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魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編

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学園地獄 4 朱莉(1)

 教室でイズモちゃんと、廊下で寿ちゃんと別れた俺は、保健室に向かう廊下を走っていた。

戦うことができる魔法少女候補生は昇降口へ。

できない魔法少女候補生はスタッフと一緒に避難。

普段からの訓練が功を奏したのだろう。もうすでに全員動き終わって廊下には誰も居ないので学生時代であればまず間違いなく先生にストップをかけられるような速度で走ってもぶつかることもない。

 この階段を降りれば保健室。というところで、上の階から「誰かいませんかー…」という小さい声が聞こえてきた。

 普段から避難訓練を重ねているとは言っても、新入りスタッフや新入り魔法少女候補生などであれば、逃げ遅れているという可能性もなくはない。

イズモちゃんや寿ちゃんたちが敵をしっかり抑えてくれるとは思うが、それでも彼女たちの足を引っ張る可能性のある人間をここに放置していくのは得策とは言えないだろう。

 階段を上っていくと、上の階の踊り場で、一人の女の子がへたり込んでいた。


「逃げ遅れちゃった?」

「あ……はい!今日入ったばかりでどうしたらいいのかわからないうちに他の人とはぐれてしまって……」

「歩ける?」

「はい……あの、邑田朱莉さんですよね?」

「え?ああ、うん」

「ああ、やっと会えた!私、宮野愛純です。私、朱莉さんに憧れて候補生になったんです」


 こう面と向かって言われるとちょっと恥ずかしいが、それでも悪い気はしないものだ。


「宮野さんだね、よろしく」


 俺はそう言いながら彼女の腕を引いて立ち上がらせる。


「あ、宮野じゃなくてみゃーすって読んでください。みやのあすみ、略してみゃーすです」


 なんか今、頭に小判を付けてるネコのようなモンスターが浮かんだんだけど……まあ、それは置いておいて。


「今ちょっと敵が攻めてきていてね。できれば隠れていてほしいんだけど、シェルターの位置は聞いてる?」

「いえ、そういう説明もまだ受けていなくて」

「そっか……」


 シェルターの位置を教えるのはそんなに難しくはない。ただ、寿ちゃん達が打ち漏らして敵が入ってくる可能性が0ではないところを彼女一人で歩かせて万が一迷われてもそれはそれで面倒というか、ちょっと酷かもしれない。


「じゃあ、一緒にくる?」

「いいんですか!?」

「いいよ、初心者の宮野さんを一人でいさせるっていうのもかわいそうだしね」

「みゃーすって呼んでください。もしくはみゃすみんって呼んでほしいみゃん!」


 宮野さんはそう言って、おそらく一般的にはかわいらしいと言われるのであろうポーズを決める。


「……もしかして宮野さんってアイドル出身だったりする?」

「はい!元TKO23です!」


 出たTKO。確か柚那が魔法少女になる前に居たグループだったはずだ。


「えーっと…もしかしてTKO23、知りません?」

「ん…いや、まあ知らないっていう訳じゃないけど、知ってるかって言われると……」


 柚那には何度かPVを見せられたけど、正直人数が多すぎてよくわからなかった。


「そんなこと言って、嫌いじゃないって顔しているじゃないですか!誰推しですか!?もしかして私!?キャー!うーれーしーいー!」


 テンション高いなこの子。というか、俺が宮野さん推しなら「アイドル出身?」なんて聞かないだろう。


「いや、俺はゆあちー推しかな」


 というか、ゆあちーこと柚那しか知らないんだが。


「え……そうなんですね」


 ゆあちーの名前を聞いた宮野さんはしょんぼりと肩を落とす。


「すごいですよね、ゆあちーさん。TKO創設の時から二年前までずっとセンターだったんですから。実は私、何度かお話したことがあるんです。その時は……まさかあんなことになるなんて」


