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魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編

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故郷

このシリーズは朱莉は一切出ませんが、寄り道したくなったら突然寄り道します。


「でっか!」

「すごいねえ…」


 三連休を目前に控えた金曜日の夜。

バスを降りた私とみつきは目の前の建物を見上げて思わずそうつぶやいた。


「はぁー……これはまた…」

「すごいわね」


 私達の後に続いてバスを降りてきたマリカとくるみも目の前の建物をみて感想を漏らす。

 どうでもいいけど、なんで人間って大きなものを見上げると口を開けちゃうんだろう。


「和幸。ごちそうの気配がする」

「いや、今日泊まるのはここじゃないからね、静佳」

「いや、井上よ。今日はここに泊まって、林間学校は明日からこのホテルの裏のオートキャンプ場のバンガローで二泊三日じゃぞ」

「え?そうなの?でも僕こんなところに泊まれるほど持ち合わせが…」

「大丈夫。そのあたりは都さんがしっかり都合つけてくれたし、お金は気にしなくて平気だって」


 面倒見がいいおかげで、最近静佳だけではなく、えりと里穂にもなつかれている井上くんを中心にしたチームもそんなことを言いながら目の前の建物を見上げる。

 ……というか、井上くん異星人に人気ありすぎじゃないか。


「ちょっとまってくれ多摩境。こんなに持てないって」


 後ろから聞こえた龍くんの悲鳴に私が振り返ると、バスのトランクから皆の荷物を出してくれていたタマたち二年生組がワイワイとじゃれ合っていた。


「あれ?高山はパワータイプだと思ったんだけど。いつも重い鎧を着ているんだし、このくらい大丈夫でしょ?」

「ぐぬ……」

「はい、追加」


 そう言ってタマはトランクから出した荷物を放り投げて、龍くんの抱えている荷物の上に載せた。


「ちょ……お前手加減なさすぎだろ。高橋、ちょっと手伝ってくれ」

「ああ、任せろ」

「あ、私も手伝うよ」


 高橋君が龍くんから荷物を少し預かると、その荷物の一部を新たにフォロワーに加わった井上くんの従兄妹の亜紀ちゃんが預かる。


 うーん、同級生同士だと三人共、私達と接する時とちょっと違っていて面白いなあ。亜紀ちゃんもいいキャラっぽいから私の知らない龍くんの一面をひきだしたりしてくれそうだし。

 …それに、ヘタレた顔で高橋くんと絡む龍くんも可愛いしね。フヒっ。


 その後一年生組も下りてきて、同じように建物を見上げ、最後にこのホテルの跡継ぎである真白ちゃんとその恋人和希が下りてくる。


「真白ちゃんの実家すごい大きいじゃん!超お嬢じゃん!」

「でっかい家だよねえ」


 そんなことを言いながら私とみつきが駆け寄ると、真白ちゃんは困ったような表情で笑いながら首を振った。


「いやいや、家はここじゃないから。ここはあくまで旅館。会社みたいなものだからね」

「私、実家が旅館っていうからもっとこう、木造2階建てとかのそういうところだと思ってたよ!っていうかこれもうホテルじゃん!」


 そう。私達の目の前にそびえ立っているのは完全にホテルだ。それもただ単に四角い箱がどーんとそびえ立っているのではない。なんというか、ところどころ和のテイストが盛り込まれていて、いうなれば城のような感じだ。


「一応そういうのもあるんだけど、そっちはあまり部屋数がないからしばらく先まで予約で一杯みたいで。こっちだと無駄に広くてあんまり落ち着かないかもしれないけど、一泊だけだから」

「ちなみにその予約がいっぱいなのってどれくらい?」

「えっと、多分三年くらいかな」

「うわっ!大人気じゃん!」

「真白の家すごい!」

「違うって。そういうのは、たいしたことがなくても、「三年待ちですよ」っていうと、三年後に行きたいって人が予約してくれるからずっといっぱいなだけで……」

「いやいや、ここに旧館は重要文化財って書いてあるけど」


 そう言ってマリカがパンフレットを差し出す。


「お嬢だ!」

「お嬢だお嬢だ!」

「もう、甲斐田さんなんて呼べないわね。真白お嬢と呼びましょう」


 傍でやり取りを聞いていたくるみが加わってそんなことを言って囃し立てると、他の皆も集まってきてワイワイやり始めるが、和希だけがその環に入らないで、少し離れたところでなんとなくつまらなそうな、所在なさ気な感じでホテルを見上げていた。

