20XX宇宙の旅 2
一通り基礎を教え終わった後、面のつけかたがよくわからずにわたわたしていた猫田くんに面をかぶせてあげながら、僕は都さんと話をしていたときから気になっていたことを聞いてみた。
「なんで僕なの?」
「え?なにが?」
「いや、猫田くんってあんまりこういうことするタイプに見えないからさ」
「こういうこと?」
「剣道」
見た目の好みということもあったらしいが、猫田くんの希望としては、船に招くなら剣道ができる子がいいということで僕を指名したらしい。
で、こうして僕は文化交流の一環として彼に剣道の指導をしているというわけだ。
……ちなみに今現在桃花は、犬山君の希望で、艦内の手の開いているクルーを集めた数千人規模の観衆を相手にライブをしている。
まあ、どちらも文化交流と言えば文化交流だろう。
「いや、俺は結構戦うのとか好きだぞ」
「うーん、そういうことじゃなくて、君ってどっちかっていうと、桃花みたいな感じの子が好きそうなイメージだからさ。ノリが良くて明るいっていうか」
言ってもわからないだろうけど、剣道部よりはサッカー部というか。
「あー、なるほど言いたいことはなんとなくわかった。斗真さんにも時々確認されるよ。犬と猫は要求が逆になってないかって」
そう言ってにゃははと笑ってから猫田君は再び口を開いた。
「猫はうるさいのも群れるのも好きじゃないんだよね。一人で好き勝手やってたいタイプ」
「動物の猫はそうかもしれないけどさ」
「俺もおんなじ。だから名前だけじゃなくて猫って生き物にはすごくシンパシーを感じるよ。逆にワンコはベタベタしたいから群れるの大好きだしグイグイいくんだ」
「だとすると、危ないのは桃花のほうかもなあ…」
「危ない?」
「まあ、はっきり言っておくと、僕は君に嫁入りするつもりはまったくないんだよね。桃花はともかく、僕は地球には彼女もいるし」
「ああ、知ってる知ってる。鈴奈ちゃんだろ?」
「そう」
なんだ、ちゃんと知っててくれたのか。だったら…
「だからさ、俺が喜乃の旦那で、鈴奈ちゃんが喜乃の嫁でってことで、鈴奈ちゃんとは話がついていて、あとは喜乃次第っていうことになっているんだけども」
おのれ孔明。いや、鈴奈め!異星人相手になんて話をしてるんだ!というか、鈴奈の頭ではこんなことを考えつくわけがないので多分黒幕はイズモさんだろう。
くっそぉ!あまりに一般常識がない鈴奈に一般常識を叩き込んでもらおうと思ってイズモさんに預けたのに、これじゃあ完全に裏目に出ているじゃないか!
「興味深いよな、一夫多妻制は無理でもこれなら日本の法律にひっかからないらしい」
「引っかかるから!一夫多妻とかじゃなくても完全に重婚だし。色々問題がありまくるから!」
ほんと、イズモさんとか鈴奈とか彩夏の頭の中は一体どうなってるんだっていうか、いつの間に連絡を取っていたんだ!?
