東北事変 5
色々あったものの、夏緒さんを俺達と入れ替わりで無事に軟禁した後、精華さんは宣言通りに文字通り山程と言っていいほどの料理を用意してくれ、夕方帰ってきたこまちちゃんとセナ、それに柚那を交えて宴会が始まった。
精華さんにお礼を言いたいところだが『さすがにまったく食べられないのは夏緒が可哀想だから』と言って料理を持って行ったまま帰ってこないので、例の部屋に向かって手を合わせておけばいいだろう。
本当に詰めが甘いというか、人が良いんだよなあ、あの人。
「なんか私たちがいない間に面白いことがあったみたいじゃん」
「あれが面白いというかどうかは微妙かなと思うけどな」
俺は早速絡んできたこまちちゃんに対して適当に答えながら料理を口に運んだ。
「そんなこと言って、まんざらでもなかったんじゃないのー?精華さんと寿ちゃんと橙子ちゃんと桃花ちゃんに迫られたんでしょ?」
「正確には夏緒さんにけしかけられただよ」
桃花ちゃんだけは俺がけしかけさせた。だけどな。
「まあ、細かいことは置いておいて、朱莉ちゃん的には誰が一番エロかったかね?」
「精華さん以外は発情した顔を見てないからわからん」
寿ちゃんと橙子ちゃんがやられたときは振り返らなかったし、桃花ちゃんを投げつけた時もそんなにしっかり皆のことを見ていないのでわからない。
唯一発情状態で長い時間一緒にいたのは彩夏ちゃんで、なかなかのエロさだったが、さすがにあの部屋でのことは言えない。
「じゃあ単純に東北全体だったら、朱莉ちゃんは誰が好み?」
「いや、好みとかそういう話じゃないっしょ。というか俺がなんか言ったら柚那にチクるんだろ?」
「いやいや、こんなの酒の席での雑談じゃん、与太話じゃん、恋バナじゃん。柚那ちゃんだって気にしないよ。ということで、しいて言うなら?」
その与太話でも柚那が変貌するから怖いんだよ。
というか、恋話ではないだろう少なくとも。
「……こまちちゃん?」
こまちちゃんなら柚那に何かされることもないだろうし。されそうになってもなんとかできるだろうし。
「まあ、そう言うよね、朱莉ちゃんは」
「悪いね、消去法で」
俺の言わんとする事がわかるのだろう、こまちちゃんはやれやれといった顔で笑う。
「いいよ別に、柚那ちゃんの予想通りだし」
「は?柚那の?どういうこと?」
「これ以上は内緒」
「いやいや、これ以上はって、ほぼ何も言ってないよね?」
「じゃあ何も教えないってことで」
「気になるんだけど」
「別に。この質問が東北じゃなくて関西だったら朱莉ちゃんは楓さんって答えるだろうし、七罪だったら聖ちゃんって答えるだろうなって話だよ。あとはそうだな…連絡将校組ならユーリア、JCならタマちゃんかな?」
よくおわかりで。
「嘘ばっかりついていると柚那ちゃんが不安になるからやめなさいよって話。別に私じゃなくて精華さんって言っても寿ちゃんって言っても、柚那ちゃんはなにもしないよ」
いやいや、するよ。うちの嫁はするよ。
「それとね、あんまり不安定にさせると、奪うのも簡単だから気をつけたほうがいい。かな」
「え?なにそれそんな危険があるの?」
「柚那ちゃんあれで見た目は可愛いからねえ。じゃあまあ、そういうことで」
そう言ってこまちちゃんは立ち上がった。
「って、ちょっとこまちちゃん、どこいくの?」
「んー?精華さん助けに行こうかなって。朱莉ちゃんも行く?」
「いや…遠慮しておく」
巻き込まれるの嫌だし、万が一俺のせいで夏緒さんを逃してここでさっきのをやられたらまた地獄絵図だし。
「それじゃあまたね。ちゃんと柚那ちゃんのこと考えてあげなきゃだめだよ?あと、くれぐれもハナには手を出さないようにね?」
そう言って凄味のある笑顔で念押しした後で、こまちちゃんは宴会場から出ていった。
話が中途半端なところで、わざわざ『またね』と言ったいうことは、恐らく今日明日は俺の前に姿を現すつもりはないんだろう。
というか、ちゃんと柚那と話せという後押しなんだろうな、多分。
「さて、じゃあ柚那は…っと…」
宴会場を見回してみると柚那はセナと一緒に東北の黒服さんに囲まれてちやほやされていて、満更でもない様子だ。
その様たるや、あの島での狂華さんを彷彿とさせるほどのhimechanっぷりだ。
