

「朱莉さん……」


 もう姉子には俺に敵対する意思はないようだった。


「そんなボロボロの状態でわたしとやりあうっていうのかい?いいねえ、実に傲慢だ。わたしはあなたが気に入ったよ。本当に魔法少女になってよかった!……また、近いうちに会おう」


 そう言って笑うと、仮面の魔法少女はマントをひるがえしてその場から忽然と姿を消した。


「……優陽……いや、姉子か」

「はい……姉子です」

「怪我はない?」

「はい、おかげさまで。でも朱莉さんが……」

「ああ、こんなの慣れてるから大丈夫。それより姉子」

「はい」

「朝陽って名前は、どうかな?朝ならさっき姉子が言ってたみたいに、陰気くさくも辛気臭くもないだろう?蛇ヶ端妹子に嫉妬していた姉はもうやめてさ、朝陽って名前で心機一転、優陽や俺達と一緒に楽しく生きてみたら」

「……」


 姉子は黙ったまま俺の隣に座ると、地べたに仰向けになっていた俺の頭を持ち上げて自分のふとももの上に乗せると、手のひらを俺の顔の上に置いた。


「もしかして、さっきあの仮面の魔法少女のやろうとしたことを止めたの、迷惑だった?」

「いいえ……あなたがああして止めてくれなければ、わたくしは二度も妹を失うところでした」


 姉子の言葉はだんだんと涙声に変わり、俺の顔に暖かいしずくが落ちてくる。


「本当に、ありがとう……ございました」


 そう言って朝陽は声を殺して泣き、俺は目隠しされたまま彼女の嗚咽を聞いた。

 五分ほどして、泣き止んだ朝陽は俺の顔の上から手をどけた。

朝陽の膝で休ませてもらったおかげか、その時には俺も起き上がれるくらいにはなっていた。


「なあ、朝陽、優陽、これからも一緒に居てくれるか?」


 改めて彼女達の前に座って尋ねる。


「はい、朝陽も―」

「―優陽もずっと一緒におります。」

彼女達はそう言ってお日様の匂いのする笑顔で笑った。


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