 さてはこいつ、乗り遅れて場に馴染めなくなってるな?よしよし、ここはJCの隊長たる私がかまってやろうじゃないか。


「このこの、逆玉ですなぁ」

「ん?ああ、そうだな」


 ……あれ?


「うまいことやりましたなあ」

「俺をからかうのはいいけど、そういうのやめとけ。あんまり上品な感じじゃないし、真白も嫌がるから」


 そう言って、和希は大きくため息をつく。


「ねえ、あんたこの前、島から帰ってきてからなんか元気ないけど、悩みでもあるの?」

「別に。大したことじゃないよ。ただ、ちょっと山が好きじゃないだけ」


 そういえば、和希の両親がなくなったのは山道での事故だったはずだ。それが原因でトラウマなのだとしたら、林間学校を計画したのは逆に良くなかったかもしれない。


「あ……なんかごめん」

「いや、俺の方こそごめん。山が嫌いってわけじゃないんだよ。なんか、ちょっとだけ苦手でさ。というか、本当に嫌いじゃないから。師匠と修行したときも山ごもりしたりしたし、試合も山の中でやること多かったろ?それにそもそも関東寮なんて結構山の方だしさ。トラウマとかそういうんじゃなくて、虫が苦手だなってだけの話だから、本当に気にすんなよ」


和希はそう言って笑いながら私の頭をポンポンと軽く叩いたが、その笑顔が何か隠し事をするためにかぶった仮面のように見えて、私は、少しだけ和希のことを怖いと思った。




「おかしい。どう考えてもおかしい」


 そう言った私の声が震えていたのは、屈辱からか、脱衣所のマッサージチェアで揺られていたせいか。


「え?何が?」


 そう言いながら、振り返った千鶴の顔にはパックが貼り付けられていた。


「ブっ!何してんのあんた」

「いや、湯上がりはちゃんとケアしておいたほうがいいよ。もう大分乾燥してきたし、保湿しないとカサカサになっちゃうし。お姉もするならパックあげるけど」

「して!」

「はいはい。カサカサ肌で彼氏の前になんか出られないもんね」


 そんなことを言いながら千鶴はポーチの中からパックが入っているらしい小袋を持って私のところへとやってきた。


「あんたこんなの家から持ってきたの?っていうか、まさかいつも家でやってるの?」

「ん?いや、さっき売店でみつけたからやってみようかと思って皆の分買ってきた。普段は化粧水と乳液くらいだよ」

「あ、そ、そうだよね。そのくらいだよねー」


 ……化粧水と乳液か。私もした方がいいんだろうなあ。千鶴の言うとおり、私って冬になるとわりと肌が乾燥するし。え?今?もちろん何もしてない。


「いや、お姉化粧水も乳液も持ってないでしょ」

「………今度どれがいいか教えて」

「はいはい」


 そう言いながら千鶴はパックを拡げて私の顔にぺたりと貼り付けた。

 パックに含まれているのが何なのかはよくわからないが、湯上がりでまだ少し火照っていた顔をひんやりとさせてくれてとても気持ちがいい。


「ちーちゃん、私もしたーい」

「はいはい。ちょっと待ってねー」


 そう言って千鶴は、みつきのほうへパタパタと走っていく。

 と、その直後私の視界に真っ赤な隈取をした変質者の顔が現れた。


「うお、びっくりしたぁ!って、なんだ、えりかぁ」

「気にすることはないのだぞ、あかり。この場にいる誰よりも胸が小さいことを気に病む必要などないのだ、皆違って、みんないい。昔の人もそう言っているだろう?」


 変なパックをしたえりは、心底優しそうな顔でそう言って私の肩にポンと左手を載せて、右手の親指でサムズ・アップしてみせる。


「いや、その話じゃなくてさ。それもちょっとショックではあったけど」

「え?一番小さいだろうと侮っていた深雪ちゃんより小さかった件じゃなくて?」


 そんなことを言いながら現れたのは、えりの隈取パック同様、あっちのほうですごい速さでみんなにパックを貼り付けていっている千鶴先生による施工と思われる、ホッケーマスクのパックをした、バスタオル姿のマリカだった。


