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魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編

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To say Good bye is to die a little 2

頑張った。

俺はすごく頑張ったよ。


都さんから面倒事を押し付けられた後、ミーティングが終わるまでという、全くと行っていいほど時間がない中で俺は残り少ない時間で柚那を楽しませる方法を考え抜いた。

ぶっちゃけてしまえば、引き継ぎミーティングをしている間も詳細な説明は恋にまかせて、俺は完全に上の空で、『この後の柚那とのデートプランをどうしようか』とか色々と考えていたし、解散後にすぐに方方に電話して、いつもと違う店、そしていつもと違うオサレなホテルを抑え、ドライブも窓を開けて海沿いを…いや、この季節にこれは正直失敗だったけど、いろいろ俺なりにやった。


ドライブもディナーもお泊りも完璧にこなしたと思う。


やってやったぜ!と胸を張って言えるくらい頑張ったと思う。


そして、迎えた翌日の朝。

昨日のデートで満足してくれたのか、不平不満も言わず、ずっとニコニコと笑っている柚那とともに訪れた羽田空港第2ターミナルでのことだ。




「昨日、朱莉さんが寝た後、色々と考えたんですけど………私達、別れましょう」


 朝陽に頼まれた空弁を買い込み、喫茶店に入り、注文したウインナー・コーヒーを一口飲んだ後、朝から口数が少なかった柚那はそんなことを言い出した。


「え!?はっ!?何言ってるの柚那!?だ、駄目だったか?俺、昨日なんかやらかしてたか?」

「いや……なんというかですね……最近無理させちゃっているなって思って」


 そう言って柚那は苦笑いを浮かべながら、頬をかいた。


「無理ってなんだよ。え?別に何も無理してないぞ」

「いえ、絶対無理してますって。なんか私に変に気を使っているというか、うーん………難しいんですけど、なんか変なんですよね」


 確かに例の夢以来、俺は柚那に対して気配りをするようにしてきた。でもそれは、柚那に浮気をされたりするのが嫌だったからで、そこで無理をしたからって別れられてしまっては全く本末転倒、空回りも良いところだ。


「でもな柚那、俺はお前と…」

「いえ、私は何も今生の別れをしようと言っているんじゃないんですよ。一度恋人関係をおやすみしましょうっていう話なんです」

「おやすみ?」

「そうです。朱莉さんが私を好きでいてくれるのはよくわかります。よくわかるから、今このタイミングで充電期間が必要かなって思うんです」

「なにそのバンドメンバーのソロ活動期間みたいなの」

「まさにそれです。私と朱莉さんってデビューからずーっと一緒にやってきたじゃないですか。で、私は朱莉さんを好きになって、朱莉さんも私を選んでくれた……最近になって、私はそれに甘えていたんだろうなって思ったんです」

「……もしかして、桜ちゃんの件?」

「はい…」


 まあ確かにあそこのカップルとうちとは、カブる部分がないではなかった。年の差とか、女の子のほうが重……積極的とか。


「でも、あの二人と俺たちは違うぞ」

「そうですけど、やっぱりダブる部分もあって、何より変だなっていうか…怖いのが、桜ちゃんもひなたさんも別れてからのほうが、生き生きしている気がするんですよ」


 ……確かにひなたさんのホームシックは強まったけど、通信越しに見るひなたさんの表情は前より生き生きしている気がしないでもない。

 桜ちゃんにしてもあっけらかんとしたもので『別れましたがなにか?』くらいのものだ。


「私、朱莉さんと別れても、ああはなりたくないなって。やっぱり重すぎる愛って良くないかな、見つめ直す期間も大事なのかなとか色々考えてて」

「柚那…」


 確かに、正直に言ってしまえば、柚那を重く感じることもなかったとはいえない…というか、正直、はっきり言って柚那の愛は重いと思っているが、その重みがいいなって思っている部分はある。

 しかし、重いものを持っているのが当たり前になってしまえば、その重みが負担になっているのか、それともなくてはならないかけがえのないものなのかの判断は鈍くなると思う。

 だからその重みが自分にとって大切なものなのか、それとも勘違いで、負担が気にならなくなって、変な幸福感を抱いていただけなのか、それを改めて見つめ直すというのは大事だ。

 そういうことなら一度関係を見つめ直すために――


「本音を言うと、最近の朱莉さん、ちょっと重くて…」

「いや、お前にだけは言われたくねえよ!?」




「ああもう…ちっくしょう…完全に柚那にしてやられた」

「どうせまた朱莉が何かしたのでしょう?」


 俺がブツブツ言いながら窓際の席で頭を抱えていると、並び席の恋が大江恵を伴ってやってきた。


「今回俺は絶対に悪くない。というか、くっそ…あんな振られ方したら逆に気になってしょうがないっつーの」


 しばらくどっちが重いか言い合いをしていたものの、搭乗開始の時間となったため、俺達の話し合いはそこでお開きとなった。

 で、直前までの言い合いでちょっとムッとしていた俺はそのまま柚那と言葉をかわすことなくゲートを通過するつもりだったのだが、柚那はそんな俺を力ずくで引っ張って廊下の隅の人目につかない場所まで連れて行って、壁ドンをしながらこう言った。