「あのさ、喜乃。一つお願いがあるんだけどさ」
面を着け終え、向かい合って蹲踞をしたところで猫田くんが口を開いた。
「この試合の勝敗で僕に何か要求したら虎徹さんに言いつける」
「……そ、そんなことしないよ」
ならなぜ思い切り目をそらしているんだ、君は。
「ただほら、なんかかけないと面白くないだろ?」
「賭けかあ…」
賭け試合は良くないって話もあるけど、それはあくまで現代日本の話だし、そもそも歴史を紐解いてみれば剣術の試合なんてものは何らかの賭け事の上に成り立つ代打ち麻雀みたいなものだ。
というか、僕自身別に賭け事が嫌いというわけではない。
「……性的なことじゃなければOK」
「マジで!?じゃあ展望デッキでデート!」
「うーん…性的じゃないかな?」
「一緒に星を見に行くだけだって」
「まあ、ならOKかな」
「よっし、俄然やる気が出てきた!がんばるぞ!」
そう言って猫田くんは蹲踞の姿勢から立ち上がり、僕もそれに倣って立ち上がった。
「ふんふんふーん」
僕が部屋に備え付けのシャワールームから出てくると、先にシャワーを浴び終わっていた桃花がワイシャツ一枚にパンツ丸出しという無駄にセクシーな格好で、鼻歌を歌いつつ足をバタバタさせながらこの船で支給された端末をいじっていた。
ちなみに猫田くんとの勝負は僕の勝ちだったのでデートの話はお流れになった。
「何してんの?」
「んー、ワンコのやつをからかってやろうと思ってさ」
「からかう?」
「ん。ライブ見て『やっぱり僕のパートナーは桃花ちゃんしかいない!』とか言い出しちゃってさ。だからちょっと期待を持たせて、手ひどく振ってあげようかと」
「外交問題になるだろ!」
「いやいやー、ほら。昨日あった司令官さんも言ってたでしょ『別に人質にとったわけじゃないから無理やり誰かとくっつく必要はないし、たとえ私達が拒否してもなんの問題にもならないわよん』って」
桃花のセリフがあまりに衝撃的だったせいか、自分でも気づかないうちに僕はあんぐりと口を開けていた。
「…いや、いやいやいや!あれはそういう意味じゃないから!」
「いいじゃん。私達がそういうひどい人間だってわかれば、滞在中はこっちに手を出したりしてこないわけだし」
私達ってなんだよ!僕を巻き込むなよ!
「……犬山君が何をしたのかしらないけど、そんなに嫌なことされた?それともなんか気持ち悪いことされた?だったらそんな陰湿な仕返しをするんじゃなくて、正々堂々抗議をすればいいんじゃないかな」
「え?別に嫌なことはされてないよ。むしろいっぱい応援してくれたし、むしろ気持ちよかったくらい」
「じゃあなんでそんな酷いことするんだよ」
「なんていうかさ…いい人だから、変な期待させて終わらせるのは悪いかなって。いっそ私の事を嫌いになってもらったほうが良いんだろうなって」
やり方は間違っていると思うけれど、桃花は桃花なりに真面目に考えてこういう結論に至ったということか。
だったら僕も強くは――
「まあ、それは建前で、愉快に踊ってくれるといいなって思って」
そう言って桃花はかわいい笑顔でウインクしながらペロッと舌を出す。
ああそうだった。元男性魔法少女(略)でつるむようになってから気づいたことだけど、こいつの本性って根っからのクズなんだった。
「クズ…」
「クズでーっす。キャハハ…お、メッセージ来た。えっと……」
「ねえ桃花。やめなって」
「やだよーん」
くっ、今ならいつだったかに朱莉さんの言ってたことがわかる。
殴りたい、この笑顔。
…まあ、いいや。猫田くんに一応伝えておこう。ええと…桃花が悪意100%で犬山くんを弄んで捨てる気みたいだから、犬山くんのフォローをしてあげて…と。
僕がそうメッセージを送ると、すぐに猫田くんから返信が返ってきた。
『ああ、ワンコそういうの大好きだから大丈夫。というか俺も前にやったけど、結局ワンコにオトされた』
なんなんだここは。男性版東北寮なのか?