 宮野さんが言っているのはおそらく下池ゆあの自殺の件だろう。


「……まあ、実はゆあちーは生きてるんだけどね」

「またまた、そんな都市伝説みたいな話に騙されたりしませんよ」

「本当だって。ゆあちーは伊東柚那として元気にやってるよ」


 最近の候補生は名前も顔もかわっていない子が結構いると聞いた。おそらく宮野さんもそのクチなのだろう。


「ええっ!?柚那さんがゆあちーなんですか?いいんですか、そんなすごい秘密を私なんかに教えちゃって」

「別にいいんじゃないか。味方はみんな知ってることだし。まあ、色々聞きたいこともあるだろうけど移動しながらでいいかな?とりあえずその話題のゆあちーともう一人を迎えに保健室に行かなきゃいけないんだ」

「わかりました!」

 

 宮野さん改め、みゃすみんは「ゆっあちーにあっえる~」と謎の鼻歌交じりに軽快なスキップで廊下を進む。少しペースを落としているとは言っても俺は走っているので、結構な速さのはずだが、特に息が上がった様子もない。


「みゃすみん体力あるね」

「歌って踊れるアイドルは動けないと話になりませんから」

「ああ、なるほどね」


 確かに柚那に見せてもらったPVの彼女達の一糸乱れぬ踊りはたいしたものだった。あの動きをやるからには相当体力が必要になるだろう。


「ちなみに、みゃすみんって強いの?」


 俺は楓さんのような戦闘狂ではないので、今ここで戦おうとか斬りあおうとか言い出すつもりはないが、それでも万が一彼女を連れて戦闘なんていうことになった時に放っておいて大丈夫なのか、守らなければいけないのかは確認しておくべきだろう。


「うーん……どうでしょう。ナノマシンの手術は受けましたけれど、まだ訓練をしたこともないんですよね。だから強いか弱いかって聞かれてもちょっとわからないです」


 訓練前に学園に来ているってことは、芸能枠で手術は受けたものの非戦闘員なのか、もしくはメチャメチャ強いかのどっちかだろうけど


「じゃあもし敵が出て来たら――」


言いかけたところで廊下の窓ガラスを割って戦闘員が入ってくるのが見えた。俺はそのまま走るスピードを上げて体重と魔力を乗せたドロップキックをお見舞いする。


「――俺が戦うからみゃすみんは……」


 振り返った俺の目に飛び込んできたのは、見事な回し蹴りで背後から襲ってきた戦闘員を撃退しているみゃすみんの長い脚と赤いパンツだった。


「え?なんですか?」

「十分強いじゃん……」


 変身なしで戦闘員を倒すというのは実は結構な実力を必要とする。

 まず通称二軍三軍と呼ばれる普通の研修生、実習生クラスでは不可能。番組でそれぞれメイン回がくまれるような魔法少女でもサポート専門の桜ちゃんは攻撃に魔力を回せないので無理。柚那も変身前では戦えなくはないけど無理。寿ちゃんは善戦できるけどやっぱり無理。精華さんは運動神経0で近接戦闘はまったく駄目なのでこちらも無理。そうなると優陽を入れた現役魔法少女12人と比較しても、変身なしの状態での戦闘能力については、彼女はすでに8番目以上の実力を持っていることになる。8位のこまちちゃんとどっこいか、今のが本気じゃないなら、もっと上の可能性だってある。


「えーっと……鍛えてますから!」


 まあ、もともと格闘技とかをやっていたほうが魔法をつかった近接戦闘もコツをつかみやすく有利だというようなことをチアキさんが言っていたのでおそらく彼女は何らかの格闘技をやっていたのだろう。現に近接戦闘は剣道4段の楓さんが首位。二位が元自衛隊の狂華さんで、三位が元警官のひなたさんだ。

