悪魔と女王 2
師走忙しすぎて辛いです。
天敵。
ネズミとネコであったり、ハブとマングースであったり、毎度駐車場に誘い込まれるケニア産の紅茶のような名前のキャラとバレー部であったり、大泥棒とインターポールの警部であったり。
まあ、早い話が苦手とする相手って意味だ。
理由があったにせよ元連続殺人犯のこまちちゃんと、義賊とはいえ元泥棒の恋の天敵と言えば、警察だろう。
公開ではなく指名手配されていた大江恵についても、やはり天敵は警察だと…いや、都さんか?いやいやむしろ思い切り噛み付く翠か……でもチアキさんも確かお説教かましたりしてたはずだし…あれ?意外にこいつって天敵が多いのか?
まあとりあえずは警察だとしておこう。
だから、信頼しているしていないは別として、そんな警察が苦手でいて、意外と制御が難しい三人の抑えとして現職にせよ元にせよ警察官を派遣する。そんなことを都さんが考えたとしてもなんら不思議はない。
だから、都さんから電話がかかってきて『自由に動けるように、権力持った人間を増援として送ったから』と言われたときには、増援っていうのは、実力的にも位置的にもひなたさんなのかな、でもひなたさんはアフリカだし、久しぶり黒須さんが来るのかなと思っていたのだが…。
「ぎゃあああああああ」
「いやぁぁぁぁっ!」
俺達の泊まっている部屋に瑞希ちゃんがエスコートしてきた人物を見た瞬間、こまちちゃんと恋が同時に悲鳴を上げた。
「う…うぬぅ…み、都め…」
入ってきた人物を見て大江恵もたじろいでいる所をみると、どうやらその筋では有名な人のようだが、はっきり言って、俺は全く見覚えがなかった。
「えっと、どちらさん?」
年の頃は30ちょっとくらい、ピシッと引き締まった表情と、同じくピシッと程よくしまった身体に高そうなスーツを着ていることから察するに、おそらくはキャリア組なのだろうが、あいにくと俺にはそんな知り合いはいない。
「ええっ!?朱莉ちゃんこの人知らないの!?」
「朱莉の世間知らずには本当に驚かされますね…」
「本当に知らないのか!?」
いや、三人してそんな顔されても知らんものは知らんのだが。
というか、一般市民だった俺が、警察の有名人なんて知るわけがないじゃないか。
普通に行きていると、警察と関わることなんてめったにないんだから。
「ひさしぶりね、501」
「は、はいっ、お久しぶりです!」
あのこまちちゃんが声をかけられただけで直立しただと!?
「…なあ、恋。ほんと誰なんだあの人」
「公安版都さんとでも言いましょうか。私も何度となく捕まりそうになって、命からがらということも片手では数え切れないほど…」
「それはあなたが後先考えずに変なところから逃げるからでしょう?」
「そ、そうですね。あはは…」
俺と恋はかなり小声でやり取りしていたのに、彼女には聞こえていたらしい。
この地獄耳っぷり、たしかに都さんっぽい。
「まあ、積もる話もあるし、顔見知りばかりだけど自己紹介からしましょうか。私は、警視庁公安部、ゼロ係係長、石見佳代。自分で言うのもなんだけど、公安の女王なんて呼ばれることもあるわね」
思い出した。
この人のことは前に一度だけひなたさんが話してくれた事がある。
曰く、『俺がこの世で本気で怒らせちゃいけないと思う女を四人あげるなら、一人は都、二人目は桜。三人目は死んだ嫁の陽奈。そして最後の一人が公安の女王、石見佳代だ』
ひなたさんはそんな風に語っていたし、こまちちゃんや恋の反応を見る限り、あの時ひなたさんの言っていたことは冗談でもなんでもなかったということで、おそらく目の前のこの人は、怒らせると都さん並にヤバイ人なんだろう。
「ええと、今の名前は能代こまちと、高前恋でいいんだっけ?」
「はいっ!」
「そうです。くれぐれも前の名前で呼ぶのはやめてくださいね」
「はいはい。で、あなたが大江恵で、あなたが邑田朱莉さん、と」
そう言って石見女史はなんとなく意味ありげな視線を俺に向ける。
「なんです?」
「さあ、なんだと思う?」
「俺は公安に目をつけられるようなことした覚えがないんでさっぱりですね」
そう言って肩をすくめてみせると、石見女史は大笑いしながら方をバシバシ叩いてきた。
「あっはっは、相変わらず捻くれてるわね、あなたは」
「相変わらず?俺、あなたと何処かで会いましたっけ?」
「最近だと、この間のしょ島部奪還演習の時に小金沢と一緒に話をしにきたでしょうが。それ以外にも戦技研で何度かすれ違ったりしているわよ」
「たしかに警視庁に打ち合わせに行きましたけど、あの時は色々切羽詰ってたんで、正直記憶が曖昧なんですよね。あと、ちゃんと会話しないと人の顔覚えるのが苦手なんですよ」
というか、あの時は忙しすぎて、バタバタ動いている時に自分が何をしていたのかなんて、曖昧どころか、実はほぼ覚えてないと言ってもいいくらいだ。
あと、俺はよっぽど気になった相手でもなければ、すれ違ったとかそういうのを全く覚えていられない人間なのでどこそこですれ違ったとかそんなことを言われても困る。
「でしょうね。まあ、いきなり責任押し付けられちゃえばそうなるだろうけど。あ、そうそう、私達タメだし別に敬語使わなくて良いわよ」
「え?俺とタメなのか?」
ということはアラフォーということになるんだが……
「何?」
「いや……」
見えないなあ。都さんと同じか、1つ2つ上くらいにしか見えない。
「…若くみえるなと」
「ちょ、やめてよそういうストレートな褒め言葉。同級生にそんなこと言われると照れるじゃないのよー」
そう言ってまたバシバシと俺の方を叩く石見女史。
「いや、真面目な話、かなり若く見えるんだけど」
「だからやめてってばもう。ほんとに邑田くんたら口がうまいんだからー。本当に照れるでしょうが」
……ん?