いや、狂華さんはhimechanじゃなかったんだっけ?どっちでもいいけど。
「……というか、激しく仕込み臭い」
今の今、こまちちゃんがあんな思わせぶりな台詞を残して去った直後だ。俺がそう思ってもしょうがないだろう。
というかこのタイミングじゃあ誰でも仕込みだと思うと思う。
「よし、ここはスルーで」
柚那をむやみに甘やかしてはいけません。というのが、俺がこの一年ちょっとで学んだことなのでここはスルーすることにした。
柚那をスルーして俺が寿ちゃん、彩夏ちゃん姉妹とグダグダ話をしていると、琢磨を連れた虎徹がやってきた。
「朱莉、ちょっといいか?」
「俺?彩夏ちゃんじゃなくて?」
「ああ。遅くなってしまったが、琢磨を無事に捕まえてくれて感謝している」
そう言って虎徹は隣にいた琢磨の頭を下げさせ、自分も深々と頭を下げた。
「ああ、いいよ別に。大した苦労じゃなかったし」
お金は相当かかったものの、島しょ部の奪還作戦の実践演習と思えば安いもんだと五十鈴議員も言っていた。
まあ、防衛省の偉いさんの顔はひきつっていたが、結果的に虎徹達の司令官とも少し交流が増えたし、俺達にとってもいい演習になったしで、国にとっては良かった…と思いたい。
……狂華さんはしばらく許す気はないけど。
「彩夏ちゃんも寿さんもありがとう」
「いやいや、私はそれこそたいしたことしてないし、こてっちゃんの大事な弟君だからね」
「朱莉じゃないけど、無駄に命のやり取りなんてしたって誰も幸せにならないんだから、別にいいのよ」
そうそう。それに俺が死にかけたのって琢磨のせいじゃなくて狂華さんのせいだしね。
「それで兄貴」
「ん?」
「どっちが兄貴のお嫁さんになる人なの?」
「え!?ああ、それなら……」
「でもどっちもあんまりおっぱい大きくないよね」
いやいや、琢磨。それで彩夏ちゃんはなかなかのものをお持ちなんだぞ。普段若干猫背だからわかりにくいけど。
というか、彩夏ちゃんはともかく寿ちゃんの表情が恐ろしいことになっているぞ。
「僕、お義姉さんって呼ぶならおっぱい大きい人がいいな!朱莉さんくらい!」
ははは、こやつめ……無邪気にこっちに流れ弾を飛ばすんじゃねえよ!
寿ちゃんが油の切れたロボットみたいな動きでこっち見たじゃねえか!
「た、琢磨くん、そのくらいにしておこう?ね?」
「そ、そうだぞ琢磨、女の人を胸で判断するんじゃない」
彩夏ちゃんと虎徹が止めに入るが、無邪気な琢磨はさらに続ける。
……無邪気なのかこれ。
「わかるよ兄貴。僕も最初はおっぱいとか丸くてやわらかくて意味がわからなくて怖かったけど、朱莉さんのお陰でわかったんだ!おっぱいは決して怖くない!勇気を持って!」
「そういうことじゃない!大体、寿さんはともかく、彩夏ちゃんは別に小さくない!」
「ああっ!?兄弟揃って消滅させんぞ!?」
落ち着いてください寿様!キャラがブレブレでキレこまちちゃんみたいになってます!
「と、とにかく琢磨くんはちょっと黙ろう。ね?このままだと大変なことになるから」
「そうだぞ、琢磨。彩夏ちゃんはお前のお義姉さんになる人なんだから、ちゃんと言うことを聞こうな」
「えっと、それって……その…こてっちゃん?」
「あ…ごめん、勢いでつい…でも、その…俺はそういうつもりでいるから」
初々しいなあもう。
虎徹も彩夏ちゃんも顔を赤らめたりなんかして超かわいいじゃないの。
うんうん、こんな空気でキレるなんて大人げないことを寿ちゃんが――
「中途半端じゃない!?なくてもいいけどちょっとはあったほうがとかそんなの微妙すぎだよ!」
ははは、空気を戻すんじゃねえよ、糞ガキ。
あ、寿ちゃんが色んなストレスに耐えかねてジンを瓶からストレートで一気した。
「こ、寿ちゃん?あんまりお酒強くないんだから無茶しないほうがいいんじゃない?」
「あによぅ、ひとんちで大きな胸してんじゃないわよ!」
「あっという間に出来上がっていらっしゃる!彩夏ちゃ――」
「でも、こんなところじゃなくて、二人きりの時に言ってほしかったな」
「あはは、ごめんごめんじゃあ今から…」
「もう…しょうがないにゃあ…いいよ」
二人の世界に浸ってるぅぅぅっ!っていうか、お前ら確信犯だろ!?逃げる気まんまんだろ!?