猫田くんがそう言うなら良いかと、桃花と犬山くんがやり取りをしているのを横目で見ながら1時間くらい過ぎた頃。ピロンと可愛らしい音を立てて、桃花が自撮りをしていた。
「なにしてんの?」
「んー。からかい上手の若松さんとしてはちょっと飴をあげたほうが良いかなって思ってさ『ライブの時の桃花ちゃんのおへそ最高でした』とか言うから、ヘソくらいなら良いかなって思ってね。ええと…これで満足かな?ハートっ…と」
なんかもう犬山くんのイメージダダ崩れなんですけど大丈夫ですか。
そして一時間後。
「桃花?」
「だーいじょうぶだって。下乳くらい衣装でも見せてたしどうってこと無いよー」
さらに一時間後。
「あのね、桃花」
「谷間なんて衣装でも――」
うーん…ちょっと見えてるような…いや、影なのかな…影だな。うん。
そこから一時間後。
「もー……しょうがないにゃあ…」
「あのさ、桃花」
「あ!…ち、ちっげーし、これで終わりだし」
そうだね、なんか色んな意味で終わりかけてるよ。
またまた一時間。
「えーっと…こうして、こうして…こんな感じかな?」
「いや、それは流石にまずいって桃花」
「大丈夫だって。絶対漏らさないって言ってるし、そもそも向こうは私にベタ惚れなんだから漏らすはず無いんだけど、それにほら、手で目線入れてるし大丈夫だって」
目線の前に入れるべき線があると思うんだ。
さらに一時間後。
「ねえ、喜乃。人からまっすぐに感謝されるって、なんかすごくいい気持ちだね」
さらにそこから一時間。
「やばい。なんで私…俺、男にドキドキしてんの?すっごい変態なこと言われてんのに、なんか胸がドキドキするんだけど!なにこれ、何なのこの感情!」
そして消灯後。
「………」
「………」
一瞬、廊下の灯りが僕の顔を照らした後、小さくパタンという音がした。
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一週間後。
「ようこそ、我が月面基地へ、歓迎しますよ…って、あら?」
月面基地に格納されたカプセルから僕が基地に降り立つと、出迎えに来てくれていた女性型異星人のトップであるリオさんが首を傾げた。
「確か、都の話ではこちらにくるのは二人のはずでは?」
「やんごとなき事情で、一人はあちらの艦で連絡将校として働くことになってしまいまして」
一緒に行動するようになってからわかった…というか、楓さんはわかっていたらしいのだけど、桃花が朱莉さんに抱く感情と、朱莉さんが桃花に抱く感情っていうのは、単純な憎しみとはちょっと違うものだ。
言うなればあれは同族嫌悪。
お人好しの朱莉さんと外道な桃花という、両極端な二人だからわかりづらいが、あの二人はとてもチョロい。特におだてればなんでもさせてくれそうな感じがそっくり…というか、ぶっちゃけてしまえば、関西・関東・東北魔法少女の中でぶっちぎりで『おだてればヤれそうな魔法少女』のトップ1、2なのだ(僕、楓さん調べ)。
まあそんなおだてに弱い桃花に対して、犬山くんが踏みつけられても踏みつけられても尻尾を振っておだてつつ、グイグイと少しずつ要求をエスカレートさせて言った結果、桃花はあの艦に残ることになった。
つまりそういうことだ。
というか、あのライブのあとのやりとりで勝負は決していたと思う。
「やんごとなき事情?」
「なんというか…その」
「ああ、そういうことですか!なるほどなるほど……ではこちらとしては、あなたに一人嫁がせなければならないということですね」
「やめてください!死んでしまいます!」
あっちの艦…というか、猫田くんならともかく、普通に女性とそういうことになったら鈴奈様に殺されてしまう!
「大丈夫ですよ、あなたのもとパートーナーのように、あなたもここに残ればいいだけなんですから」
そんな風におっとりとした笑顔を浮かべながらリオさんが指を鳴らすと、おつきの二人が僕の両手を引いて歩きだした。
その後滞在期間中、リオさんの命令で手を変え品を変え女の子を変え、毎晩アプローチを受けたが、僕はなんとか任期を満了することに成功した。
まあ、逃げ回ってばかりでろくに文化交流できなかったので、任期満了と言っていいかどうかはわからないけど、その話をした時の都さんが大爆笑だったので良かったんだと思いたい。
桃花ちゃん!結婚おめでとうございます!
ショックなので桃花ちゃんのファン辞めます!(^q^)




