東北事変 6
「今時ペアルック…」
「いやーんな感じですわ…」
東北寮での柚那の浮気を暴くこともできずに敗走してきた俺と寿ちゃんを見て、愛純と朝陽はそう言って眉をひそめた。
柚那が閉じこもった部屋の前で、バタバタしているところにタイミングよくやってきたこまちちゃんは、俺と寿ちゃんがペアルックでいるのを見て『察した』と短く言い、俺と寿ちゃんの弁解も聞かずに東北寮から外に放り出した。
「待ってくれ、こまちちゃん。君は絶対に誤解している」
「正しく理解していると思うよ。少なくとも君は私の忠告を無視して寿ちゃんと一緒に過ごしたんでしょう?」
「違うって!酔いつぶれた寿ちゃんの介抱をしているうちに寝ちゃっただけで、柚那と違って、何もやましいことはない」
「ふーん、そう?柚那ちゃんが何をしてたのかは知らないけど、それなら柚那ちゃんもそうなんじゃない?」
「柚那のは違うだろ!?」
「あっはっは、同じ同じ、平気平気……ということで、寿ちゃん連れて関東に帰ると良いと思うよ」
「は…はあ!?なんで寿ちゃんまで巻き込まれるんだよ」
「巻き込んだのは君だよ」
そう言って俺を睨むこまちちゃんの目は、実戦に出ているときの本気の目だった。
「とりあえず帰って。理由は私が君たちの顔を見たくないから」
「そんな横暴な話―――」
「文句があるなら相手になるよ……私達全員で」
いつの間にか、こまちちゃんの後ろには東北の魔法少女が勢揃いしていた。
いずれの視線も俺に対する敵意に満ちている。
「………わかった。巻き込んでごめんな、寿ちゃん」
「え……本当に私まで追い出されるの?」
「追い出されるんだよ!」
そう言ってこまちちゃんは俺のバッグとキーケースを投げてよこした。
「ということで、俺と寿ちゃんは追い出されて帰ってきたというわけだ」
ちなみにまだ酒が抜けないらしい寿ちゃんはゲストルームでお休み中だ。
「朱莉さんが悪い」
「朱莉さんが悪いですわ」
「いやいやいや、俺のはいつものことで、柚那のは浮気だろ?だったら柚那のほうが悪いだろ」
俺の反論に、愛純と朝陽は顔を見合わせてため息を付いた。
「はあ…」
「一からですの?一から言わないとだめですの?」
「もういいですよ、ふたりとも。朱莉のことは放っておきましょう」
いつの間にかやってきていた恋がそう言って大きなため息を付いた。
「反省しない人に何を言っても無駄です」
「そうですわね」
「そーですね。んじゃ私達みんなで東北に異動しますんでー」
「はあっ!?」
「寿さんと末永くお幸せに」
「お世話になりました」
「私、関東を卒業して普通の魔法少女になりますわ」
いや、別に関東にいても普通の魔法少女だぞ……普通の魔法少女?
って、そうじゃなくて!
「ちょ、ちょっと待ってくれ、三人共」
「嫌よ」
「嫌です」
「御免被りますわ」
「お願いですからちょっと待って下さい。少しだけ相談に乗ってくださいお願いします」
「はあ……少しだけですよ」
「ありがとうございます恋様」
「あれー?私達にはないんですか?」
「恩にきます、愛純様、朝陽様」
そう言ってベターっと床に頭をつけてお礼を言うと、三人はソファに腰を下ろしてこちらを見た。
「で?なんですか?」
「柚那と仲直りしたいです。どうしたらいいですか」
「ムリ」
「ムリです」
「ムリですわ」
三段活用でムリと言われてしまった。
「というか、朱莉」
「なんでしょうか」
「私の経験上、浮気する人は何度でも浮気しますよ。あなたがそうだったみたいに」
俺のは浮気じゃないってば。心がぴょんぴょんしてただけだってば。
「それでも柚那とやり直したいですか?それこそ、いっそ寿さんと付きあったほうがいいんじゃないですか?」
「寿ちゃんと付き合うのはないって。そもそもあの子俺のことそんなに好きじゃないじゃん」
「うーん……浮気したってことは、柚那さんも朱莉さんのことそんなに好きじゃないんじゃないですか?」
鋭い意見だ。そう言われてしまうと、そうな気がする。
「それでも柚那さんがいいんですか?」
「………」
どうだろうか。
今回のことは俺が悪い………な。うん。
柚那がいるのに寿ちゃんにかまって、一緒に寝てたわけだし、浮気されてもしょうがないとは言わないけど、それでもやっぱり俺と寿ちゃんが二人で消えた後、お酒の勢いとかでそういうことになってしまうこともなきにしもあらずだろうし、こまちちゃんの言っていたように何もなかったということも………そっちは考えられないよなあ…。
まあ、いい。とりあえずそのことは置いておこう。
今回のことは置いておいて柚那のことが好きかと聞かれれば好きだと言えると思う。
なんだかんだで付き合いも長いし、ツーカーと言えばツーカーだし……ツーカーだったかなあ。運転代わってくれなかったしなあ。
「………好きだよ」
「たっぷり間がありましたわね」
朝陽のジト目が辛い。
「色々考えてみたんだよ。それでも好き寄りなんだからいいの」
「寄りってことは不満もあるわけですにゃ?」
なにその愛純のネコみたいな顔。狂華さんなの?