ちなみにこの間優陽に負けた俺は七位。この順位は男の子的にはあまり面白い結果ではないのでいつかひっくり返してやろうと、最近は柚那と鋭意特訓中である。


「何か格闘技やってたの?」

「空手を少し……10年くらいですかね」

「少しじゃないじゃん!絶対俺より強いじゃん!!」


 因みに俺の格闘技経験はと言えば、マンガで見た技を真似をしただけのいわゆるマンガ拳法というやつだったりするので、恥ずかしくて誰にも言えないでいる。

 真面目に何か習おうかな。柚那でさえ最近合気道始めたし。


「それよりここにこうやって敵が出てきたっていうことは保健室にも来ているかも。ゆあちー達が心配です保健室に急ぎましょう」

「ああ、そうだな。急ごう」


 なんかいよいよどっちが正規の魔法少女なのかわからなくなってきたぞ。

 とにもかくにも保健室に急ごう。そう思って俺たちが走り出そうとしたとき、背後から轟音が響いた。


「な、なんですかこの音!」

「多分こまちちゃんの必殺技だ!!」

「こまちさんの必殺技ってこんな大きな音がするんですか!?」


 俺達がいるのはL字形に建った校舎の縦棒の真ん中あたり。おそらくこまちちゃんが必殺技を使っているのは校門側の校庭なので横棒の向こう側。至近距離じゃないので鼓膜が破れるほどの音ではないが、それでも怒鳴りあうようにしないと意思の疎通ができないくらいの音だ。

「番組では使ったことがないけど、因果応砲って言って自分が受けたダメージを一定範囲内にいる敵すべてに返すっていう魔法なんだよ」


 音が収まったので、おそらく校門のほうは片付いたのだろう。とりあえず保健室に向かって歩きはじめながら俺はこまちちゃんの必殺技について説明することにした。


「たとえば99人からそれぞれ1のダメージの攻撃を受けたとすれば、こまちちゃんが受けた分のダメージを99人に対して返すことができる。つまり最終的にこまちちゃんの受けたダメージ量は99なのに対して、敵のダメージ量は99×99で9801にもなるってわけ」


自分の引き受けることができるダメージ以上のダメージは相手に与えられない自爆にも近い技だが、それを差し引ても因果応報どころの話じゃない技だ。ちなみにこのセンスのない必殺技の名付け親はチアキさん。こまちちゃんが嫌がったチアキさんの案を通したのは都さんらしい。


「反則じゃないんですかそんな魔法」

「別にレギュレーションなんてないからね、はっきり言ってやったもん勝ちだよ。俺には到底真似できないけど」


 精華さんの魔法もブラックホールなんていう結構反則気味な魔法だし、よく考えると北海道東北チームがまるっと裏切っていたアーニャの事件は相当なピンチだったのかもしれない。


「なるほど、そういう使い方もできるんですね」

「できるかどうかはみゃすみんの資質次第だけどね」


 そんな話をしているうちに保健室の札が見えてきた。


「あの中にゆあちーがいるんですね!?」

「ああ」


 特に大きな物音がしているわけでもないし、おそらくは大丈夫だろう。


「わーい、ゆあちー、ゆあちー」


 そういってみゃすみんは保健室へ走っていく。

 あかりの時も思ったが、こうして人に慕われているのを見ると、柚那って本当にすごいアイドルだったんだなあと実感させられる。


「あれ?あかない!?」


 みゃすみんはそう言って引き戸をガチャガチャとゆするっているがドアは開かないようだ。

 優陽が不調で戦力が低下しているとは言ってもキレ柚那を比較的自由に使える今の柚那がそう簡単にやられるとは思わないが、保健室の中で何かが起こっているのはほぼ間違いないだろう。


