合コンに行こう 3
「これ、作戦タイムって奴っしょ?まじうけるー、たのしー」
トイレに入るなり、ナッチがそう言って、鏡を見ながらメイクを直しだす。
「いや、奴っしょって…なっちは慣れてるんじゃないの?」
なんでナッチが一番ワクワクした顔してんの。
「あはは、なれてねーし。あーし、合コン初めてだから」
「……え?」
「は?」
「なんですって?」
「だからぁ、あーし、合コン初めてなんよ」
驚きを隠せない俺とエリスちゃん、華絵ちゃんが声を漏らすと、ナッチはもう一度、そう答えてくれた。
「いやいや。那奈が経験者だと思ったから、初めての私やエリ…むぐぐぐぐ」
「あー、ナッチ初めてなんだ。てっきりあたしと同じ経験者かと思ってたよー」
「そーいうわけで、頼りにしてんよ、合コンの達人、100人切りのエリスせんぱい」
エリスちゃんがいきなり華絵ちゃんの口をふさいだからなにかと思ったらそういうことね。変なところで見栄っ張りだなあエリスちゃんは。
まあ、それはさておき、状況の確認だ。
ジュリ(俺)→当然経験無し
ティアラ(こまちちゃん)→事件の関係で普通に考えて経験なんてあるわけないし、俺の知っている限り、このクレイジーサイコレズが、男相手の普通の合コンなんていくわけない。
華絵ちゃん→影のあだ名はアイアン・メイデンなので、経験なし。
ちなみに完全な余談だが、そのあだ名を聞きつけた正宗(翻訳機にアイアンメイデンが登録されてなくて直訳されたらしい。まあ、そりゃそうだ)に「どういうこと?鉄と処女と華絵がどう結びつくんだ?」って聞かれて、青筋を浮かび上がらせながら「…明日優しく抱きしめながら教えてあげる」と言い放ち、翌日一面に剣山を縫い付けたエプロンと腕カバーを装着して、正宗を追いかけて教室中を走り回ったのはのはもはや伝説だ。
なにげにキレるとすごく怖いんだよな、華絵ちゃんって。
おっと、話を戻そう。
エリスちゃん→ちょっと踏み込んだ話になると真っ赤になって鼻血を出すので100人切りなんてしているわけがないし、合コンも初めてだと思う。
ナッチ→合コン未経験で経験者(嘘)のエリスちゃんに頼る気まんまん。経験豊富そうな普段の話もこの「合コン未経験」発言によって耳年増の可能性が増した。
……よかった。相手が合コン百戦錬磨の広告代理店営業とか、そういう相手じゃなくて本当によかった。そんなのが相手だったら、こまちちゃんはともかく、ウブでネンネな俺達なんてあっという間にお持ち帰りですよ。
まあ、でもこうなるとナッチも放っておいて帰るわけにはいかなくなったな。あの中にマジで好きな子ができたら別だが、そうでないならちゃんとお家に帰してあげたほうがいいだろう。
「じゃあ、私とエリスちゃんだけが経験者ってことになるねぇ」
「え!?こ……ティアラって経験あるの?」
「あるよー」
「どんな相手と?」
「禿げたおじさん二人と、見た目はそこそこだけど、無神経なおじさん。こっちは無神経なおじさん狙いのお姉さんが一人と、結婚焦りすぎなくせにより好みした結果悪い方悪い方の選択肢を選ぶお姉さん」
察した。
察したのだがそれは合コンなのか?例えば佐藤くん、小金沢さん、ひなたさん、桜ちゃん、深谷さん、こまちちゃんで食事をするなり飲むなりしたとして、それはただの職場の飲み会なのではないか?
