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魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編

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握ったその手を離さないで

 左右澤君達一行を戦技研スタッフに引き渡して合コン会場に戻ると、すでに華絵ちゃんたちは帰った後だった。


「おかえり」



 ティアラ……というか、こまちちゃんだけを残して。




「ごめん、途中であんなことになっちゃって。手間をかけさせちゃったね」

「いいよ、別に。大した手間じゃないし」


 俺とこまちちゃんは、店を出て公園に移った後人通りの少ないベンチで、俺は左右澤君たちのことを、こまちちゃんは俺がいなくなった後のお店でのことを話していた。



「それで、その…」

「あの男子…仁くんはもともと近畿の人らしいから、華絵ちゃんには関係なかった」


 厳密には、華絵ちゃんとこまちちゃんの両親の件に。だけど。


「そう…」

「ちなみに、関係あったとしたらどうするつもりだったの?」

「……」


 こまちちゃんは答えないが、その表情は険しい。

 多分、そういうことだろう。


「やめときなよ」

「あはは…意味なんてないってわかっているし、私が悪いのもわかっているけどね。それでもやっぱり、ね」


 気持ちはわかるけどね。俺だってあかりがひどい目にあわされたら、それがたとえ自分のせいだったとしてもこまちちゃんと同じことを考える。

 だが、逆に俺がひどい目にあった時、それが姉貴のせいだったとしても、そういうことを考えてほしくないとも思う。


「…俺がジュリとしてJKに参加してた時、華絵ちゃん…心向ちゃんが、彼方ちゃんについて話してくれたことがあってさ」

「……聞きたくない…」

「聞かなきゃ駄目だ」

「嫌だ…」

「心向ちゃんは―」

「やめろって言ってんだろ!?」

「やめないって言っているんだよ」


 胸ぐらを掴まれて一瞬ひるみかけたが、俺はなんとか踏みとどまってこまちちゃんを見つめた。

 最悪一発二発殴られても構わない。そう覚悟を決めて、少し睨むようにすると、こまちちゃんは、すぐに手を離してくれた


「ごめん…でもやっぱり聞きたくない」

「だめだ。心向ちゃんが君をどう思っているのか、君は聞くべきだ」

「やめてよ…」

「心向ちゃんのお姉ちゃんは、両親に隠れて年下の心向ちゃんをからかったり、うまいこと言って自分のほしいもののためにおとしだまを出資させたり、自分で割ったお皿を心向ちゃんが割ったことにしたり、サイテーのお姉ちゃんだったんだと」

「………やめて」

「さらに、両親と喧嘩して家出したと思ったら知らぬ間に重犯罪者になっているし、学校でいじめられたり、ご両親も心労から亡くなったりとか、色々散々な目にあって、本当に恨んだんだってさ」

「やめて…」

「でもね、他人にからかわれていたり、いじめられていたらしっかりかばってくれたし、お年玉で一緒に買ったものは、心向ちゃんに優先的に使わせてくれたり、新しいお皿は心向ちゃんが選んでいいよって言ってくれたり、最高ではないけど、ちょっと良いところもあって」

「……」

「彼方ちゃんが家出した時も早く帰ってきてほしいなって、そう思っていたんだってさ。で、それから色々あって、お互い名前も顔も変わっちゃったけど、生きていてくれて嬉しかったって。まだ心の壁は少しあるけど、透明なアクリル板ごしじゃなく普通に顔を合わせられて、握ろうと思えば手を握れる、そんな環境にいられるのが嬉しいって、そう言ってたよ」


「そんなわけないじゃない!私が両親を殺したんだよ!?あの子から両親を奪って、あの子の幸せな生活を壊した!」

「そうだね。でも、あの日、君が両親と喧嘩した理由は、心向ちゃんのことだったんだろ?」

「なんで心向がそれ知ってるの…」

「君が家出してすぐにご両親が話をしたんだってさ。心向ちゃんはいじめに耐えるべきだって言ったご両親と、すぐにでも転校するべきだと言った彼方ちゃん。どっちが正しいかなんて論じてみても答えはでない話だけど、いじめについて相談されたお姉ちゃんがそういう風に両親に意見してくれたっていうのは、心向ちゃんは知っているよ」

「そんなことを言った記憶もあるけど、結局いじめを加速させたのは私だよ。それに巻き込まれて両親は死んだ」

「君が殺したんじゃない」

「綺麗事言わないでよ!私が殺したんだよ!」

「…俺は前にも言ったよね、君が魔法少女になった時に阿知羅彼方は死んだ、いまの君は能代こまちだって。付き合う前にセナも聞いたんだろう?あなたは、殺人鬼なのか、魔法少女なのかって。君はどう答えた?」

「それは…」

「俺は君がちゃんと理解できるまで何度でも詭弁を弄するし、はぐらかすし、綺麗事を言うぞ。誘拐されてひどい目に合わされて、犯人を殺して回った殺人鬼は死んだ。今の君はこの国を守る魔法少女だ。そして、関華絵の姉だ。唯一の肉親だ」


 こまちちゃんは、うつむいたまま小さく震えていた。

 いつもの飄々としている彼女でも、キレかかると殺気が漏れる、かつての殺人鬼としての彼女でもなく、そこには心細そうに震える彼女がいた。


「君はお姉ちゃんだろう?いつまでもいじけているんじゃない、前を向け、妹の手を引いて歩けるように前を向くんだ」


 こまちちゃんは答えない。

 答えずに、そのまま震えていた。

 なんとなく、本当になんとなく、俺はそんな彼女の肩に手を回して自分の方に引き寄せた。


「がんばれ、お姉ちゃん。セナも、寿ちゃんも、ひなたさんも、桜ちゃんも、それに俺も、もちろん他のみんなも、辛い時はちゃんと力になるから、だから彼女の手を握って一歩踏み出すんだ。怖くても、辛くても、痛くても、それでも君たちはそうしなきゃいけない」

