恙なしや 友がき 2
他のチームがカレーを作っている中、なぜかボルシチが出来上がったり、飯盒炊爨で炊いたご飯ではなく、ダッチオーブンで焼いたパンが出てきたりと、意外なカチューシャの特技を見せてもらった夜。
俺達の班はリビングでトランプをしながらダラダラと自由時間をすごしていた。
「……」
俺が右のカードに触れると、タマはけわしい表情になり、左のカードに触れるとニィっと、嬉しそうに笑う。
現在の戦況は俺がジョーカーを引けばゲーム続行、そうでなければ俺の上がりでゲーム終了という局面。
まあ、要するにババ抜き最下位決定戦だ。
ちなみに、ここまでの順位は表情に出まくるクセに、謎の強運でペアができまくり、一番最初にジョーカー一枚残しになったえりが1抜け、次に堅実にジョーカーを回避して手を進めたカチューシャが2抜け。その後を高山、高橋が続き、現在俺とタマの一騎打ちという状況だ。
「……」
どっちだ?その表情は芝居なのか!?それとも意外にポーカーフェイスが苦手なのか!?
普段無口でなにを考えているかわからないタマが、意外とポーカーフェイスが苦手とかだとちょっと可愛げが出て来るが、普通に考えれば演技だろう。でもこれでこの表情が演技だったらタマはマジで可愛さのかけらもないんだが…
「……」
わっかんねーーーーーー!
普段だったら別に最下位でもかまわないんだが、こまったことにさっきまでのゲームと違い、今回のこのゲームに限っては、最下位は1位の命令を一つ聞かなければならないなんていう面倒なルールがある。
これが一位高橋とか一位高山とかなら別にいいんだ。問題は一位がえりだということ。
あの自由人からどんな面倒な命令がくるかはまったく予測ができないので最下位は絶対に回避したい。
「……タマ」
「なに?」
「先輩を立てろ」
「なるほど、それは美味しいところを和希先輩に回せということですね?」
「はははは、こいつめ面白いことを言うじゃないか」
この局面で、普段の表情でこんなことを言えるということは、少なくともポーカーフェイスが苦手というわけではなさそうだ。つまり、演技。演技だが、演技だとすると逆にわからない、俺をはめようとしてジョーカーじゃない方の時に笑っているのか、それともその裏をかいて、ジョーカーの時に笑っているのかさっぱりわからない。
「和希よ、そろそろ年貢の納め時だ。覚悟を決めよ」
「なんで俺が負けること前提で課税されてんだよ!」
どっちだ……どっちだ?
「ところで、えりせんぱい」
「ん?なんじゃカチューシャ」
「えりせんぱいは何を命令するの?」
「ふむ……帰ってから、一日奴隷契約でも結ぶかのう。今ここで奴隷にしたところで特に面白いこともなさそうだからな」
「おもしろいこと?」
「パシらせようにも、たいした店がないだろう?帰ってからならば、和希の金を使って本屋で漫画が買い放題だ」
「なるほど」
いや、なるほどじゃねえよ。それパシリじゃねえし。もうすでにカツアゲだし。
「和希先輩。そろそろ決めてほしい」
「う…」
「先輩、頑張ってください!」
「あ、でもそうすると多摩境が神田先輩の奴隷―」
「頑張らないでください!」
後輩の熱い手のひら返しが辛い。
「さあ!」
「くそっ…もうヤマカンだ!」
俺が引き抜いた左側のカードには、もうなんか死ねばいいのにって位いい笑顔で笑うジョーカーの笑顔が描かれていた。というか、ジョーカーの絵柄朱莉さんなんだけどね。クローニクトランプ(関東版1200円)だから。
「うっわあああああ!くそ!まだだ!タマ、今度はお前の番だ!引け!」
そう言って俺が朱莉さんを手札に加えようとした時には
もう、
俺の手には、
キングである狂華さんのカードは、
なかった。
「へ…?」
「勝った」
画面下に「コロンビア」とか書かれた字幕が入りそうなくらいのドヤ顔でタマが両手を上げて勝利を宣言する。
「な、おおおおおおお、お前!タマ!なんで引いた!?」
「だって、引けって言ったから」
ね?とタマが他の4人を見ると、高橋と高山は「まあ…確かに」という表情で、カチューシャは苦笑しながら、えりはその通りとばかりに頷いた。
「言ったけどさ!言ったけど!そこはほら、空気読もうよ」
「私、空気読むの苦手だから。KYだから」
「お前はJCの誰より空気読むだろ!?わざと空気をぶち壊しにすることはあるけど、それは空気読んでのことだろ!?」
「知らない」
「くっ…」
「くっくっく、おとなしく負けを認めるのだ和希よ。そして、とりあえずこれが貴様が必ず買い集めてくるべき漫画の一覧だ」
そう言ってえりは一枚の紙を俺に押し付けてくる。
って、なんかびっしり書いてあるし。