「何!?なんなのあんたたち!私の心でも読んだわけ!?確かにちょっと気になったけど、そこじゃないよ!」

「じゃあ何がおかしいの?」

「いや、男子が覗きに来なかったな…と」


 私がそう言うと、二人は顔を見合わせて大きなため息をついた。


「え?なんで?なんで二人して無言で溜息つくの?やっぱりこう、風呂桶投げてパコーンって撃墜したりしたくない?」

「あかりさあ…」

「漫画の読みすぎではないか?流石にそんなこと、そうそう起こるものではなかろう?」


 え、えりに漫画の読みすぎって言われた!?


「そもそも、今日の男子チームには、理性の人である井上がいるのだぞ」

「いや、彼に理性があるかどうかはわからんけどね。まあ、静佳が変身して入っているとかでなければそれほど興味を持たなさそうではあるけど」


 マリカがそう言って肩をすくめてみせると、特に意識している様子もないのに、胸に谷間が出現したちくしょう。


「むう…これは我も全身に口を出せるようにせねばならぬか」

「いや、友達の彼氏を寝取ろうとするのやめなさいって」

「まあ、流石に冗談であるがな。我も里穂も流石に静佳の恋路を邪魔するほど井上に惚れ込んでいるわけではない」

「そういえば、あんたはともかく里穂はなんで井上くんに懐いてるの?」

「なんだ?最近里穂があかりよりも井上に懐いているのが気に入らぬか?」

「いや、そういうのはベスだけでお腹いっぱいだから良いんだけどね」

「週一ペースでストーカーされておるからなあ…」


 ちなみに、私はベスについては諦めることにした。ベスの上司のヒルデガードさんもかなりアレらしいので、なんかもうどうしようもないんだと思うし。


「まあ、なんにせよ、井上くんは静佳にしか興味がない。高橋は…どっちかな。まあ、どっちにバレても血祭りだからそんなことしないだろうし、あかりの彼氏は…まあ、ね?ほら、見るほどないしさ」


 なまじ付き合いが長いだけにマリカは物言いに容赦がない。

 というか、高橋くんの好きな子って誰なんだろう。どっちって言うってことはこの中に二人いる?

 っていうか―――。


「あ、あるし!ちょっとだけだけど、私だって胸あるし!」

「はいはい、そうですねー。で、和希は真白……そういえば和希ってどうするの?内湯?」

「今晩は貸切露天風呂を借り切っているから、そっちに入ってるよ。ちなみに一晩貸し切りだから、和希が出た後はそっちに入ってもOK。男子、女子、和希で札を作ってあるから、入る時はそれ使ってわかるようにしておいてね」

「ああそうなんだ。私は別に和希が一緒でもかまわないけど、くるみとか亜紀は中身が男っていう子と一緒に入るのは抵抗あるだろうし、だからって男子と一緒ってわけにも行かないし、しょうがないね」

「そういうこと」


 これについては、真白ちゃんの実家の温泉に一泊ということになった時に都さんと真白ちゃんと色々話し合って決めたことだ。

 和希のための旅行で、和希だけ別行動っていうのは矛盾しているかもしれないけど、これは差別じゃなくて区別だと都さんも言っていたし、皆のことを、ひいては和希のことを考えれば、これが多分一番いいやり方なんだと思う。


「って、そう言えば真白も居なくなかった?」

「ああ、真白ちゃんは実家の方に顔を出すって言ってたよ」

「クックック…そんなこと言って、実は和希と一緒に温泉入ってたりしてのう」

「あはは、まっさかー………」


 まさか……ね。




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