今俺のこと邑田くんって呼んだか?
「石見さん、俺の資料読みました?」
「ああ、読んだ読んだ。あんたもなかなか数奇な運命を辿ってきているわね」
「あ、読んだんなら良いんです」
資料を読んだのであれば俺が元男性だってことがわかっているのも当然だし、同い年なら邑田くんって呼ぶのもわかるし。
「だからびっくりしちゃったのよ、まさか小中の同級生が魔法少女になっていて、しかも一緒に仕事するなんて思っても見なかったから」
「………は……い?」
「え、やだ、もしかして全然気付かなかったの?本気?アレだけ一緒に遊んだのに?」
「いや、俺は小中のころ、あんまり女子と遊んだ記憶が無いんですけど」
なんというか、女子と男子で対立したりとかそういうことは結構あった気がするけど、仲良く遊んだとかそういう記憶は殆ど無い。
「ええっ!?色々張り合ったりして遊んでたし、バレンタインもあげたじゃないのよ」
「………えーっと…」
クラス全員に配ってた女子のグループがあったような気がしないでもないし、そう言われてみれば、チョコだったかクッキーだったかを貰ったような記憶も微かにある。というか、むしろなんかもらった時変にテンパって緊張して、バカ丁寧にお礼を言った気がする。たしか……
「ほら、ベランダに呼び出して渡した時、なんか賞状でももらうんじゃないかっていうくらい仰々しく頭を下げて『ありがとうございます』って言ったりして」
……そう、確かにそんなことを言った。
「いや、でも…石見…石見………石見…?」
確か、あのグループにいたのは…川口…海野…星宮…
「あ、そうか。結婚して名字変わったのよ私。旧姓は山口。山口佳代。思い出した?」
そうだ、山口佳代。確かグループの中でも一番色白で、ものすごく女子女子してた奴……っていうか!
「おまっ!…思い出したぞ!なんか知らないけど俺が好きになる子好きになる子全員にあること無いこと吹き込んで邪魔してきたやつだ!」
「あっはっは、まああれはほら、若気の至りってやつよ。こっちとしても自分が好きな男子が他の女子に告白しようとしてるのを指をくわえて見ているっていうのもなんかくやしいじゃないの」
「だからってなぁ、だからって……え?今なんて?」
多分聞き間違いだと思うけど、とんでもない情報が入っていた気がする。
「いや、私は9年間あんたに片思いしてたのよ」
「ええええええええっ!?」
「ちょ、本気ですか!?この男に!?」
なぜ俺より早くこまちちゃんと恋が驚きの声を上げるのか。
お陰で俺が驚くタイミングを逃してしまったではないか。
「いや、私昔からデブ専でさ。だから邑田っていいなって思ってたのに、こいつときたら卑屈すぎてこっちがいくらモーションかけても全く気づきもしないどころか、なんかからかわれてるっぽいみたいな反応して逃げていくから大変だったのよ。結局最後まで気づかないし、卒業式の日に伝説の木の下に来てくださいってラブレターまで書いたのに来なかったし。まあ、あれで待ちぼうけ食わされて、それで諦めがついたっていうのもあるから、今となってはいい思い出だけどね」
そう言って石見佳代はフッと懐かしむように笑った。
「それは朱莉ちゃんが悪いなあ」
「たとえ騙されているとわかっていても女の子からの呼び出しには応じるべきではないでしょうか?」
「いや、なんでふたりともそっちの味方をして俺を責めてんの?本人がいい思い出だって言ってるんだから別にいいじゃん。…っていうか、確か俺はそれ行ったぞ。伝説の木下だろ?」
「うん、伝説の木の下よ。ホームルーム終わってから一時間くらい待ってたけど来なかったじゃない」
「いや、伝説の木下なら間違いなく行ったぞ」
「ん?なんかふたりともイントネーションが違いません?」
「来なかったでしょ。学校の裏手にある伝説の木の下よ?」
「だから、学校の裏門の前にある、伝説の木下だろ?」
「いやいや、裏門じゃなくて、裏の森よ…っていうか、あんたそれ、伝説の木下ってまさか」
「駄菓子屋だろ?」
あ、なんか石見だけじゃなく、こまちちゃんと恋、それに黙って俺達のやり取りを見ていた瑞希ちゃんと大江恵まで大きなため息をついてる。
わかってる、わかってるから皆してそんな目で俺を見るのをやめてくれ。
「いや………ま、まあ、あれだ。実はさっきラブレター云々言われた時に、今考えてみればもしかしたらそっちだったのかなーって思ったけど、今更伝説の『木の下』だと認めるのも悔しかったというかだな。でも俺は本当に学校の裏にあった『伝説の木下』には行ったんだぞ!?で、店頭に置いてあった格ゲーやりながら一時間は待っていたわけで…」
「朱莉…」
「朱莉ちゃん…」
「朱莉さん…」
「邑田朱莉…」
「邑田くん…」
「はい、すみませんでした。思い切り勘違いしてました」
伝説の木下は『伝説の木下』まで含めて店名。何が伝説なのかは誰も知らないし、すた丼とかも提供してない。