「手回し良いっすね…まあいいや、次のゲームで取り返す、次もババ抜きでいいか?」
一応、勝者が次のゲームを指定できるっていう仕組みだが、さっきこの条件を取り付けたえりは前のゲームトップではなかった。なので、次も同じ条件をつけるように俺が要求するのは問題ない。それで俺がトップになってえりが最下位になれば命令を取り消しさせることも可能だ。
「いや、次は別のゲームだ」
「七並べか?いいぞ。86止めの魔術師と呼ばれた俺の手腕を見せてやる」
「せんぱい、それ、あまり褒められてないっぽいニックネーム」
うるさいよ。勝負事のあだ名なんて基本的にあんまり褒められたもんじゃないんだよ。
「でも、それだと戦術がバレバレなんじゃないですか」
「確かにな…」
「というか、和希先輩だと、86を止めたはいいけど、うっかりAとかKとか持っていて自滅するっぽい」
タマはなんで見てきたように言うんだよ。当たってるけど。
「くっくっく、残念ながら七並べでもないぞ。というか、カードを使わぬゲーム、しかも私が考案したゲームだ」
「えりの考案したゲーム?なんか嫌な予感しかしないんだけど」
「クックック、まあ聞け、和希よ。私が考案したゲーム、その名は魔法少女ゲームだ」
「「「「「「都さんだ~れだ!」」」」」」
えりが考案したというゲームはなんのことはない、要するに王様ゲームのアレンジだった。
棒には王様と数字ではなく、都さんと現在関東チームの魔法少女+狂華さんとチアキさんの名前が書かれていて、引いた後に一本あまる。都さんはどんなことでも(一応あまり過激なのはなし)命令できるが、その組み合わせであり得ないようなことは命令できない。具体例としては、「朱莉さんと柚那さんがキス」はありだが、「愛純さんとチアキさんがキス」は無し。
最初は名前が違うだけでただの王様ゲームじゃないかと思ったのだが、意外とこの「組み合わせでできない命令がある」というルールが効いていて、ちょっとおもしろい。
「あ、私」
カチューシャがそう言って手を上げた。
ちなみに俺が引いたのはチアキさんで、今の所一番の安牌だ。
逆に危険牌は関係がわかりやすく命令しやすい朱莉さんと柚那さん。
「じゃあ、朱莉さんと柚那さんが2号棟に行って「私達付き合い始めました」と宣言してくる」
まあ、この組み合わせならありな命令だし、過激じゃないのでセーフだろう。あとでゲームの余興だって言えばいいしな。
「くっくっく、誰だ?朱莉さんと柚那さんを引いたのは」
えりは違うのか。となると、二年生組の誰かと誰かだが……。
「…自分が朱莉さんです」
「私、柚那さん…」
高橋とタマだった。
よかった。これがタマと高山だったりしたらあかりが大変なことに…って、ん?高橋とタマ?で、二号棟ってことは真白の棟だから来宮がいるじゃないか!なんという胸熱展開…いや、面白がってるんじゃなくてね。
でもやっぱりちょっと、一度は目の前で修羅場ってやつを見てみたいじゃないか。
「じゃあいこう、二号棟はまだあかりついてる?」
「まだ八時だからな」
「でも一応、真白に連絡入れておくわ」
「え、みんなで見に行くんですか?」
「当然、命令の結果は見届けないと」
「当然じゃな、我らにはその義務がある」
「ああ、生暖かく見守って、報告の後拍手したり盛り上げたり、それっぽい演出もしてやらないとな」
高山だけは二人に任せて待っているつもりだったようだが、俺達はそんなに甘くない。
ちゃんと命令を実行したかどうか確認しないと、あとどうせならリアリティを持たせて二号棟の連中がマジで信じるようにしたい。
「えっと…」
「みんなついて来るの?」
「当然じゃ!自己申告では、そのへんで時間を潰して帰ってくるという不正の恐れがあるからな」
「そんなことしませんよ」
「しない、しないって」
そう言って妙に陽気な笑顔でパタパタと顔の前で手をふるタマ。
普段のキャラと違いすぎて怪しさ爆発だ。
ここは揺さぶりをかけてみよう。
「どう思います?カチューシャさん」
「これは二人で不正を画策している顔」
「……」
「……」
あ、タマと高橋が露骨に目をそらした。
「高橋、多摩境、ルールだからしかたないよ」
「なんか高山が一番ワクワクしてる!」
「見損なったぞ高山!」
「そんなことないって、俺は待っているつもりだったし」
「結局ついてくるんでしょ!?」
「はあ…せんぱいたちの諍いはあとでじっくりやってくれればいいから、とりあえず命令を実行して」
「はい…」
「わかりました…」
高山に話題を移して時間稼ぎをしようと画策したらしい二人の計画は、カチューシャの無慈悲な一言の前に崩れ去った。