『恋人関係を解消したのだから、気になる人がいたらアタックしてみてください』


『できれば私と比較してみてください』


『それで私のほうが良いと思ったら戻ってきてください。戻ってくる期限は無期限です』


 と、そう言った後で柚那は俺の唇にキスを…するフェイントを挟んで、おでこにチューをした。そして『戻ってきたら続きをしましょう』なんて耳元で囁きやがった。

柚那のあの笑顔。あれは絶対確信犯だ。

 だってすごいキメ顔してたもの。

 キメ顔もキメ顔。ウインクとかしてるんだぜ?でも顔の作りがよくてなまじ様になってるからツッコミようもないし、ツッコんでギャグにできないと、なんかそんな柚那がかっこよく見えてくるし。


 ……実際、確信犯だとわかっているし、たったあれだけのやり取りだけなのに、俺はこうしてしっかり気持ちをつなぎとめられてしまったわけだし。


「前々から思っていましたけど、朱莉って、案外乙女ですよねー」


 大江恵を俺との間に座らせ、空港での柚那と俺の顛末を聞いた恋は、棒読みでそんなことを言いながら、持ち込んだ雑誌を開いた。


「ふむ…君は元男だと思っていたのだが、そういう願望があったのか」


 そう言って大江恵もしげしげと俺を観察するように見る。


「うっせ。経験がほとんどないから耐性があんまりないんだよ」

「あんまりか?全くではなく?」

「私もまったくないの方だと思いますけどね」

「一応冷静に話ができてるだろ?全く耐性が無かったら今頃きっと柚那に堕とされて惚気全開だぞ」


 多分あのまま柚那の策が完璧に決まっていたら、俺はもう柚那のことしか考えられなかっただろうし、こうして柚那の話をするにしてももっと惚気調になっていたと思う。

 一応こうして愚痴混じりに話ができているのは柚那のツメの甘さのおかげだ。

 事が終わった後、ふと、身長差が結構あるのにどうやって壁ドンだのデコチューだのしたんだろうと思った俺が柚那の足元を見ると、柚那は魔法を使ってちょっとだけ浮いていた。

もうね、カッコつけながら決め顔でふわふわ浮いている柚那が、逆にちょっとかっこ悪いやら、公共の場でふわふわ浮いている柚那を見て一気に頭が冷えたやらで、柚那の策は100%の効果を発揮するに至らず、俺はガッチリハートをキャッチされることだけは回避できた。……まあ、それでも大分持って行かれたけど。


「まあ、でも柚那と分かれて自由恋愛が解禁になったのは良いことじゃないですか?……実は私もその…前から朱莉のことが気になっていたんですよ」


 冗談めかしてそう言いながら恋は雑誌から顔を上げて俺を見る。

 その目は少し潤んでいて、唇は少し震えている。


「………ダウト」

「正解」


 そう言って恋はケラケラと笑いながら雑誌に視線を落とす。


「朱莉さんは流石にそこまでチョロくはないぞ」

「そうですか?このタイミングじゃなければOK出てそうでしたけど」

「ノーコメント」


 確かにこのタイミングであんな見え見えの表情だったからダウトできたが、気分が盛り上がっているときにやられたら引っかかってた可能性が高い。


「柚那と別れたとか、おあずけ食らって乙女回路がビンビンだとか、朱莉にも色々あるのはわかりますけど、あんまり変な女に引っかからないでくださいね。例えば敵方の人間とか」

「うむ。ありそうだな。私の懐刀は美人だしな」

「いや、だから俺はそんなにチョロくないって。というか、恋とは一度、恋の中の俺の評価についてじっくり話し合う必要があると思っている。あとお前はなんで誇らしげなんだよ、この全ての元凶が!」

「いひゃいいひゃい、ひゃめ…ひゃめろぉ!」


 ドヤ顔がイラっときたので俺が大江恵の頬を引っ張っていると、恋は再び顔を上げて俺を見る。

 ただし、さっきの潤んだ瞳ではなく、『なに言ってるんだか』とでも言いたげな白い目で、だが。


「大体みんなの中の朱莉に対しての評価はこんな感じだと思いますけど」

「失礼な。きっともっと俺に対しての評価が高い人も居るはずだ」

「そうですか?例えば?」

「えっと……その……柚那とか」

「フッ…」


 なんか鼻で笑われてしまった。


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