「そりゃあ、あるさ」
「例えば?」
「運転代わってくれないこととか、まあ色々」
「そういうの、ちゃんと言ってます?朱莉さんのことだから、『まあいいや』とか思いながら不満ためて勝手に爆発してそう」
「う……まあ、そう言われると、思い当たることがないではない」
「だからうまく行きませんのよ」
「ふたりともお互いにそういうことを伝えていればすれ違いは起こらなかったかもしれませんね」
「そうだな……」
それをしなかったばかりに俺達はすれ違って、ああいうことになった。
何があったか、なかったか。そんなのは柚那にしかわからないし、何を言われたところで俺の中の疑念は晴れない。
それこそ、時間でも戻らない限りは。
「やり直したいなあ…柚那に本気で謝りたいし、本音でいろんなことを話したい」
「やり直せばいいじゃないの」
「でも…」
「やり直せばいいんですよ」
「そうですわ。今度は失敗しないように、きちんとやり直せばいいんです」
「……そうだな」
柚那とちゃんと話そう。
そして、ちゃんとやり直そう。
「……さん、朱莉さん!」
「いつまで寝ているんですの?もう出発しますわよ」
「え!?」
愛純と朝陽に呼ばれて目を覚ますと、いつの間に寝てしまっていたのか、俺は自分のベッドで寝ていた。
「そ、そうだ!東北に柚那を取り戻しに行かないと!」
それでちゃんと向き合わないと。
パジャマの袖でよだれを拭いて起き上がると、ちょうど俺の部屋のドアが開いて柚那と恋が入ってきた。
「ゆ…柚那?」
「あ、やっと起きたんですね。まったくもう、朱莉さんがこの時間に行くって言ったんじゃないですか」
……え、つまりなに?夢オチ?夢オチなの?
「というか、柚那さんを東北に取り戻しに行くってどういうことですの?」
「あ、いや、こっちの話」
まあ、いい感じに予習できたってことで良しとするか。
「柚那」
「はい?」
「悪い、一回佐野で代わって。那須のあたりでまた交代するから」
「はい、わかりました」
「ああ、じゃあ私が那須から少し運転しますよ」
そう言って恋が手を挙げる。
「え?恋行くの?」
「何言ってるの。みんなで行くためにわざわざ経費でクルマを買ったんでしょう?」
「そうですよ!まさか二人きりでデートできるーとか、フルフラットにしてギシギシアンアンしちゃうぞーとか思ってたんですか!?」
……相変わらず欲求不満だなあ、愛純。
「どちらにしても琢磨君もいるのですから、そうそう変なことはできないでしょうけれど」
「いや、別にそんなこと考えてないからな」
全然そんなこと考えてない。本当にそんなこと考えてないぞ。
着替えを終えて部屋を出ると、部屋の前では柚那が一人で待っていた。
みんなは多分先にクルマに行っているんだろう。
「あ、そう言えば琢磨は?」
「さっきからクルマで待ってますよ」
「そっか……なあ、柚那」
「はい?さっきからどうしたんですか真剣な顔して。なんか変ですよ?」
「愛してる」
「……………えー…」
え!?何その反応!喜んでもらえるかなって思ってたのに。
「い、嫌だった?」
「嫌じゃないですけど、突然過ぎてなんか…」
「いや、さっき嫌な夢見てさ。それで柚那を他のやつに取られたくないなーって」
「ふふ……大丈夫ですよっ」
そう言って柚那が俺の腕に抱きついてくる。
「他の人のところになんて行きませんから」
「なんでご機嫌なんだよ……」
「べっつにー、なんでもないですよー」
そう言いながらも、柚那は鼻歌混じりで俺の腕を掴んだままぴょんぴょん跳ねる。
どうやら今日の、『嫁に愛していると言ってみるスレ』は大成功のようだ。
嬉しそうにしている柚那を見ながら歩いていると、廊下の向こうから琢磨が手を振りながらやってきた。
「朱莉さん、柚那さん、遅いよ!」
「悪い悪い」
「ごめんね」
俺達がそう言って謝ると、琢磨は俺達と並んで歩き始める。
「お前も上機嫌だな」
「だって、ほら、兄貴の嫁が見られるんだもん!すごいよね兄貴!僕らの中で一番最初に嫁ゲットしたわけだし」
「……お前開き直ってからブラコンすぎねえ?」
「ブラコンじゃないし!……でも、本当に楽しみだなあどんな人なんだろう」
いい子だよ。
スタイルもルックスも抜群じゃないけどそれなりにいいよ。
「きっと兄貴のことだから胸とかバーンって大きい人なんだろうなあ…」
………。
「待て、琢磨。待て」
「え?何?顔が怖いんだけど」
「いいか?東北寮では絶対に胸の話は厳禁だからな?」
「え?え?」
「おっぱいの、話は、絶対に、するな。さもないと、お前の兄貴の嫁の姉が大変なことになる」
「え?え?」
「とにかく絶対にするなよ!?おっぱいなんてものは飾りだ、いいね?」
「アッハイ」
俺の迫力に押されたのか、琢磨はカクカクと頷いた。
よし、これであの悪夢が現実になることはないだろう。
「あはは、朱莉さんったらそんなに気にしなくたって、寿ちゃんは琢磨くんに言われたくらいでやけ酒したりしませんよー」
そう言って柚那は先に歩いていってしまった。
………ん?
……………あれ?
…………………なんか今違和感があったような………?
まあ、いいか。