「胸なんか飾りなのよ!」
「前にも聞いたよそれ…」
「ないからなんなの!?そんなのついていたって動くのに邪魔なだけじゃない!」
「うんうん、そうだね」
「あんたの相槌と胸がムカつく!」
そう言って寿ちゃんは俺に体当たりをして転ばせると俺の腹の上に馬乗りになった。
「理不尽すぎだろ!彩夏ちゃん、セナ、ちょっと寿ちゃんを……あれ?」
とかなんとかやっているうちに彩夏ちゃんと虎徹が消えた!というより、宴会場から人が消えてる!?
ちょ、誰か女の人呼んでぇ!っていうか、東北の魔法少女呼んでぇ!
「誰も彼も胸胸って……思い知らせてやる!」
「やめなさいって寿ちゃん。酔いが冷めた時に後悔するから」
「うるせー!……う……」
「まてまてまて、動くな寿ちゃん」
なんで頬を膨らませてるんだ君は。
「うぷっ……」
「寿ちゃん!5秒我慢して!あ……あ…」
アッーーーーーー!
「ひどい目にあった…」
「こっちのセリフよ…」
「いや間違いなく俺のセリフだと思うけど。というか、どうしよう」
翌朝、俺にあてがわれたゲストルームのベッドで目を覚ました俺と寿ちゃんは別の理由で頭を抱えた。
飲みすぎた寿ちゃんは二日酔いの頭痛のせいで。
俺はうっかり寿ちゃんと同衾してしまったことについて。
いやまあ、寿ちゃんの部屋の鍵がわからなくて仕方なくなんだけどね。
別に何もなかったし。
「どうしようって何が?」
「いや、こうして寿ちゃんと同じベッドで目覚めたってことについてさ」
やましいことはなかったが、昨日柚那をスルーしてしまっているし、状況はあまりによろしくない。
「柚那にどう説明するかってこと?」
「そう」
「ありのままを話せばいいじゃない。何があったわけでもないし」
「ま、そりゃそうなんだけどね」
それで納得してくれるなら別にいいんだけどさ。
納得してくれないだろうなあ……。
下着のまま外に出るわけにもいかず、かと言って吐瀉物にまみれて水洗いしただけの服を着させるわけにもいかずということで、とりあえず俺の服を貸して寿ちゃんと一緒に部屋を出る。
「なんであんた同じような色の同じ服いっぱい持ってきてるのよ」
「コーデ楽じゃん」
「それはコーデって言わないの。というか、これじゃペアルックみたいじゃない。一緒に寝ていたとかそんなことよりこっちのほうがよっぽどインパクトが…」
部屋の前で寿ちゃんがそう言った瞬間。
図ったようなタイミングで斜め前の部屋のドアが開いた。
「あ」
「あ」
「…あ…」
「あ……」
目があった次の瞬間パタンと音を立てて、柚那がドアを閉めた。
「えー……寿ちゃんもグル?」
「は?グルって何?」
「いや、こんなタイミングで柚那と出くわすなんてさすがに出来過ぎでしょ」
「知らないわよ。たまたまそういうこともあるんじゃない?というかね」
「うん」
「目の錯覚かもしれないけど、柚那の後ろに男がいなかった?」
「え?」
いやいや、うちの嫁に限ってそんな。
「ねえ、もしかして、もしかしてなんだけど、これって浮気…じゃない?」
いやいやいやいや。柚那だぞ?柚那。
「はははは、柚那に限ってそんな。そんな…なあ柚那?柚那!?ちょっとここを開けなさい柚那!」
なんで!?なんで鍵かけてるの柚那!開けて!?ここ開けて!?