「私…私は…だって…ふぇ…あか…こな……」


 こまちちゃんは何か言おうとしたが、うまく言葉にできないまま、泣き出してしまった。

 東北チームで一番、いや、下手をすれば国内の全魔法少女の中で、それこそ俺や楓やひなたさんなんかよりも泣いたりしなさそうな彼女が声を上げて泣いていた。


 十分ほどそうしていただろうか。泣き止んだこまちちゃんは、俺の胸にコツンとおでこをぶつけて「ありがとう、もう大丈夫」と小さな声でつぶやいた。


「本当に大丈夫?」

「うん…ありがとう、久しぶりに泣いてスッキリした。朱莉ちゃんの言うとおり、少しがんばってみるよ、阿知羅彼方じゃなくて能代こまちとして」


 そう言って、こまちちゃんはスッキリとした笑顔で笑う。

 なんというか、いつもの顔よりもとてもシンプルな笑顔とでも言うんだろうか、ムリのない、嘘のない、そんな笑顔だ。


「はあ…でもまあ、今回の件は色々なことがわかってよかったよ」

「だろ?聞いてみればそんなに悪い話じゃないっていうのは結構あるんだから、聞く前から「いやだー聞きたくないー」っていうのはやめたほうがいいよ」

「いや、そっちもだけどさ。今回の件ではそれよりよくわかったことがあるんだ」

「え?」

「朱莉ちゃんがいかにして女の子をコロっといかせてるかって話」

「いやいや、そんな事実はないって、マジでやめてって」

「いやいや、あるんだよそれが」

「…まあ、反論したいところではあるが、聞いておこうかな」


 柚那と万が一うまく行かなくなった時に、その手法を自覚しておくことはプラスになるだろうし。


「弱っている女の子のスキに付け入るのがうまい」

「言い方!言い方気をつけてこまちちゃん」

「で、好きにさせちゃう、女の子にスキがあるだけに」

「別にうまくないからね」


 もう大丈夫そうなのは良いけど、『うまいこと言った!』みたいな顔するにはもう一声ほしい。


「あ、でも別に私は朱莉ちゃんのこと好きになってないからね」

「はいはい、わかってますよ」

「好きになりかけた、って、だけで…」

「……」


 やめて!そんなことを頬を赤らめて少し恥ずかしそうに視線を外しながら、恋する乙女みたいな表情で言うのはやめて!普段の淫魔のようなこまちちゃんとのギャップでこっちが惚れそうになるから。


「ちょ、何顔赤くしてるの?やめてよね、ちょっと惚れかけたけど、いろんなことプラスマイナスしてったら結局マイナスに落ち着いたんだから」

「って、え?なんで俺フラれたの?」


 告白もしてないのにフラれるとか地味にライフが削られるんだけど。


「え?なんでって、大きなマイナス要因が何かって話?」

「いや、それもなんだけど…まあいいや、それ教えて。何が大きなマイナスなの?」

「朱莉ちゃんを取ると柚那ちゃんが怖そう」

「それはそうかもしれないけど、こっちからしたらセナもだからな?君とくっついたらセナが超怖い」

「うわ…ごめんなさい、告白前に色々妄想した挙句、相手の恋人を怖がってる人とかムリなんで」

「いや、それ君だからね!?っていうか、告白もしてないのに二回も振るのやめて!?」

「あはは…ごめんごめん。でもまあ、惚れかけたのは本当、で、それと同時に柚那ちゃんじゃない要因…朱莉ちゃんが、女の子いっぱい引っ掛ける割にはいまいち柚那ちゃん以外には人気がない理由に気がついて、ああ無いなって思って恋心は消滅した」


 柚那以外に人気がないとか失礼な。朱莉さんは大人気だぞ!…半分くらいはジュリのほうの人気だけど。


「無いなって…なんで無いの?」

「例えばさっきみたいに私の肩を抱いたりするじゃん?」

「うん」

「で、弱っている私は、まんまとドキッとする」

「うんうん、狙ったみたいに言われるのは嫌だけど、そうかもね」

「で、ドキドキして、その時は朱莉ちゃんのことを好きなるんだけど、その後のがっかり具合が朱莉ちゃんは他に類を見ないがっかり具合なもんだから、急激に失速してみんな恋心が消滅する」


 そんな、人を朝陽のようながっかりさん呼ばわりするなんて酷いなあ。


「もう少し言い方を気をつけてくれないだろうか。俺にも傷つく心があるのだよ、こまちちゃん」

「心が辛くても痛くても聞かなきゃいけないことだと思うよ」

「ちょっとクサかったかなとは思うけど、俺すごく良いこと言ったはずなのに、そういう引用されるとさすがに傷つく」

「あ…今のは私が悪い。ちょっとふざけすぎたね、ごめん。まあ、でも、そういうわけで私は朱莉ちゃんに恋心なんて持ってないから、柚那ちゃんに気兼ねしなくてもいいし、今まで通り仲良くしてもらえると嬉しいな」


 そう言ってこまちちゃんは右手を差し出し、俺はその右手を握り返した。



なお、柚那の判定は黒に近いグレーの模様。

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