「えー?ティアラっちって、もしかしてハゲ専?」
「たまたまハゲが二人だったっていうだけの話だよ。別にハゲ好きってわけじゃないよ」
「あたしは、ハゲも別に悪くないとおもうんだけど!」
「別に佐藤さんの話じゃないでしょ…」
いや、佐藤くんの話なんだよ。1/3くらいは。
「まー、でもハゲも見方によってはかわいいよねー。毛が残ってるとちょっとあれだけど、逆に全部なくてツルンとしてるのは、あーし好きかも」
「だよね!中途半端に残してるくらいなら全部ないほうがいいっていうか!」
また髪の話してる…。
話の流れをうまいこと操ってティアラ@こまちちゃんに『この合コンはそこまで深刻なものじゃない』っていう話を伝えて戻ると、男子達がなんだかそわそわしていた。
「んんー…」
そわそわしている男子を見たこまちちゃんは、小さな声でそう唸ると、突然俺の背中を押した。
俺は態勢を整えようとするが、それでもそんなことを全く想定していなかったせいで二三歩よろめいてテーブルにつっこむ。倒れるほどの勢いではなかったものの、テーブルにぶつかれば揺れるわけで、その揺れはテーブルの上に乗っていたグラスを倒す。
「ご、ごめんねジュリちゃん。ちょっとつまずいちゃってー」
そう言いながらティアラは俺の手を引いて立ち上がらせてくれた後で、こそっと耳元で「ドラッグだよ」と囁いた。
いやいや、そんなと思って男子陣を見回すと、明らかに意気消沈といった表情をしていて、こまちちゃんの言っていることはあながち間違っていないようにも見える。
「まあ、証拠はないけど」
一瞬真顔に戻って小さな声でそう囁いた後、こまちちゃんはまたニコニコ顔に戻り、みんなに「ごめーん」と言いながらテーブルの上の拭き取りを手伝い、改めてみんなのドリンクの注文を取って店員さんを呼んだ。
ドリンクの件で印象が変わったせいだろうか、最初は若いなあとしか思っていなかった男子の話の端々に何とも言えない下品さが出ているのに気がついた。
別にシモネタを言っているわけじゃない。
いや、逆にそういう下品さなら別にいいといえばいいんだ。年頃だし、そもそも出会いを求めてきている合コンでセクハラがどうこうっていう話をするほど野暮でもないし。
ここで言う下品な話というのは、例えば『犯罪スレスレのことをした』という武勇伝であったり、『犯罪したけど親がもみ消せるんだぜ』というようなどこまで話を盛っているのかわからない自慢であったり、あとは『同じクラスにこんなバカなやつが居て俺は何をした』という、いじめネタであったり。まあ、そういうセクシャルでない、人としての下品さが出る話だ。
正直そんな話をして「ドヤっ」て感じでこちらを見られてもドン引きするだけだ。
そして、それは常時苦笑いをしながら相槌をしているエリスちゃんも、なんか退屈そうに爪をいじっているナッチも、ちょっとげんなりしている華絵ちゃんも同じだろう。
こまちちゃんに至っては、ティアラとして華絵ちゃんと連絡を取るためだけに今日買ってきたらしいスマホの設定とか始めちゃってるし。
ちなみに俺もエリスちゃんもナッチもトイレで連絡先を教えてもらったので、もう作戦会議にいちいちトイレまで行かなくても大丈夫だ。
まあ、この男子達相手じゃ作戦会議もなにもないけど。
そんな空気なので、そろそろお開きかな。そんなことを思っていた時に、いまいち盛り上がっていないこちらの雰囲気を察したらしい一人の男子が口を開いた。
「あ、ほら、お前あの話しろよ」
「え?ああ、あれか!俺、中学の時にこっちに引っ越してきたんだけど、小学校の頃俺のクラスに、有名人がいてさ」
だからもういいって。そういう話。
「もう名前もうろ覚えなんだけどさ、何年か前にクラスのやつが連続殺人犯になってさ」
「お前話盛り過ぎだろー、そいつの家族がって話だったろ確か」
「あ、そうそう。んで、クラス全員でそいつシカトしてたんだけどさー」
パリン、と小さな音がして、こまちちゃんの持っていたグラスが砕けた。
「ごめん…」
「大丈夫?ティアラっちなんか顔色悪いけど」
「うん、ごめんね、ナッチ」
「で、話の続きな。シカトして学校から駆除してやったんだけどそうしたら、親が怒鳴り込んできてさー。超生意気じゃね?犯罪者の家族が何言ってんだってことで、町内会とか学校でも問題になって街からそいつら追い出したんだよ!すごくね?ケーサツの手を借りずに犯罪者やっつけたんだぜ」
その男子の話は、こまちちゃんの事件とその後の華絵ちゃんのストーリーに酷似していた。酷似なんてもんじゃない、戦技研の資料をなぞったんじゃないかってくらい、そのままだった。
「…ごめんエリスちゃん。ティアラが具合悪そうだから、ちょっとトイレに連れて行ってあげて。華絵ちゃんもなんか具合悪そうだから、ついでに」
こまちちゃんは、必死に我慢しているようだけど、これ以上この男子が余計なことを言えばいつ爆発してもおかしくない。それに華絵ちゃんも青い顔をして下を向いたまま微動だにしない。
「う、うん…なんかジュリも具合悪そうだけど」
「大丈夫、私のはただの胸焼けだから。ナッチも一緒に行ってあげて」
「え…。でもジュリも具合悪そうだし、あーしはジュリのほう…」
「いいから行けって」
「う…うん」
怖がらせちゃったかもしれないけど、こんなところにいられても困るんだ。
「あ、もしかしてあれ?あの日とかってこと?」
「あー、そうじゃね?そういうことっしょ、ジュリ」
4人がトイレに消えたのを見て、状況を飲み込めてなかったらしい男子の中の一人が口を開き、隣のやつもそれに乗っかって俺の方に話を振ってきた。
もうなんか、ため息も出ない。
「ちげーよ。てめえらがくっそ気持ち悪い話ばっかりするから吐き気をもよおしたんだよ」
「え…えーっと、ジュリちゃん?」
「もう少しまともな話はねえのかよお前ら」
「何怒ってんの?」
「別に、ガキの相手で時間無駄にしたなって思っただけ」
「ハア!?」
「んだよお前ちょっと可愛いからって調子乗ってんのか?」
「外でろよ」
おうおう、見事に化けの皮が剥がれてきた。こりゃ、こまちちゃんの言っていたドラッグの件も黒だな、こいつら。
「こっちもあんまり店の中で騒ぎたくないからな、いいよ。外に出てやるよ」