「みゃすみん、どいてな」


 変身シーンも決めポーズも割愛でみゃすみんには悪いが時間の余裕がない。


「最初から全力で行く!」


 俺は全力で保健室のドアを殴り飛ばして部屋の中に転がり込んだ。


「無事か!柚那、優……陽……?」


部屋の中は様々なものが散乱していて、その散乱しているものに混じって柚那が床に倒れている。そして優陽は倒れている柚那を介抱するでもなく無表情でベッドに座っている。


「あら、お客様?」

「優陽……この部屋、お前がやったのか?」

「優陽……?あなた、いったい何を言っているのかしらわたくしの名前は蛇ヶ端―」

「その名前は捨てたいって言ったじゃないか!あれは嘘だったのか!?」

「………はぁ、意味が解りませんわ。みんなで寄ってたかってユウヒ、ユウヒって。よろしいかしら?わたくしの名は、蛇ヶ端姉子。あなたがたの言うユウヒとかいう娘ではありませんわ」

「姉子………」


 そういうことか、妹子の名前はてっきり小野妹子から来たのだと思っていたがそれとは関係なしに文字通り妹だから妹子。姉だから姉子。

 まさかとは思うが、名家だから女子の名前なんてなんでもいいなんて時代錯誤な考えで二人がそんな名前つけられたわけじゃないだろうな。もしそうだとしたら二人とも可哀想すぎるぞ。


「なあ姉子」

「姉子さん。とお呼びなさいな」

「……姉子さん、妹子を知っているか?」

「妹子!ああ、懐かしい名前ですわ。本当にできの悪い妹でして、でもできの悪い子ほどかわいいとでもいうのかしら。妹子は両親からの愛を独り占めしていて、あまつさえ体まで。本当に……妬ましい」


 姉子はピクリとも動いていない。ただ、憎々しげに表情をゆがませて妬ましいと呟いただけ。それでも俺は背中にゾクッと冷たいものを感じた。


「ねえ、そこのあなた。起き抜けでよくわからないのですけれども、ここはいったい?」

「……ここは日本の魔法少女の本部だ。俺達は学園って呼んでる」

「ああ、じゃあここが私の目的地で間違いないのですわね」

「目的地?」

「ここを破壊することがわたくしに与えられた任務ですのよ」


 つまり、校門に現れた二人は陽動。本命は優陽の裏に隠れていた姉子ということか。


「なあ、姉子さん、あんたは妹子なのか?」

「ああ、なるほど。あなた妹子のお知り合い。そういうことでしたのね、じゃあユウヒっていうのは妹子のあだ名。道理で陰気くさくて辛気臭い名前だと思いました。おっしゃる通り、妹子はわたくしの中で眠っておりますわ。わたくしがそうであるようにあの子もまた私が何をしているかは知らない。そういう風にできていますの」


 姉子はそう言ってクスクスと口元を手で隠して笑う。


「……みゃすみん、柚那を連れてこの部屋を出てくれ。気絶する前に自動治癒の魔法をかけているから柚那の治療はしなくても大丈夫だ。どこか安全そうなところに寝かせてやってくれ。それから校庭……は多分無理か」


 使い終わった後に行動不能になる因果応砲を使ったってことはこまちちゃんはもちろん、寿ちゃんも元気いっぱいというわけではないだろう。


「二年生の教室に行って、三年の楓さんを呼んできてくれ」


 最悪、姉子を殺さなければいけない状況になるかもしれない。そうなった時に自分の手を汚したくないとは言わないが、俺が躊躇して殺せなかった場合、できる人間がいる必要がある。

 だがあくまでもこれは最悪の状況を想定しての事。想定は最悪の状況を考えて。想定よりもいい結果で終わればそれで万々歳だ。

「朱莉さんは?」

「……俺はここに残る――」


 助けてどうなるかわからない。姉子だけ消すことができるのか、それともこの先姉子とも上手く付き合っていかなければいけないのか、こんな状況になって、果たしてあの都さんといえど優陽が俺達と共にいることを了承してくれるのかもわからない。

 色々なことを考えていけば不安はいくらでもあるが、それでも俺は一度つかんだ手を離したくはない。まだ手をつかみ直せるこの距離で、この時点で


「――優陽を助ける」


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